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世間の基準じゃ、きっとね。

布団に寝転がって通販の到着を待つ。

黒胡椒20㌔。

これさえ手に入れば勝ったも同然である。

もうすぐ届く筈なのだが…

緊張に痛む胃を押さえながら宅配便を待つ。



プルルルルルルル。



途中、村上翁から電話が掛かって来る。

件のチャコちゃんと引き合わせてくれるつもりらしい。



『すみません。

仕事に専念したくて。』



「金貨か?」



『一般回線でその話は止めましょう。

このヤマが一段落したら挨拶に伺います。』



「わかった。

無理するなよ。」



『ええ、大丈夫です。』



電話を枕元に放り投げ、ただひたすら息を殺して黒胡椒の到着を待つ。

これは大商いだ。

何としてもモノにしたい。

独断だが、10㌔の塩も仕入れてドワーフ袋に詰め替えた。

また親方に怒られるだろうか?

或いは認めてくれるだろうか?

それすらも見当が付かないということは、俺はまだまだ小僧に過ぎないのだろう。

大人になれない自分に苛立つ…



ブルーン。



トラックの音!

玄関まで飛び出したくなる気持ちを抑えて、防犯カメラと置き配BOXが機能してるかを確認する。


よし、ちゃんと配達員の表情や挙動が監視・録画出来ているな。

今の所、不審な動きはない。

向こうもプロなので、置き配BOXにも難なく対応してくれた。



ブルーン。



トラックが完全に去ったのを確認してから、ワープで玄関まで飛ぶ。

気配を殺したまま置き配BOXを内側から無音で操作し、荷物を抱えて屋内に飛ぶ。


包み紙をバリバリ破って中身を取り出し、ドワーフ袋に移し替え。

部屋中が胡椒臭で満ちてから、リビングで作業するべきではなかったと苦笑する。

2階に使ってない部屋がある。

次からはあそこを作業場にしよう。



『ワープ!』



洞窟に飛ぶ。

ガルド親方の戦斧が無い。

つまり討伐に向かっているのだろう。


何気なく自分の居住スペースを見ると、毛皮を重ねた物体が置かれているのに気付く。

いや、これはドワーフ式のベッドだ。

枕元には干し肉や果物のピクルスも並べられている。

…親方め、気を回しやがって。


中間報告だけ済ませたら府中の自宅で休息を取るつもりだったが…

まあいい。

この洞窟も一応俺の自宅らしいしな。

ドワーフベッドに横になりながら、ぼんやりと時間を潰していた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



半日くらい眠っていたのかも知れない。

だが、懐かしい物音で気持ちが切り替わる。



『親方ーっ。』



「おう、大漁だ。」



親方は大型の黒豹を狩っていた。

既に毛皮だけが簡易干しの状態になっている。



「帝国人はこういうのを好むんだよ。

若い頃に警備仕事でアイツらの邸宅に行った事があるが、部屋ごとに異なる猛獣の毛皮が敷かれていたからな。」



『へー、勇ましいですね。

王国はカーペット文化だと感じましたけど。』



「元々帝国人は狩猟民族だからな。

アイデンティティなんだろう。

トビタの里には、そういう風習あるのか?」



『え?

何だろう…』



咄嗟に思いつかなかったので、置き配BOXの話をする。

案の定、「治安のいい街なんだな。」と感心された。

そうだな、我が国は海外に比べて窃盗や強盗の件数が極度に少ない。

やはり日本が1番なのだ。

俺は改めて祖国を誇らしく思った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



さて、お仕事お仕事。

俺は黒胡椒と塩をチェックして貰う。

まず胡椒はオッケー。

一級品なので帝国は喜んで買い取ってくれるだろうとのこと。

問題は塩。



『え?

駄目ですか?』



「前も指摘したがキメが細か過ぎる。

こんな上物は貴族領の特産品にしかない。」



『スミマセン。

目立っちゃいますね。』



「いいかトビタ。

これが俺がベーコン作りに使ってる塩だ。」



キメが粗い。

あっ!

これは岩塩だ!

聞けば異世界は岩塩文化。

海塩も存在はするが、共和国や魔界と言った限られた地方でしか流通していない珍品。

俺はマイナー品を持って来てしまったようだ。



『処分して来ましょうか?』



「いや、買取価格自体は良いんだ。

ただこの量はマズい。

小袋に分けて売るぞ。

但し、怪しまれるようなら大きくインターバルを空けよう。」



『はい!』



次のキャラバンで小袋(1キロ)だけを売ってみることとなった。

もしも、それで周囲の好奇心を引いてしまうようなら、しばらくは動かさない。

地球の投資用語で言うところの【塩漬け】である。



…ここまでは順調だったのだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『新都まで行けない?

