ありもしない義理は果たした。
外では起床ラッパが鳴っているが、俺は軍属ではないのでマットでゴロゴロ。
30分程したら監視兵が民間人点呼の為にこっちにやって来るので、その時だけ起きてまた寝よう。
「なあヒロヒコ。」
『はい?』
「内面が顔に出やすい奴は秘密を抱え過ぎない方がいいぞ?」
『えー、そんなに顔に出てますか?』
「まあな。
鈍感な俺でも概ね察してるから…
エヴァなら全部悟るんじゃねーか。」
『マジっすかー。』
そりゃあね、チャコちゃんにも闇バイトを悟られてたくらいだしね。
多分、俺って言動に出やすいタイプなんだろう。
『親方ー。』
「んー?」
『俺達、いつ帰れるんすかね?』
「オマエが帰りたくなったら帰れるんじゃね?」
『ははは、一本取られたな。』
そうなんだよな。
まあ、ぶっちゃけ俺が本気出したら何とでもなるんだよな。
というか、便所のついでに帰宅してメールチェックまで済ませてるからな。
『親方も本気で帰りたくなったら、俺に言って下さいね。』
「ばーか。
俺には、この拳があるよ。」
そう言ってガルドは寝転がったまま巨大な手を空中で握り締める。
…そりゃそうか、このオッサンが本気になったら引き止めなんて人間種には絶対に不可能だ。
ドワーフ社会の中ですら好き勝手していたらしいからな。
人間種の陣地を引き払うくらいは朝飯前なのだろう。
『俺、便所行ってきます。』
「おう、ウンコが小刻みだと処理業者も助かるかもな。」
くっそ、全部見抜かれてるな。
俺は点呼前に再度便所に籠もる。
一応、ワープを確認しておきたい。
府中・浅草・熊本・雄琴。
手早く各所に飛んでから、いつものイオンで存分にウンコ。
『よし、正常作動確認。』
ワープは極めて円滑。
じゃあ、昨日の不発は何だったのだろう。
確かにあの時、歯車が外れるような異音が脳内に響いたのだ。
俺が発動をミスった?
いや、それはない。
ワープはとても雑な能力だ。
今までは無条件で発動出来た
内部的な要因ではないな…
じゃあ外部的要因?
分からん…
使用回数に制限があるとか、そういう警告だったのかなぁ。
一通り思案してから点呼に戻る。
ただ、今日の点呼は監視兵にやる気がなく、遠くから声を掛けられただけだった。
「商人区画に異常はないなー!?」
「はい、全員揃ってます!」
「ならばよーし!!」
そんな雑な叫び合いで終わってしまう。
監視兵も忙しいのか、やり取りを済ませると駆け足で別の区画に去っていく。
『ハンスさん、今のって?』
「軍隊あるあるだよ。
撤兵前の軍人さんは民間業者への関心を失う。
私の父なんて、大口献金してたのに存在を忘れられて戦場に置き去りにされたからね。」
『まさかー、流石に忘れるなんてないでしょう。』
「父も共和国軍に捕獲されるまでは、そう考えていたらしいよ。」
『献金無駄になったじゃないですか。』
「でも払わなきゃイビられるし。
軍人さんって陰湿だから。」
『辛いっすね。』
「兵士には兵士の苦労が、商人には商人の苦労があるんだろうさ。
まあ、私は命あっての物種だと思うけどね。
ちなみに共和国に連行された父が軟禁地区で出逢った娼婦が私の母だ。」
『へー、ロマンですねぇ。』
「奥様や兄さん達は別の捉え方をしたみたいだけどね。」
飄々とした男だが共和国人との混血という立場なので相当苦労してきたらしい。
ただ、王国が斜陽になった今は共和国への亡命のツテを求めて擦り寄って来る者が多数なので世の中とは本当に分からないものである。
「家中での立場が弱いからさ。
従軍商人とか、皆が嫌がる仕事ばかり押し付けられるんだよ。
魔石運搬キャラバンの隊長をやらされたり。」
『え?
キャラバン隊長ってカッコいいじゃないですか?』
「魔石はねぇ、爆発リスクがあるんだよ。
1年に2回くらい倉庫が炎上して事件になってる。
だから高給で御者を募集しても全然集まらない。」
『マジっすか?』
「そりゃあそうでしょ、魔法の元なんだから。
そこら辺の石ころとは込もってるエネルギー量が段違いだよ。
昨日君にあげた屑魔石なら大丈夫だけど、ショーケースに並べるような魔石は危険だから、ちゃんと役所の許可が必要なんだ。
火属性魔石なんて、専門の資格を取得した人間しか触る事も許されないしね。
私も取らされたよー。
筆記も実技も滅茶苦茶難しかった…
もう2度と火魔法試験なんて受けたくない…」
『へー、結構厳しいモンですね。
俺も取り扱いには細心の注意を…』
あれ?
