俺、商売のコツ分ったかもです。
ナツメグ。
インドネシアでは潤沢に生産されるらしく、ネット上にはインドネシア産ナツメグが幾らでも出回っていた。
10キロ7万8千円。
この10キロを金貨10枚で販売するルートを俺は異世界で構築済み。
ちなみに、金貨1枚を50万円に換えるルートを地球で確保している。
つまり、7万8千円が500万円に化ける錬金術の方程式を編み出してしまったという事だ。
『ふふふ。』
笑いが止まらない。
これこれ、これだよ。
折角自由に地球と異世界を飛べるのだからね。
アービトラージでボロ儲けしなくちゃ♪
『ぷぷぷw』
湧き上がる笑いを必死に堪える。
やれやれ、ハッピーエンドが早すぎだろww
いやいや、この話を読んでくれてたキミ、ゴメンねーwww
読者サービスの為にも、もうちょっと苦戦シーンを入れたかったんだけどさww
ほら、俺って無敵のワープマンだから。
苦労だの試練だの、そういう過程をワープしちゃうんだよねーww
ま、凡人のキミ達は頑張って乗り越えてくれたまえww
『くっくっく。』
イカン、また笑いが込み上げて来た。
通行人共がチラチラと俺を見てくる。
これは怪訝な目線だが、俺はすぐに大金持ちになり愚民共の目線は羨望のそれに代わる。
いやあ、勝利が確定するって気ん持ちいいですねぇ♪
俺は足取りも軽く関西のとある店舗を訪れる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【香辛料専門ナマステ】
『こんにちはー。
スパイスのまとめ買いって出来ますかー?』
「ドウゾー。」
俺を迎えたのはインド人?ネパール人?の老婦人。
不愛想なので店主の妻か何かと見当を付ける。
『ナツメグ10㌔下さい。』
「ホール? パウダー?」
『じゃあホールで。』
「48000。」
『ん? パウダーよりホールの方が安いんですか?』
「48000。」
『あ、買います。』
どこまで意図が通じているのか分からないが、ナツメグを売ってくれる。
俺がリュックに背負おうとすると「オモイケド、ダイジョウブ?」と尋ねてくれたので全くホスピタリティが無いわけでもなさそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は商店街の路地奥に何気なく入ると、雑居ビルの階段の真下で周囲を見渡してから静かに呟く。
『ワープ。』
胡桃亭の離れ。
背負っていたナツメグに異常はない。
移動力に比例した運搬力。
これこそ俺の真骨頂。
手回り品なら何でもどこへでも運べる。
そうさ、この能力さえあれば、俺は無敵だ。
『くっくっく。』
こぼれる笑いを必死で押し殺しながら、部屋の外へ出る。
表を掃いていたヒルダ女将と黙礼を交わす。
そのままガルド親方の元へ向かおうと思ったのだが、呼び止められて注意される。
「この戦況です。
そんな上機嫌顔で街を歩くのはどうかと。」
どうやら王国は帝国に外交戦で負け続けているらしい。
先日も永年の属国が帝都で開催される経済フォーラムに初出席してしまったとのこと。
当然、国際世論は帝国への評価を大きく上げ、王国の統治能力に疑問符を投げ掛けている。
そんな情勢なので王都を行き交う人々の表情は暗い。
見慣れない腕章を付けた軍人達が早歩きで城門から宮殿に向かっている。
聞けば、地方勤務の軍団が非常招集されたらしい。
明らかに王国は追い詰められていた。
いかんいかん。
慢心こそが破滅を招く。
気を引き締めなくてはな(ニヤニヤ)。
「なのにどうしてオメーはそんなに嬉しそうなんだよ。」
『だって俺、王国人じゃないですし。
そんな事よりナツメグチェック、オナシャス!』
「オメーなぁ。
まぁ、いいや。
俺も王国さんがどうなろうが知った事じゃないし。
じゃあ、鑑定水晶に映すから、そこで飯でも食ってろ。」
ガルド親方が出してくれた、レーション?クッキー?の様な食料をポリポリ齧る。
職人の携帯食だけあって随分塩気が効いている。
「品質は中の下。」
『そっすか。』
「でも確実に本物。」
『やったぜ。』
「これ、多分買取イケるな。
早速ドワーフ組合に確認してみるけど、オマエも来る?」
『え?
俺、ドワーフじゃないんっすけど。
いいですか?』
「わかんね。
駄目なら追い出されるんじゃね?」
『ですよねー。』
「でもまあ、駄目元じゃん?
トビタは王国人ではないから、協定にも違反してないしな。」
『あ、じゃあ行きます。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王都の外れにドワーフ居住区はあった。
一応城壁内ではあるのだが、かなり不便な場所での暮らしを強いられている。
『これって差別じゃないてすか?』
「まあ、否定はしないけどさ。
王都に居住権を得るのって、結構デカい利権なんだよ。
だから文句は言えねえ。
他の氏族に権益を横取りされたくないしな。」
『まあ、親方がいいんでしたら、俺は別に…』
不便な立地だが面積はそこそこ広い。
王都のドワーフ居住枠は50人が定数ということだが、野球場くらいの面積の土地を割り当てられている。
王国なりに一応気は遣ってくれているそうだ。
「ちゅーっす、センパイ。」
「ちゅーっす、ガルドかよ。」
ガルドの同郷の先輩がドワーフ組合の事務長(実質的な代表)を務めていると聞いて期待していたのだが、犬猿の仲らしい。
お互いに腕を組んだまま傲然と睨み合っている。
「ナツメグ買い取ってくれよ。
ピンハネ無しでな。」
「は!?
