敬意! その有無こそが人間とケダモノの違いなのだ!
異世界では割り当てられた宿舎に泊まらず、城下町の宿屋に泊まった。
これは胡桃亭と読むのだろうか?
まあ、普通の宿屋である。
女将が話し掛けて来るが、急いでいるので雑談を一方的に打ち切る。
『金貨1枚で何日泊まれます?』
「金貨!?
珍しいわね。
食事アリなら2週間。
素泊まりなら1ヶ月部屋を貸すわ。」
『OK。
じゃあ素泊まり一ヶ月で。』
「ありがとうございます。
はい、鍵。」
『ども。
掃除は不要ってアリ?』
「…騒音や悪臭さえなければアリよ。」
『善処します。』
そんな経緯で異世界側の拠点を確保した。
よし!
これで強盗殺人に専念出来るぞ!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まずは瀬戸内の離島にワープ。
ここに大量の古着を隠してある。
特にマスクと野球帽は潤沢にある。
着替え終わったらJR新宿駅の北口にワープ。
最初、如何に人の少ない場所に飛ぼうか思案したのだが、実験も兼ねて日本一人通りが多い場所を選んだ。
案の定、フェンスでスマホを弄っているオジサンの真横にワープしても視線すら向けて来ない。
帽子のツバ越しに周囲を盗み見るも、誰一人俺を見ていない。
(というより、キョロキョロしている奴がいない。)
俺はそのまま人の流れに乗って六本木駅まで移動した。
何故、六本木かって?
決まってるじゃないか。
俺も詳しくは知らないがカネの集まる街だって有名だからな。
ほら、六本木ヒルズとか言うじゃない?
『へえ。
ここが六本木かぁ。』
俺は周囲を素早く眺めまわし、ワープ可能場所を増やしていく。
雑居ビルの屋上とか良さそうだな。
俺はポケットに手を入れて、ゆっくりとキャバクラの固まっているエリアに近づいて来る。
黒服(?)客引(?)がこっそり通行人に声を掛けているが、俺には目線すら寄越さない。
ま、みすぼらしい格好だからね。
俺が店員さんだったら、こんな奴絶対に入店させないもん。
俺は閻魔坂の周辺を歩いて獲物を物色する。
この街で夜遊びする奴ならカネはいっぱい持ってるだろう。
「えー、社長さんなんだー(棒)
すごーい(棒)」
背後から淫売特有の作り笑いが聞こえて来たので振り返ってみると。
両側にホステス(?)を連れた男が歩いていた。
顔は貧相だがホステスを2人も連れているということは社長なのだろう。
「飲みに来てくれて嬉しいー(棒)
インスタフォローしてくれれて嬉しいー(棒)」
あのホステス共、接客態度が悪いな。
社長が熱心に話しかけているのに、どこか冷淡だ。
やれやれ、東京という街にはハートがない。
とっとと強盗殺人を済ませて自宅に帰ろう。
ゆっくり、ゆっくりと社長達の後を追う。
駅に向かっているのか? 食事?
よく分からない。
俺、ああいう店に行ったことないからな。
途中、社長がホステス達にトイレに行く事を告げ、雑居ビルに入った。
俺は素早く目線を動かし裏口を探す。
「背伸びし過ぎだよねーww」
「だよねー、身の程ww」
不意に背後から会話が聞こえたので聞き耳を立ててしまう。
どうやらこの淫売共は社長が席を外した瞬間に悪口を言い始めたようだ。
2人で社長の訛りやファッションを嘲笑していた。
けしからん!
何て気分の悪い女共だ。
コイツラ何様だというのか。
社長も社長だよ、もっとちゃんとした女を選ばなくちゃ!
くっそー。
男の尊厳を何だと思っているのだ。
くっそー、あの社長が今日のターゲットでさえなければなぁ。
あの女共の本性を報告してやるのに。
くっそー、実に歯痒いぜ!
同じ男として、女のああいう態度だけは絶対に許せねえよ。
『ねえ、社長!』
俺は後頭部から血飛沫を上げている社長の財布を物色しながら熱く語り掛ける。
勿論、その遺骸には真摯に合掌した。
当然じゃないか。
俺は生活の為に強盗をしただけであって、彼には一切恨みがないのだから。
社長、どうか安らかにお眠り下さい。
俺は見開いた社長の瞼を優しく閉じさせた。
何を驚くことがある?
俺はそこらの低劣な強盗野郎とは魂のステージが違うのだよ。
結果として人命を奪ってしまったが、断じてその尊さを忘れるほどの外道ではない。
敬意! その有無こそが人間とケダモノの違いなのだ!
俺は自らの言葉を噛み締め何度も頷くと、少し重みのある財布を奪ってから胡桃亭にワープした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まずは衣装部屋代わりに使っている無人島に到着。
素早く着衣を処分し、全裸で先程押えた胡桃亭の離れ部屋に到着。
部屋に備え付けの小さな水場区画で血を念入りに洗い流す。
くっそ、給湯器もねえのかよ。
しけた宿だな…
まあいい、大切な事は強盗の痕跡を完全に消すことだ。
返り血は衣服にしか付着していない筈だが、念には念を入れなくてはならない。
小一時間かけて身を清め終わる。
さて、本番。
社長の財布を確かめるとするか。
『何せ2人もホステスを連れ歩く位だからな。
さぞかし大金を持っていることだろう。』
呟きながらゆっくりと財布を開く。
『ッ!?』
見間違いか!?
深呼吸してから、財布の中身を全て床に並べる。
『えっ!?』
…総額9万2千円。
いや、貧乏人の俺にとっては大金なのだが、断じて逮捕リスクを負う金額ではない。
『キャッシュレスとか、そういうことなのか?』
漠然とした想定だが、六本木で遊ぶ経営者であれば最低でも財布に50万円くらいは入れているものだと考えていた。
つまり10人殺して500万以上のキャッシュを確保してから、能力の使い方を合法に寄せて行く計画だったのだ。
『マジかよー。』
参ったな。
初手から想定ミスか…
先が思いやられる。
『って社長!?』
え?
何で派遣社員の入館証?
え?
この人、自分で社長って言ってたじゃん。
【桧山克則】
俺が殺した男は大型家電ショップで働く派遣労働者だった。
年齢は41歳。
【吉野家のクーポン】
【マクドナルドのチケット】
【快活クラブの会員証】
漁れば漁る程、この男は貧民だった。
言われてみれば、社長にしては顔付きが貧相だった気がする。
俺は呆然としながら、最後の一枚を何気なく摘まみ上げる。
ATMの明細?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【御利用明細】 足利銀行
ご来店いただきありがとうございます。
「お引き出し額」 10万円
「残高」 2万3502円
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ん?ん?ん?ん?
理解不能理解不能。
俺は何者かのスキル攻撃でも受けているのか?
え?え?え?え?え?え?え?
桧山さん、アナタ女遊びしてる場合じゃないでしょーが!!