お、お義父さん。 俺のワープにそんな異名を付けないで下さい。
俺達が住むニヴル自治鉱山地帯を王国軍が厳重に包囲している。
さっと見回した限り包囲網に隙は無い。
「おうトビタ。
軍議だ、早く入れ」
『親方。
俺なんかが参加しちゃっていいんですか?』
「アホか。
ブラギの息子だろ、オマエは。」
『そっすね。』
「俺が介添えするから、まずは皆に挨拶して回れ。
手短にな!」
『はい!』
王国の要求は至ってシンプル。
【自治権を返上して国外退去せよ。】
かなり強烈な内容だが大義名分は向こうにある。
何故なら、そもそもニヴル族の王国居住が傭兵契約とセットだったから。
王国の為の暴力装置だからこそ、この鉱山の採掘権&居住権を認められていた訳なのだ。
「まあ、近年の俺達は理由を付けて出兵拒否を続けていたからな。
王国さんとしても堪忍袋の緒が切れたのだろう。」
『確かに、皆さんが王国軍に協力している場面を見たことがありません。』
「いや、俺達にも言い分はあるよ?
元々、傭兵代金の遅配や減額が続いてたからな。
トビタも、その点は公平に見てくれよな!」
ニヴルにはニヴルの言い分がある。
だが、現実問題としてここは王国領の真ん中なのである。
相手が縁切りを申し出た以上、どうにもならない。
一応、王国も建前としては救済措置を与えている。
【代替地として南方飛地を与える!】
200年ほど前に合衆国に接収された飛び地があるそうなのだ。
(一応、領有権は主張し続けているが、この半世紀ほどは忘れがち。)
これを与える事で王国的にはプラマイゼロという筋書きらしい。
あわよくば、合衆国とニヴル族が潰し合ってくれないかなー、という本音が露骨に現れている。
「ヒロヒコ君…」
『あ、ブラギさん。
えっと、お義父さんと呼んだ方が宜しいですか?』
「いや、公務だからな。
管理官と呼んでくれ。」
『失礼しました、ブラギ管理官。』
「…まだ顔は痛むかね?」
『いえ、痛がっている場面ではなさそうですので。』
「ドワーフ好みの答えだ。」
ブラギにしても遺恨が消えた訳では無いのだろうが、今は非常事態である。
何せ氏族消滅の危機だからな。
まず、ガルドとブラギに伴われて速やかに挨拶回り。
軍議の全メンバーに新参者としての仁義を切る。
その後、戦士長のヨルム氏に呼び出されて、個別ミーティング。
要は、万が一王国と合戦に及んだ場合、同じ人間種の王国人を斬れるか、という話。
『斬れます!』
「ほう、即答かね。
やはりご友人を死なせた王国には意趣が深い?」
『あ、いえ。
それも勿論あるのですが…
俺はガルド親方の徒弟です。
そしてブラギ管理官の娘さんを娶りました。
立ち位置に迷う方がどうかしております。』
「…分かった。
まずはその言葉を嬉しく思う。
だが、君は戦士としての訓練を受けていない。
戦闘への参加を強いるつもりは無いから安心して欲しい。」
『戦士長、代納を認めて下さい。』
そりゃあね。
剣を振るえないなら、カネでも払うしかあるまい。
「…言葉に甘えさせてくれ。
では、そちらの方面に関しては長老衆の指示を仰ぐこと。」
『ありがとうございます!』
「ただね。
ワイバーン問題も含めて君は既に膨大な貢献をしてくれた。
これ以上求めるのは、バランス的にこちらも辛い。
なので、何か希望を叶える形で君の功に報いさせてくれ。」
『お気遣い感謝します。
ただ、褒賞の件は、この問題が解決してから伺わせて下さい。
今は俺なりのベストを尽くします。』
「若人の意気や良し!」
ヨルム戦士長は膝を打って喜びを見せた。
加えて、直属将校を集めてから、皆の前で俺を激賞するコメントを発表する。
【仲間扱いするから、裏切るなよ】という俺への牽制の意味が含まれているのは当然である。
尤も、この様な状況になったからと言って、互いが流血を望んでいる訳ではない。
ここ数年の連敗で疲弊している王国はこれ以上兵を喪失出来ないし、経済的に苦境にあるニヴル氏族は圧倒的な人口を誇る王国人のヘイトをこれ以上買いたくない。
こちらの理想は、例え追放されたとしても国外から王国と貿易を継続して貰う事である。
王国の市場規模は極めて巨大であり、これを喪失してしまえばリカバリーが効かない。
王国側もニヴルの懐事情を知っているだけに、巧妙な交渉条件を持ち掛けて来ている。
『え!?
