凡人なら白目を剥いて発狂する場面だが、俺は違う。
王国の要人を殺した。
侵入前にちゃんと変装したし、殺害後も府中にワープして血を丹念に拭き取ったので、目視での発覚は無いと思う。
もっとも、状況証拠的に犯人は俺以外あり得ないのだが。
陣中の来賓テント(要は軟禁施設ね)で宿泊させられていたのでアリバイはある。
何せ暗殺の前後に戸外の見張り兵と雑談をしていたのだからな。
王国料理と帝国料理の違いとか、女の好みの話とか、部隊内で1番喧嘩が強いのは誰とか、そういう内容。
その地味な工夫が功を奏したのか、王女殺害で陣中が騒ぎになっても、俺が疑われる事は無かった。
「申し訳ない。
昨日は翌朝出発許可を出したのだが、少し延長させて貰えないか?」
『え?
何かありましたか? (すっとぼけ)』
「いや、事務手続き中のアレコレだ。
スマンね。」
『いえいえ。
お役目御苦労様です。』
「うむ。」
周囲を見渡せば酒保商人も足止めを食っていたので、俺だけが疑われている訳ではない。
ガルドと俺はテントの外に出て、一応困惑顔でキョロキョロしておく。
小一時間キョロキョロを頑張っていると、若い兵士(俺と同年代くらいの新兵)が駆け足でやって来て怒鳴る。
「何の問題も発生していないから、テント内で待機するように!!」
『あ、はい。
あの、俺達はいつ頃帰れるんですかね?』
「こっちが聞きたいよ、そんなの!」
『あ、スイマセン。』
会話はそれだけ。
昼過ぎくらいまでガルドと寝そべって雑談。
色々と昔話を聞かせて貰ったのだが、《人間種の冒険者パーティーにドワーフが加入するメリット》についてが特に面白かった。
「そりゃあ、コネだよ。
お互いに。」
『え?
そうなんすか?』
「だって、名の通った冒険者パーティーは地元の商人にスポンサードされてる訳だろ?」
『あ、はい。
そうなるみたいですね。』
「そのパーティーと信頼関係を築ければ、雇用している商人達とのパイプが自然に生まれるんだよ。」
『なるほど、確かに。』
「1番美味しいのは鉱業・林業を手掛けてる商人に辿り着くことだ。
ほぼ確実に商談に繋がるからな。
ぶっちゃけ、営業コスパ最高なんだ。」
『あ、それで人間種のパーティーにドワーフがたまに混じってるんですね。』
「結局な。
一緒に汗水を流す事に勝る信頼醸成なんて存在しないんだ。
寝食を共にしていれば、相手の心根なんかも嫌でも見えてくるしな。」
『親方、俺の心根はどうっすか?』
「ははは。」
『そこは流さないで下さいよ〜。』
午後になって、暇を持て余している酒保商人が何人か遊びに来る。
異常事態には慣れているのか、彼らは陣中で起きている混乱劇については口にしなかった。
彼らが聞きたがっていたのは、ニヴル氏族に地質調査を依頼する場合の料金相場。
どうやら商人が親から山を相続したらしかった。
「私、妾腹の上に3男坊なんで、動産と不動産の殆どが兄2人に取られちゃって。
あまった山林を恩着せがましく押しつけられたんですよ。」
『どこも大変ですねー。』
ハンスと名乗った商人は、額をペチンペチンと叩きながら愚痴る。
随分コミカルな動作だが、こういう処世術を身に着けざるを得ない境遇だったのだろう。
「通りがかりの簡易調査なら安く出来るよ。」
ガルドは色々と理由を付けて大幅値引きし、その場で契約を纏めてしまった。
ガルド曰く、ドワーフ的にはよくある案件とのこと。
但し、ここから実際の契約に至るのは割と難しい。
ドワーフを領内に招く事を嫌がる自治体も多いからだ。
法制上問題がなくとも周辺の住民感情もある。
「近所にドワーフが来るのは、なんかヤダ。」
偉い人の感情論で地道な営業努力が簡単に潰されたりする。
曰く、ビジネスとはそういうものであるそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
状況が動いたのは夕方。
明らかに陣中が動揺している。
兵士達が怒声混じりに駆け回り、遠方からは陣太鼓まで聞こえて来る。
例によって俺達民間人には何の説明もない。
酒保商人の1人が通り掛かった警備兵に「何かあったのですか?」と尋ねるも物凄く怖い顔で睨まれてしまう。
その時は《ようやくアリアス姫の死が陣中に広まったのだろうか?》と考えていた。
深夜、テント内でガルドと干し肉を齧っていると、ハンスが戻って来る。
「魔王が現れたみたいですよ。」
『え?
