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徒弟制って本当に理不尽だよな。

魔界飛び地の見物旅行。

流石に空荷では氏族への義理を欠くので、布系の軽い荷物だけを借り馬に積んで騎走する。

名目は行商なのだが、ぶっちゃけ遊びである。

若いドワーフは遊興色の隠し方が稚拙で年長者達の叱責を受けがちなのだが、不器用者とは言えガルドは流石の老巧である。

厩舎番にそれっぽい理屈を並べ立てて、何かご立派な行商の体を取ってしまった。



「よく覚えておけよー。

タテマエの下手な奴は一生冷や飯を食わされるぞー。」



『でも親方は熱い飯が嫌いなんでしょ。』



ガルドはそれには答えず「ふふふ。」と笑う。

俺達の旅立ちはそんなものだった。

別に特筆することもない。

オッサンと2人の気楽な騎馬旅行だ。

馬術に不慣れな俺のペースで進むのでトロトロした旅路である。



『親方ぁ。

行商人多いですね。』



「いや、行商に偽装した亡命だな。」



『え?

そうなんですか?』



「よく見てみろ。

みんな馬車に子供を潜ませてる。

手綱を夫婦で取っている馬車も多いだろう。」



『言われてみれば。』



「みんな帝国か共和国に逃げるんだろうよ。」



『やっぱり王国は駄目ですか?』



「ここまで負けが込むとなぁ。

沈む船だよな。」



俺は前後を進む馬車をそれとなく盗み見る。

確かに行商にしては、家族連れっぽい雰囲気がある。


不意に前方の荷馬車がペースを落とす。

まだ馬を上手く御せない俺は思わず接近してしまったのだが、中から明らかに子供の笑い声が聞こえた。



『親方…』



「気づかないフリをしてやれ。

敗戦国ってそういうモンだ。」



勿論、王国民全てが難民化している訳ではない。

田畑や牧場を持っている者は逃げたくても逃げれなかった。

そして悪循環なのだが、減った領民からの税収を補う為に王国は更なる重税を残った田畑に掛けていた。

…俺は農業に関しては全くの素人だが、明らかに耕作放棄地が増加している。

少し前まではこんなのではなかった。



「どうだトビタ。

オマエのなけなしの義侠心は湧くか?」



『…まあ、根本から解決しちゃっても構わないなら別に。』



「じゃあ禁止。

オマエが他人なら焚きつけたかもだけどな。」



『ありがとうございます。』



「身内だろ。

当然のことだ。」



『…俺は親方の身内なんですか?』



「うん、そうなるな。」



『じゃあ、ニヴル氏族とも身内ですか?』



「そりゃあ、氏族がオマエの身分保障をしている訳だからな。」



『じゃあ、ドワーフも身内ですか?』



「そりゃあ、ドワーフの嫁を貰った以上は自然にそうなるわな。」



『じゃあ、ギガントの皆さんも?』



「まあ、遠縁ではあるが元々はアイツらも同族だった訳だしな。

それにギガント族長はオマエ達夫妻の見届け人だ。

他人ではないだろう。」



『身内ってどこまでなんでしょうね?』



「さあ、主観の問題でもあるからな。

オマエ、王国には冷淡だろ。

同じ人間種なのに。」



『いや、同じと言われても、そもそも世界が違いますし。

無理矢理呼び出された訳ですし。』



「でも一緒に召喚されたのはオマエの同郷だろ?」



『…まあそうなんですけど。

以前から折り合いが悪くて。

1人波長の合いそうな奴は居たんですけど、死んじゃいました。

女の癖に剣なんか振うから…』



「じゃあまあ、その波長の子辺りまでがギリギリ身内なんじゃない?

人間種の線引きとか知らんけどさ。」



『そうっすね。

いつか…

沢口の墓に参ります。』



「高橋君はどうする?

