良かったなオマエら。
市役所の窓口にでも座ってそうな雰囲気。
それが彼に対する第一印象。
この異常事態に俺が冷静で居られるのは、きっとその落ち着いた佇まいのせい。
青い肌の男は俺と目が合うと静かに立ち上がり、深々と一礼した。
その動作を見て思わず俺も真似る。
きっと、こう振る舞うのが正しいのだ。
止まった時間の中で俺達は静かに頭を下げ合う。
「えっと…
何から話して良いのか分からないのですが…
トビタ・ヒロヒコ様ですよね?」
『あ、はい。
気軽に飛田とお呼び捨て下さい。
…あの、違っていたら申し訳ないのですが。
魔王様ですか?』
「え?
分かります?」
『あ、いや。
常に陣頭指揮を心掛けておられる上に、一騎駆けを多用されると伺っておりましたので。
消去法でそうなのかなと…』
「はー、いやはや。
流石ですなぁ。
評判になるだけの事はある。」
『いえいえ、評判と言えば魔王様ですよ。
先の合戦ではお一人で大将首を挙げたと聞き及んでおります。
魔王様の武勇に皆が驚嘆しておりました。』
「え?
大将首はトビタ様でしょ?」
『え?』
「あ、いや。
トビタ様が着陣された日にアリアス姫殿下がお亡くなりになったとの情報を得ましたので…
てっきり、そういう流れかと…
ああ、勿論詮索する気は無いのでご心配なく。」
『いえいえ!』
「いえいえ!」
何が【いえいえ】なのか分からないのだが、距離感が掴めないのでイエイエを数分繰り返す。
「改めてご挨拶をさせて下さい。
私、魔王で御座います。
突然の訪問を深くお詫び申し上げます。」
『ああ、これはこれはご丁寧に。
どうかお掛け下さい。』
「ありがとうございます。
それでは改めて同席させて頂きます。」
そう言うと魔王は再度一礼してから腰掛ける。
「トビタ様。
どうか貴方も掛けて下さい。」
『ありがとうございます。
それではお言葉に甘えさせて頂きます。』
俺なりに礼を尽くしているつもりでいたし、多分伝わっていると思う。
仮に誠意が表現しきれなかったとしても、汲み取ってくれるタイプであると確信していた。
『飛田飛呂彦です。
この度は名高い魔王様にお目に掛かれて光栄です。』
「いえいえ、こちらこそトビタ様には直接お目に掛かって御礼言上したいと願っておりました。」
『え?
俺にですか?』
「ワイバーンの牙。
入手に尽力して下さったと伺っております。」
なるほど。
数名分の飛行魔法触媒と聞いていたが、魔王本人が来る為のものだったのか。
君主が少数で援軍に来るのは、あまり好ましくないと思うのだが…
この人の場合は現に戦果を挙げて王国の進軍を阻んだ訳だからな。
実績が出ている以上、非難をするべきではないのだろう。
「おかげで何とか凌げました。」
『では、飛び地は守られたのですね。』
「一時の事ですよ。
地政学的に見て、いずれは王国に接収されるでしょう。」
『まあ、援軍の送りようのない立地ですものね。』
「なので手放します。」
『え?
やっぱり王国領になるのですか?』
「いえ、帝国と共和国に実質無料で割譲しました。
近く皇帝陛下の記者会見が開かれることでしょう。」
『あ!
