思い出したかの様にファンタジー要素出しやがって。
ガルドに頼み込んで、真の自由を貰った。
(いつでもフラッと消える権利。)
地球でやらなければならない事が溜まっているからだ。
「オマエ、名誉の負傷を負った俺を見捨てて行くのか?」
冗談めかしてガルドは言う。
このオッサン、先日のギガント族との戦いで土魔法・極の直撃を食らったからな。
たまたまその瞬間を望遠鏡で見ていたのだが、雑居ビル程の質量のある岩石に押し潰されたガルドは十数秒程で《痛たたた。》と首を押さえながら岩を跳ね除けて復活、何事も無かったように元気に敵陣に駆けて行った。
帰還後、やや呂律が回ってなかったので医療所に連れて行くと、首の骨が折れていた。
「首にも骨があるのか!?」
ガルドは驚きながら治療を受け、全治3日絶対安静を言い渡された。
『ちゃんと寝てなきゃ駄目ですよ。
固定させなきゃ、一生首が曲がったままって先生も言ってたでしょう。』
「それは嫌だなー。
飯が食いにくくなる。」
『じゃ、マメに帰りますから。
来客があれば、坑道に潜ってるって伝えておいて下さいね。』
「な?
坑道アリバイ無敵だろ?」
『ええ、最高の居留守ツールです。』
そうなんだよな。
最初は馬鹿にしていた洞穴暮らしだが、居場所を曖昧にしておきたいワープ使いの俺にとっては最高の隠れ蓑だ。
《トビタは深い場所で泊まり作業してると思います。》
そう言われたら、来訪者は即時の面会を断念せざるを得ないからな。
現に高橋相手に居留守作戦は成功している。
『ワープ!』
まずは府中へ。
帰宅してからまずは郵便物チェック。
続いて市役所に転入届を提出しに行く。
本当は住所など持ちたく無いのだが、それでは法人口座を作れない。
『ワープ!』
次は御徒町のジェインの宝石店へ。
彼は昼食休憩に行く所だったらしく流れでランチに付き合う。
上野アメ村の蕎麦屋。
『インドの人ってカレーばっかり食べてるイメージありました。』
「宗教的にベジタリアンだから。
ソバなら問題ないです。」
『スミマセン。
目の前で鴨蕎麦食べちゃって。』
「No problem。
ヒンズー教徒やシーク教徒とも卓を囲みますので。」
インド人の口に合うのかは謎だが、ジェインは器用に山菜蕎麦を啜っていた。
箸捌きだけなら俺より遥かに上だ。
食べ終わり2人でソバ湯を啜っていると、観光客が団体で入って来たので、そそくさと退散した。
「また買取ですか?」
『ルビーを何個か。』
「私はあまり目立ちたくないのですけれどね。」
『同感です。』
「でしたら、もう少し慎ましいペースで来店して下さい。」
『猛省します。』
「商社でもないのに、こんなに頻繁に高額原石を動かすって不自然ですよ。」
『あ、じゃあ商社になります。』
「なるんですか!?」
『どのみち法人登記の準備中ですので…』
「事務所を立ち上げたら開業祝を送らせて下さい。」
『いやー、当面は自宅兼事務所で済まそうかと。』
「身軽ですね。
お分かりだと思いますが、これは褒め言葉ではありません。」
『たはは。
確かに信用されませんよね。
でも私の取り柄は速度ですから。
荷物は極力減らしたいんです。』
思い当たるフシがあるのかジェニンは初めて人懐っこく笑った。
「あまり女性を泣かせてはなりませんよ。」
『え!?
どうして!?』
どうして俺の脳裏にチャコちゃん(荷物代表)が浮かんだのが分かったのだ!?
「男同士、余所者同士、商売人同士。
嫌でも分かってしまいます。」
その後、ジェニンの店で持ち込んだ3つのルビーのうちの2つを買い取って貰えた。
1つ余った理由はシンプル。
ジェニン個人の手持ちキャッシュが600万円しか無かったからだ。
『3つで600万って言ってくれて良かったのに。』
「不公平な取引は明日の損失になります。
トビタさん、覚えておいて下さい。
アビトラージとボッタクリは盾の両面ですよ。」
『肝に銘じます。』
俺もボッタクってる訳ではないのだが、ワープを商売に使うと運搬費分丸々儲かってしまうからな…
何より異世界にも地球にも家があるので、家賃・宿泊費・保管費が掛からないという強みがある。
普通に商品を言い値で卸してるだけで、何となく儲かってしまうのだ。
…そうだな。
少しは公平のポーズも見せておくか。
『ジェニンさん、何か探してるものあります?』
「水ですね。」
『水!?