あの青年は同郷人全員を助けようと頑張ってるぞ。」



『そうなんですよねえ。

俺、アイツのことは利害が一致しないだけで尊敬はしてます。』



「彼の助けようとしている相手にはオマエも含まれてるぞ。」



『それが迷惑なんです。

結局はそれって、善意の皮を被った強要行為じゃないですか。

高橋の奴は無自覚でやってるから腹が立つんですよ。』



「だからオマエは距離を置いてるんだな。」



『たまたま近所に生まれただけの他人ですし。』



「よーし、それじゃあ高橋君達に助け船を出してやれ。」



『いやいや、その理由がないですよ。』



「じゃあ親方命令。」



『えー、マジっすか。

徒弟制って理不尽過ぎでしょ。』



「だよなー。

心底ファックだわ。

ちょっと先に生まれたくらいでデカい顔すんなってなあ。」



『いや、そこまでは言いませんけど。

まあ親方には世話になりっぱなしなんで、助けろと言われれば助けますけど…

手の内見せちゃ駄目なんでしょ。』



「うん、駄目。

小刻み移動なしで同胞を救ってみせろ。」



『えー!?

俺から小刻み移動を取ったら何も残りませんよ!!』



「もしも何かが残ったら…

きっとそれがオマエなんだよ。」



『…。』



そんな下らない会話をしながらガルドと共にのんびり北上する。

俺達が大荷物を抱えているので、小休止中に村人から声を掛けられる。



「あら驚いた。

ドワーフの商人さんかと思ったら、アンタ人間じゃないのさ。」



『あ、はい。

こちらのガルド親方の元で勉強させて頂いてます。』



「商人見習い?」



『いえ、どっちかと言えば鉱業ですね。

まあ、今は水汲みとか道具磨きとか、その程度しか出来てませんけど。』



「ねえ、麦がダブついてるんだけど買い取ってくれない?」



『え?

麦が?

いや、王国は食料不足だって聞きましたけど。』



「刈り取り人が全員逃げちまったのさ。

刈った所で全部盗られちまうからね。」



『ああ、なるほど。

税率がまた上がったらしいですね。』



「ドワーフは30人力って聞いたよ。

今は村役人も居ないし、価値のある物と交換してくれないかい?

出来れば嵩張らないものが嬉しい。」



聞けば、この婦人は本百姓の未亡人とのこと。

早くに夫を亡くし、女手一つでこの農園を切り盛りしていたが、敗戦に伴う増税ラッシュで身軽な小作人が全員亡命してしまったとのこと。



『ああ、それは大変ですね。

親方ぁ、袋を開けてもいいですか?』



  「おーう、全部見せてやれ。」



俺は行商袋を開封する。

衣類や包帯、紐や端切れ布。

価値のありそうな物は見当たらない。



「この肌着を譲って欲しい。」



未亡人が指さしたのは、地味な肌着。

男女兼用なのかもっさりとしたデザインである。


《なんでこんな物を?》


と喉まで出掛かって止める。

この未亡人も亡命するのだ。

確かに女の長旅なら替えの肌着は必須かも。



「こっちは何を渡せばいいんだい?」



『い、いや、急に言われても。』



ガルドに振り返るが、腕を組んだまま無言で俺を観察している。

なるほど、徒弟制って本当に理不尽だよな。













































俺だけが、こんなにも師に恵まれたのだから。



『…亡命ですか?』



「あ、いや。

逃散は御法度だから。」



『…実は俺、共和国にコネがあって。

帝国の不動産屋とも友達なんです。』



「共和国に行けるのかい!?」



『いやあ、共和国の議員さんに頼まれてるんですよ。

王国から出国出来なくなった国民を保護して欲しいって。』



「ゴクリ。」



『親方ぁ、もしも保護に成功したら…

そのまま共和国内のギガント議員の領地まで送迎するんですよね?』



  「おう、そういう段取りだ。

  タテマエとしてはこうだ。

  まずはギガント傭兵団が

  偶然ニヴルを表敬訪問していた形式。

  そのまま保護民は

  傭兵団の荷物持ちとして共和国へ。」



『だそうです。

奥様も来られます?』



「アタシもいいのかい?