そんな手が!』
この飛び地は魔界本土から相当離れている。
今回は魔王個人の武勇でたまたま何とかなったが、長期に渡って保持する事は不可能だろう。
ならば、王国と長年敵対している帝国・共和国に割譲することで、牽制の道具とするのがベター。
今後、王国が飛び地を接収しようと試みた場合、帝国・共和国・魔界の3カ国を自動的に敵に回すことになってしまう。
「長年、飛び地の連中には本国に移住するように呼び掛けているのですが…
住み慣れた土地を離れるのは難しいのでしょうね。」
日本でしかトイレが出来ない俺には飛び地民の気持ちが痛いほど理解出来る。
そんな会話を交わしながら、取り敢えず戦争の一段落に乾杯。
「さて、本題です。」
『あ、はい。』
「既にお気付きかと思いますが、私は時間停止能力者です。」
『そうですか…
この現象は魔王様のものでしたか。
時間停止なんてチート中のチートじゃないですか。』
「ええ、仰る通りです。
最初、この能力が備わった時、あまりの理不尽っぷりに驚愕しましたもの。
てっきりトビタ様もご同類かと思っていたのですが…」
『ここだけの話なんですが、俺はワープ使いです。』
「ワープ…
あっ!」
魔王は一瞬考え込んだが、すぐにあらましを悟った。
噂通り聡明な男なのだろう。
「それで全ての謎が解けました。
トビタ様は目指す空間に自由に移動出来るのですね?」
『ええ、ご指摘の通りです。』
彼は呆然と宙を眺めながらポツポツと語り始める。
魔王氏は御年49歳。
15で地方の小役人見習になってから、41歳まで地方の道路行政局に勤めていた。
気の弱い性格が災いして、魔界中を単身赴任させられ続けたらしい。
同期の中でも出世が遅れ、皆が最低でも係長になっているにも関わらず、彼だけが部下無しの主任に甘んじていた。
きっと生真面目過ぎる性格が災いしたのだろうと、俺は推測する。
「ある朝、突然このスキルに気付きました。
以前から所持していたのかもですし、あの朝に授かったのかも知れません。
いずれにせよ、今となっては分からないことです。」
時間停止能力に気付いた魔王は恐る恐る能力を行使した。
犯罪に手を染める選択肢も当然あったが、長年培った職業倫理がそれを許さなかった。
最初の2ヶ月は休養や人助けに時間停止能力を費やした。
激務にかまけて断念していた趣味の読書に思う存分に打ち込めたのは、彼にとって無上の喜びとなった。
1番期待していたのはのんびり釣りを楽しむ事
だったが、時間を停めると魚も停まる事に気付いて苦笑しながら断念した。
5年ほど時間を止めて魔界大図書館での乱読を楽しんだらしい。
平民の彼は古代資料室への入室資格を持たなかったが、好奇心には勝てなかったそうだ。
結果、彼は世界屈指の碩学となった。
『へぇ、ご熱心ですねぇ。』
「単にインドア派なだけです。
他人様と競うことが昔から苦手で、部屋で書見さえ出来れば満足なのです。」
『いやー、魔王様と言えば武勇のイメージがあったので意外です。』
その言葉に魔王は一瞬目を丸め、次いで寂しそうに笑った。
「時間を停めれるようになってから、急激に昇進することになりまして…
それで、随分と皆様の反感を買ったのです。」
唇を噛んで辛そうに当時を語る魔王。
要約すると、こういうことだ。
時間を停める事が出来るようになった魔王は、あらゆる任務を一瞬で成功させる超有能官僚となった。
どんな煩雑な事務仕事も即座に片付けるようになったし、突然提出を求められた企画書も一晩で書き上げたとは思えない重厚極まりない品質だった。
その甲斐あって先代魔王に見出され、平民としては異例ながら魔王城西の丸勤務に抜擢される。
この破格の出世劇に同僚達は露骨に嫉妬する。
「平民階級の分際で西の丸勤務とは増長極まれり!」
「魔王様の寵を傘に着て頭に乗りおって!」
「厳しくお灸を据えてやらねばなるまい!」
男の嫉妬とは恐ろしいもので、魔界の官僚機構が総出で意地悪を仕掛けてくることになった。
数々の無理難題を吹っかけられるも、時間を停めて何とか解決し逆に名声を高めることになる。
名が上がれば上がるほど、同僚達の嫉妬は更にエスカレートし、遂には軍隊に出向させて戦死するように仕向けられてしまう。
『あ、そういうことですか。』
「ええ、恥ずかしながら私は生来の臆病者でして、荒事とは無縁の生活をしておりました。
そんな私に軍隊の雰囲気は…
ただただ苦痛でした。」
眼前の魔王は典型的なナードタイプ。
軍隊みたいな体育会系組織とはさぞかし相性が悪いだろう。
『でも。
軍務でも無数の武功を挙げられたと伺ってます。』
「そりゃあ、時間さえ停めれたら誰だって…」
『ですねぇ。
時間停止能力者に勝つとか物理的に不可能でしょう。』
「ええ。
認めたくはありませんが、この能力はこの上なく軍事に向いてます。」
激戦区に放り込まれた魔王は文字通り無双する。
当時の魔界は王国と合衆国を相手に苦しい二正面作戦を強いられていたのだが、魔王1人で両戦線を挽回してしまう。
途方もない数の敵将(元帥4名将官37名佐官以下は数え切れず)を討ち取り武名を磐石のものとする。
「あ、いえ。
武功も何も停まってる相手の首を小刀で刺して回っただけです。
冬戦争の時は刺しすぎて腱鞘炎になりました。」
文武に類まれなる実績を挙げた事により、病床にあった先代魔王から後継指名を受け、平民としては異例ながら魔王に就任したとのこと。
『魔界って厳しい貴族制なんですよね?
身分差別とか大変じゃないですか?』
「ははは、誰にだって苦労はありますよ。」
言葉とは裏腹に魔王の笑顔は暗い。
きっと、時間停止を身につけてからも困難の多い人生を歩んで来たのだろう。
2人でロブスターに舌鼓を打ちながら、そんな風に身の上を語り合った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「今までは自由に時間を停めることが出来たのです。
もう呼吸の様に自然でした。
それが、先日急に不発しまして…
しかも作戦行動中でしたから、焦りましたよ。」
『あ!
