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*但し弊社の帳簿には記載しない事とする。

何度も繰り返すが、金は異世界で仕入れるのが1番コスパが良い。

ドワーフ社会を通じた売買ルートを既に確立している上に、地球との金銀価格差が程良く俺に有利に出来ているからだ。


では何故ドバイに来たか?

答えは簡単。

異世界での経験や人脈は地球人としての俺の社会的地位にプラスとならないからだ。

例えば、異世界での俺は共和国元老院議員のギガント族長と面識がある。

婚姻見届人になってくれた程なので、コネと言っても過言ではないだろう。

それどころか魔王とサシで会食した事もある。

(時間停止下という極めて非公式の場だが。)

これは異世界では結構凄いことなのだが、地球では通用しない。

ドワーフだの魔族だの言い出したら、まるで俺が狂人かのように思われてしまうからな。

また、やらかし過ぎて異世界に居場所が無くなる可能性もある。

現に義父ブラギが怖くて、ニヴルに戻る意欲が湧かない訳だしな…

兎に角、異世界カードのみに頼るのは賢明ではない。

それが、俺がドバイに来た理由。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



さて、理論上は儲かる筈だ。

安いドバイで金を買い、高い香港で売る。

東西の経済都市をノーコストで移動可能な俺にとっては、そこまで非現実的な話ではない。


相場や風習も調べたし、地図アプリや翻訳アプリもインストール済。

後は、俺自身の人間力だよな。

(それが最大の不安要素なのだが…)


ワープの座標が欲しいだけなので、ホテルは二泊三日しか取っていない。

本音を言えば1泊でも良いのだが、後から記録を精査された時に不自然だと思い2泊にした。


飛行機に乗る前、軍資金500万円を都内でドルに換えた。

3万4000$

新札が好まれると聞いたので340枚の新券100ドル札を用意してある。

(2006年以前の旧デザインは嫌われるらしい。)


ホテル内ではワープは使わない。

万が一監視カメラがあった場合に備えてワンクッション視線を切ったワープポイントを探す。

絶対にカメラに映らないと断言出来る場所を見つけたので、一旦府中の自宅でカネを鞄に詰め直してからドバイに戻る。

(ビルの屋上にある看板の隙間)

スマホも電源を切りっ放しだしな、出来る範囲の警戒は行うべきだろう。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




【ドバイ・ディラ地区ゴールドスーク】



最初からここを狙っていた。

金の話題になった時に、陳もレオンも村上翁も、この市場(スーク)の名前を出したからだ。

曰く、身分証提示がそこまで厳密ではない、と。


要はアーケード街である。

日本の商店街と王都の外国商人区画を足して2で割ったような雰囲気を想像して欲しい。

俺はフラフラと歩きながら100gゴールドバーの値段を無造作に尋ねるていく。


アーケードの中にある正規店(?)では82$から80$。

屋根が途切れると79$から78$

要するに信用料なのだろう、綺麗な店ほど高値を付けている。


逆に汚い店も僅かにある。

裏通りのシャッターの前に汚い絨毯を敷いた汚いオッサンが座って左右を睨みつけている。

まあ、余程のアホでもない限りあんな小汚いオッサンから買う馬鹿は居ないだろう。


さて正規店。

こちらが小僧なので最初は露骨に侮られるが、100$札の束をチラっと見せると反応が変わる。

レオンに聞いていた通りである。

向こうも商売だからな、仕方ないさ。



喉が渇いたので裏通り(?)で売っていたコーラっぽいペットボトルを買う。

皆は旨そうにゴクゴク飲んでいるがマズい。

まあ、水分補給は大事だしな。



「خوشمزه است!!!」



どうやらそこはアフガニスタン系の商店らしく、変なスナック菓子のような物を買わされそうになる。

いや周りが旨そうに食ってると言う事は、それなりにイケるんだろうけどさあ。

味覚だけは個人差・民族差あるからな…

(王都で帝国人から貰った高級菓子は味が濃すぎて駄目だった。)



