どうやらワープ能力は人間的成長にまで寄与しないらしい。
良いニュースと悪いニュースが1つずつある。
まずは良いニュース。
ドワーフ女は最高だった。
最初は「こんなゴツい子を女として見れるかな?」と懐疑的だったが、一緒に暮らしてみると非常に男を立ててくれる。
申し訳なくなるくらいに甲斐甲斐しく尽くしてくれる。
もう、この時点で俺から指摘する事は何一つない。
どうやって義理を返して行くかを頭の中で必死で思案しているところである。
…そしてシモの話になって恐縮なのだが、夜の方も大いに満足させて貰った。
これは誇張抜きの話だが…
軽く抱き合っているだけで、生命力を流し込まれている手応えを感じた。
所詮男も女もフィジカルが全てなのだな、と。
俺は生まれてこの方、こんな多幸感を感じた事がない。
さて。
悪いニュース。
その甲斐甲斐しいエヴァがずっと側に居る。
俺としては地球に戻って早目に法人登記をしたい。
まずは税理士と打ち合わせをして決算月や定款を制定しなくてはならないし、登記が終わったら法人口座をすぐに作りたい。
でも、エヴァがずっと側に居るのでワープが使えない。
『少し1人になりたい。』
そう言おうとしたタイミングで背中を流してくれるので、切り出しにくい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『エヴァさん。
そろそろ旅に出るよ。』
「あのね。
こういう場合は、坑道の奥まで潜るっていうのよ。」
『そうなの?』
「ドワーフが所在を眩ませたい時の常套句なの。
真偽の確かめようが無いでしょ?
外で本人が目撃されても《入れ違いの連絡ミスかも》って家族が言い逃れ出来るしね。」
『確かに。』
「時間を稼ぐのに便利なのよ。
ドワーフが出世しても坑道を離れない理由、何となく分かった?」
『種族の知恵だなぁ。』
「一緒に来た人間種には会いたくないのよね?」
『うん。
関わりを持ちたくない。』
「口に出しちゃ駄目よ?
仲間に薄情な男って、社会で1番嫌われるから。」
『アイツら仲間では無いんだけどな。』
「ヒロヒコがドワーフの区別を苦手に感じてるように、私達も人間種の区別は苦手だから。
それ以上を言う必要はないよね?」
『うん。』
まぁな。
ずっとドワーフとつるんでる俺でさえ、彼らの見分けはおぼろげだからな。
向こうも同様だと思うべきだろう。
どれだけ否定したところで、俺はあのクラスメート達とセットなのだ。
『では、エヴァさん!』
「はい。」
『親方の手伝いの為に坑道の奥まで行って参ります。』
「留守中の来客にはそのように伝えておきますね。」
『それでは行ってきます!』
「はい、ご安全に。」
後で怒られたくないので、俺なりの限界まで深く潜る。
そして1言。
『ワープ!』
はい、府中の我が家。
マジでチートだよな、この能力。
風呂を貯めながらしみじみと思う。
あー、またバスマット買うの忘れてた。
買わなきゃ買わなきゃで、いつも忘れるんだよな。
『あー、やっぱり日本人は風呂だよなー。』
ドワーフ達のサウナ文化にケチを付けるつもりは無いのだが、やはり湯船のリラックス感は格別である。
しばらく手足を伸ばして心地良く放心する。
…うむ、やっぱり俺は地球で成功者になりたいな。
『うっわ、ビショビショ。』
やっぱりバスマット欲しいな。
どうせ買うなら最高級品が欲しいんだけど、どこで買えるのか見当もつかない。
まぁ、こうやって地球の新居に思い悩むのが最高の贅沢なのだ。
カタログを眺めながら部屋の模様替えを構想するこの一時。
幸せである。
(アメリカンな趣味部屋とかカッコいいと思わん?)
カネはある。
家具を少しずつ買い揃えて、理想の俺の城を作るのだ。
ちゃんとした金持ちになったら、豪邸に住みたいな。
そうだ!
美人メイドを雇うのはどうだろう!
あ、駄目だカネを盗まれるかも知れない。
創業の長いハウスクリーニング屋辺りで妥協しよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
スマホには村上翁からの着信が溜まってる。
通話が億劫なので、覚えたてのLINEで安否報告。
飛∶生きてますよー。
村∶返事遅すぎ!
飛∶ごめんなさいm(_ _)m
村∶他の奴にこんなペースは駄目だぞ。
飛∶村上さん以外連絡先知りませんし(笑)
(未読)
夕方にでも顔を出してみるか。
さて、本題。
ガルド親方に駄賃として貰った宝石(原石だが)。
これが売れるか実験したい。
親方曰く、ルビー・サファイア・アメジストとのこと。
異世界と地球で必ずしも鉱物の名称が一致するとは思えないのだが、金も銀も合致していた。
固有名詞に関しては自動翻訳されているのではないか?