それ俺も経験しました。
歯車の外れるような音が聞こえて…』
「おお!
やはりトビタ様もですか!!」
ここからは魔王の仮説。
時間能力者と空間能力者が近い距離で同時にスキルを使用した事により不具合が生じたのではないだろうかとのこと。
『そんな事ってあるんですか?』
「魔法の世界では有名な話なのですが、雷魔法と風魔法を隣り合った状態で同時発動すると高い確率で不発になります。
なので戦場では必ず雷系術者と風系術者は離れた場所に配置されます。」
『あ、じゃあ俺達も?』
「でしょうね。
干渉し合う属性なのでしょう。
少なくともトビタ様は時間停止と関係がありますよ。」
『え?
そうなんですか?』
「だって停まった時間の中を動けているじゃないですか。」
『あ、確かに。』
「私がトビタ様を停まった時間に招きたいと願ったのが、その一因だと思います。
少なくとも他に時間停止を共有出来た方はおられません。」
『…。』
「最初、トビタ様は私と同じ時間系の能力者だと思ってました。」
『残念ですが空間系です(笑)』
「いやいや、それはそれで羨ましいですし仲間意識を湧いちゃいます(笑)」
『光栄です。』
「そんなトビタ様に折り入って相談したい事がありまして。」
『え? 相談?
俺で良ければ幾らでも…』
魔王は瞑目し、ゆっくりと天を仰いだ。
「この能力に落とし所はあるんですかね?」
最初、言っている意味が分からず、しばし脳が硬直する。
『落とし所ですか?』
「私の時間停止とトビタ様の瞬間移動。
共に最強格のスキルだと思います。
正直、これより上の能力があるとは思えません。」
『…ワープは兎も角。
時間停止は最強でしょう。
無敵と言っても過言じゃないです。
何だって出来る万能スキルですよ。』
「最強、無敵、万能。
仰る通りだと思います。
現に私みたいなのが昇り詰めてしまいましたからね。」
『謙遜されておられますが、魔王様は時間停止が無くても優秀な方だと思いますよ。
たまたま美点が周囲の目に留まってなかっただけですよ。』
魔王はそれには答えず優しく微笑んだ。
「私はゴールが知りたいんです。」
『ゴール、ですか?』
「ええ、分不相応に魔王職を任されておりますが…
私がここまで突出した異能を身に着けたのは、単に出世だけの為なのかな…
とずっと疑問に思っていたのです。」
『いやあ、魔王様みたいに生真面目な方が出世するのは良い事だと思いますよ。
現に人間種の間でも魔王様は好評ですし。』
「恐縮です。」
『でも、御自身の出世だけじゃ納得出来ないんですよね?』
「…ええ。
一人の中年男の出世ツールにしては、あまりにもオーバースペック過ぎますよ。」
『魔王様。
俺、この能力を始めて身に着けた時、役所に放火もしました。
前日にちょっと口論になって腹が立っていたんです。
強盗も働きました。
相手は死にました。』
「あ、いや。
暴力は良くないです。」
『ええ、最近は控えております。
ただ、世の中にはこういう下らない悪用ばかりしている男も居るんです。
なので、あまり気に病まないで欲しいです。』
チート持ち同士にしか出来ない話もあるのだろう。
今がまさしくそれだ。
「トビタ様は何か能力を使ってやりたい事はありますか?」
『えっと、何でしょう。
恥ずかしながらズルい金儲けばかり考えてました。』
「いえ。
私も若ければ、きっとそうなっていたと思います。
ただ、私事に没頭するには、あまりに役所勤めを続け過ぎました。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
話はそれだけ。
最後に2人で人気のない郊外に移動して能力検証作業。
・魔王の時間停止は俺にも有効
・魔王が停まった時間の中に招待出来るのは俺だけ。
・時間停止とワープを同時に使おうとするとジャムる。
・但し、互いの距離が50㌔以上離れていれば同時発動可能。
そんな所である。
別れ際、魔王から様々なお願いをされる。
その全てが魔界の国益に関する事であったので、やはり真面目な為政者なのだろう。
返礼に魔界の新鉱山開発プロジェクトの入札価格を教えて貰う。
「あくまで独り言だから!
本当は良くないことなんですからね!」
実直過ぎる性格が彼に悪事を発案すらさせなかったのだろう。
時間停止のような強力無比のスキルを身に着けたのがこの男で本当に良かったと思う。
俺?
魔王と別れた後に、熊本のソープに行った程度だよ。
良かったなオマエら。
ワープを身に着けたのが俺みたいな月並みな男でさ。
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