馬鹿は死ね。
グリンヒル父子が陣中で病没したと発表された。
親子が同時に病死する確率については誰も追及しない。
まあ、仕方ないよね。
グリンヒル家には断絶して貰った方が皆にとって都合が良いからね、
『親方、それでどうなるんですか?』
「んー?
帝国融和派のフランドル侯爵が即位するんじゃないか?
高齢だけど血筋的には問題がないし、繋ぎの王様としてはベターだと思うぞ。」
『へー、王族っていっぱい居るんですね。』
「そりゃあ、王は後宮を作れるからな。
スペアは幾らでもいるさ。」
『はえー。』
「じゃ、出発するぞ。
皇帝が新都に滞在しているうちにコネを作っておきたいからな。」
『はい!』
事情はよく分からないのだが、グリンヒルが転落死したことで帝国強硬派が自然消滅。
以前から帝国との融和を唱えていた派閥が主流派となった。
フランドル侯爵(70歳)は帝国の先代と親交があった人物だけに、皇帝も上機嫌とのこと。
そんな情勢なので、ドワーフキャラバンも出発出来る運びとなった。
ドワーフ総出で一度バラした荷物を大慌てで積み直している。
「飛田、少し時間を作ってくれ。」
『あのなあ高橋。
俺はオマエと違って忙しいんだよ?
見て分からないか?』
「5分で構わない。」
『…。』
「頼む。」
『…聞くよ。
どうぞ。』
「報告する。
クラスの女子は追放する事となった。」
『あっそ。』
「理由を説明させてくれ。」
『不要だよ。
想像がつくし。』
「労役を拒否した上にドワーフ種に対して無礼な発言が多かった。」
『ほら不要だったじゃねーか。』
「追放は…
ほぼ俺の独断だ。」
『あっそ。
高橋が決めたのなら正しい判断なんじゃないか?
どうせオマエが皆の家賃払ってたんだろ。』
「…何故それを知っている?」
『オマエってそういう奴じゃん。』
「…どうかな。」
『話はそれだけ?』
「ああ、それだけ。」
『あっそ。
じゃあ、とっとと帰れ。
後、オマエの判断は正しいよ。』
「女を野垂れ死にさせる事がか?」
『オマエに見捨てられる程の落ち度がある馬鹿は死ぬべきだ。』
「…だが。」
『馬鹿は死ね。』
何も言わずに高橋は去った。
俺はそのままドワーフ馬車に地球の機械油が有用かの実験を続ける。
…断言は出来ないが、多分効果あるな。
慎重に車軸を観察し続けていたガルドもポジティブと判断してくれた。
グリンヒル軍の残党が進路に潜んでいる可能性が高いので、皆で矢防ぎの護符を全車両に貼り付ける。
念の為、窓のスダレも軍用のものに入れ替える。
黙々と作業を続けながら、日本の治安に想いを寄せる。
ここが日本なら、北海道から鹿児島までトラック運送するにしても山賊に怯える必要はない。
…世の中の仕組みが分かって来た。
社会とは治安が全てなのだ。
商人が強盗に怯えずに済む環境こそが経済大国ニッポンを築いた。
俺も真摯に先人達の歩みから学ばねばな。
「ガルド、トビタ。
出発は明日の朝だ。
グリンヒル軍の残党が襲撃してくる確率は非常に高い。
よって今回は全員に鎖帷子装備を義務付ける!」
洞窟にやって来たのは、王都でドワーフ組合の事務長を務めていたバルンガ氏。
王都での活躍を評され最年少で長老会議への出席権を与えられたというから、不肖の後輩と異なり出世頭である。
「なあセンパイ。
グリンヒル軍が襲撃してきた場合、反撃しちまってもいいのか?」
「族長がフランドル侯爵と話を付けてくれている。
殺害してしまった場合でも、正当防衛が適用される。
但し、【逃げる兵は追わないで欲しい】とのことだ。」
「了解。
歳の功の偉大さがようやく分かってきたよ。」
「理解が遅えよ。
もうオマエがジジーになっちまってるじゃねーか。」
「…だな。
身勝手な話で恐縮なんだが、自分が年寄りになってようやく年寄りの価値が分かったわ。」
「ほーんと身勝手な奴だよなオマエは。
他の氏族の連中も途中で合流する。
昔みたいに揉め事を起こすなよ。」
「…あれは売られた喧嘩だったんだよ。」
「トビタ。
ガルド親方の面倒を頼むぞー。」
笑いながらバルンガ事務長は腰を上げた。
「あ、そうだ。
トビタの同郷の女達。
オマエと連絡を取りたがってたけど、どうする?