どうして?』
「故郷が困っておりましてね。」
あ、そうか。
インドは干魃が酷いってニュースでやってたな。
「砂漠に水を売る商売なら喜んで手伝いますよ。
但し道徳的な価格である事が条件ですが。」
水かぁ。
確かに俺の鉱山でも節約して使ってるからなぁ。
その後、バックヤードで宝石業に関するレクチャーを受けてから解散した。
(民族毎の嗜好や国際的な取引慣習などを教わる。)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『じゃーん!
親方!
と言う訳で!
水を持って来ました!』
「…どういう訳だよ。」
『でも井戸から水瓶に移すの面倒でしょ?』
「水汲みってのは、そういうモンだ。」
どうしてもっと早く思いつかなかったのだろう。
俺でも役に立つ方法があるじゃないか。
水汲みなら自宅の風呂場に水瓶ごとワープすれば簡単にこなせる。
「あー、こりゃ駄目だ。」
『え?』
「塩素が大量に混じってる。」
『駄目なんすか?』
「ああ、そうか。
オマエにはまだ教えて無かったか…
塩素はクリスタルの魔力を大きく劣化させる。
鍛冶の世界じゃ1番嫌がられるなぁ。」
…クッソ、思い出したかの様にファンタジー要素出しやがって。
いや、ガルド達の存在自体がファンタジーなんだけどさ。
「その水瓶は捨てとけ。」
『え!?
水瓶ごとですか!?』
「塩素は残留するんだよ。
鍛冶職たる者、不安要素は1%でも見逃しちゃならねぇ。」
『は、はい。
勝手な事をしてスミマセンでした。』
うーん。
やはり職人仕事は難しいな。
後出し要素が多過ぎるんだよ。
そりゃあ人手不足になる筈だ。
土捨て場に行き水瓶をハンマーで砕いてから、地球に帰還。
『日本の水道水なんて絶対塩素入ってるだろ。
どこか湧き水があれば良いのだけれど。』
スマホで【湧き水 汲ませてくれる所】検索して適地を探す。
京見峠の水「杉坂の船水」なる名水を発見したので、以前飛んだJR京都駅までワープ。
タクシーを拾って現地まで。
よし、カネは掛かったが場所は視認した。
周囲に人が居ない事を確認してから洞窟の物置にワープで戻る。
『あ、エヴァさん。
使っていい水瓶ってありますか?』
「…。」
『エヴァさん?』
「…当家のトビタでしたら作業の為に坑道の奥まで潜っております。
女の身ゆえ詳細が分からず御迷惑をお掛けします。
伝言が御座いましたらお預かり致しますが。」
真顔でそう告げるとエヴァはゆっくりと背を翻す。
成程、普段はあんな風に来客応対してくれてるのか。
「取手の欠けた物は使ってないわ。
壊れても問題ないから。」
ドアの閉じる音と共にそう聞こえた。
誠にありがたい人である。
『よーし、それじゃあ仕切り直しだ。
取手の壊れた水瓶、ああこっちの分だな。
よし、これに抱きついて…
ワープ!』
はい、戻って来ました。
人影は無い。
ホースを借りてジャバジャバと杉坂の船水を水瓶に注ぐ。
ふふふ、親方の驚く顔が目に浮かぶぞ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うん、駄目だな。」
『えー!
どうしてですか!』
「こりゃ軟水だ。
飲む分には良いんだが作業場に持ち込めない。
研磨剤との相性が悪いんだよ。」
『ぐぬぬ。』
俺は府中にワープして、一旦シャワーを浴びる。
仕切り直しだ。
【硬水 湧き水】で検索。
『ふうむ、埼玉県秩父市の《ふれ愛の水》か…
よし、行ってみよう!』
ワープと電車を乗り継いで現地を視認。
腹が減ったので、秩父名物「芋田楽」を貪る。
うめえ! うめえ!
よし、腹ごしらえは済んだ!
今度こそ汲むぞ!!
ワープ、洞窟の倉庫!!
(エヴァと鉢合わせて凄く気まずくなる)
ワープ、ふれ愛の水!!!
ワープ、ガルドの作業区画!!
『ハアハア、親方!
ただいまー!!』
「…若い頃って変なスイッチ入る時あるよな。」
『今度は硬水です!!
どうっすか!?』
「あ、うん。
丁度、ウチの井戸と水質が似てて使えるかもな。」
『やったぜ!』
「でも、今日はエヴァが汲んでくれたから、もう要らないぞ?」
『…。』
「…まあ、たまには他の水で作業するのも勉強かな。」
『…。』
「…男が一々泣くな。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その晩、土産の芋田楽を振るまう。
この大陸では里芋は珍しいらしく好評だったが、食べ終わった後で軽率な振舞であるとこっぴどく怒られた。
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