戦闘経験もないし、何の取り柄もない女だよ。」



『取り柄なら俺もありませんよ。』



「またまた謙遜を。

鉱山で働いてるなら、そういうノウハウがあるだろうに。」



『同じ事ですよ奥様。

御主人の遺領を守って来た貴女にも、関連したノウハウがある筈です。』



「…。」



王国はドワーフとは表立って対立出来ない。

ただでさえ劣勢なのに、精強無比のドワーフを敵に回したら本当に体制が維持できないからだ。

だから、ドワーフが多少イレギュラーな行動を取っても、中々それを咎める事が出来ない。

ましてや、三大ドワーフ氏族の一角であるギガント族を敵に回すなど到底不可能である。



『親方ぁ。

ドワーフが人間種を雇うのは合法ですか?』



  「ばーか。

  違法だったら

  オメーなんて拾ってねえよ。」



『合法だそうです。』



その後、ガルドとその場で話し合って、即興で具体案を練る。

ドワーフ同士の貿易なら王国・共和国に支払う通称税は最小限で済む。



  「どのみち、年内にギガントに

  材木を納入する契約になっている。

  大量の作業員は必要になるな。

  それが人間種でも構わないかもな。」



「村の仲間も連れて行っていいかい?」



  「…。」



『いいっすよ。』



  「ああ、構わねえ。」



「ありがとう、恩に着るよ。」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



村を後にして騎走を続ける。

幹線道路に軍隊が目立ち始めたので小川沿いの脇道に逸れる。

ガルドに鮎釣りを教わり焼いて食べた。



『親方、申し訳ありません。』



「オマエは怒られるような振舞をしたのか?」



『いえ。

でも、氏族の不利益になると思います。』



「50点。」



『え?』



「オマエの歳でそこまで分かっているのなら上出来だ。

気付くのに何十年も掛かった馬鹿が保証するんだから間違いない。


後の50点は…

きっと皆で考えることなんだろうな。」



『…。』



それからしばらく鮎の残渣を沢蟹に与えて遊ぶ。

子供の頃、親父がそんな風にして俺をあやしてくれたような気がした。



少年の日のガルドは途方もない悪童であり、その殺生癖を皆から戒められたがまるで聞き入れなかったそうだ。

ドワーフも人間種も不必要に斬ったし、食べもしないのに鳥や魚も戯れに殺した。

なので誰よりも武勲を挙げたにも関わらず皆から憎まれた。

勝てば勝つほど居場所を失った。

ガルドは誰よりも強かったが、その強さはきっと間違った強さだった。

そして酒に溺れたガルドは酔った勢いで最愛の妻と息子を殺し、これまで勝ち取った栄爵の全てを剥奪された。



これはあくまで皆の話の断片を繋ぎ合わせたストーリーである。

勿論、真偽を確かめるつもりはない。



「よし、夜も更けたな。」



『はい。』



「見えるか?

東側に動いている灯りが。」



『あ、はい。

微かに。』



「あれは王国の伝令騎兵だ。

等間隔に基地同士を走っている。」



『…。』



「善性の皮は被れたか?」



『まっぴら御免ですが、強要くらいならしてやっても構いません。』



「…。」



『…。』



「今から伝令同士の死角を走る。

…過酷な騎走になるぞ。


出来るな!!」



『出来ます!!!』



「行くぞヒロヒコ!!」



『はい!!』



闇夜の道なき道を、ただ2騎。

この話が面白いと思った方は★★★★★を押していただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
親方も結構なクズだったか・・・ どうりで言葉が重いわけですなぁ
クズはクズ同士、中々いい師弟関係じゃないの。
親方たちのせいで悪になりきれないね
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