俺は嫌だ。
悪いニュースと悪いニュースがある。
まずは悪いニュースから。
府中の自宅の床が抜けた…
ああ、俺のマイホームが。
一気にテンションがガタ落ちする。
次は悪いニュース。
合衆国がニヴルの移住を拒否。
まだ馬車で数日の旅程だが、ご丁寧にも伝書鷹や伝令業者を使って拒絶の意思を伝えてくる。
…そりゃあね。
王国内でのゴタゴタに付き合う義理は無いよね。
って言うか、ニヴルは氏族債をデフォルトし過ぎたよね。
今までのルーズな外交姿勢が、しっぺ返しされてるよね。
『親方ー。』
「んー?」
『俺、忙しいんで、この問題を単独解決しちゃっていいですか?』
「えー、もっと旅を楽しもうぜー。」
『いやぁ、追放も旅に含まれてるんですかね?』
「解決ってどうするの?」
『合衆国さんから土地を買うか借りるかしますわ。』
「土地は高いよー?」
『ええ。
なので、合衆国人が喜ぶ物産を教えて下さい。』
「うーん、塩・砂糖・胡椒。」
『あー、俺の得意分野ですわ。』
「うん、オマエなら何とかするだろ。
ブラギ達に報告して来て。」
『はい。』
「なぁ、ヒロヒコ。
オマエにどんな謝礼を支払えばいい?」
『うーん、既にエヴァさんとの結婚を認めて頂いてますからねぇ。』
「他には?」
『自由が欲しいっすねぇ。』
「オマエ、もう誰より自由じゃん。」
『最初はそう思ったんですけどねぇ。』
「不満か?」
『世界が広がったら…
広がった世界のシガラミに囚われますね。』
「贅沢な悩みだなー。」
『ですね。』
合衆国までの旅路。
王国民は積極的に買い物に応じてくれない。
なけなしの銀貨を払って食料を買い込みながら、ひたすら南下。
街道から逸れて休憩したいのだが、王国騎兵達がニコニコ顔のまま休憩場所を指定して来る。
あ、これ完全なる追い出しモードだ。
結局、数日を掛けて王国・合衆国の国境へ到着。
当たり前だが、警備兵同士で一触即発の雰囲気。
そりゃあね、ドワーフの押し付け合いが平和的に進む訳ないよね。
「貴国らがニヴル氏族の移住先に指定した、バルバリ峡谷は我が国が歴史的・文化的に正当なる領有権を保有している。
国際社会からの承認も得ているのだ!」
「何を言うか!
そもそもが貴国は我が方の属国!
管理を命じていた土地を横領しただけではないか!」
要約すると、こういう舌戦が既に巻き起こっており、いつ戦闘に発展してもおかしくない剣呑な雰囲気だった。
そこに現れたのが我々という話の流れ。
「あ、すみませーん。
今、話題のドワーフでーす。」
バルンガ氏が話し掛けると、双方から物凄く怖い顔で睨まれる。
そりゃあね、疫病神ってそういう扱いだよね。
「…。」
「…。」
両国の警備隊長が冷ややかな目でこちらを見ている。
双方が口を固く閉じて【余計な言質は与えないモード】に移行。
「えっと合衆国のバルバリ峡谷に移動せよという話になったんですけど。」
惚けた表情でバルンガ氏が語り掛ける。
一瞬笑みがこぼれる合衆国。
同時に王国警備隊長が鋭く叫ぶ。
「王国領ッ!」
バルンガ氏は聞こえなかった様子で、「合衆国領を通行させて頂くに際しまして〜」と話を続ける。
当然、王国兵達が怒声で抗議を始める。
一方、合衆国側にとっては外交材料を稼ぐチャンスなのだろう。
副官らしき人物が全力疾走で検問所に駆け込み、すぐに書類を持って現れた。
「いやあ、どもどもども。
ニヴルさんには、いつもお世話になっております。
移住となると少しハードルがあるのですが…
査証を発行しますので、書類手続きだけ済ませて頂けませんか?」
副官氏の満面の笑み。
恐らく、合衆国側にとって理想的な展開。
合衆国はかつて王国から独立した新興国家である。
長く苦しい独立戦争の果てに、周辺国の支援を受けてようやく自由を勝ち取った歴史的経緯があるだけに、王国による再吸収を非常に恐れている。
人種的にも王国人にかなり近いことも不安の源泉である。
その所為で王国人は合衆国を未鎮圧地帯と見做しているからである。
「それでは!!
ニヴル氏族御一行様のバルバリ峡谷通過を許可しますッ!」
「バリバリ峡谷並びにその隣接地域は王国の領土である!