【財産の半分の持ち出しを認める】
って…
それはつまり。』
「直訳すれば
【資産の半分を寄越せ】
って意味だな。」
『渡すんですか?』
「いや、無理なんだ。
この中から他国や他氏族への債務を支払わなきゃならんからな。
半分も取られたら…
俺達は破滅だ。
絶対にリカバリー出来ない。」
『でも、退去時には厳重な検問を受けなければならない、と。』
「まあ、貧しいとは言えウチは長らく鉱山に根ざしたドワーフだからな。
人間種さんから見れば、鉱物資産は潤沢に保有している。
闇水晶とか地属性魔法とか、結構な分量があるから。
王国さんは欲しがってるな。
後、長老会議は密かに金備蓄をしていると思う。」
そんな話をした後に、王都で組合長を任されていたバルンガ氏(ガルドの先輩)に案内され備蓄庫を見せられる。
財政難を称している割に、結構貯め込んでいるようには見える。
「いやいや、他氏族への納品分もあるからね!
無駄に抱え込んでる訳じゃないから、そこは曲解しないでよ!」
『あ、はい。』
「例えば、そっちの火属性魔石!
採掘した物は全て王国に独占販売する契約なんだ。
これが結構旨味があって、毎年安定したキャッシュが入って来ていた…」
『つまり、今年は…』
「有無を言わさず差し押さえるつもりだろうなぁ。」
そりゃあそうだよな。
魔石の中でも火属性は最も軍事利用頻度が高い。
常識で考えてそんなものを国外に流出させる訳には行かないだろう。
『…提案があるのですが、俺の小刻み移動の話は聞いてますか?』
「公人としては何も聞いていない。」
なるほど、大人はそうやって切り返すのか!
勉強になる。
『取られたくない物資がありましたら、小刻み倉庫に隠しておきましょうか?』
「…分かった。
もし後からゴチャゴチャ言われたら、私に強要された事にして欲しい。」
バルンガ氏が長老衆を呼び、取られたくない資源を指定させる。
10分程みんなでウダウダ話し合って、高品位の魔石は全部隠す事にした。
会議室の便所を借りて府中の自宅と高速ピストンワープ。
建前上は飲み込んで隠したことにする。
「あ、トビタ君!
どうせならこれも!
地龍の爪だ!」
「トビタ君!
デスキャンサーの美品魔石も頼む!」
「トビタ君!
これも行けるよね?
金塊1トン!」
コイツら結構図々しいな。
まあ、生活が掛かってるから仕方ないか。
「待ってくれ!
パープルダイヤモンドも小刻みさせてくれ!」
「あ、忘れてた!
濃縮ミスリルッ!
これは絶対に死守すべき!」
「どうせなら銀塊も1トン行っちゃう?」
もはや人間が飲み込める体積ではないが、長老達は金目のモノを次々に押し付けてくる。
やだなー、府中のマイホーム買ったばかりなんだよなー。
床が抜けたらリフォーム代嵩むだろうなー。
『長老の皆様!
流石に火属性魔石が1つも無いのは、不自然じゃないですか?』
「えっと、今年は忙しくて採掘してなかった事にしよう。」
『ミスリルも…
多少は王国に納めませんと…』
「いやあ、我々も生活が掛かってるから。」
結局、ドワーフの出国馬車に積まれた資源・財宝はあからさまに少ない。
どう見ても1つの氏族が長年蓄積した量ではない。
「トビタくーん。
やっぱりマズいかね?」
『あ、いや。
自分は素人なんで、知ったような口は利けませんが…
流石にこれだけしか無いというのは、不自然かなと…』
「うーん。
悪いけど、ダメ元で行かせて。
どうせしばらく王国さんは相手にしてくれないでしょ。」
『長年の主要取引先を怒らせるのはマズくないですか?』
「うーん。
マズいけど、もう手遅れってことで。」
…まあね。
軍隊に包囲されてる時点で決裂そのものだよね。
俺に財産を隠させた事で決心が付いたのか、長老衆は合衆国方面への総退去を宣言する。
ここまで関係が悪化した以上、王国に居ても仕方ないからな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて王国の検問所。
当然、王国兵達の表情は重かった。
ドワーフが暴発して戦闘に発展する可能性が高いからだ。
だが、ドワーフ達の表情は逆に軽やかだ。
特に長老衆に至っては笑いが堪えられないのかニヤニヤ笑っている者も居る。
王国人も馬鹿ではないので、察した表情となる。
「いやあ、半分納品の条件だったね(棒)
どうぞどうぞ(笑)」
長老達がわざとらしく輸送馬車を指さす。
この時点で怪しい。
王国兵達が渋い表情となる。
…俺が今更知ったドワーフの致命的な弱点。
【腹芸が出来ない!】
肉体的に頑健過ぎる所為だろう。
他種族との折衝で危機を感じる場面がほぼない。
(文字通り、拳一つで解決出来てしまう。)
この強さは戦争には途方もなく有利なのだが、不利場面での交渉に向かない。
彼らドワーフの国際的地位が低い理由。
その原因が、この大根役者っぷりなのだ。
「いやあ、王国さんには世話になったからねえ(棒)
どうぞどうぞ、半分持って行って下さい(棒)」
ちょ、長老…
その棒演技はマズいっす…
「さ、どぞどぞどぞ。
王国さんとはね、これからも良好にやって行きたいんで(棒)」
あー、王国兵達が完全に不審モードになってる。
いや、問題は不信感を持たれた事じゃないんだ。
相手が不信感を抱いた事に気づいてない鈍感さが危ういのだ。
あー、向こうの隊長さん怒ってるなあ。
顔がヒクヒクしている。
そりゃねえ。
長老がニヤニヤしながら指さしている輸送馬車。
明らかに少なすぎだもん。
金や銀が殆どないのに、銅や錫が山盛りされている。
宝石や魔石も屑ばかり。
王国人が一番必要としている火魔石に至っては一つもない。
…これ、喧嘩を売ってると思われても仕方ないぞ。
「…なるほどね。」
隊長さんが冷たい表情で呟いた。
そこから先は無機質な表情になって淡々と手元のメモに何事かを書き込んでいる。
「うん、なるほど。
ニヴルさんはそういう事するのね?
