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男なら何が欲しいかよりも何を為すべきかで願いを語れよ。

魔王が王国を離れるまでの数時間、俺は停まった時間の中でお洒落料理を堪能する。

あまり酒が強い方ではないのだが、卓上にあった全種類も飲んでみる。

それにしてもガルドはこんな強い酒を常飲してるんだから凄いよな。

俺は蜂蜜水にガルドのグラスから数滴垂らし無難に飲めるカクテルを作ってから七面鳥の丸焼きを1人で貪る。


魔王曰く、停止した時間の中では馬が使えないので、時間停止はそこまで万能ではないらしい。

なので彼が栄達し魔王職を得てからは、格段にカバーすべき範囲が広がり、国土のケアに相当苦しんでいるとのこと。



  『部下の方に任せれば良くないですか?』



  「いえ!

  そういう怠惰が国家を衰退させるのです!

  責任者たる者!

  可能な限り現場を確認するべきです!」



あの生真面目さが魔王を疲弊させているのだろうが、領民にとってはこの上のない幸運である。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「おいヒロヒコ。」



『え?』



時間が戻った。

魔王がスキルを解除した?

それとも有効距離から離れた?



「おい、もう酔いつぶれたのか?」



『あ、いえ!

大丈夫です。』



「そうか?

かなり顔が赤くなってるぞ。」



『そうっすね。

ちょっと飲み過ぎたかもです。』



「おいおい度を過ぎるなよ。

まあいい。

ハンスさんにロブスターを切り分けなさい。

色々とオマエの事を配慮して下さっておられるから、ちゃんと御礼を言うんだぞ。」



『あ、すみません。

全部食べてしまいました。』



「え!?

さっき来たばかりだろう。

ヒロヒコ…

こういう大皿料理を1人で食べてしまうのは幾らなんでもエチケット違反だぞ。」



「いやいや!

ガルド親方!

食べっぷりのいい若者なんて最高じゃないですか!

きっと彼も慣れない軍陣で疲れが溜まっていたのですよ。


トビタ君。

遠慮しなくていいからね。

他にも飲みたい物や食べたい物があったら、気軽に言って頂戴ね。」



ハンスはそう言ってくれたのだが、部屋に戻って再度ガルドに怒られた。

そりゃあね。

あんなデカいロブスター皿を独り占めするなんて、不躾にも程があるよね。



『それで親方…

もう1つ叱責されるかも知れない報告があるのですが…』



「おいおい勘弁してくれよ。

大人は好きで若者に口煩く言ってる訳じゃないんだぞ?」



『はい、仰る通りです。』



「それで…

報告とは?」



『これは独り言なのですが…』



「ん?」



『東ゾルド山脈鉱物資源調査・5年採掘権。』



「おいオマエ、一体何を。」



『11億2000万ウェン。.』



「え!?

ちょ、オマエ!!

ちょ、オマエ!!

落札価格の話!?

ヤバい!! 流石に俺も看過出来んぞ!!」



『…。』



「おいヒロヒコ!!」



『あくまで独り言です。

俺は何も知りませんし、言ってません。』



「いやいや、洒落で済む話と済まない話があるぞ。

ひょっとしてオマエ…

落札情報盗んだのか!?」



『いえ!

誓って俺は何もしてません。

小刻みにも移動してません!!』



「万が一発覚したら…

氏族全体が国際プロジェクトの入札から締め出されるんだぞ!!」



『いや、本当に本当に俺は何も知らないので…

それに!!

どのみち今のニヴル氏族はどこのプロジェクトにも噛めてないじゃないですか。

実績がないから新規案件を獲得出来てない。』



「…子供が口を挟む問題じゃない。

長老会議はそこら辺もちゃんと考えてるんだ!」



『スミマセン。

たださっきのは完全な独り言です。

不都合であれば忘れて下さい。』



「…忘れられる訳ないだろう。」



『流石に入札価格ギリギリは監査が入ってしまうので、11.5億で出して貰えれば…』



「いやいやいや!!