昨日ハンスがくれた風魔石…
ポケットに入れた気がするんだが…
「おいおい、トビタ君は早速かー(笑)」
『たはは、すみません。
ちゃんと持ってるつもりだったんですけど。』
「君の魔石取り扱い講習は長引くぞーw」
『勘弁して下さいよーw』
「『あっはっは!』」
笑い合いながら兵隊達の様子を横目で探る俺達。
確かに、全然こっちを見ないな…
関心を失ったというより、俺達への用が済んだと言うのが本音なのだろう。
「ガルド親方。
これは撤兵っぽいですね。」
「うむ、ハンスさんの見立て通りでしょうな。
今日は狙撃櫓に軍旗が上がってませんし…」
ハンスとガルドがテントに戻りヒソヒソと今後についての協議。
忠実な徒弟の俺は盗み聞き対策でテントの入口を見張る。
それにしても、昨日の不具合…
あんなこともあるのだな。
これからはアクションシーンは極力控えて行こう。
ドヤ顔でワープバトルを仕掛けてミスったら終わりだもんな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺が見張りに勤しんでいると、突如兵舎から怒号や悲鳴が聞こえる。
ここからではよく見えないが、兵士同士が斬り合いをしているのか?
「ヒロヒコ!
何かあった!?」
『い、いえ。
ちょっと分からないんですけど…
兵隊さん同士が抜刀して…
喧嘩? 内紛?』
「そうか。
一旦オマエもテントに入れ。」
『あ、はい。』
聞くところによると、戦争末期あるあるらしい。
戦況が悪くなってくると、軍隊は継戦派と撤退派に分かれる。
統率力のある指揮官が居れば上手く意見調整するのだが、恐らくはその役割を担っていたアリアス姫や東部戦線隊長が死んだ為にまとめ役がいない。
「こういう場合な…
刃傷沙汰も普通に起こる。
ドワーフでもよくある事だから。」
『そうなんですねえ。
兵隊さん達の雰囲気がどんどん変になってましたものね。』
「とりあえず、こういうケースでは見て見ぬフリが最善だ。
軍から指示があるまで、おとなしくしておくぞ。」
『はい。』
俺とガルドは息を潜めて外の物音に集中する。
明らかに部隊同士で殺し合っている雰囲気。
悲鳴と怒号がテント内まで響いて来る。
『親方…
これ、俺達もヤバいんじゃないっすか?』
「いや、逆だな。
内紛って勝った方も大変なんだよ。
後で絶対に軍法会議に掛けられるから。
その時に、少しでも有利に事を運ぶために民間人は保護されるケースが多い。」
『ホッ。』
「口封じに殺されるケースも少なくはないから気を抜くなよ。」
『マジっすか。』
「ヒロヒコ。」
『あ、はい。』
「小刻みを正式解禁する。
ヤバいと感じたら独断で逃げろ。
俺もそうする。」
『…そんなに状況悪いんですね。』
「戦争なんてそんなモンだよ。」
うーん。
俺は日本に生まれた事に感謝しなくちゃならんのだろうなあ。
等と思っていると、突如巨大な轟音が聞こえた。
爆弾? 魔法?
恐怖のあまりワープを使おうとして…
ガチャン!!
昨日よりも更に巨大な異音。
やはりワープは不発。
ヤバいなあ、やっぱりこの能力には回数制限か何かがあるのかも知れんな。
…潮時か。
もう日本に帰ってワープは封印するべきだな。
あ、でもチャコちゃんが居るからやめとこう。
結局、シーツの中に潜って一瞬だけワープを試してみる。
よし、いつもの坑道。
奥にはエヴァの気配…
おかしい、ワープは正常だが…
「…ヒロヒコ!
