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こんなに美味い食事は生まれて初めてだった。

現在、王国軍が魔界飛び地に侵攻中。

魔族達も必死で防戦しているようだが多勢に無勢。

市街地への防衛戦が破られるのも時間の問題となっている。


勿論、現地を見た訳ではない。

あくまで避難民達からの伝聞。



『ねえ、親方。

それにしても意外でした。

王国軍が一方的に攻めているのだから、難民が発生するとしても魔族ばかりだと思ってました。』



「山の反対側には魔族難民も居るらしいがな。

まあ、今回の侵攻で1番貧乏籤を引かされているのは王国の庶民だよ。

侵攻側の前線は、どうしても軍隊に徴発されるからな。」



そうなのだ。

物資不足に悩む王国軍は、この侵攻戦の兵站を全て現地調達で賄うと宣言している。


つまり、魔界飛び地の防衛線を突破するまでの間は、この付近の村々の備蓄が徴発の対象となるのだ。

徴発されるのは物資だけではない。

妻女を人質に取られた村人達は道路敷設や荷役を強要され塗炭の苦しみを味わっていた。


この山の中には、辛うじて脱出に成功した村人達のキャンプが点在していた。

彼らは慣れない山暮らしで、王権からの追跡と雨の気配に怯えながら何とか生き延びていた。



「どうだーヒロヒコ。

旅は勉強になるだろー。」



『そうっすね。

いつか旅が享楽とされる時代が来るといいですね。』



「ああ、そんな時代が来ればいいな。

せめて旅先では日々の暮らしを忘れてのんびりしたいよな。」



などと答えつつも、さっきからガルドは岩肌に横穴を掘り続けている。



「盗掘だ、盗掘。

俺は手癖が悪いからな。」



この岩質の中に鉱脈は絶対にない。

ガルドに教わったことなので確かである。



『…。』



俺は使い慣れた一輪車を持ってくると、ワープで排土に勤しむ。

師が掘った土を弟子が片付ける。

これまで何度も繰り返して来た工程である。



「…。」



こっそりとやるつもりだったが、ワープの直後にガルドと目が合ってしまう。



『すみません。』



「…。」



『…怒らないんですか?』



「オマエは謝らなくてはならないような事をしたのか?」



『してないです、今日は。』



それには何も答えずにガルドは掘削を再開する。

俺もそのまま廃土を続けた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




小一時間ほどして、雨を凌げそうな横穴が完成したので、リーダー格の村人に提供を申し出る。



「え?

いいんですか?

ここを使わせて貰っても。」



『余所者の俺達が所有権を主張するのも、おかしな話ですので。』



30世帯程の避難民が洞窟に逃げ込んで来る。

騒がしいのが嫌いなので去ろうとするが、引き止められる。

そりゃそうだ、この状況なら誰だって番犬が欲しい。



『親方。

彼らがリーダーになって欲しいそうです。』



「何事も経験だ。

応えてやったらどうだ?」



『あ、いえ。

俺じゃないです。

親方の下に付かせてくれってしつこくて。』



彼らの判断は正しい。

例え王国軍と言えど、ドワーフの傘下を自称されてしまえば、相手が自国民でも強くは出にくい。


問題はニヴルにだって掟はあることだ。

氏族に無断で大量の人間種を傘下に置くことなど許される筈も無い。

ましてや最前線地帯の領民を引き抜くなど言語道断であった。

何だかんだ言ってもニヴル氏族は王国との協調路線で生き残って来たのだから。



「人間種に人間種の法があるように、ドワーフにはドワーフの掟がある。」



ガルドが告げると村人達は唇を噛んで下を向いてしまった。

彼らも当然自覚している。

あまりに無理筋の要望を出している事を。

それでも、もう他に道が無いのだ。

なので彼らを卑しむ気はない。


俺が1番知っている。

貧民に選択肢はない。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



結局、避難民からの嘆願を聞くのが疲れるので俺とガルドは避難することにした。


「村役人を何とかして欲しい。」

「もっと平穏な土地に移住したい。」

「山向こうの魔族が怖いので退治して欲しい。」


人の数だけ言い分はある。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



山奥。

木立から漏れる雨に打たれながら、乾パンを分け合う。



「楽しめてるか?」



『勉強になります。』



「そりゃあ良かった。」



『親方は楽しいですか?』



「歳は取りたくないもんだな。」



『…。』



「今が1番充実しているよ。」



乾パンにはドワーフ式のラード(獣脂)を塗って食べる。

程よく塩味が効いていて心地良い。

土砂降りになって来たので、立ち上がり大木にもたれながら残りを平らげた。

最後に一口に至ってはパンからは雨の味しかしなかった。


こんなに美味い食事は生まれて初めてだった。

この話が面白いと思った方は★★★★★を押していただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
どうしてその乾パンは美味かったんだろうな、トビタの心境を推し量る事は出来ない・・・ あくまで個人的な感想ですが、それが「ドキドキ秘密作戦決行中に喰う乾パンがマジ美味ぇ!!!滾ってきたwww」なら同意…
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