「خوشمزه است!!!」



店番の婆さんの圧に負けて、「ごしふぃーる(?)」なる菓子を10ドルで購入。

絶対にボッタくられてるよなあ。

婆さんは真顔で「アフガニスタンではみんな喜ぶ!(オフライン翻訳機)」と力説するも、味は普通。

要はシロップを掛けた揚げ菓子である。

甘味に飢えてる時は美味しいのかも知れない。

まあいいや、ワープで戻った時に口直しに吉野家にでも行こう。



「پسر من همچنان در تجارت طلا است!

این وظیفه اصلی او است!」



よく分らんが、この婆さんの息子さんも金を商ってるらしい。

「アンタの得になるから見て行け!」

と強引に連行されると、さっき俺を睨んだ小汚いオッサンだった。

俺を見ると顔をしかめるが、母親に一喝されると渋々手招きのジェスチャーをする。

こんなオッサンと1秒でも関わるのは御免だが、婆さんの圧が強いので渋々翻訳機を起ち上げる。

…くっそ、電池がもったないな。



『こんにちは。

俺は単なる観光客です。

貧乏です。

一番安い商品を義理で買いたいので、5セントくらいの商品はありませんか?』



「貴方は嘘つきです。

きっとお金持ち。

私には分かる。

金を買いなさい。」



『幾らですか?』



俺は100グラムバーを見ながら形式的に聞く。



「私は善良な商人。

たったの100$で売ってあげます!」



ほーら見ろ。

さあ、表通りに戻るか。



「今のはジョーク。

だが、私がユーモアを解するアフガーンであると証明できたと思う。」



『なるほど面白かった。

では、さようなら。』



「実は真の価格は90$なんだ!

御友人には内緒だよ?

取り合いになってしまうからね。」



『あいにく友人は居ない。

では、さようなら。』



「友人ならここに居るじゃないか。

私という親友が。

なので友達価格が85$であると宣言しよう。」



『はっはっは。

では、さようなら。』



「母も君を気に入っている。

80$」



『お母様によろしく。

では、さようなら。』



「今度は父を紹介しよう。

何と私よりも親切な性格なんだ。

79$」



上手く言語化出来ないが、そりゃあこの店には客が来ないよなーって感想。

表通りの商人達は強引ながらも洗練されていたが…

このオッサンは万事が不器用である。



『80$で買うよ。』



「?」



『但し。

この後、中国人(チャイニーズ)に販売する約束になっている。

刻印の鮮明なバーで売って欲しい。』



「…。」



オッサンは無言で俺に突き出していたクリアケースを引っ込め、座椅子の死角から同様のバーを取り出す。




「こっちはスイスのPAMP社の純正だから安心して欲しい。」



じゃあ、今引っ込めたそっちは何だったんだろうな。



『OK。

1本買うよ。


…東京で両替したドル札だから安心して欲しい。』



オッサンは初めて笑う。

なるほど、本当にユーモアが通じるらしい。



『これで友達?』



「違う、取引相手。」



『光栄です。』



まずは4店舗で100グラムゴールドバーを仕入れた。

㌘単価はそれぞれ、81$、79$、79$、そして80$。

平均取得単価は120万円。

盗難が怖いので便所に入った一瞬の隙に瀬戸内の孤島にバーを隠す。



『さて、大雑把にカネを使ってしまったな。

1本でも偽物が混じっていれば大赤字だ。』



言いながらもプレッシャーはない。

この能力がある限り、金銭面では幾らでもリカバリーが効く。

そもそも俺の特技は強盗だし、世界中から金持ちが集まるこの街の座標を覚えたしな。

なので俺に限っては喰いっぱぐれは絶対にない。

今は【喰い方】を修行するターンだ。


ホテルで寝る前に府中にワープしてメールチェック。

パープルシャトウの犬童社長からの着信と留守電が残っている。

要は【遠藤】を交えて会談の場を持ちたいのだ。



『あ、犬童社長。

お忙しい所を申し訳ありません。

今、お時間宜しいでしょうか?』



  「おお!

