大切な友人達が住処の確保に成功したようで心から安堵したよ。
胡桃亭に飛んだ瞬間に違和感を感じた。
『あれ?』
思わず口に出してしまったほどだった。
シーツが交換されてない。
確か、札は裏返した筈だが。
『ヒルダ女将ー。
コレットちゃーん。
ちょっといいかなー?』
ん?
おかしいな。
不動産屋のキーンの棟をノックしようとして、既に退室していることに気付く。
?
おかしいな、最低でもあと3か月は王都に滞在すると言っていたのだが。
『新しいシーツに換えて貰いたいんですけどー。』
カウンターを見て何となく察する。
あ、これ夜逃げだわ。
家財は全て放置されている上に、カウンター内側の金庫は無造作に開きっぱなしだった。
…金品だけを手掴みで持ち去った?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
キョロキョロしながら王都を歩いて何となく事情を察した。
政府機能がどこかに移転or消失したのだ。
王都のど真ん中を歩き続けても、1人も騎士を見かけなかった。
王宮まで行って事態を把握する。
『はー、そういう事情でしたか。』
城門付近を巡回していた顔見知りの騎士がため息混じりに教えてくれる。
要するに王様が逃げたらしい。
彼は貧乏籤を引かされ留守小隊を任されたとのこと。
「ああ、【逃亡】って言葉は使っちゃ駄目だよ。
不敬罪になっちゃうからね。」
『あ、はい。』
「王様曰く、あくまで臨時遷都ね。
周辺諸国との決戦に備えて、よりフレキシブルな軍事行動を取り易い場所に布陣しただけの話だから。」
この王都は宿敵である帝国や共和国との国境に近い。
200年前、両国に攻め込みやすいという理由で遷都して来たのだ。
ただ時の流れと共に徐々に王国が劣勢になり、この立地では両国の攻勢に耐え切れないと考えられるようになった。
先週、懇意の傭兵団から契約更新を拒否され、帝国皇帝もまた休戦協定の延長を否定する記者会見を行った。
王様は母方の実家である奥地に逃亡した。
地球の歴史でもよくある事なので別に驚きはしない。
級友の扱いも有耶無耶になったらしく、王国貴族と結婚した宇野蛍以外は冒険者ギルドの新人寮に入居したらしい。
いやあ、大切な友人達が住処の確保に成功したようで心から安堵したよ、俺のマイホームは都内だが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『さて、そんな事はどうでもいいとして。』
俺はガルド親方の工房をノックする。
「よう、トビタ。
生きてやがったかw」
髪をワシワシされた。
このジジーでも笑うこととかあるんだな。
『親方、逃げなかったんすね。
ドワーフ区画は全員帰郷したって聞きましたよ?』
「ばーか。
オメーが
『次のナツメグを持って来るまで待ってくれ』
って言ったんだろが。
遅いよ。」
『あ、すみません。
今日も、一応持って来たんすけど。』
「先週までは金貨4枚の価値があったんだけどな。」
『ん?
値段下がってるんですか?』
「そりゃあ、王国貴族の嗜好品だからな。
もう王都には貴族なんて1人も残っちゃいねー。
今、価値があるのは武器だけだ。
皆が服や宝飾を売り払って、ショートソードや弩を買い漁ってる。
わかるだろ? この意味が。」
『はえー。
末期っすねー。』
「国境際は帝国の大軍が侵攻命令を待っている。
共和国や合衆国も帝国と歩調を合わせる気配があるしな。」
『え?
それって。』
「滅亡決定ってことだよ。
わざわざ言わせるな恥ずかしい。」
『すんません。』
「約束は約束だからな。
買い取ってやる。
オラ、餞別だ。」
そう言ってガルドは金貨7枚と短剣をテーブルに置く。
『いやいやいや!
受け取れませんよ。
どう考えても暴落してるでしょ!』
「ばーか。
俺様が地元に帰ってナツメグ料理を流行させて大儲けって寸法よ。」
…いやいや、氏族の嫌われ者が布教する料理なんて流行る訳がないじゃん。
『これからどうするんすか?』
「んー?
オマエの顔も見れたし、王都とはオサラバさ。
荷物は発送済みだしな。」
『ドワーフ領は安全なんすか?』
「え?
