そいつは笑えないな。
この地球上で俺が最も嫌う空間…
ディズニーランドッ!!
もうね、この商業主義と大衆主義の象徴がね。
俺は昔から嫌いで嫌いで仕方なくてね!
まさか、こんな空間に連れて来られるなんて思わないじゃない!
あー、やだやだ!
あーやだやだやだ!!
大嫌い!!
さっき地球上で一番嫌いって言ったけど、異世界含めても一番嫌い。
そもそも客層が気に食わない。
俺のワープってさぁ、こういう不快な空間から逃れる為に使うものだと思うんだよ!!
「飛田クン、怒ってるでしょ。」
『別に怒ってないです。(怒)』
「安心して。
私もこういう空間が苦手だから。」
『じゃあ、どうして連れて来たんですかね。』
「王子様と言えばお城だと思ったから。」
『王子?』
「最初見た時に思ったの。
飛田クンが私にとっての白馬の王子様なんだなって。」
『???』
理解不能、理解不能。
この女は脳に異常でもあるのではないだろうか。
『一応念を押しておきますね?
村上専務からも聞いていると思いますけど、俺は貧民の子供です。
ワープア家庭です。
それもクラスの皆から笑いものにされるレベルの。』
「でも飛田クンは最終的に逆転するタイプでしょ?
というより、もう逆転し終わってると思う。」
『さぁ、どうでしょう。
ただ、周囲の気を惹く為にカネを持ってるフリをしてるだけかもですよ。』
「…そういう人は服装にもっと気を遣うと思う。」
服の話題を口にしながら、チャコちゃんは目線を伏せる。
俺の服、そんなに汚いかな。
「私は気の利くタイプじゃないけど、飛田クンが意味もなく恥をかいたり侮られたりする事を防ぐ事が出来ると思うの。」
いや、逆だな。
この女はかなり知恵が回るタイプ。
給仕の手際を見ていれば嫌でも分かることだ。
同じ切れ者のエヴァと全く異なるのは、俺を囲って来そうな雰囲気があること。
『…バカバカしい。
そんな物はなんとでもなりますよ。
最近はルックスに対するコンサルサービスだって充実している。』
「でも、私なら秘密を守るお手伝いも出来るよ。」
『…。』
「あ、シンデレラ城。」
『…。』
「シンデレラ城。」
『あ、はい。』
…なーにがシンデレラ城じゃ。
くだらねえ…
「何がシンデレラ城だって思ったでしょ?
そうだよね、男の人から見れば下らない事だよね。」
『…。』
心を読むのは止めて貰えませんかね?
「でもね。
女にはこれしかないの。」
『ファ?』
「女のゴールはシンデレラしか無いのよ。」
『いやいや、流石にそれしかと言うのは過言でしょう。
仕事とか芸術とか女性の生き方なんて幾らでもあるでしょうに。』
「それは負け犬達の現実逃避よ。
女はお姫様になれるかどうかが全てなの。」
『え、いや。
全てって程では。』
「中国史だって、そうでしょ?
皇帝になるか滅ぼされるかの2択な訳じゃない。」
『…極論。』
「女の人生は魏晋南北級にオール・オア・ナッシングなのよ!」
マジかー、ソープ行ってくるわ。
「だから私が飛田クンに粘着するのは仕方ない事なの!」
『いや、他に男なんて幾らでも…』
「玉璽を拾ったら誰にも渡さないでしょ!」
クッ、凄い説得力だ。
いや、俺の知ったことではないが。
でも言わんとする事は伝わった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「飛田クン。
このディズニーランドの中で一番嫌いなアトラクションを教えて。」
『全部嫌いですよ。
こんな下らない場所で燥いでる馬鹿共は心底軽蔑します。』
「ふふふ。」
『何で嫌いな物を聞くんですか?』
「何も好きになれない人を相手にするんだから、嫌いな物くらいは知っておきたいじゃない。」
『村上さんのことは結構好きです。
歳を取るとしたらああいうジジーになりたいですね。』
「本人に言ってあげれば喜ぶと思うな。」
『…伝わってますよ、お互いに。』
「男の人のそういう距離感って羨ましい。
女社会は最低だから。」
『そっすか。』
「つまらない話をしてゴメンね。」
『アレが嫌いです。』
「え?」
『嫌いなアトラクションを尋ねられたから。
あのビックサンダーマウンテンが嫌いです。』
「…嫌いな理由を当てさせて。」
『お好きに。』
「一番人気って書いてるから。
一時間待ちなのに、皆が喜んで並んでるから。」
『…言語化した事はありませんでしたが、そんな所でしょう。』
「男の子はああいうの好きそうだけど。」
『ああいうの?』
「ビックサンダー・マウンテンって冒険の話なのよ。
ゴールドラッシュの頃にね。
開拓者たちは金塊を求めて赤茶けた岩山のビッグサンダー・マウンテンで採掘を始めるの。