  飛田社長!

  大変申し訳御座いません!

  5分後に折り返して宜しいでしょうか?」



『はい、お忙しい時間に申し訳ありませんでした。

お待ちしております。

一旦切りますね。』



そりゃあね。

あんなに有名な店の経営者が暇な筈もないよね。

10分後、折り返し。



  「…申し訳御座いません。

  思ったよりも…」



『いえいえ!』



  「電源が切られていたので…

  私がしつこく掛けたので嫌がられたのかと…」



『いやいやいや!

飛行機に乗ってたんですよ!

犬童社長にはこちらから連絡するべきなのに

怠っていて申し訳ありません。』



  「いやいやいや!」



『いやいやいや!』



  「えっと、今は東京にはおられないのですか?」



『あ、ドバイです。』



  「え?

  あのドバイ?」



『はい、今日から2泊して帰国します。』



  「おお、豪勢ですねえ。

  私も妻からねだられているのですが…

  流行に五月蠅い女でして…

  でも中々、時間が取れなくて…

  いいなあ、私も3日でいいから休みたいなぁ。」



『あ、いえ。

一応仕事なので。』



  「あ!

  これはこれは失礼しました!!」



『あ、いえいえ。』



  「そうでした。

  ドワープは宝石商社ですものね。

  いい石はありましたか?」



『いや、今回は金ですね。

先程までゴールド・スークに居りました。

時間があれば宝石も見ておきますよ。』



  「…。」



『?』



  「失礼。

  飛田社長がそこまで大商いをされておられるとは…」



『いや、大至急キャッシュを作りたいので。』



  「え?

  何かトラブルでも?」



『え?

だって遠藤さん妊娠したじゃないですか。

産むにせよ堕すにせよ纏まったカネは必要でしょう?』


 

  「ッ!?」

  


『?』



  「…近いうちに東京に伺っても宜しいでしょうか?

  無論、飛田社長のご予定に合わせますので!!」




そういう遣り取りがあって、犬童と東京で会談する事が決まる。

…遠藤と沼袋、セットで応対させてくれれば楽なんだがな。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




そして、おとなしくホテルに帰って寝た。

2日目も横目でワープポイントを記憶しながら各スークを忙しなく歩き回る。

観光には興味がないのだが、商売の種は探しておきたい。

もしも異世界に行けなくなったら?

もしもワープを喪失してしまったら?

備えておくに越した事はないのだ。



【カネは容易く奪われるが、経験は誰にも奪えない。】



ドナルド・キーンの教えである。

別れてからの方が存在感が大きい、不思議な男だった。



ドバイには様々な市場(スーク)があった。

香辛料やお茶が売られるスパイス・スーク。

そして布製品や雑貨が揃うオールド・スーク。

ゴールド・スークと合わせて3大スークである。


他にも香水スークや、中東人ばかりが集まったナイーフ・スーク。

布地を扱うテキスタイル・スーク。


今は用がない。

だが、ワープで自在にドバイに来れる俺がこれらの品目を覚えておいて損はない。

学ぶのだ、成り上がる為に!


いや、違うな。

俺はこうやって利益を追い求めるのが好きなのだろう。

何せワープを授かったくらいだからな。



「هی جاپانی ها!!」



昨日のオッサンか。



『やあ、バシールさん。

もうおカネはないよ。』



「やあ、ヒロヒコ。

おカネなんて要らないさ。

私の商店で休憩して行きなさい。

母も喜ぶだろう。」



『あっはっは。

それは残念です。

見ての通り、ビジネスが忙しくてね。』



「はっはっは。

それは大変だ。

ビジネスを成功させる為にも腹ごしらえは必要だよ。」



バシールと下らない遣り取りをしながら、裏通りの商店へ。

再開したお母様は、満面の笑みでコーラもどきを突き付けてくる。

いや、だから俺、その飲み物嫌いなんだって。



  「نوشیدنی.!!

