悪人の所為で我々善良な市民が迷惑します!
念願の法人登記。
無論、実務は税理士が行う。
浅草に本拠を構える柴田税理士事務所。
後から知った話だが、かなり顧客を絞っており、信頼できる顧客の紹介でなければ請けてくれないらしい。
資本金は990万円、決算月は7月となった。
「では法人名は?」
『ええ、以前申し上げた【ドワープ】でお願い致します。
前株でお願いします。』
「聞き慣れない名前ですと法人口座の作成がやや困難になりますが大丈夫ですか?」
『子供の頃のあだ名なんです。』
「承知しました。
それでは法人名は【株式会社ドワープ】で。」
その日の夕方に柴田税理士から着信があり、手続き開始の旨を聞く。
これで一段落。
『柴田先生ありがとうございました。
ようやく前に進めます。』
「飛田社長。
難しいのはここからです。
今、本当に厳しくなっていて…
法人口座が作れないんです。」
『事業実態の有無とか、かなり厳しく調べられるんですよね?』
「ええ。
マネーロンダリング対策です。
近年、反社会的勢力が法人を悪用するケースが多発してましたから。」
『ええ、伺っております。
まったく。
悪人の所為で我々善良な市民が迷惑します!』
やれやれ。
半グレだのヤクザだのが法人口座を悪用し続けるから、カタギの俺までも口座を開きにくくなってしまった。
困ったことである。
とりあえず、柴田税理士の指示するままに、敷居が低いとされている楽天銀行やGMOあおぞらネット銀行に申し込む。
FIREへの道のりは遠いよなあ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
久し振りに頭を使って疲れたので、報告も兼ねて村上翁の店舗に遊びに行く。
『どもー♪』
「その屈託のない笑顔は女に向けてやれよ。」
『…チャコちゃんさんとか?』
「まあ、そんな所だ。
ああいうタイプ苦手か?
昔からあの子はモテるんだぞー?」
『では今日は腹を割って話しましょう。
何か美味い物でも食いながら。
あ、すき焼きとかどうっすか?』
「いいね。
仕事終わりにつつく肉は最高だからな。」
2人でペチャクチャ話しながら日本橋へ。
この『伊勢重』なる店が日本最古牛鍋屋らしい。
「じゃあ、すき焼きSSコース(税込み14,630円 )にするぞ。」
『はい!』
「日本酒でいいか?」
『はい!』
未成年者の俺が飲酒するのは、あまり良くないが…
ガルドの晩酌に付き合っているうちに、自然と酒が強くなった。
(流石にドワーフと同じペースで飲むような馬鹿な真似はしないが。)
そして地球の酒の旨さも理解出来るようになって来た。
『あ、じゃあお注ぎします。』
「おお、スマン。」
『おっとっと。』
「おっとっと。」
『「わはははは。」』
お通しと刺身を食べながら、肉を待つ。
「オマエよお。
チャコちゃんの何が不満なんだ?
親族の贔屓目じゃねーが、結構な美人さんだろうが?
しかも気立ても良くて働き者と来ている。」
『いやいや!
不満はないですよ!
勿論、素敵な女性だと思ってます。』
「嘘つけェ。
ソープの店長に聞いたぞ。
オマエ、女が気に喰わない時は必ず
【素敵な女性】って言うそうじゃねーか。」
『いやあ、ははは。
誤解ですよー。』
…店長め、口の軽い奴だ。
「まあ、でも合格点だよ。」
『そっすか?』
「飛田は女遊びする時に遊びの域を絶対に出ないからな。
それが出来ずに身を持ち崩す馬鹿が多いんだよ。
嬢にハマったり同情したり。」
『お互い仕事でしょ。』
「Good。
やっぱりオマエ商売人に向いているわ。
これからも贔屓にしてくれよ。」
『ええ、本音を言えば毎日村上さんと会いたいんですけどね。』
「あ、うん。
毎日は怖い。」
『巣鴨に行ったらチャコちゃんさんが出て来るからなぁ。』
「露骨に避けるなよお。
酷い男だな。」
『正直に言いますね?
俺、女に自我は要らないと思ってるんです。』
「正直すぎィ。」
仲居さんが肉を準備してくれたので、ゴクゴクと飲むように貪る。
『ソープの女が一番なんすよ。
後腐れが無いし、黙れと言えば黙ってくれますし。』
「え、マジ?