それが俺の仮説。
村上も宝石は扱えるとは思うが敢えて外す。
別に疎んでいる訳ではないのだ。
俺の能力【ワープ】は移動力特化、閉じたコミュニティにのみ費やすのは惜しい。
(安全に問題がある異世界ではドワーフコミュニティに庇護されているのが正答と見ている。)
今日はワープを活かした経済活動を意識すると決めていた。
そこで検索すると【日本国内では宝石業者は御徒町に集中】と書いている。
『ワープ。』
その5秒後にはJR上野駅側の雑居ビルの屋上に到着、地名に敬意を表し御徒町まで歩く。
(俺は山手線全駅で最適ワープポイントを確保している。)
色々考えたのだが、やはりこの能力の利点は手軽に遠出可能な点に尽きるな。
【時短】
これこそがワープの真骨頂。
ネットサーフィンの延長線上での現地見聞が可能というのが理不尽なまでに強い。
俺は当初ワープを単なる移動術として認識していたが、寧ろ行動コスパの改善こそが本質であると確信する。
弱点も理解した。
俺が好奇心や能動性を喪失した時、これは確実に死に能力となる。
逆に言えば、この能力を平然と封印出来る状況を確保したその時こそが、俺がFIREに成功した証なのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ふーん。
流石に言うだけあって、そこら中に《宝飾》だの《ジュエリー》だのの看板が上がっている。
俺は手当たり次第にドアに入って行く。
『すみませーん。
原石の買取ってやってますか?』
エヴァの教えに従って余計な話はしない。
『親の形見なんです。』
『さあ、父の趣味だったみたいですね。』
出所については、それしか答えない。
まさかドワーフに貰ったなんて言えないだろう。
こちらの発言が曖昧なので、あまり良い顔をされない。
「傷がついてますねー。」
「お父さん掴まされたんじゃない?」
「出所が分からないんじゃねー。」
「最近相場が下がってるんですよ。」
難癖系の店はすぐに退店するが、難癖の傾向はちゃんとメモを取る。
これもエヴァから教わったドワーフの行商術だ。
古来よりドワーフは鉱山技師・鍛冶屋として全世界で商売をして来た。
必然、彼らの歴史はボッタクリや買い叩きとの戦いの連続である。
宝石売買のノウハウが蓄積されてない筈がない。
「分かり辛いんですけど、ここに傷があるんですよ。」
「あー、ここの傷さえなければねえ。」
「側面の白い筋見えるでしょ? 実はこれが傷なんですよ。」
宝石商達は3種の宝石の中でもルビーに強い関心を示し、口々にそう言った。
サファイアやアメジストを形式的に鑑定している最中でも、横目でルビーを凝視していたので、恐らく今回俺が持って来た中ではルビーが最も価値があったのだろう。
アメジストは5000円から1万円のレンジ。
サファイアは5万から10万のレンジ。
だが、ルビーだけはどの店も金額を即答してくれない。
その癖、面倒になって俺がひったくると「あっ!」と声を上げる。
なるほど、流石はドワーフに伝わる売買マニュアルだ。
見事なまでに地球でも通用する。
俺は脳内でエヴァの教えを思い返す。
「売り急ぎは一番のNGよ。
新しい店でクロージングを意識しちゃ駄目。
店が客を、客が店を鑑定するのが初入店。
だから、価格は気にしなくていい。
自分にとって価値のある取引相手を探しなさい。」
本音を言えば宝石屋との遣り取りにも飽きて来ているので手早く換金したいのだが、ぐっと堪えてエヴァの教えに従う。
やや疲れたので、トイレ休憩で2度自宅にワープして気持ちを切り替える。
この能力は案外長期戦に向いているのかも知れないな。
20件くらい回って、決済権のない従業員と話すのが無駄だと悟る。
なので、「貴方が社長さんですかか?」と問いながら宝石を見せる手法に切り替えた。
まあ、聞かなくても事業者と従業員の区別は何となく付くんだけどな。
幾つかマシな店を発見して候補としてメモに書き残してから、通りの外れに。
高架下にも汚い店があったので、『ほぼアメ村寄りだけどな。』と思いながら入店する。
『あ。』
入った瞬間に後悔する。
カウンターに座っていたのは、日本人では無かった。
内装を見た所、インド系。
(ガネーシャが飾ってあった。)
「日本語大丈夫でーす!」
帰ろうとすると怒鳴る様に言われたので、形式的に立ち止まる。
本当は無視したかったのだが、《日本で差別を受けた》などと騒がれると厄介だからな。
「宝石の買取表見てましたよね?