ネイティブ達はあの山に入れば精霊や神々に祟られるって忠告するんだけど、開拓者達は無視してビッグサンダー・マイニングカンパニー を設立して大規模化しちゃうのね。
ところが、そのうちに鉱山では謎の事故が多発。
機関士も居ないのにトロッコが暴走しているという噂が立つほどになるの。
以来ビッグサンダー・マウンテンは、勇敢な開拓者ではないと入るのが難しいくらい危険な鉱山となっている。
そんな設定。」
『…多分俺、単にアメリカ人が嫌いなだけなんでしょう。』
「飛田クンはネイティブ贔屓なんだろうね。」
『…。』
アホらしいので返事をしない。
流石の俺も女と政治の話をするほど馬鹿ではない。
『プロファイリングの役には立ちましたか?』
「飛田クンの全てが分かっちゃったかも。」
…やれやれ、随分薄っぺらい人生なんだろうな、俺。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それでは私を購入するメリットについて述べます。」
『あ、はい。』
「男の人が嫌いなディズニーからすぐに帰ってあげます。
こんな風に。」
舞浜駅から東京駅まで17分。
東京駅から巣鴨駅まで20分。
きっと手頃なデートスポットではあるのだろう。
ワープさえ持っていなければ、近さを喜んだかも知れない。
まあ、俺の自宅は府中だから遠いんだけどな。
「他にも利点あるよ。」
『例えば?』
「変り者に免疫がある。」
そりゃあ、村上翁と普段顔を突き合わせていればな。
『それは美点ですね。
俺は平凡人ですけど。』
「私、飛田クンのギャグセンが好きなのかも。」
…そいつは笑えないな。
『それがプレゼンなんですか?』
「パワポも用意出来るけど?」
『いえ、口頭の方がありがたいです。』
「あはは、ゼミの教授もそのスタンスなら助かったんだけどね。」
『大学、大変そうですね。』
「いいの、もう辞めたし。」
『そっすか。』
「後ねえ、私は異世界に理解がある女です。
結構オタクなんだよ。」
『ッ!?』
一瞬反応し掛けるも動揺を押し殺す。
異世界?
この女、今そう言ったのか?
「ね?
白馬の王子様でしょ。」
『…何のことだか。
俺は王子なんかじゃないです。
貧困地区に住んでたから、クラスメート達は親から俺とは関わるなって言われてたそうですよ。』
「でも異世界で王様なり王子様と付き合いはあったんじゃない?」
…御名答。
魔王とロブスター食ったばかりだよ。
『さっきから何を仰っているのか分かりません。
漫画か何かの話をされてるのでしたら、現実とフィクションを区別する事を推奨しますね。』
「…。」
チャコちゃんは無言で胸元のボタンを外す。
『ッ!?』
そこにはハンスに貰った風魔石が微かな光を放っていた。
「付いてるよ、区別。」
『…。』
参ったな。
あの時のワープで落としていたらしい。
よりにもよって、この女に拾われるとはね。
「安心して、誰にも言ってない。」
『…。』
「専務にも言ってないよ。
見せてもいない。」
『…。』
「じゃあプレゼン始めるね。」
『…手短に。』
「私、ぼっちです。
高校までも友達全然いなかったし、大学でも孤立してました。」
『…。』
「理由、当ててみてよ。」
『精神年齢的に話が合わないんでしょ。』
「どうしてそう思ったの?」
『幼稚だから孤立している俺とは逆の人だから。』
「ふふっ、飛田クンを幼稚だとは思わないけどな。」
『皆の前では頑張って背伸びしてるんです。』
「ふふっ。」
『…。』
「ねえ、異世界と地球どっちが好き?」
『くたばれ異世界。』
「え?」
『最初はそう思ってました。』
「あはは。
いつか私にも馴染んでくれる?」
『…。』
「…。」
『もう十分馴染んだじゃないですか。
俺、人生でここまで長く会話した子って、そんなに居ないですよ。』
「シンデレラになりたいの。」
『?』
「義理でダンスの相手をして貰うだけじゃイヤ。
私もシンデレラになりたい。」
『俺、そんなにいい物じゃないです。』
「ガラスの靴も拾ったし。
運命感じてるのよ。」
どちらかと言えばハンスの方が王子っぽいんだけどな。
「以上でプレゼン前半を終了します。」
気が付くと巣鴨に着いていた。
あれ?
結構早い電車だったな。
『じゃ、俺はもう行きますね。
村上さんに宜しくです。』
「ポストに金貨入れちゃ駄目だよ。
みんな困ってたし。」
『形見ですよ。
好きに使って下さい。』
「贈与税が発生するから駄目。」
『そこら辺は柴田先生と調整して下さい。』
やれやれ、何の実りもない一日だった。
疲れたので口直しに熊本のソープ。
タイピーエンの大盛を喰ってから府中で寝た。