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もう少しその手心と言うか…

『…参ったな。』



村上翁が招いてくれたのは店舗部分ではなく、村上家が起居する母屋だった。

村上翁、弟の幹康夫妻、チャコちゃん、そして俺がちゃぶ台を囲む。

どうやらチャコちゃんは村上家の遠縁にあたるらしく、まるで家族のように快活に鍋の準備をしていた。



「こういう団欒は嫌いか?」



『あ、いえ。

全く縁が無かったので、どう振る舞って良いかわからなくて。』



チャコちゃんがビール瓶をタオルで拭いている。

手伝った方が良いのであろうか。


俺にとって食卓とは、親父が買ってくれるスーパーの割引弁当を指した。

料理の1つでも振舞ってやろうと思って、ある時期から炒り卵を夕食に添えてやることにした。

自分では不出来を恥じていたのだが、殊の外喜んでくれたので安堵していたのだ。

これからもレパートリーを増やしてやるか、と思っていた矢先に死んだ。

本当に間の悪い人だった。



「飛田君。

このお肉、専務が奮発した但馬牛だよ♪」



『…そうですか。』



「ごめん、お肉苦手だった?」



『あ、いえ。

嬉しいです。』



嘘だ。

苦手なのは肉ではなく幸福な風景。

飯を食う時くらいは他人の笑顔を見ないでいたい。



「飛田、飲むか?」



『いえ、はい、いえ。』



「そうだな、今はコンプライアンスとかうるさいしな。

オマエが成人してから注ぐべきだな。」



『村上さん。』



「んー?」



『ありがとうございます。』



「うん。」



恐らく、肉も卵も良い物なのだろう。

いや、葱も麩も豆腐も白菜も、全てが来客用の良いものなのだ。



『…あの。』



「ん?」



『ビール、注がせて下さい。』



「ああ。」



『いつもありがとうございます。

あっ。』



「構わん、少し濡れただけだ。」



『すみません。』



「お父さんはあまり飲まない人だったのか?」



『ビールが好きだとは言ってたのですが、たまに缶の発泡酒を飲むくらいしか…

今思えば、ちゃんとしたビールの1つでも買ってやれば良かったです。』



「そっか。

じゃあ、オマエがお父さんの分まで楽しまなきゃな。」



『…そんなもんっすかね。』



「我が子が貧しい生活をしてたら、天国のお父さんも悲しいだろう。

でも飛田が人生を謳歌してたら、安心してくれるんじゃないか?」



『…そっすか。』



肉を噛みしめる。

作法を気にしながら食べているので、あまり味が分からない。

頑張って綺麗に食べようと試みたのだが、どういう訳か俺の小鉢の周囲だけボタボタと汚れるので、ウーロン茶だけ飲む事にした。


皆が気を使って肉をよそってくれたので、その分だけでも食べようと思ったのだが、人前で箸を使うという動作がどうしても出来なかった。

俺、いつもどうやって飯を食ってるんだっけ?


村上家の人々もチャコちゃんも、食べ物を落とさず音を立てず机を汚さず、とても器用に箸を使っていた。

ゴメンな皆。

俺、きっと人様と食卓を囲む資格の無い人間なんだ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




長い長いすき焼きが終わって、俺は適当な口実を設けて席を立った。

村上家の皆はとても気を遣ってくれた。

それが堪らなく苦痛なのだ。

ひどく腹が減っていたので、牛丼を食ってから帰る事にする。



『ぐっちゃぐっちゃぐっちゃ。』



あ、村上翁に金貨の話をするのを忘れていた。

…まあいいか。

別に当面の生活には困ってないし。



『ぐっちゃぐっちゃぐっちゃ。』



そうだよな。

ウクライナ戦争が長期化するとかで、金価格は高値を更新し続けている。

急いで円に換える必要はないか。



『がぶがぶがぶがぶ。』



それにしても少し疲れたな。

しばらく仕事の事は忘れて羽根を伸ばそうか。



『くっちゃくっちゃくっちゃ。』



そうだな。

手元に余裕はあるし、浪費を楽しむのも悪くない。

何か旨い物でも食いに行くか。

…何がいいかな?

すき焼き以外なら何だっていいや。



『ずずずずーーーー。』



あ、そうだ!