ニヴル諸君の同地域での居住を正式に許可するッ!」
最後は両国の隊長同士が鍔に指を掛けながら絶叫し合って話は終わった。
もし、この後に両国が衝突したら絶対ニヴルの所為だよな。
ここでもドワーフの悪癖が出る。
両国が揉めているのを大半のドワーフが他人事の様な表情でポカーンと見物していたのだ。
懐やポケットに手を入れたまま、ヒマワリの種をポリポリ囓って眺めていた者すら居る。
流石に見かねたので、俺が小走りに近づいて馬車に入らせた程だった。
ここは合衆国人を味方に付け最大のチャンスであり、王国人のヘイトを緩和する最終弁論の場であった。
本来、ニヴルはここでの立ち振舞を全身全霊で取り組むべきであったが、その機会は見事にドブに捨てられた。
やはり一長一短だなあ。
俺はドワーフ達の誇り高くマイペースな性格にかなり惹かれているのだが…
これだけ外交に向かない気質もないよなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
合衆国に着くまでの間、俺は馬車に籠る事を許される。
小刻みに府中に戻り、貴金属や魔石をドワーフの輸送馬車に戻す作業。
加えて、王国が国際社会に対して優位性を保有している商品を地球から持ち込む。
…白砂糖とかね。
『お義父さん、バルンガ組合長。
次は火属性魔石を吐き出します。』
「分かった!
すぐに危険物収納箱を用意する!」
「ヒロヒコ君。
ゆっくりでいいからな。」
『ありがとうございます。』
いや、マイホームに異物を置いておきたくないだけなんだよ。
何だよモンスターの魔石って。
臭いが移ったらどうしてくれるんだ。
ほーら、床が完全に抜けとる…
これ直すのに幾ら位かかるんだろ?
あの時は夢中だったので思わず自宅に運び入れてしまったが、冷静に考えれば瀬戸内の孤島に保管するべきだった
…失敗した。
『組合長、どうします?
馬も疲弊しているみたいですし、金塊は現地に到着してから吐きましょうか?』
「そうだね。
流石に無理をさせ過ぎたか…」
そんな会話をしていると合衆国の国賓ガイド隊なる一団が現れて、ニコニコしながらチョコレートバーを配ってくれる。
言うまでもなく監視要員である。
「あのぉ。
地代払いますんで、賃貸可能な土地はありますでしょうか?」
バルンガ氏が下手に出ながら様子を伺う。
「いやあ、ははは。
ちょっと辺鄙な場所になってしまうかもですよー。」
勿論、ガイドたちの目は全然笑ってない。
ドワーフを移住させるのは、そこらの逃亡農奴を受け入れるのとは訳が違うのだ。
「話は変わりますが、我が国は元からニヴルさんと密接なんですよ。
氏族債も随分と購入させて頂きましたし。 (ニコニコ)」
仕方がないので、今までのデフォルト分を金塊で支払う。
そりゃあね、借りたカネを踏み倒す方が悪いよね。
ツケが回って来ただけだよね。
「それで…
申し訳ないんですけど…
やや魔界寄りの土地なら借地権という事で融通は利かせられますが…
人間種との傭兵契約とかって、考えておられます?」
「ギガントさんとも話し合ったのですが…
他種族の戦争に干渉するのはあまり好ましくないというか…」
「あはは、そうですよね。
いやー、我が国の独立戦争の時にそう考えて欲しかったなぁ(笑)」
つまり要するに、我々はこういう目で見られているのである。
合衆国はニヴルなんて入れたくもないが、王国の敵には利用が価値があるかも知れないと考えたのだろう。
少なくとも囲っている間は、王国に雇われたニヴル氏族と交戦するリスクを負わずに済む。
あわよくば、対王国の番犬として機能する。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は義父ブラギと語らって、合衆国で販売する為の白砂糖や黒胡椒そして山椒を地球で仕入れる。
登山用のリュックを背負って、府中市にある大東京綜合卸売センターで購入。
(幸いにも自宅からタクシーで15分程度の場所。)
それをどんどん車列に運び込んで行く。
金塊・銀塊の残りを戻すのは一旦保留。
これ以上、馬に負担を掛けるのはマズい。
「さあ、ニヴルの皆様。
この一角は賃借可能エリアです。(ニコニコ)」
予想していたとは言え、かなりの荒野。
一応、山もあるが…
周囲のドワーフ達の表情を見る限り、鉱業的に旨味の無い地質なのだろう。
「まあ、雰囲気的に鉄鉱石は採れるだろうな。
後、土属性魔石…
深く掘っても、せいぜいオパールくらいかなあ…」
まあね。
合衆国自体、そこまで鉱物資源に恵まれた国でもないみたいだからね。
「まあ、穴でも掘れば雨風を凌げるか…」