具体的すぎるわ!!」



『ですから、不都合であれば親方の胸のうちにしまうか…

入札の担当者にそれとなく独り言を漏らすか。

それでいいじゃないですか。』



「…今期から海外プロジェクトはブラギが統括している。」



『え!?

そうなんすか!?』



「万が一、俺やオマエが入札関連で下手を打った場合、一族ぐるみの犯行と見做されるんだ!」



『あ、すみません。

存じない事とは言え…

いや、俺はニヴルが財政難と聞いていたんで…

その、すみません。』



「勿論、ヒロヒコの気持ちは嬉しいよ?

でも社会ってそんなに甘い物じゃないから。」



『はい、仰る通りです。』



それから小一時間、2人で額を寄せ合ってブツブツ唱えていたが、結局はガルドがブラギの前で独り言を呟く事となった。



「アイツ真面目だからなー。

絶対俺、怒られるわ。」



『あ、すみません。

ブラギさんが怒ったら、ちゃんと俺の所為にして下さい。』



「アホ。

若者を盾にするような真似をしたら、それこそ兄弟の縁を切られちまうわ。」



タテマエの話はそこまで。

後は寝転がって、国際入札案件の旨味について教えてくれる。

特に鉱業が強いドワーフ種は採掘権さえ確保してしまえば、文字通りボロ儲け可能。

だから、どの氏族も喉から手が出るくらい採掘権が欲しいし、魔界内で似たポジションのオーク種と揉めるケースが非常に多い。

10年前に再燃したギガント族とオーク本家の相互ダンピング訴訟問題も依然解決していない程である。



「結局、みんなカネがねえんだ。

だから争う。」



『闘争こそがドワーフの本懐と…』



「あれは単なるスローガン。

そうでも思わないと惨めでやってらんねーよ。」



『そうっすか。

俺はカッコいいと内心思ってました。


それにしても、カネってどこにあるんすかね?』



何気なく呟いた俺にガルドは心底不思議そうな顔をする。



「…それを言う?」



『え、何すか?

俺、また余計なこと言いました?』



「いや、カネを一番持ってるのはオマエだし。」



『え?

いやいや!!

そこまでではないですよ!!』



「でも黒胡椒や銀を際限なく持ってるだろ。」



『いやいやいや!

際限なくはないですよ。』



「じゃあさあ。

黒胡椒1トンって手に入る?」



『え?』



確かエスビー食品が10㌔売りしてたな。

幾らだったかな…

ああ思い出した、10㌔4万円強だ。

と言う事は1000㌔(1㌧)で400万か。

今の俺なら何とかなるな。



『まあ、必要なら何とかします。』



「ほら際限ないじゃねーか。」



『ちょ、親方。

頑張ればの話ですよ?

幾ら俺でも1㌧の準備となると1週間は猶予が必要ですからね。』



「うーん。

今のは外で絶対言うなよ?