気晴らしに女を買ってみよう。



『…ぽりぽり。』



一瞬名案かと思ったが、やはりやめておく。

どこで買えるのかわからないし、買い方もわからない。



『…ぱりっ。』



…いや、違うな。

そもそも俺は淫売が大嫌いだし、俺が命を懸けて稼いだカネがアイツらの生活費になるのが許せないだけだ。



「ロッピャクロクジューエンニナリマス。」



『あ、レシートいらないです。』



「アリガトゴザイマシター。」



やっと腹が膨れてくれたので帰って眠ることに決める。

府中かドワーフベッドか…

ま、眠れればどっちでもいいや。



purururururururu



着信。

参ったな。

どうせ村上翁のスマホを借りたチャコちゃんだろ。

あんまり口を利きたくないんだが…

無視するのも村上翁に対して欠礼になるか。



『もしもし飛田です。』



「おう、さっきは来てくれてありがとな。」



予想に反して本人。

少し安心する。



『いえ、折角準備して下さったのに…

すみません。』



「用事があるんだから仕方ないさ。

男が仕事を優先するのは良い事だと思うぞ。」



『すみません。』



「あの話をしてやりたいんだが…

チャコちゃんに代わっていいか?」



『…。』



「いや、オマエも忙しいだろうだし、無理しなくていいからな。」



『…じゃあ、少しだけ。』


 

「スマンな。」



『いえ、謝るのは俺でしょ。』



やれやれ、ワープを手に入れてからの方が足踏みさせられてるじゃないか。

我が身の滑稽さに思わず自嘲する。



「…飛田君。」



『ども。』



「怒ってる?」



『え?』



「急に帰っちゃったから。」



『あ、いや。

ちょっと仕事が立て込んでまして。』



「もしも私が嫌な態度取ってたらゴメンね?」



『いやいや。

チャコちゃんさんは何も悪くないですよ。

むしろ、色々気を遣って下さって感謝してます。』



「また来てくれる?」



『え?』



思わず聞き返してしまう。

正直、村上家はもう見たくもない。



「じゃあ、私が飛田君の家に遊び行ってもいい?」



『え!?』



「新居祝いとか…

駄目、だよね?」



…いや、それは普通に困る。

金貨はちゃんと隠してあるのだが、リビングは黒胡椒の刺激臭が充満している。

アレはどう考えても怪しい。

何よりホテル強盗で入手した大量の現金。

床下に厳重に隠してあるが、その厳重性に違和感を持たれてしまうかも知れない。

正確には金貨や現金の万が一の発見を恐れる俺の態度に不審を感じられるのが怖いのだ。


いや、ブツが見られるか否かの問題ではない。

府中の自宅は俺の最終防衛ラインなのだ。

他人に踏み込まれるのはあまりに恐ろしい。



『家、散らかってるんです。

見られるのが恥ずかしくて。』



「…。」



…ちょっと冷淡過ぎたか?

いやいや、俺は悪くないだろ。

他人の家にズケズケと踏み込もうとするのは、あまりに不躾。



「飛田。

あんまり女を泣かすな。」



突然、村上翁に切り替わる。



『え?』



「オマエラ、付き合ってるんだから…

彼氏らしいことの1つでもしてやれ。」



『え?』



前に何か言ってたあの話のことか?

え?

俺達付き合ってたの?

あの与太話は真に受けなきゃいけなかったの?

受話口の向こうから女のすすり泣く声が微かに聞こえる。



『えー。』



参ったな。

俺、女と付き合ったこともないし…

何ならまともに喋った経験すらない。

もう少し難易度下げてくれないかな。

まずは友達からとかさぁ、もう少しその手心と言うか…


それにしても、このスキル。

対人関係に1ミリも寄与しないよな。



『また今度正式に時間を作ります。』



「チャコちゃん。

飛田が今度正式なデートしようだってさ。

だから泣き止みな。」



…いや、正式にと言うのは。

村上翁と正式に金貨の話がしたかったのだが。

まあ、いいか。

肉を食わせて貰った義理もあるしな。



「じゃあ、飛田。

明日は新宿の店舗に居るから。

閉店頃に来い。」



『あ、はい。』



なーんかこの能力を理解出来てきたわ。

【どこにでも行けるけど、最後は自分で決めなさい。】って事だよな。

(対人関係には糞程の役に立たないのが地味に辛い。)



保険として金を買い取ってくれそうな店舗を何件か回ってから府中に帰宅した。

船橋市の質屋が融通の利くタイプだったので、村上家を切った時の代替先としてキープすることとする。

この話が面白いと思った方は★★★★★を押していただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
良い話風なんだけどなんの罪もない社長(派遣)を殺してるんだよなぁ 淫売共はいいとして
>どこにでも行けるけど、最後は自分で決めなさい 見事な構成で唸らされます
クチャラーのあのくちゃくちゃくちゃ食べるのはマジムリなんだよなぁw あと、缶飲料とか熱くもない飲み物ををじゅるじゅるじゅるって音立てて飲んで+飲んだ後アッ~~ァってやるヤツw オレの知ってるソイツ(全…
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