オマエ、嬢に黙れとか言うの?」
『いやいや、本人に言うまでもないんです。
最近はボーイさんに
《雑談が大嫌いなんで無口な子》
って必ずリクエストするようになりましたから。
向こうもプロなんで対応してくれますよ。』
「俺、オマエだけは本当に怖いわー。」
『いやいや。
こっちは客なんだから、ある程度の要望は出していいんですよ。
誰にだってNGはあるんだから。』
「うーーーん、まあ…
それもそうか。」
『問題はね?
素人の女性にアレコレ注文を出すのは傲岸だと言う事なんですよ。
それが取引先の娘さんだったら尚更でしょ?』
「チャコちゃんは
《至らない所があれば改めるから指摘して欲しい》
って言ってるんだよ。」
『いやいや、だから。
明治大正じゃあるまいし、女性にそんなアレコレ注文出せる訳ないでしょ。』
「…いや、オマエは資格あるよ。」
『何で?』
「だって飛田は明らかに世代ナンバー1だもん。
選ぶ側の男だもん。」
『大袈裟ですよ。』
「17で法人登記は凄いって言ってるんだよ。」
『そうっすかね?
凄いのは付き合いの短い俺の親権者になってくれた村上さんだと思いますけどね。』
話が本筋から逸れるので割愛するが、父を亡くして天涯孤独な俺の親権者に村上翁がなってくれた。
「実質の話ね。
あれだけの量の金貨。
アレを用意しただけでも凄いわ。」
『どこかから盗んだのかも知れませんよ?』
「いや、あの金貨は何らかの対価としてオマエが得たものだよ。
流石にそれは分かる。
他にも色々なシノギあるんだろ?」
…宝石の話はまだ村上にしていない。
『取引先の分散は商売の基本ですからね。
ただ、弊社の役員に入って頂いた以上、これからはそちらも公開します。』
「…宝石関係か?」
『ッ!?』
「いや、分かるよ。
その胸のペンダント。
明らかに宝飾文化圏の物だ。
大方、宝石供給源の娘さんか何かだろう?
チャコちゃんは《身体の関係も絶対にある》と踏んでいたぞ。」
コイツらエスパーかな?
『まあ、おいおい話します。』
「危ない橋は減らして行けよ。」
『ええ、その為の法人化です。
今ある貴金属をキャッシュに換えて、それを真水に濾したら…
しばらくはあちこちを旅行して暮らします。』
「チャコちゃんは?」
『村上さん。
17歳の頃の貴方が100億持ってたら、特定の恋人作ってました?』
「愚かなガキではあったが、そこまで馬鹿じゃなかったよ。」
『貴方の御身内を粗末に扱いたくないんです。
だからチャコちゃんさんには困ってます。
正直に言いますね?
あの子が他人だったら、適当にヤッて普通にヤリ捨ててましたよ。
でも村上さんの御身内にだけは、そういう事をしたくないんですよ。
俺は…
貴方を父であり師だと思ってます。
恩義も感じてます。
だからこそなんですよ。』
「コイツってサイコパスなりに筋が通ってるんだよなあ。」
味変代わりに一品料理でヒレステーキ100g (税込5,390円)を一皿ずつ頼んで貪る。
うん、悪くない。
「オマエ、その宝石の子と結婚するの?」
『え!?
いやいや、そんなの考えたことも無かったです。』
「ぶっちゃけ本命なんだろ?」
『うーーーん、正直に言うと惹かれてますよ。
自分の中で別格の位置に置いてます。
ただ相手は日本人ではないですし、子供も産まれない体質なので…
結婚までは行かないだろうと。』
これはガチ。
人間種とドワーフ種との間に子供が生まれない事は科学的に証明されている。
(エルフと人間種の組み合わせでなら、ごく稀に妊娠するらしい。)
「…そうか。
色々あるみたいだな。
なあ。
身を固めたくなったら、チャコちゃんを貰ってやってくれや。」
『お申し出はありがたいです。
村上さんと本当の家族になれるのは光栄です。
ただ、俺のどこがいいんですか?
そこまで執心される理由が分からない。』
「でもオマエ、自分が一番の男だと思ってるだろ?」
『え?
いや、まあ、はい。』
そりゃあ、俺はワープ使いだもの。
ぶっちゃけ宇宙最強だよ。
少なくとも本職の弓兵を討ち取った実績があるしな。
「それ、周りに伝わってるから。
特に女は敏感だぞー。」
『例によって顔に出てるって言いたいんでしょ?』
「前も言っただろ。
オマエ、常時ドヤ顔だぞ。」
『いやいやいや!!!