テメーがいつもいつも水増しするからだろーがよ!」
「は!?」
「は!?」
え?
嘘だろ?
我、他種族の客人ぞ?
いきなり目の前で喧嘩するか、普通。
あ、ヤバい。
2人の極太の腕が興奮でピクピク痙攣してる。
一触即発とはまさにこのこと。
『あ、あのぉ。』
勇気を出して声を掛けると、センパイは無言で振り向き、ガルドは来客用のソファーにふんぞり返って黙り込んでしまう。
…勘弁してくれよ。
俺、令和っ子だから、こういう剣呑な雰囲気が苦手なんだよ。
「買取希望とは聞いてる。
ナツメグ?」
『あ、はい。
もし買い取って頂け「箱開けろ。」
これ、絶対に1人で来てた方が優しくされてただろ。
『こんな感じっす。』
「ふーん。
ちょっと慎重にチェックさせて貰うが悪く思うなよ。
何せ誰かさんの紹介だからな。」
ソファのガルドが唸り声と共に拳を固める。
あー、そりゃこのジジーなら資格凍結されるわ。
「ランクは中の下になっちまうが…
構わないか?」
『あ、はい。
ガルド親方からも、その鑑定貰ってます。』
「ふっ、ガルドが《親方》ねぇ。」
センパイは鼻で笑ってナツメグ箱を丁寧に閉じる。
「1箱金貨7枚だ。」
『え?』
「おい!
このランクなら10枚が相場だろっ!」
「落ち着け、ガルド親方。
これでも良心的な値付けだ。
ほら、本部からの連絡表見てみな。」
センパイは巻物を机に広げる。
俺が首を傾げているとルーペを貸してくれたが、俺にドワーフ文字は読めない。
「全面安か…」
「本部からも縮小命令が届いてる。
先週の話だ。」
「…トビタ。
済まねえ、俺の判断ミスだ。
今の世相なら5枚でも文句は言えねぇ。
バルンガ事務長の提示した7枚は、寧ろ思い遣り価格だ。」
『え?
そうなんすか?』
バルンガ事務長 (センパイ)は地図を指さしながら、俺に世界情勢を説明する。
早い話が帝国との休戦協定が更新されない可能性が高まってきた。
なので王家は戦時体制に移行。
軍部や貴族に対して内々で倹約令を出している。
来月には食肉はナツメグではなく塩で加工保存される事になる。
嗜好品の使用が禁止されるという戦争あるある。
『あ、じゃあ7枚で。』
「いいのか!?
絶対原価割れだろ?」
『いえいえ。
買い取って下さるだけ感謝しなきゃ。』
ガルドとバルンガは額を寄せ合ってヒソヒソ話していたが、金貨7枚をくれた。
「これも持ってけ。」
『え?
銀貨袋?』
「若者への小遣いだ。
ドワーフを気にかけてくれてアリガトよ。」
彼らなりに気を遣ってくれているらしい。
素直に受け取っておく。
ガルドに分け前を渡そうとするが頑として受け取ってくれない。
どうやら売値の下落を掴めてなかった事を強く恥じているらしい。
気位の高い男であることは理解しているので、俺も諦める。
「スマンな。
次はちゃんと稼がせてやるから。」
『いえいえ!
俺は得をしてますから!』
『若いうちから、そんなに気を遣わんでいい。』
どうやら俺が損失を被ったと思ってるようだったので、言葉を尽くして利益をちゃんと出した事を説明する。
2人は形式的に納得した素振りを見せたが、気の毒そうな表情は崩さなかったので信じていないのだろう。
…商売って難しいな。
相手が居る分、感情への配慮が強いられる。
それ考えたら、ホテル窃盗は理想のビジネスだよな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おう、トビタか。
丁度、飯時だ。
食ってけ。」
『どもっす。』
巣鴨で村上翁と鍋をつつく。
苦手と思っていた椎茸も料亭で喰う分には旨い。
「まーた金貨仕入れたのか?」
『7枚っす。』
「1枚55万な。」
『え?
50万でしょ?』
「ニュースくらい見とけ。
オマエ、パレスチナ問題とか興味ないタイプ?」
『あ、なんか…
戦争? 紛争? してるんですよね?』
「これだからZ世代は。
俺達の若い頃は東西冷戦の狭間で日本がどうあるべきか、徹夜で激論を繰り広げたものだ。」
『へー。
偉いっすね。』
「茶化すな。」
『いや、割と本気で。』
「…あっそ。
飯を食い終わったら支払いするから。」
『あ、どもっす。』
あっちが下がっても、こっちは上がる。
相場ってざっくりしてて怖いなぁ。
でもまあ、商売のコツが少し分った。
利幅が大きい商いなら、多少の価格変動は吸収されるのだ。
『村上さーん。』
「んー?」
『俺、商売のコツ分ったかもです。』
「あー、トビタぁ。
オマエもその病気に罹る時期に来たか。」
『病気っすかー。』
「オマエ、近いうちに大損するから。
大きな商いは禁止な。
ちゃんと貯金しとけよー。」
『マジっすかー。』
「うん。
オマエの歳頃じゃみんな通る道だから。
しくじっても、あんまり落ち込まないようにな。」
『はーい。』
オッサンってありがたいな。
程良くこっちのテンション下げてくれる。
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