さて、たまには他人のチカラで飛びますか。
結論から言う。
俺のワープは密輸と相性が良い。
世界各国の国境・港湾・空港に存在する税関を無視出来るからである。
例えば消費税の存在しない国家で金地金を1億円分購入し、消費税を採用している我が国でそのまま販売するだけで税金分10%の1000万円が手に入る。
勿論、こんなアホな事はしない。
金なら異世界で仕入れた方が得だし、俺の欲しいのは確定申告後に残った真水だからな。
表に出せないカネを抱え込んで悩んでいる反社が多いらしいのだが、俺はそんなものに成りたい訳ではなく、資本家階級という身分になりたいのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『Hello。
Sorry、日本語以外分からないです。』
この2日間。
コンチネンタルやらヒルトンのラウンジをハシゴしている。
俺は不味いコーヒーを飲みながら、たまに目が合った連中に愛想良く会釈をしている。
政府のインバウンド政策が功を奏しているのか、やはりガイジンが多い。
それなりの数を見てきたので、そのガイジンが労働者なのか事業家なのか投資家なのか資産家なのか、何となく見分けが付くようになっていた。
異世界に居る時にドナルド・キーンに教わった人物鑑定術が見事なまでに機能してくれている。
俺の戦略はシンプル。
金持ちの集まる区画で俺に興味を持った者の案件を請ける。
胸元にはジェインが唸る程の極大ルビー。
それだけ。
最近はスマホで英会話も出来るらしいので、空いた時間はひたすらマニュアルを見ながら練習。
「こんにちは、昨日もおられましたね。」
『こんにちは。
声を掛けて下さってありがとうございます。』
そんな地味な遣り取りの5人目。
宝石を見ないようにしながら話し掛けて来た者が居た。
数分話してようやく中国系だと気付いた程に流暢な男だった。
台北で商社を営んでいるらしい。
かなりカタギっぽい雰囲気をしていたので、逆に成功した反社かその息子なのだろうと見当を付けながら応対する。
「ほう、株式会社ドワープ。
いやあ、その若さで起業とは飛田先生は素晴らしいです。」
『いえいえ、陳先生に比べれば吹けば飛ぶような小商いです。』
そういう社交辞令の交わし方も自然に身に付いて来る。
事業者には事業者の作法があるのだ。
(労働者のそれはあったとしても分断されているのだと推測する。)
「プライベートジェット?」
『勿論、私が所有している訳ではありません。
たまたま親友が融通を利かせてくれて、割とどこの国にでも気軽に行けると言いましょうか…
それで、何か商売が出来たらな、と。』
「最近はプライベートジェットの検査も厳しいですよ。
ニホンではゴーン事件もありましたし。」
『ええ、なので今年一杯の商売かな、と。』
「要は…
運び屋的な?」
『それを合法の範疇で出来れば幸いなのですが。』
「仰る通りです。
ビジネスとは法規に則るべきです。
ところで、台湾には消費税がありません。」
『羨ましいですね。
ご存知の通り、我が国は10%です。』
「『はっはっは。』」
きっと俺の目も笑っていないのだろう。
「ロシアの連中は大胆に金地金を動かしているらしいですな。
彼らは外交官特権の意味を履き違えているようです。」
『なるほど、それはけしからんですな。』
「飛田先生はけしからんとお思いですか?」
『はい。
けしからなくない使い道を足りない頭で考えております。』
陳はクスクス笑う。
どうやら及第点は取れたようだ。
そこからは雑談。
プライベートジェットに無料で便乗出来たらやってみたいビジネスをアレコレと話し合う。
『でも、結局は金地金の話になっちゃいますね。
次点で宝石。』
「ええ、Gold is Kingですよ。
地元に帰れば消費税は無いのですが、日本に迷惑は掛けたくないですからね。
台湾には消費税はありませんから。」
『なるほどー。
俺は遵法主義者ですが、陳先生とは是非ともその範疇で仲良くさせて頂きたいです。 (二コニコ)』
「はい、私は合法が大好きです。 (ニコニコ)」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【ドナルド・キーンの教え】
「初対面でクロージングを狙うのは絶対に駄目!
結果として1番の遠回りになっちゃうからね。
ところで私はゴモラタウンの富裕層邸宅を販売してるんだけど代理店になってくれない?
初対面の君に頼むのも図々しい話だけどさ。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
陳水鴻とは連絡先を交換した。
ジェインに強要されたWhatsAppが意外に役に立つ。
年間20カ国をビジネスで回る男だけあって、何気ない雑談の中に無数のヒントが混じっていた。
『どうして陳先生ほどの方が俺なんかを相手にしてくれたのですか?』
別れ際に尋ねると、真顔で切り返される。
「だって飛田先生ほどの方が相手にしてくれましたもの。」
陳と別れてからも、何度もその言葉を反芻して自分なりに落とし込もうとする。
今の俺は到底あの境地には至ってないが…
上に昇る為には学ばなければならないのだ、それも今すぐに。
『さて、次は六本木リッツだな。』
ビジネスが固まるまでは、ルーチンをきっちりこなしたい。
リッツでは前に離婚調停話で盛り上がったレオンと再会。
相変わらず退屈に塗れているらしい。
日本はスペイン語が通じないから辛いとのこと。
ブラジル系のバーとかに行けばどうだ、と提案してみるも露骨に嫌そうな顔をされる。
アジア人の次に南米人が嫌いとのこと。
「なるほど。
ラウンジで皆に話しかけて儲け話を…
プライベートジェットを自由に使えるなら、面白いかもですね。」
『でも結局ゴールドの話に行き着くんです。
次点で宝石。』
「まあ、密輸の鉄板ですからね。」
『その単語は使わないで下さいよー(笑)』
「『あっはっは。』」
俺は高級時計や美術品のアイデアをレオンに相談するのだが、一笑に付される。
「El oro es el rey!」
まあなあ。
そりゃあそうだろうなぁ。
誰に聞いても金地金1択らしいからな。
(かなり落ちて次点が宝石)
「ドバイで買いなさい。」
『やっぱりドバイですか。』
「日本に上手く持ち込めば10%プレミアムが付きます。
簡単なビジネスですよ!」
『あ、いやぁ。
俺は日本人ですし、あんまり自国の税制を食い物にするのは…』
「じゃあ香港で売る!」
『ドバイに香港って、平凡過ぎませんか?』
「貴方はまだ若いから分からないかも知れませんけど…
王道で勝てない人は何をやっても失敗しますよ。
日本人の好きなフレーズに【基本が1番大切】ってあるでしょ?
世界でビジネスしたいのに、ドバイも香港も知らないって論外です。
貴方、駆け出しの癖に基礎を疎かにし過ぎ。」
最後は半ば説教になったが、確かにそうかも知れないな。
特に俺みたいに宝石や貴金属を扱うと決めた人間が、本場を知らないのは問題ありか…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レオンに手を振った俺は都内で新品のドル札を掻き集めると、ドバイへの切符を買った。
あんまり海外って好きじゃないんだけどな。
ナーロッパにすら抵抗のある俺が、中東に馴染めるとは思えない。
成田でうどんを啜っていると着信がある。
『はい、飛田です。』
「飛田クン。
いよいよプレゼン本編の準備が整ったわ!
今から会える?」
『あ、すみません。
今から出張なんで…
お土産、何がいいですか?』
「え?
専務達が皆で食べれる物とか?」
『オッケー、探しておきます。
んじゃ。』
ドバイ国際空港まで12時間。
さて、たまには他人のチカラで飛びますか。