居るの!?」
『あ、いません!!』
見つかりそうになったので、シーツの中に帰還。
顔だけ出すとガルドが感情のない目でこちらを観察している。
『あ、ごめんなさい。』
「…許可を出したのは俺だから謝らんでいい。」
『えへへ。』
「だが、もう少し上手くやらんか!!」
『ひえっ!』
…徒弟制ってマジファックだよな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2時間くらいして、先日の逆次席司令官が商人区画にやって来る。
どうやら彼の派閥が勝ったらしかった。
血まみれの軍服を見るに、相当激しい内紛劇だったのだろう。
「まず。
先日申請があった徴用部隊の解散だが、改めて却下!」
第一声がそれ。
「徴用は王族の大権である。
私如き平民階級の容喙は断じて許されない!」
まあなあ。
君主制国家ならそうなるよなあ。
「従って、徴用兵含む君達民間人の処遇は王族の皆様のご判断に委ねる以外にない!!」
ふむ、確かに。
「つまり!!
君達の処遇はアリアス姫の後任として軍区統括に任命される王族の方が決定するということだ!!」
なるほど。
姫様が死んだのだから代わりの王族が後任になるよな。
「その決定まで全ての民間人は!!
後方50㌔地点のグリーンシティでの待機を義務付ける!!
良いな!」
『え?
それって?』
「抗弁は許さん!!
直ちに移動命令に従うように!!
ガルド氏!!」
「はい、ここに。」
「民間人の中では貴殿が最も軍事経験豊富とみた。
よって、引率役を命ずる!!」
「承知しました。」
「では、これが司令官命令書だ!
ドワーフ文字で構わないので受領サインを!!」
「は、それでは謹んで承ります。」
「うむ。
それでは我々は任務に戻る故、直ちに出発すること!!」
「は!!」
一瞬、司令官氏と目が合う。
先日の柔和な雰囲気と異なり、かなり厳格な雰囲気である。
軍服が血塗れの上に、軍刀の柄巻からも血がポタポタと落ちていた。
到底、話し掛けれる雰囲気ではない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「飛田…。」
『おう高橋か。』
「オマエが何かしてくれたんだろ。」
『ただの国境見物だよ。』
「礼を言う。
ありがとう。」
『無視してくれる事が一番ありがたいんだがな。』
後ろには長い徴用兵の列。
疲れ果てた共和国人達が支給品の槍を杖代わりにノソノソと歩いている。
高橋の側には級友数名。
表情から察するに色々大変だったのだろう。
「おう。」
『おう。』
馬上で軽く手を振り合う。
後で知った話だが、徴用兵達は激戦区に投入され続けていたらしい。
逃亡を試みた者は督戦隊に撃たれて死んだ。
『…高橋はこれからどうしたい?』
「…一旦王国を離れたいかな。」
『共和国でもいいか?』
「…幾ら払えばいい?」
『オマエらへの便宜はついでだから要らない。』
「幾ら払えばいい?」
『じゃあ1人頭金貨5枚。』
「すぐには用意出来ないかも知れないが…」
『余裕が出来たらでいいよ。』
「すまん。」
『オマエが謝ることもないだろう。』
「…。」
『…。』
皆で無言で行軍してグリーンシティに辿り着いた。
重傷の者が途中で7人死んだ。
共和国人6名、地球人1名。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
グリーンシティに話は通っていたらしく、俺達441名は街門近くの公民館に宿泊を許可された。
そして不愛想な王国役人が恩着せがましくボロボロの毛布と消費期限切れ間近のレーションを配り始める。
最初は分からなかったのだが、どうやらこれが王国なりの外交的配慮らしかった。
「我が国としても共和国さんとは良好な関係を築きたいですからな。」
担当の役人が真顔で言っていたので、きっとそうなのだろう。
徴用兵達は皆、床に倒れ込んで死んだように眠った。
翌朝、2名の共和国人がそのまま息を引き取っていたので、本当に彼らは限界だったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、ここからが本題。
徴用兵を共和国に届ける為の方法。
これはハンスが詳しい。
「結論から言えば、騒がなければ帰れます。」
『え?
