借り物のチカラでイキってんじゃねえぞ!!
さて、男としての責務も果たし終わった事だし、仕事に戻るか。
一刻も早くFIREする為にも、地道に強盗計画を練らなければな。
折角、ネットで犯行手口を探すというアイデアを発見したのだ。
真面目に頑張ろう!
さっき見た映画で刺激を受けた点は、主人公が何も考えずに世界中を享楽的に飛び回り続けるところだ。
(そのお陰で敵対組織に目を付けられるのだが、まあそれは映画的構成)
俺の臆病な性格では派手なワープの使い方は出来なさそうだが、それでももう少し積極的に試行錯誤するべきだと感じた。
『ワープ!!』
淫売共に制裁を加え終わったので六本木から離れる。
と言ってもすぐ隣の西麻布なのだが。
『はぇえ。
ここも凄い街だなぁ。』
何気なくプラプラ歩いて偵察。
いつの間にか豪邸地帯に迷い込んでいた。
ふーむ、1つ1つの家が馬鹿デカい。
こんな家には幾らくらいの現金が置かれているのだろう。
試しにワープしようとするが、どの家にも警備会社のステッカーが貼ってあり、俺を躊躇させる。
勿論、家に警備員が常駐している筈もないし、カメラが屋内に仕掛けられている訳ではないだろう。
だが、もしも住民が違和感を感じたら…
高い確率で警備会社に相談するだろう。
それは好ましくない。
そもそも真の豪邸は外から中の様子が見えないようになっている。
『しっかし、エグイ外車ばっかりだよな。
車一台で貧乏人の家くらいの価値があるんじゃないか。』
何気なく呟いて黙る。
…車?
あ!
車にカネを積んでる奴とか居るんじゃないか!?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
善は急げ。
俺は厳重に変装をすると、路駐していたベンツの運転席に身を屈めた姿勢でワープする。
ハンドルの下に身を潜めたまま、ダッシュボードを素早く漁る。
『カネ!?』
いや、違う。
ETCカードだ。
もう少し漁ろう。
『カネ!?』
いや、違う。
JAFの会員カードだ。
うーん、そりゃあそうか。
車内に財布なんて置かないよな、普通。
この後も高級車のハンドル下に10回潜り込んでみる。
結局、5台目のパナメーラのダッシュボードにあった7万円と9台目のプジョーのサンシェーバーに挿してあった5万2千円だけが収穫だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
犯行現場から距離を取りたかったので胡桃亭に戻る。
盗んだカネを数え直しながら自己反省タイム。
いや、確かに小一時間で10万円以上のキャッシュを獲得出来たのは大きい。
だが、リスクに見合ってない。
高級車に乗っているという事は基本的には社会的地位のある者だろう。
反社との繋がりが深い者だって少なくはないはずだ。
そんな連中相手に盗みを働いて10万円強というのは、あまりに少なすぎるリターンだ。
…そして、さっきも思った事だが駐車中に財布を車内に置きっぱなしする者は殆どいない。
危険を冒してワープしても、財布を盗れなければ意味がないではないか。
…やはりホテルだな。
それも高級ホテル。
何故なら、宿泊者は絶対に財布を室内に持ち込むからだ。
大抵はバッグにカネを入れている。
※社長連中の財布はデカいので、上着に入っているケースは意外に少ない。
枕元やチェストに放り投げてる者も多い。
なので、カネを盗るなら、深夜の高級ホテル一択だ。
『…。』
俺は瞑目する。
積極性を発揮してみるか。
脳裏に浮かべたのはジャヌ東京。
一泊15万を越える高級ホテルである。
そんな所に泊る連中なら、例えキャッシュレス派であっても(俺にとっての)大金を持ち歩いているに違いない。
既に俺はこのホテルの最上層フロアを隣のビルの屋上から覗き込んでいる。
『ワープ。』
深夜3時、息を潜めて飛んでみる。
電気が点いていたので焦るが、人はいない。
気配を殺して周囲を素早く見ると…
あ!
なるほど!
女連れか!!
バスルームから嬌声が響いていた。
そりゃそうだ。
金持ちなんだから、その気になれば幾らでも女を連れ込めるだろう。
枕元には財布が映っている。
明らかに中身のつまった高級財布!!
だがッ!!
それは配色からして明らかに女物。
財布を枕元に置いているということは売春婦ではない?
いや、売春時は枕元に財布を置くものなのか?
いや! 普通、女は財布をバックにしまう物ではないのか?
わからない。
俺は女を買ったことがないからだ。
淫売の作法など想像もつかない。
それとも愛人? 妻?
いずれにせよ、女のカネを盗むのはリスクが大きい。
淫売は所持金が少しでも減ってたら大騒ぎするに決まってるからだ。
明らかに20万円以上の現金が入っている気がするのだが…
『ワープ!!!』
ふー。
一旦、胡桃亭に戻って深呼吸。
駄目だ、部屋への侵入から脱出判断まで5秒も掛かってしまった。
『ハートが弱いッ!!』
己を強く叱咤する。
俺は今まで何をやって来た?