ウチは買取大歓迎ですよ!」
インド人はニコニコ(目は全然笑ってない)としながら俺に詰め寄って来る。
距離感近いなぁ…
『いやあ、買取見積もりだけをお願いする店を探してて…
今日売るつもりはないんですよねえ。
そんなの迷惑でしょ?』
よし、これで断ってくれるな。
筋は通ってるし、外国人差別云々でも騒がれずに済むだろう。
「大歓迎でーす!
ワタシ鑑定が趣味なんです!
日本良い国、ワタシ日本人が大好きです!
(目は全然笑ってない)」
『ははは。
参ったなー。』
民族ごとにパーソナルスペースが異なるのだろう。
日本人や王国人は距離感を保ってくれるのだが、帝国人やインド人は容赦なく間合いに入って来る。
俺、距離感バグってる奴って苦手なんだよな。
さて、義理も果たしたし帰るか。
「ただ、鑑定料として1万円+消費税は前払いで頂いてます。」
そう言われた瞬間、気が変わった。
『じゃあ、3つ。
但しすり替えが怖いので、俺の目視できる場所でのみならOKです。』
「すり替えなんて考えた事もありませんでした。」
初めて笑顔を見せる。
なるほど、一応人間性もあるんだな。
「Aランクの9カラット。」
アメジスト・サファイアには目もくれずにインド人はそう言った。
いや、誠意には誠意で答えるべきだな。
『飛田飛呂彦です。』
3万円を渡しながら言う。
彼は「アニル・ジェイン」と名乗りながら2万円を俺に返し、「消費税10%」と告げた。
『じゃあ1万1千円でいいですね。』
ジェインは表情を変えずに頷く。
「そのルビーを業者オークションに出した場合、最低でも250万円では落札されます。
運が良ければ500万以上で売れます。」
『なるほど。
ここで買い取りをお願いする場合は幾ら掛かりますか?』
「150万円。」
ふむ、コイツ賢いな。
『買取価格の根拠は?』
「私のポケットマネーで個人的に買い取ります。
友達同士の取引なので記録には残りません。
ちなみに御徒町の良心店なら200万弱で買い取ってくれます。」
グッド。
異存はない。
歩き回った甲斐がある。
「160万ありますけど?」
『サファイアも売ってくれるんでしょう?』
俺は無言で残りの鑑定料2万2千円をカウンターに置いた。
ジェインは特に礼を述べるでもなく、ただ俺を眺めている。
エヴァの言った通りだな。
鑑定されているのは商材ではなく自分自身。
怖い怖い。
退店するついでにワゴン販売の屑宝石セットを買い求める。
色々な種類が入って1万円というのが面白い。
アクアマリン 、トパーズ 、ペリドット、ムーンストーン、ターコイズ、ラピスラズリ、メノウ、ヒスイ、オパール。
『それでは、オークションの成功を祈っております。』
ジェインが名刺交換を申し出るが生憎まだ法人化前である。
LINEアカウントを教えようとするが、「それは好きじゃない」と拒絶された上に「WhatsApp」なるアプリの使用を強要される。
俺が渋っていると「国際的にはこっちが主流!」と押し切られてしまう。
流石にインド商人は圧が強い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一旦自宅に現金と屑宝石セットを収納してから、村上翁の所へ顔を出す。
村上は5分程説教してから、「商売が上手く行ってるようだな。」と呟く。
『分かりますか?』
「万能感を隠せる若者が居たら、そいつはバケモノだ。」
『自分では湧き上がる笑いを必死で抑えてるんですけど。』
「年齢相応だよ。
でも、オマエに限っては急いで大人になれ。」
村上曰く、今時の若者にしては思慮深い面もあるが、まだまだ俺は幼稚とのこと。
どうやらワープ能力は人間的成長にまで寄与しないらしい。
地道に歩むしかなさそうだな。
この話が面白いと思った方は★★★★★を押していただけると幸いです。
感想・レビュー・評価も頂けると嬉しいです。
この続きが気になると思った方はブックマークもよろしくお願いいたします。
【異世界複利】単行本1巻好評発売中。
https://www.amazon.co.jp/%E7%95%B0%E4%B8%96%E7%95%8C%E8%A4%87%E5%88%A9-%E6%97%A5%E5%88%A91-%E3%81%A7%E5%A7%8B%E3%82%81%E3%82%8B%E8%BF%BD%E6%94%BE%E7%94%9F%E6%B4%BB-1-MF%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9-%E5%B0%8F%E8%A5%BF-%E3%81%AB%E3%81%93/dp/4046844639