ここに?』
「いえ、ここから10キロほど東側の戦線です。
合戦になったらしいです。
…それでちょっと。」
どうやら、俺の獲ったワイバーンの牙は回り回って魔王の元に届いたらしい。
飛行魔法の触媒とは聞いていたが、まさか総大将が駆け付けるとは思いもよらなかった。
東部戦線の王国軍は魔界飛び地の最終防衛基地を攻撃していた。
支城も全て陥落させ、魔界軍の僅かな生き残りが何とか逃げ込んだ基地も包囲完了。
ここさえ落とせば市街地に雪崩込むだけだと戦勝ムードの最中に基地に魔王旗が翻った。
最初は苦し紛れの偽装かと思っていたが魔族達の士気高揚ぶりや遠目に見える軍装からして、どうも本物っぽい。
「ならば寧ろ好機!
兵力差を活かして、この場で魔王を討ち果たしてやる!」
軍事的には正しい判断だったが、東部攻撃隊5000は基地から出陣した数十騎の魔王軍に野戦で惨敗した。
戦端が開かれようとした矢先、神速の馬術で一騎駆けしてきた魔王に本陣を突かれたのだ。
隊長、副長、参謀、軍監と序列上位4名が斬られて死んだ。
攻撃隊がパニックになっている中、魔王は稲妻の様なジグザク走で脱出に成功したとのこと。
そして現在、基地には魔王旗が翻り続けているらしい。
『はぇ~、世の中には猛者も居るものですねぇ。』
「ああ、まさか総大将が一騎駆けとはなぁ。
この軟弱な時代に天晴な武者振りよ。」
部外者の俺達は無邪気に感心しているが、軍人達はそうも行かず各所で激論を繰り広げていた。
【ここで攻勢に出て魔王を討ち取るべきか、一旦後退して態勢を整えるべきか。】
そんな事が議題に挙がる時点で王国軍が逃げ腰になっているのは、素人の俺から見ても明白だった。
普通なら【どうやって魔王を討ち取るか?】を議論すべき場面であろう。
まぁ、俺達には関係のない話だったので、いつでも逃げれるよう荷物を纏めてから軍用マットに寝転んだ。
深夜、ふと便意を催したので民間人用のトイレに向かう、簡素な組み立て式だが大便器は個室なのが助かる。
ガルドとは小刻みワープを使わないと約束したが、便所くらいは構わないだろうと思い、いつものイオンを思い浮かべる。
『買い物もしない癖に便所だけ使うって嫌な客だよな(笑)』
軽口を叩きながらワープを発動した瞬間だった。
ガチン!
俺の頭の中で何かが挟まるような音がした。
大きな歯車が外れるような音。
その時は、寝ぼけてどこかに頭を打った程度にしか思わなかった。
『…おかしい、風景が変わらない?』
左右を素早く確認する。
ワープが不発だったのか?
こんな事は初めてだ。
『え、それは駄目でしょ…』
ひょっとして何らかの原因でワープ能力が喪失した?
全身から冷や汗が噴き出す。
これが凡人なら白目を剥いて発狂する場面だが、俺は違う。
冷や汗程度で済む位に冷静だった。
何故なら、脳裏にエヴァの身体が浮かんでいたからだ。
あの人なら、いつでもヤラせてくれるだろうからな。
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