1㌧1週間の時点でオマエの最強は確定してるから。」



…確かにな。

結局商売の本質とはアービトラージであり、ワープ能力を保有している俺はそれだけで絶対的優位を持っている。

例えば合衆国では工業用の金需要が世界一高い。

なので金が豊富に採れる王国から金を持ち込めば相場の3倍の銀と交換してくれる。

勿論、王国価格で売りに行くことは不可能である。

途中、数々の関所があり通行税を取られる上に、国境代わりの荒野では盗賊が虎視眈々と獲物を待ち構えている。

この様に輸出コストが高すぎるので、合衆国への金輸出を誰も実践しない。

だが、俺ならノーコストで合衆国内に持ち込めるのだ。

日本か合衆国か、高値で買ってくれる方に売るだけの話なのだ。


そして何よりワープの異常性。

絶対逃走能力。

ヤバいと感じたら即座に府中の自宅に飛ぶ。

仮に府中が使えなくとも、無数のセーフハウスを俺は確保している。

例えば淡路島と小豆島の中間あたりに大きな岩礁島があるのだが、その島は地形の関係で船を接岸する事が物理的に不可能だ。

そこの洞穴に俺はカネや食料、武器や着替えを隠し持っている。

俺に鬼ごっこで挑むのは相当骨が折れると思う。



『あー、そういう視点で見れば親方の言う通りっすね。

現時点では小金持ちレベルですけど。

立ち回り次第で幾らでも富が増えちゃうと思います。』



「おめでとう、とでも言ってやろうか?」



『うーーーん。

ここらが落とし所なんですかね?』



「満足出来ないか?

ニヴルの婿程度では物足りない?」



『いや、皮肉抜きで最高です。

親方の身内になれて…


…。


…。


…。


嬉しいです。』



「そっか。」



『ただ、ゴールはどこにあるのか。

いざ、そう問われた時に何も思い浮かばなくて。』



「…。」



『多分俺はどこにでも行けます。』



「うん。」



『でも、じゃあどこに行きたいのかって話になると…』



「…。」



『…上手く言葉に出来ません。』



「なあヒロヒコ。」



『はい。』



「その答えを求めるのは…

子供が生まれるまで待ってくれないか?」



『…。』



「人間種のオマエがドワーフの産んだ子に愛情を持ってくれるのか分からない。

氏族は…

いや、俺やブラギはそれを心配している。

オマエはいつも突然消えるからな。」



『エヴァさんも不安がってますか?』



「馬鹿野郎、それこそ本人に聞いてやれ。」



『…そっすね。』



チートを身に着けた時、魔王は卑官とは言え公人だった。

だからその使い道に迷いはないのだ。

彼は国益の為に時間を停止し、文字通りにその命を削って職務に邁進している。


一方、俺は放火だの強盗だの自分の欲望を満たすことにばかり使っていた。

同じ男としてこうも志に差があると、やはり考えさせられる事は多い。



『ねえ親方。

もしも、どこにでも行ける能力を持っていたら、どこに行きますか?』



「さあ。

無難に女房子供の顔でも見に行くんじゃないか?」



『そっすか。』



「なあヒロヒコ。

もしも、もうどこにも行けなくなったら、どこに留まる?」



『…俺は。』



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



ガルドの許可を取って客室のクローゼットに閉じこもる。

ここで一言、『ワープ。』と唱えれば俺はどこにだって行ける。



『…。』



参ったな。

行きたい場所が思い浮かばなくなった。

魔王のストイック病が伝染したのかも知れないな。


そうなのだ。

男なら何が欲しいかよりも何を為すべきかで願いを語れよ。



『…。』



目を閉じて考え込むが、本当に何も思い浮かばない。

別に熊本のソープでも構わないのだが、そもそも俺は商売女があまり好きではない。

熊本のソープを除外すれば本当に何も思いつかない。

イオンのトイレでも構わないのだが、用便なら先程済ませた。



『…。』



ひょっとして俺、ソープとトイレ以外の地球に興味が無いのかも知れない。

あ、ヤバイ。

トイレの事を考えたら無性にセックスがしたくなった。



『ワープ!!』



本当はエヴァを抱きたかったのだが、彼女は妊娠中なのでセックスさせてくれない可能性があった。

仕方ないので消去法。



「嘘、飛田クン!?

飛田クンなの!?」



『やあ、チャコちゃんさん。』



泣き腫らした顔を見た瞬間、何となくうんざりする。

でも仕方ないじゃないか、今日はソープの気分じゃないのだから。

この話が面白いと思った方は★★★★★を押していただけると幸いです。

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ドンッ!
便所 ソープ エヴァ チャコちゃんって並びが非常に最低すぎる
魔王様、参謀なら良いが王という司令官ならいつか破綻しそうだ、王たる者自分が怠けるためにまるで自分みたいな生真面目な人材を見つけ出し働かせなくてはならない。 しかし平民出という権威の欠如からそうせざる得…
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