この洞窟教えた方がいいか?」
『いえ、俺からは用事がないですね。』
「ん、了解。
じゃあ、2人共。
明日は頼むぞ。
出発前に鎖帷子の着用チェックあるから。
着込んでから集合な。」
『はい!』
「了解だ。」
さあ、いよいよ大金が動く。
億の商いだ。
上手く行けば、地球でFIRE出来るかも知れない。
「気負うな、トビタ。
さあ、鎖帷子の調整始めるぞ!」
『はい!
お願いします!』
その日は深夜まで入念に持ち物チェックを行ってから寝た。
ガルドも取引額の大きさに緊張しているらしく、その寝息は浅かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昂奮して殆ど眠れなかった。
ずっと微睡んでいたが、明け方に無理矢理身を起こして無言で着替える。
防具を着慣れていない俺の為に、ガルドも早起きしてくれた。
2人で最終チェックを素早く済ませてから集合場所に駆ける。
1時間前だと言うのに多くのドワーフ達が馬車の調子を確認していた。
「このキャラバンで帝国との関係が決まるからな。
正念場なんだよ、ワシらにとって。」
顔見知りの老ドワーフが緊張した面持ちで、リストと睨めっこしながら教えてくれた。
そりゃあ、覇権国交代の後の世界情勢なんて一番不安定だからな。
ドワーフ達が神経質になるのも理解出来る。
今回のキャラバンの主役はこの氏族の宝である【巨龍の牙】である。
数百年前、彼らの先祖が多大な犠牲を払って獲得した至宝。
これを帝国皇帝に献上する。
「受け取ってくれるだろうか?」
「そもそも帝国人は価値を理解してくれるか?」
「せめて誠意だけでも通じれば助かるのだが。」
皆が不安そうな表情で巨大な牙を見つめている。
勝負を掛けているのは俺だけではないということだ。
「ガルド、トビタ。
族長からの極秘命令だ。
【グリンヒル軍を発見した場合
多少街道から離れていても
こちらから攻撃して殺せ。】
確かに伝えたぞ!」
「センパイ、やるのか!?」
「万が一にも失敗は出来ない!
不安要素は1%でも減らす!
2人共わかったな!!」
「『了解。』」
バルンガ事務長は無言で俺達の馬車に戦闘用ポーションや消音器付きボーガンを積み込む。
「王国人には絶対見られるなよ?
特に消音器はヤバい!!
活用しろ、だが痕跡は残すな。」
「…分かった。
そういう状況だもんな。
センパイ、手は全て俺が汚す。
トビタは客人、それでいいな?」
「…仕事さえしてくれれば汚れるのは誰の手でも構わねえ。
勿論、手柄に応じて内々に報奨金を支払う。
公式の記録には残せないが、それは恨むなよ?」
「分かった。
仕事はきっちりする。」
「…期待してるぜ、後輩。」
バルンガ事務長は優しくガルドの肩を叩くと次の馬車に武器を配りに行った。
長老会議の最年少という事もあり、実務全般を任されているらしい。
俺達が無言で戦闘用ポーションを収納していると隊長の号令が響く。
「出陣ッ!!!」
無言でガルドと顔を合わせる。
平時の商隊号令なら「出発」と叫ぶ。
にも関わらず敢えて戦時用語を用いた。
そう、これは敵中突破作戦なのだ。
「これ、被っとけ。
俺達の種族にとっては子供用だが、人間種には丁度いいだろう。」
渡されたのは頑丈なドワーフ式ヘルメット。
これが必要な場面と判断したのだろう。
「10番車両ッ!!
前進許可ッ!!」
「了解ッ!!
10番車両ガルド、前進する!!!」
馬車の両側には完全武装のドワーフ騎兵。
ボーガンには既に矢が装填されていた。
ガルドの側で振動に堪えながら俺は自問自答する。
何故、俺はワープを使わない?
俺なら飛べる、俺1人なら簡単に新都に着くのだ。
キャラバンなんて組む必要はない。
いや、それどころか地球で強盗をした方がコスパ良く稼げる。
分からない。
どうして俺はこんな下らない旅に付き合っている?
こんなの茶番じゃないか。
理解不能理解不能。
俺は馬鹿になったんじゃないだろうか?
「トビタ!
気を抜くな、ここら辺は狼の群れの出没情報が寄せられてる!
護衛騎兵だってオマエ1人だけを守れる訳じゃないんだからな!」
『はい!』
狼か…
王都で標本を見た事があるが、異世界のそれは地球狼に比べてかなりデカい。
俺なんかが襲われればひとたまりもないだろう。
『ふーーーー。』
ゆっくりと吐息を吐きながら左右を警戒する。
僅かな木立の揺れにも怯えてしまう。
5分程して1騎の護衛騎士が俺に近寄り、西側の大樹を指した。
そこには殆ど原形を留めていない人間の死体らしき痕跡が複数折り重なっており、血と肉片が周囲に散らばっていた。
木の枝に引っ掛かっている布切れは、母校の制服スカートに配色がとても似ていた。
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