ドヤ顔なんてしてないっすよ!!』
「あ、うん。
自覚が無いのは仕方ないけど。
これからは表情コントロールも頑張っていこうな。
商売人の必須科目だから。」
『…はい。
釈然としませんけど、はい。』
「まあ、要するにだ。
チャコちゃんはオマエの傑出性を初対面で見抜いて、折角見つけた宝物を何としても欲しいと思ってるんだ。」
『男なんて他に幾らでもいるでしょうに。』
「で?
他の小僧共が束になったらオマエに勝てるのか?」
『無理でしょうねえ。』
財力でも暴力でも俺が同世代に不覚を取る要素が無い。
相手が武器持ち1000人でも、殺し合えば一方的に俺が勝つ。
過信ではなく、単なる事実である。
「そう。
それが答えなんだよ。」
『…。』
「ちなみにソープの嬢達もオマエに個人的な関心を持ってたぞ?
店長に根掘り葉掘り聞いてるらしい。」
『マジっすか?』
「女の仕事は勝ち組男を見つけることだからな。
彼女達は勤勉なんだよ。」
『それはそれは仕事熱心なことで。
でも、カネを払ったのに粘着されるのは納得行かないです。
それじゃあ何の為に対価を支払っているのか。』
「商売女を避けるコツが1つある。」
『ほう!?』
「所帯を持つ事だ。
…それも商売人の家の子は頼りになるからおススメだぞー。」
『あっはっは、こりゃ一本取られたな。』
「若いオマエに取って煙たい事は重々承知だ。
だからさ。
《誰でもいいから身を固めたい》
って心境になったら、村上家の門を叩いて欲しい。」
『…そうですね。
じゃあ、ロンダリングが一段落したら真面目に考えますわ。』
「おっ、言ってみた甲斐があったな。」
『俺もチャコちゃんさんのことは結構真面目に考えてるんですよ。
この宝石の子からも一緒にメシに行く程度の許可は取ってるんです。』
「えー、本当に許可取ったの?
何て?」
『えーっとねぇ。
【上手いわねー、その子。
反対しにくくなっちゃった。】
こんな感じです。』
俺の下手な口真似で伝わっただろうか?
「いや、上手いのはその子だろ。
そんな言い方…
牽制としては120点だぞ。
ますますチャコちゃんやりにくくなった。」
『まあ、クレバーな人ではありますね。
俺、しょっちゅう叱られてますし。
叱られても納得感しかないですし。』
「うっわー。
正ヒロイン臭がする!」
『何ですか正ヒロイン臭ってwww』
「字面で分かれよーーww」
『「あっはっはwww」』
腹が膨れたのでお開きにする。
会計時に村上翁が先程飲んだ日本酒を1瓶購入して俺に渡す。
『いやいや、もう飲めませんよ。』
「ばーか。
その宝石一家への贈答だよ。
メシの許可を一方的に貰ったままじゃ、ウチのチャコちゃんが情けを掛けられたみたいだからな。
借りは作りたくないんだ。
飲む人なんだろ?」
『かなりの酒豪ですね。
日本の酒が口に合うかどうかは分かりませんが。』
「じゃあ宜しく伝えてくれ。」
『そっすね。
次に会った時に必ず渡します。』
「それにしても、相手の子…
子供生まれない体質かぁ…
不憫だけどな。」
『いえいえ、俺との組み合わせで産まれないってだけですよ。
至って健康な人です。』
「…そっか。
まあ、オマエは財産を築くだろうし、それを託す後継者もいずれ必要になって来る。
家を残すのが亡くなったお父さんに対する一番の供養だぞ。
チャコちゃんのこと、それとなく意識しておいてやってくれ。」
『はい!』
そうかぁ。
俺、今まで財産に縁が無かったから意識した事がなかったけど…
そりゃあそうだよなあ。
金持ちになったら継がせる相手も必要になって来るのか。
まあなあ、親父には何もしてやれなかったし、結婚して子供作って後を継がせるのが孝行だよなあ。
会社も軌道に乗りそうだし、地球で腰を据えるか…
『ふう、それにしても…
腹膨れたぁ。』
肉と酒を堪能した俺は、村上を駅で見送ってから酔い覚ましも兼ねて日本橋をブラブラ散歩。
見上げると月が美しい。
歌でも歌い気分だが、手元の酒瓶がやや重いな。
予定とは異なるが、ガルドに振舞ってやるか。
『ワープ!』