でも帰還許可が降りてないでしょ?』
「そりゃあ、軍事目的も果たせなかったのに、そんな命令を出してしまったら…
王国の面子は丸潰れでしょ。」
『でしょうねえ。』
「ですが。
【軟弱な共和国人が臆病風に吹かれて逃亡した。
軍は任務中だったので制止出来なかった。】
というタテマエならOK。」
『軍隊って面倒臭いですねえ。』
「面倒臭さが彼らの仕事なんだよ。」
ハンス曰く、逆次席司令官がその体裁を取ってくれたとのこと。
しばらく、この公民館で役人相手にハイハイ言って情勢が落ち着くのを待って、お役所的な大義名分を捻り出してフェードアウトが正解とのこと。
なるほど、分からん。
きっと俺には役人適性がない。
まあ、いいさ。
近日中に共和国の特使がこのグリーンシティに到着するらしいし、俺はここまでだ。
ありもしない義理は果たした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、俺とガルドはハンスの用意してくれたホテルに滞在する。
どうやら彼の商会の系列資本らしく、支配人がペコペコしていた。
『ハンスさんって本当にボンボンだったんですね。』
「妾腹のボンボンって一番立場が危ういんだけどね。」
正装に着替えたハンスがソファに横たわりながら溜息を吐く。
態度こそ慇懃だが支配人はハンスの長兄であるトーマスCEOの直属の部下である。
つまり言動には細心の注意が求められる。
「まだ軍陣の方が気が休まります。」
『…。』
世の中には色々な家庭があるものである。
無論、俺には関係がないが。
ホテルにもレストランは併設されていたが、ハンスが微妙な表情をしたのでやや離れた場所にあるカフェで食事を取ることになった。
まずはこの戦役で散っていった全ての英霊に献杯。
次いで互いを慰労し、出逢えた幸運に感謝を述べ合う。
そして未来の話。
ハンスが相続した山の調査の件。
これはプロ同士の話なので、俺は口を挟まずにワインを注いだりウェイターに料理の追加を注文したりして脇に控える。
「トビタ君。
私は君も掛け替えのない仲間だと思っているから。
もっとくつろいでね。
ガルド親方、それで宜しいですね?」
「ええ、問題ありません。
ヒロヒコ、酌は構わないからオマエも好きな物を注文しろ。
何か気になるメニューは無いのか?」
『え?
じゃあ、ロブスターのグリル焼きを頼んでもいいですか?』
「ははは、トビタ君は若いねえ。
いいよ、ここは私の奢りだ。
存分に食べてね。」
ハンスはそう言ってウェイターに注文してくれる。
ここはグリーンシティの中でも富裕層が食事する為のカフェらしく、ちょっとした前菜まで美味い。
ほうれん草を炙っただけの前菜すらも堪らないのだ。
しばらくしてロブスターが運ばれて来たので、夢中になって喰らう。
本当は鷲掴みにしてムシャムシャしたい気分だったのだが、親方に恥をかかせる訳にも行かないので、可能な限り丁寧に身をほじる。
他のテーブルの客を盗み見るとナイフとフォークを使って器用にロブスターを解体しているので、本来はあれがマナーなのだろう。
いつか、俺もああいう作法を身に着けないとな。
いや、いつかじゃ駄目だ。
今、この時点で出来る事をやろう。
『ハンスさん。
このロブスター美味しいです。
そちらの皿にも切り分けましょうか?』
マナーは一夕に身に付かずとも、気遣いは思い立った時に出来る。
じゃあ、今しかないでしょ。
『親方は魚介系どうでしたっけ?』
ガルドは甲殻類は好まない筈だったが、一応エチケットとして声を掛けておく。
流石に師を差し置いて弟子が1人で平らげるのはおかしいからな。
『ハンスさんどうします?』
返事が聞こえなかったので、何気なく皿から顔を上げて様子を伺う。
「…。」
「…。」
『え?』
一瞬、脳が理解を拒んだ。
ハンスとガルドが笑顔で杯を掲げたまま固まっていたからだ。
『ちょ、親方?』
数秒凝視するも2人は固まったままである。
俺は思わず立ち上がり店内を見回す。
『え?』
店内も同様だった。
客もウェイターも笑顔のまま硬直している。
『な、なんだこれは?
皆が固まっているのか?』
いや、筋肉硬直とかそういうチャチな話ではない。
向かいのテーブルの客が手から落としかけているフォークが空中で制止している。
『え?
嘘だろ?
世界が止まってるのか?』
ゆっくりと立ち上がって厨房を覗いてみる。
コックが振るフライパンの上で具材が舞ったまま制止している。
まるで…
いや、明らかに時間が停止していた。
『…どういうこと?
俺のスキルが暴発したのか?
マジかー。
もう驚くしかないだろ。』
何気なく、そう呟いたのだ。
「いえ、驚いたのはこちらですよ。」
『ッ!?』
思わず身構える。
いつの間にか、俺達のテーブルに見知らぬ男が着席していた。
「安心して下さい。
停戦条約は先日正式に締結されました。」
止まった世界の中で俺に答えた男の肌はどこまでも蒼く、更には頭に2本の角が生えていた。
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