  نوشیدنی.!!」



『え?

ここで飲むんですか?

強引だなあ。』



  「3$!!」



『カネ取るのかよ。』



「ヒロヒコ、どうして日本人だって言ってくれなかったんだ?」



『聞かれなかったから。』



「君が【ニーハオ】って返事するから中国人かと思ったんだぞ?」



『いや、皆が俺に【ニーハオ】連呼して来るから。』



「ヒロヒコがあまりに律儀に返事するから、みんな日本人だって気付き始めたけどな。」



…奥が深いねぇ。



「日本に帰ったらウチを宣伝してくれ。

テナント料高いのに、全然売れないんだよ!」



『え?

それは店員の落ち度なのでは?

あっちのパキスタン人の店は大繁盛してたけど?』



「アイツはズルいんだよ!

愛想が良くて勤勉なんだ!!

しかもあの店は絶対に混ぜ金にすり替えない!!」



『なるほど。』



次からはパキスタン店で取引だな。



「ほら、ヒロヒコ。

私からの気持ちだ。

受け取ってくれ。」



『ん?

この店の商品としては随分綺麗じゃないですか?』



「え!?

知らないの!?

ドバイチョコレートだよ!!

今、全世界で大流行してるんだよ!?」



『あ、いや。

巣鴨でジュエリー羊羹が流行したという情報は前に仕入れたのですが…

(チャコちゃん調べ)』



「いやいやいや!

ドバイチョコレートを知らないなんて商人の風上にも置けない!!

君、そんな心構えじゃ、他の日本商人まで馬鹿にされてしまうぞ!

プレゼントするから、ちゃんと勉強しなさい!」



『あ、はい。』



なるほど。

このドバイ・チョコレートなる菓子が世界では流行ってるのか。

話し半分に聞いておこう。



  「40$!!」



なるほど。

有料のプレゼントも存在する、と。

世界は広いなぁ。



「これは私の私物だから。」



母親を横目で牽制しながらバシールが他のお菓子を包んでくれる。

何かを言いたそうな表情で俺を睨んでいるが、後で息子さんと話し合って欲しい。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



さて。

その後は何事もなく成田に帰国。

流石に片道12時間は辛い。

往復で丸1日だからな。

やっぱり中東は異郷だわ。


そんな事を考えて寝転びながら、スマホで香港行き日帰り航空券を確保。

念の為に休養を1日挟んでから出発するのだ。


金の購入元であるドバイ。

販売先である香港。

共に身分確認が厳格ではない。

そこを突く。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




『ビンゴ。』



「有冇問題?」



『失礼、こっちの話です。』



もっとハードルが高いと思った。

あまりにあっさり売れたので拍子抜けする。

深水埗(Sham Shui Po)の質屋系ゴールドショップ。

ここが一番緩いと聞いていたので、ピンポイントで狙って訪れた。



買取グラム単価85$と聞いて、思わず息を飲む。

日本円で127.5万円の収益。

ドバイでの平均取得単価が日本円で120万円なので、7.5万円の利益。

それが4本あるから30万円の利益となる。



え?

その後どうしたのかって?

5往復したよ。


チャコちゃんを黙らせる為に自宅にストックしておいたジュエリー羊羹をバシール一家に贈ったら78$で売ってくれるようになった。

深水埗は85$以上は見つからなかったが、関税を払う気のない俺にとってはそれで十分である。

この価格差が恒久的だとは思わないが…

元手500万あれば、1往復で大体40万円の*利益を出すルートを開拓出来たのだ。


*但し弊社の帳簿には記載しない事とする。


まあ、俺にしては上等だろう。

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