死体をどこに埋めようかなー、と。
スキルを喪失した?
それとも、ただの不発?
深夜の便所で全身を襲う悪寒に必死に抗う。
【俺からワープを取ったら何も…】
鬱な気分になり掛けるも、いつものガルドの仏頂面が脳裏に浮かぶ。
いや、もしも無能力でこの異世界に取り残されたとしても…
水汲み1つ満足に出来ない、未熟徒弟として頑張るか。
炊事や洗濯なら俺でも出来るし、必死で頑張れば義理程度には助けてくれるだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく便座に座ったまま唇を強く噛み続けていたが、意を決して府中の自宅を思い浮かべる。
『…ワープ。』
呟くと正常作動。
府中の自宅の寝室だ。
『はぁ。』
思わず安堵の溜息が漏れる。
枕元のスマホには…
あ、やっべ着信履歴が大量に残ってる。
あ!
そうだった!
今週中に税理士事務所で打ち合わせをする約束だった…
慌てて柴田税理士に謝罪メール。
やっべ、アポ日決めなきゃ!
いや、違うな。
もしもさっきのワープ失敗が単なる不発ではなく、喪失の前兆だとしたら?
異世界転移中に完全喪失してしまったら?
下手に予定を入れたら、柴田税理士に却って不義理をしてしまう事になるな。
【柴田先生。
返信が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
所用が立て込んでおり、次の連絡が取れない可能性があります。
その場合、先日振り込んだ相談料は返却不要ですので、そのままお納めください。
今まで色々とありがとうございました。】
よし、これで柴田税理士には義理が立ったな。
後は御徒町のジェイン、熊本の中本、そして何より村上翁にも似た趣旨の文面を送っておくか。
あ、中本には現金を振り込んでおいてやろう。
えっと、銀行アプリってどうやって…
『ワープ。』
振込が面倒だったので、中本のポストに現金をジェインの事務所にルビーを放り込む。
じゃあ、余ってる金貨は村上翁だな。
『ワープ。』
面倒だったので巣鴨に飛び、村上家のポストに残った金貨を全て流し込む。
よし、授業料完納。
これで貸し借り無しだ。
心置きなく異世界で死ねるな。
じゃ、さっさと陣営に戻るとするか。
「…飛田クン。」
戻ろうとした際、背後から声を掛けられる。
『あ、ども。』
振り返るとチャコちゃんだった。
やっべ、この女にも何か渡した方が良かったのかな?
ポケットの中にはさっきハンスに貰った屑魔石(風属性・微)の感触があるのだが、どう見てもこれは地球に存在する物質ではない。
『あ、あの。』
チャコちゃんは俺を見つめたまま、無言でポロポロ涙を流している。
あ、ラブコメで見たことあるー。
「うわあああああああん!!!!!
(だきっ)」
『え?え?え?え?』
ゴメン、俺そういうノリに免疫ないから。
そういう趣旨のラブコメ漫画は何度か読んだが、当事者意識に欠けた読み方をしてたから。
ゴメン、対処出来ない。
「嘘つき!!」
『え?え?え?え?』
いきなり人聞きの悪いことを言う女だが、確かに俺は嘘ばかり吐いているので反論が出来ない。
いや、男に向かって嘘つき呼ばわりは無礼千万だが…
くっ、思い返せばここ最近嘘しか吐いてねー。
「嘘つき!!!!」
『いやあ、一部は事実も織り交ぜてるとは思いますよ。
自分に都合の良い時は本当の事しか言ってませんし。』
「…危ない仕事してるんでしょ?」
『え?
あ、危ないかなあ…
いやあ、どうでしょう。』
「人を傷付けるような闇バイトしてるんでしょ!!」
『え?
闇バイトはしてないような…
誰も傷つけては…』
いや、まあ中本から見れば俺は闇バイトの元締めらしいし、昨夜はアリアス姫の後頭部を粉砕したばかりだが…
でも相手は異世界人だから殺人罪は成立しないんじゃないかな?
俺、裁判で無罪勝ち取る自信あるもん♪
あ、駄目だ。
桧山社長殺してたわ。
あー、これは確実に有罪だな。
でも少年法あるからセーフ。
「怖くてずっと聞けなかったけど。
悪い事をしてお金持ちになったんでしょ。」
『ち、違…』
えー、悪いことしたかなあ?
でも、みんなしてるじゃん?
ジャニー喜多川とか電通とか悪いことして儲けてるじゃん。
俺ばっかり批判されるのは納得行かないよなあ。
『あ、でも良いこともいっぱいしましたよ。 (ニッコリ)』
「論点を逸らさないで!!!
飛田クン、血の臭いがする!!」
『おっかしなあ。
ちゃんと洗い流した筈なんだけど。』
「ほら、やっぱり!!!」
くっ、誘導尋問だと!?
やるなこの女。
「ひぐっ、ひぐっ。」
どうする?
勘づかれたからには殺すしかないのだが。
村上家のポストには金貨が入っている。
指紋は全て拭き取っているが、俺以外にあんな物を配達する馬鹿もいないだろう。
このタイミングでチャコちゃんが死ねば(勿論死体は隠蔽するつもりだが)、俺が疑われる。
参ったなぁ。
どうやって、この女の口を封じ…
「…ちゅっ。」
『え?』
え?
何で唇?
え?
何でキス?
え?
ソープランドとはまたやり方が違うの?
「仕方ないでしょ…
好きになっちゃんだから…」
『え? え? え?』
「最初出逢った日から…
ずっと飛田君のことだけを見ていた!」
『あ、はい。』
俺、ボロが出やすい性格だからな。
注視されると、正直辛い。
「飛田君が彼女さんを一番愛してることも知ってる!!」
えー、そうかなあ。
まあ女性が言うんなら、一番はエヴァなんだろうなあ。
少なくとも各地の嬢では比べ物にならないからなあ。
あの身体は唯一無二だよなあ。
「それでも!!!
私は飛田君が好き!!!!」
『え?え?え?』
ラブコメ漫画とか僧侶枠アニメでは、こういうシーン結構見て来たけどさ。
しまったー、もっと当事者意識をもって視聴しておくべきだった。
【万が一自分がその立場に置かれたらどう対応すべきか?】
そういう危機意識が完全に欠落していた。
いや、だって仕方ないじゃん。
俺、ガチの非モテだもん。
いやいや考えてもみてよ。
俺みたいな陰キャがラブコメ漫画見ながらシミュレートしてたらキモいだろ?
そう思わん?
「ねえ、聞かせて。」
『あ、はい?』
「飛田君は私をどう思ってるの?」
…あ、いや。
死体をどこに埋めようかなー、と。
『あ、いえ。
素敵な人だなー、と。』
「…。」
『…。』
え?
何この沈黙?
え?え?え?
正解は何だったの?
「…あああああああ!!!」
突然チャコちゃんが号泣する。
『え? ちょ。
え? ちょ。
わ、ワープ。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
気が付けば陣営内の便所。
慌ててテントに戻る。
「遅いぞ。」
小声で叱責するガルド。
『すみません。』
「早く寝ろ。」
『はい。』
マットの上で目を閉じる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
やっべえええええ!!!!!
ワープの瞬間をチャコちゃんに見られた!!!!!
あー、これは能力が万全だとしても地球に居場所がなくなるパターンッ!?
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