どうして?』



「街道が封鎖されてるんだよ。」



高橋が洞窟までやって来て知らせてくれる。

コイツを入れたくなかったのだが、親方が招き入れて茶菓子まで出してしまった。

不本意ながら歓待する。



「いい暮らししてんだな。」



『皮肉か?』



「仮住まいの俺達としては羨ましい限りだ。

俺なんか、ドワーフ族に家賃を払う為に毎日走り回ってる。」



『そうか。

知らない事とは言え済まなかったな。』



「いや、トビタは悪くないよ。」



『…悪いさ。

世間の基準じゃ、きっとね。』



当然だが亡命者と言えど家賃は徴収される。

ドワーフ族は比較的裕福な種族だが、他種族に寄生を許すほどのゆとりも義理もない。

ドワーフ達が亡命者に対して要求している家賃は1人辺り金貨1枚。

良心的な価格ではあるが、手に職の無い者にはキツいかも知れない。



「で、そんな苦しい状況でグリンヒル軍が街道を塞いでしまったって訳だ。

オマエも今は通るなよ?

無理矢理徴兵されるから。」



『徴兵?

何で!?』



「全ての王国男子には祖国に殉ずる義務があるんだってさ。

ちなみに、公爵の言い分じゃ俺達にも参戦義務があるんだと。

召喚したのは王国だから、その恩に報いる為にも準王国人として従軍するべきなんだと。」



『恩と言われてもな。

こっちは攫われた被害者だし、恨みこそあれ感謝は出来ないな。』



「珍しく意見が合ったな。」



『…かもな。』



「今はドワーフ領から出るな。

グリンヒル公爵は俺達をターゲットに絞って、ドワーフ領の出口に検問を張ってる。」



『何であの人、俺達に粘着するんだよ。』



「決まってるだろ、スキルだよ。

転移者の俺達はレアスキルを持っている。

それを戦争に利用したいんだと。」



『…糞だな。』



「飛田は絶対に捕まるなよ?

俺とオマエは討伐に参戦して結構目立ってるからな。

無理矢理、最前線に送り込まれてしまうぞ。」



『分かった。

忠告ありがとう。』



勿論、俺がその気になればワープで直接新都に飛んで物資を売却する事は可能である。

だが、それを実践するとクラスの連中に能力を推測されてしまう。


高橋は分かっているのだろうか?

俺にとっての脅威はグリンヒルなんぞよりもオマエだということを。



「…何とかならないかな?」



『何とかとは?』



「いつまでもグリンヒル軍に居座られたら、俺達は飢え死にだ。

周辺の村人達も皆迷惑している。

無理やり運搬や道路作業をさせられてるんだよ。」



『そうなるな。』



「オマエだって困るだろ?」



『なあ、高橋は何を言いたい訳?』



「状況の打開を手伝って欲しい。」



『俺が打開したいのは、オマエらに粘着されてる現状なんだけどな。』



こっちに言わせれば、グリンヒルも高橋も大した違いはない。

俺に対して何かを強要しようとしている障害物だ。


別にグリンヒル軍が街道を封鎖していても、俺にとっては問題ないのだ。

商品は全てガルド親方の名義だからだ。

彼らが手を出せるのは人間種に対してのみであり、ドワーフやその荷物には近寄る事さえ出来ない。

当然だろう。

これだけ孤立無援の状態でドワーフまで怒らせてしまったら、グリンヒルは即座に破滅である。


何より、いざとなればワープで新都に飛び込むことも可能だ。

故に高橋の願いに耳を傾ける理由がない。

流石にそこまでは口に出さなかったが、退去はさせた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



出発の前日。



『通行税ですか?』



「グリンヒルの野郎はそう言ってるな。」



『いやいや、荷馬車一台毎に金貨30枚払えとか…

滅茶苦茶じゃないですか。』



「条約には沿ってるんだ。

俺達ドワーフ族が王国領に入る場合、国王が決めた通行税を支払う義務がある。

今までだって、荷馬車1台に棒金1個を支払っていたんだぜ。」



『氏族の皆さんは何と仰っているんですか?』



「…原価を考えたら金貨30枚は払いようがないわな。

ただグリンヒルは王位継承を公式に宣言したし玉璽も保有している。

国際法上は正式な王と言えなくもない。

だから、こちらも面と向かって、どうこうは出来んのだ。」



『キャラバンはどうするんです?』



「出発出来る訳ないだろ。

荷物の半分は帝国皇帝への献上品なんだぜ?