安全とは?」
『いや、帝国が攻めてくるんでしょ?』
「俺達は帝国と揉めて無いからな。
普通に貿易は継続してるし、帝国皇帝に仕官してるドワーフもいっぱいいるよ。」
あ、なるほど。
あくまで王国と帝国の戦争であって、ドワーフは当事者ではないのね。
『あの、親方。
1つお願いがあるんですけど。』
ふと思いつき、クラスメートの保護を頼んでみる。
別に仏心が湧いた訳ではない。
あくまで形式的な救済である。
後々、何かあった時の為に、俺がクラスメートを見捨てた訳ではないというアリバイを念の為に確保しておきたかった。
怖いのは彼らが地球に帰還してしまう事だった。
冷たい態度を取り続けていると俺が悪者にされてしまう可能性がある。
都内のマイホームを手に入れた今、下らないリスクは負いたくなかった。
『勿論、駄目ですよね。
無理を言って申し訳ありません。』
「そうだな、これも何かの縁か。」
『え?』
「名目は…
俺の帰還の護衛ってことにしよう。
確か生き残りが冒険者登録してるんだろ?
じゃあ、話は早い。」
本当に話は早かった。
俺のそれとない制止を振り切ってガルドは冒険者ギルドに向かい、俺の級友全員を護衛として雇ってしまった。
級友達にとっても渡りに船だったらしい。
そりゃあそうだ、合法的に亡命が出来る訳だからな。
王都の士気は余程低いのだろう。
冒険者ギルドに在籍していた全員が護衛依頼を受けてしまった。
総勢89名の報酬が金貨5枚。
平時であればあり得ない金額だが、亡命を合法化出来るのだから万々歳である。
ギルド長が満面の笑みで握手を求めて来た程なので、やはりそういう状況なのだろう。
「えー、冒険者全員行っちゃうのー?」
先程の留守小隊長は不満そうに唇を尖らせる。
『すみません。
まさかこんな事になるとは思ってなくて。』
「まあいいや。
逃げたがってる民間人も一緒に連れていってやって。」
『えー。』
「おいおい、自分達だけ逃げるつもりかー?
薄情な奴だなー。」
『いや、実は自分達どころか自分だけ逃げる気だったんですよ。』
「うわー、最近の若者は酷いなー。
はい、依頼料。」
『え?』
「金貨100枚、後ろのポーションセットも持って行って。」
『え?え?え?』
「冒険者ギルドにシンガリ小隊から依頼。
民間人避難。」
『まあ、一応頼んでみますけど。
小隊長はどうするんですか?』
「いやいや、ここで玉砕するのが我々の任務だから。」
『え?
死ぬんすか?』
「そういう仕事なんだよ。
こういう時の為に無駄に高い俸禄を食んでいる訳だしね。」
『いや、まあ。』
「君も玉砕チームに入るか?
この国が残れば騎士物語の登場人物になれるぞー?」
『あ、いや。
ちょっと自分は逃げ癖があるので。』
「ははは、若いうちはそれ位でいいんだよ。
君は君の人生を生きろ。
じゃあな。」
勿論、小隊長の依頼は完全な越権行為である。
平時であれば即座に軍法会議に掛けられることであろう。
ただ、もうそんな悠長な時代は終わったのだ。
「飛田。」
『高橋か。』
「オマエ、結構英雄だわ。
皆が感謝してたぞ。」
『感謝は親方に言えよ。』
「ガルドさんが《トビタに感謝しろ》ってさ。」
『あっそ。』
王都に残っていた民間人ほぼ全てで構成された亡命キャラバンが自然発生した。
周辺の村落からも次々に合流し、とんでもない事になっている。
途中、何度か巡回中隊と鉢合わせたが特に叱責はされなかった。
彼らにしても民間人がいない方が迎撃に専念出来るらしい。
途中、偉い軍人さんがやって来て、村落を軍事基地として接収する書類にサインする事を求められた以外は特に何事もかった。
『…高橋。』
「何?」
『俺、ちょっと偵察に行きたいんだけど…』
「駄目だ。」
俺の周囲には高橋を始めとした冒険者ギルドの精鋭が取り囲んでいる。
終始目視で観察されている為、ワープが使えない。
『監視されるのはあまり好きじゃないな。』
「護衛だよ。
当然だよな?
オマエがこのキャラバンの護衛を依頼したんだから。」
『あっそ。
物は言い様だな。』
キャラバン結成の経緯から、俺が冒険者ギルドへの依頼名義人となってしまった。
つまり俺が行方不明になれば、このキャラバンを運用する法的根拠がかなり薄れるのだ。
なので高橋は【護衛】と称して俺を監視し続けている。
『なあ。
せめて柄から手を離してくれないか?』
「おいおい。
掛け替えのないクラスメートを護衛してるんだぞ?
一瞬たりとも気を抜ける訳がないじゃないか。」
今すぐにでも逃げ出したいのだが、コイツにだけはスキルを知られたくない。
俺は溜息を吐いて馬車に寝転んだ。
高橋が目線を切る気配は感じない。
やれやれ。
ナツメグを売り払ったカネでリビング用のカーペットを買いに行く予定だったんだけどね。
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