いや、急な話だったから気持ちは分かるけどね。」
王国兵が大秤を使って銅や錫を淡々と分配していく。
ドワーフ達が話し掛けても、全てさらっと流されてしまう。
「はい、じゃあ約束通り全財産の半分を受領致しました。
これ受領書です。
今後、王国領を通過する際に、これ以上の徴収はありませんのでご安心下さい。」
隊長は冷徹な目で俺達を見ながら、部下にゲートを開く事を指示した。
「はい、そのまま馬車を進めて頂いて結構です。
どうぞ。」
これなあ、普通の人間種ならヤバいと気づく場面なのだが…
ドワーフの大半は「してやったり」という表情でニヤニヤしながら馬車に乗り込む。
ブラギが気難しい表情をしてたので、義父が上澄みである事に少し安堵した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
揺れる馬車の中。
義父ブラギと2人きり。
馬車の側にはガルドが騎馬でぴったりと張り付いている。
「ヒロヒコ君。
王国側の態度、どう思った?」
『いやあ、普通に怒ってましたねえ。』
「ああ、やっぱりそうなんだな。
我々は人間種の表情や声色の変化がよく分からないんだ。」
『え?そうなんですか?
じゃあ俺、もっと分かりやすいジェスチャーを心掛けます。』
「ん?
ヒロヒコ君の思考は読みやすいから今のままで構わないぞ?」
『え?』
「兄や娘からも日頃から指摘されてるだろ?
私もそうだ。
ヒロヒコ君は人間種にしては喜怒哀楽が分かりやすい。」
『そ、そこまでですか?』
「うん、それが異種族の君があっさりと我が氏族に受け入れられた理由でもある。
普通は長老衆が他種族の若者と口を利くなんてあり得ないことだからね?
よっぽど話しやすいんだよ、君。」
何だか真正面から馬鹿と言われているようで少し傷付く。
「ちなみに…
これ以上、妾を増やすのはやめてくれよ。
娘が悲しむ姿は見たくないからね。」
『はいお義父さん!』
「…ほーら、分かりやすい。」
何だよ、それ。
「安心しなさい。
婿としての君には最初から期待していない。」
『ぐぬぬ。』
「だが仲間としては信用出来る。」
『え?』
「言葉の通りだ。」
半分は誇らしく、半分は釈然としない。
「王国はこれからどう動く?」
『いや、普通に経済制裁されるでしょ。』
「やっぱりそうなのかな?」
『ええ、まあ、本音を言えばあの検問所で斬り捨てたかったのでしょう。
ただ、ドワーフと戦闘になると甚大な被害が出ます。
なので必死で怒りを堪えたのでしょうね。』
「経済制裁って、どこまでやられると思う?」
『まあ、取引はして貰えないんじゃないですか?』
「えー、それ詰んだかも。」
『詰ませたいんですよ、王国も。』
「やれやれ、まーた仕事が増えるなぁ。」
俺が再認識したドワーフの長所。
楽天的。
そりゃあね。
そんだけご立派なガタイしてりゃあ、将来に悲観するのが難しいだろうねえ。
「ヒロヒコ君。
打開策はあるか?」
『えっと、あり過ぎて困っています。』
「まあ、我々ドワーフが本気を出したら大抵の苦境は凌げてしまうからな。」
この自信が羨ましい。
得な連中ではあるよな。
「でもな?
一番の自信家はヒロヒコ君だぞ?」
『え?
そうですか??』
「だって今、勝確顔してるもの。」
『どんな顔ですか。』
「いや、君が小刻み不正をした後は、大抵そんな表情をしてるから。」
お、お義父さん。
俺のワープにそんな異名を付けないで下さい。
『ふ、不正はしてませんよー。』
「本当かー?
ひょっとして最高ランクのラピスラズリでも隠し持ってるんじゃないかー?」
『や、やだなー、ははは。』
俺の思考ってそんなに読み易いのか!?
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