グリンヒルが見たら発狂するわ。」



ドワーフ族としては帝国皇帝が帰国する前に親書と献上品を提出しておきたい。

どう考えても今後の国際情勢は帝国一強になるからである。

外交はタイミングが全てなだけに、ここは確実に決めておきたいのだ。

かと言って王国を刺激し過ぎる訳にもないかない。

大敗したとは言え、王国という国家が滅びた訳ではないし、王族・貴族は各地に健在だ。

その心証を損ねてしまえば、王国人がリカバリーに成功した時にドワーフ族が冷や飯を食わされてしまう。



「まさかグリンヒルが、ここまでやるとは予想してなくてな。

長老連中も驚いているよ。」



聞けば、兵の逃亡が相次ぎグリンヒル公爵はパニックになっているようである。

何せ王国貴族の大半から簒奪認定されてしまったのだから。

毎日高楼に登って半狂乱で演説をしているらしい。

(その醜態を見た兵士が見切りを付けて脱走する負のスパイラル。)



『ひょっとしてグリンヒルさんって末期状態っすか?』



「そうだよ。

だから怖いんだ。

わかるだろ?」



『ええ、まあ。

もはや形振り構わないって感じですよね。』



「長老連中がさ…

キャラバンはしばらく出さない方がいいってさ。」



『え!?

困りますよ。』



「そうだな、折角の儲け話だもんな。

でもな、トビタ。

命あっての物種だぞ。

今、グリンヒルに捕まったら無理矢理軍隊に入れられて帝国と戦わされる。

確実に死ぬぞ、オマエ。」



『それだけは…

勘弁して欲しいです。』



「そういうことだ。

グリンヒルが生きている限りはどうにもならんさ。」



『…そう、ですね。』



…逆に言えばさ。

グリンヒルさんが死ねばいいって事だよな。

洞窟の私室に戻った俺は、往路で見た国境際にワープする。



『よし、ワープの精度もかなり上がって来たな。』



俺はドワーフ領ギリギリの樹上に着地する。

確かに王国兵が国境線沿いに櫓を建てて、ドワーフ領を覗き込んでいる。

国際条約的にはギリギリアウトだが、もうそんな事を気にしている余裕もないのだろう。

グリンヒル軍は兵糧に困っているとも聞いたな…


奥の方には一際高い櫓が組まれていて…

ああ、あれがグリンヒル氏だな。

なーんか、甲高い声で叫んでいるオッサンがいる。


年の頃は40前後だろうか。

あくまで遠目の印象ではあるが、細身で神経質っぽい雰囲気に見える。

結構距離があるのだが、氏の声が甲高いのでここまで響いて来る。


30秒ほど演説を聞いてみたが、愛国心に溢れた中々の名演説だった。

非王国人の俺ですら思わず王都奪還作戦を支持してしまいそうな重厚な論旨。

ただ、残念ながら昂奮と不安の所為か声が頻繁に裏返る。

たまにチラ見する兵士達も眉を顰めている。


そりゃあね。

末端の兵士にとっては主君に大義があるか否かよりも、勝てるかどうかの方が大切だもんね。

主君が勝手にパニクったら困るよね。


さて、程よく雲が途切れて太陽が燦々と輝いた。

あの逆光なら下から楼上は絶対に見えない。



『ワープ。』



俺はグリンヒル氏の真後ろに飛ぶと全体重を掛けて体当たりする。

(六本木で淫売相手に実験した必殺技だ。)

落ち行く彼がどんな表情をしていたのかは知る由もない。

落下中に元の樹上に戻った俺は王国兵たちの様子を見る。

静けさ、喧騒、そして静けさ、数十分後に突然始まる口論。

怒声が入り乱れて何人かが殺された。


…あー、グリンヒルさん死んだな、多分。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「トビタ。

またどこかに行っていたのか?」



『いえ、俺はずっと自室に居ました。』



「…そうだな。

オマエはずっと自室に居た。

扉越しにずっと雑談していた事を思い出したよ。」



『いつもスミマセン。』



「…俺の方こそ助けられている。」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




深夜、高橋が訪ねて来る。



『あのなあ。

俺は常識のない奴が嫌いなんだよ。

何?

オマエは俺の上官か何かなの?』



「飛田に礼を言いに来た。」



『…礼を言いに来た態度じゃねーな。』



「グリンヒルが死んだ。」



『あっそ。

それで?』



「ありがとう、キャラバンは王都まで通行可能になった。」



『…。』



「安心しろ。

誰にも言ってない。」



…俺にとっては高橋に悟られた事が痛恨事なんだけどな。



『なら一生黙ってろよ。

俺にも二度と関わるな。』



「ありがとう。

それだけ。」



やれやれ。

俺は『黙れ』と言ったんだがな。


やはりコイツが居る限り俺の安心は脅かされ続けるようだな。

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― 新着の感想 ―
悩ましいね いつ「正しさ」をよりどころに裏切るか分かんねえ相手なんよな
>俺は改めて祖国を誇らしく思った 最高にサイコパス感が仕事しててもう これ本気で言ってるのかファッションなのか 高橋くん、鬱陶しいだろうけど何となく仲間にしたらそれなりに上手に動いてくれそうではあ…
高橋くんはホント気持ち悪いストーカー 察してみんなを助けてくれくれいう割に、ことあるごとに主人公観察しにくる悍ましいホモかな…? この学校ろくでもない奴等だらけなのにそっちの是正は目指さないのに、主人…
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