日本橋から鉱山に飛ぶ。
今まで意識してなかったが、異世界の月はやや青みががっていて妖艶な趣がある。
坑道入り口を振り返ると、うん。
中々立派な鉱山だ。
ドワーフとの付合いが長くなった俺は、鉱山の良し悪しも教わっていた。
掘り進みやすい地形とそうでない地形は基礎中の基礎として最初に叩き込まれる。
俺が与えられたのは教科書的に理想的な鉱山。
坑道の入り口が街道に限りなく近く、掘りだした資源を流通ルートに乗せ易い。
『氏族の好意はちゃんと受け止めなきゃな。』
蒼い月を横切るワイバーンの群れを見ながら、そう呟く。
そうだな。
ワイバーンを討伐すれば彼らへの義理も立つし、地球で身を固めて足が遠のいても後ろめたさを感じずに済むだろう。
法人登記も完了したしな。
あの飛竜達は異世界での有終の美を飾るに相応しいかも知れん。
さあ、ガルドに土産を渡すか…
『親方ー。
居られますかー?』
「叔父さんは、父さんと一緒に出張中。
明日には帰って来るわ。
珍しく表から帰って来たのね。」
『あははは。
たまにはね!』
「酔ってるの?」
『ははははは!
そんなに飲んでないですよーーーww
取引先との接待ですww』
「今、水を持って来るから。
そっちのソファで寝てなさい。」
『はーーいww』
今日のすき焼きは最高だった。
最高の肉だから、酒も随分進んだ。
多分、今の俺は酔ってるのだろう。
「ほら、これを飲みなさい。
顔を拭くから動かないで。」
『いやあ、何から何まで申し訳ないですーww』
「男の人って仕方のない生き物ね。」
『エヴァさん!
これっ!!
親方に!!』
「あら、お土産?」
『ははは、いつも世話になってますから!!!』
「じゃあ、明日2人が帰って来た時に…
ッ!?」
『ん?
どうかしましたか?』
「ヒロヒコ。
重い訓戒と軽い訓戒があるんだけど、どちらから聞きたい?」
『えー。
また怒られるんですか?
酔いが醒めちゃったなぁ。』
「別に怒ってる訳じゃないの。
貴方の為に言ってるのよ?」
『じゃあ、先に重い話から聞きます。』
「分かった。
じゃあ、少し厳しい事を言うね。」
エヴァは無言で酒瓶を俺の顔に突き付ける。
最初、何を叱責されているのか分からなかった。
『…純米大吟醸・白鷹。
悪い酒ではないと…
あッ!!』
「何がいけないのか言ってみなさい。」
『こ、この辺では出回ってない酒です。』
「そうね。
私はこんな意匠の酒瓶を見た事がないし。
瓶に紙を貼り付ける風習も初耳よ。
何より、こんな文字初めて。
ヒロヒコの故郷の文字なの?」
『あ、はい。』
「これ何て書いてるの?」
『あ、はい。
白い鷹という意味です、はい。』
「あら、鷹はドワーフの世界では縁起物よ。
普通なら歓迎されるお土産だとは思う。」
『はい、スミマセンでした。
猛省します。』
エヴァは俺の額を優しくコツンと叩く。
「お酒が入るとね、どうしても普段はしないミスを犯すものなよ。
父さんも叔父さんも若い頃、お酒で失敗してるしね。」
『…はい。』
「ただね?
ミスにはリカバリー可能なものとそうでないものがある。
今回のはどっち?」
『あ、ちょっとリカバリーは難しいかな、と。』
「自覚があるならいいの。
改めて行きましょう。
それも今、この場から!」
『あ、はい。』
「はい、お説教終わり。
中身は移し替えるわよ。
瓶は私の炉で熔かしておくけど、構わないよね?」
『あ、はい。
お願いします。』
「はいはい。
お説教は終わりって言ったでしょ。
男の子がそんな表情しないの。
今日は遅いから水浴びをして寝るわよ。
背中を流すから全部脱いじゃって。」
『あ、はい。
…あの、ちなみに軽い訓戒とは?』
「ああ、忘れてた。
私、ヒロヒコの子供を妊娠したから。
明日お父さんたちが帰って来たら指示を仰ぎましょ。」
『え?』
「さあ、桶が温かいうちに入るわよ。」
『あ、はい。』
カネと肉と酒と女。
充実した1日ではあった。
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