ブツブツ言ってはいたが、馬車を降りたドワーフ達は機敏に分担作業をこなしていく。
測量・テント張り・料理・荷下ろし。
全ての動きに無駄がなかった。
やはり仕事は出来るタイプの連中ではあるのだ。
俺は特に役に立てるタイプでは無かったので、大馬車の荷台を作業部屋として借りて砂糖や胡椒をドワーフ袋に詰め替えていく。
勿論、地球の袋は燃えるゴミの日に出すよ。
(言っておくけど、ちゃんと自治会費も払ってるんだぜ俺。)
「ヒロヒコ、内心楽しんでるでしょ。」
『顔に出てますか?』
「男の人は変化が好きだから…」
『否定はしません。
面倒ですけどねぇ…
まあ、親方達も妙にはしゃいでるし。』
「ガルド叔父さん…
ああいう姿を見るとね。
女は損って思うわ。」
『善処しますよ。』
「ふふふ、期待してるね。」
新婚の俺達に気を遣っての事か、何故かこの大馬車は俺に貰えることになった。
ヨルム戦士長が皆に掛け合ってくれたらしい。
『戦士長、これ明らかにいい馬車ですよね?』
「まあね。
戦争時に指揮車両として使った事もあるよ。」
『そんな大事な物を俺が占有しちゃうのは気が引けるというか…』
「新婚祝いだ。」
『気持ちは嬉しいんですけど…
豪勢過ぎですよ。』
「30年前、ガルド先輩と揉めててな。
結局、祝いを出さず仕舞だった。
合算って事にしといてくれ。」
『いやいや、それは親方に直接言ってくれないと。』
「もうお互いそういう歳でもないしな。」
ヨルム戦士長は背中越しに手を振って持ち場に戻って行く。
色々言いたい事はあるが、彼の多忙は俺でも知っている事なので追いはしない。
後はエヴァと肩を並べて行商用の砂糖サンプルを小分けにしていく作業。
バルンガ組合長のチェックが通れば、これを試供品として合衆国の商人ギルドに売り込みに行く工程に進む。
『組合長、これでどうでしょう。』
「おー、随分と立派な包装になったな。
合格!
100点満点だ。』
「ありがとうございます。」
「住居区画の割り振りが終わったら合衆国の早速商人ギルドに打診するよ。
トビタ君のおかげで何とか凌げそうだ。」
『恐縮です。』
「さて、君への支払いを考えなくてはな。」
『あ、いや。
もう馬車を貰いましたし。』
「正当な対価の話だよ。」
『…。』
まあな。
流石に自腹を切り過ぎた。
若僧の俺に許される範囲はとうの昔に越えている。
「生まれた子が男なら…
良い家の娘を嫁がせることにしよう。
志願者が居なけば、私の孫娘をやる。」
『いやいやいや!
人間種の血が混じってるんですよ?
そんなの悪いですよ。』
「まあな。
そりゃあハーフ人間なんて、ドワーフ社会では嫌がられるだろう。」
『ですよね。
だったら…』
「でもまあ。
トビタ君の子供なら、私は歓迎かな。」
『…。』
「その場合、ガルドの奴が縁戚になっちまうがな(笑)」
笑いながら手を振り、バルンガもまた持ち場に戻る。
ガルド図面らしき物を眺めていたので、前ほどの緊張関係ではなくなったのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
作業が一段落し、エヴァと共に毛布に包まり身体を休める。
たまに地球で休憩していた俺なんかより、エヴァの方が遥かに疲れてるだろうと思って無理やり休憩時間にしたのだ。
「女なんて気楽な物よ。
戦争に出る訳でもないし。」
言葉とは裏腹に表情には拭いきれない疲労が浮かんでいる。
先日までの長旅、堪えない訳がないのだ。
『エヴァさんも、しばらくはのんびりしょうよ。』
「駄目よ。
明日からは婦人会で炊き出しをする事が決まってるし。
私はしばらく早朝から出るけど、ヒロヒコはちゃんと睡眠を取ってね。」
『しばらくって、どれくらい?』
「しばらくはしばらくよ。
女はそう言われ続けて育つんだから。」
『…。』
「しばらく我慢しなさい。
祖母からも母からも叔母からも従姉妹からも、
ずっとそう言われてたわ。」
『…嫌だ。』
「?」
『俺は嫌だ。』
エヴァは何も答えずにクスクス笑った。
分かっている。
彼女はきっと明日の早朝から動き続けるのだろう。
性分担ってそういう物なのだ。
男を戦場で使い潰し、女を煮炊き出産で使い切る文明だけが勝ち残って来たのだ。
それを怠ったグループは、きっと歴史のどこかで淘汰され終わってるのだろう。
異世界でも地球でも、個々の滅私奉公は嫌と言うほど見ている。
でも、自分の女がそれに組み込まれるとなると話は別。
俺は嫌だ。
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