蓄積が何ら行動に反映されてないじゃないか!
強盗は手段であって目的じゃあない。
そこらへん、あまりに漠然と捉えすぎてるのではないか?
鏡の前に立ち、両手で己の頬を激しく叩く。
慢心するな、飛田飛呂彦よ。
確かにワープはチートかも知れない。
だが、その持ち主であるオマエは凡夫に過ぎないのだ。
『ッ!!』
鏡を睨み付けたまま、より強く両頬を叩く。
『借り物のチカラでイキってんじゃねえぞ!!』
眼前の飛田はゆっくりと頷いた。
ようやくエンジン掛かって来たじゃねえか。
『ワープッ!!』
深夜3時34分!!
俺は再度、ジャヌ東京の正面にあるビルの屋上に飛ぶ。
そして静かに息を潜めながら、舐め回すように全室の点灯状況をチェック。
当然、灯りの点いているいる部屋には行かない。
俺は上層階7室に狙いを絞り、潜入を決める。
『気合入れて行けよ…
ワープッ!!』
一室目、空室!!
『ワープ!』
二室目、ベッドに寝転んでスマホゲームをやっている。
『ワープ!』
三室目、何やら物を食べてる気配。
『ワープ!』
四室目で熟睡している単身宿泊者の部屋に当たる。
テーブルや寝具の散らかり方…
置かれたワイングラスの配置。
推測だが、女を呼んでセックスし終わったので帰らせたのだろう。
イビキこそかいてないが、深い寝息が聞こえる。
疲労半分、満足半分と言ったところか。
『…。』
部屋を見回して、ソファの上に無造作に置かれた男物のバックを発見。
ワープで近寄りバックを掴むと胡桃亭に飛ぶ。
『ふー、ふー。』
胡桃亭に戻ってからも気は抜かない。
コレット嬢やヒルダ女将が何らかの事情で入室している可能性もあるからだ。
緊張感を持ったまま周囲を見渡し、部屋が無人かつ侵入の痕跡がない事を確認。
そして手早くバックを開き、財布を発見。
『ッ!?』
高田社長ほどで無いにしても、かなりのキャッシュが入っている。
目測400万ほどか…
カード類をチラ見するが、黒いカードや金色のカードが10枚以上入ってた。
どうせ金持ち専用のクレジットカードなのだろう。
俺は現金を半分抜くと、財布をバックにしまいワープで元の場所に戻した。
そして胡桃亭に素早く帰還。
しばらくはジャヌ東京に近寄らない事を決める。
『…252万。』
目測で金額が読めるようになってきたが、まだまだ精度が低い。
もっと集中力を磨かねばならないな。
『車とホテル、か。』
今日の学び。
俺は鏡の前に正座して自己反省タイムに移行する。
『車には財布は置かれていない。』
言語化して、自分の思考を整理。
うん、車に侵入するメリットは小さいな。
『ホテルには財布を必ず持ち込む。』
これも真理。
大切なものだからこそ、眼鏡と共に枕元に置く。
『金持ちはいつでも女を買える。』
金持ちと言う事は、俺と違っていつでも女を買えることを意味する。
特にホテル宿泊時は妻帯者ほど気分転換に女を買うだろう。
『女はキャッシュで買う。』
ここからは推測。
売春なんて元締めは反社に決まってるし、淫売が確定申告をするとも思えない。
なので売春代金は基本現金払いだ。
…多分、そうなのだろう。
なので、キャッシュレス派の社長でもホテルに泊まる時は基本的に手元にキャッシュを準備しておくのではないだろうか?
全くの仮説だが、的外れではない気がする。
少なくとも俺が金持ちなら、手元に現金がないから女を買い損なうというミスを犯したいとも思わない。
特に妻帯者でたまにしか出張出来ない場合、確実に宿泊中に女を買おうとするだろう。
となると、宿泊前から現金はある程度手元に置いておくのではないか?
そして金持ちの【ある程度】は俺達のそれとは桁が違う。
さっきの男も推定500万前後財布に入れていたようだが、枕元の眼鏡や時計を見るに彼にとっては【ある程度】レベルの金額なのかも知れない。
『…法則が見えて来た!!!』
拳を強く握る。
まだ言語化は出来ないが、カネの流れが少し見えて来た。
皆からすれば失笑レベルの認識かも知れないが、今までの俺は本当に何も知らなかったのである。
『…。』
確かめるように拳を開閉する。
一日100万円を10日連続で奪えば1000万円。
100日連続で…
『否ッ!!』
違う!!
これは労働者の発想!!!
俺や親父が信じ込まされていた日銭を恵んで貰う側の負け犬の発想!!
『…これは違う!!』
自分の腿に渾身の拳!!
本能が告げていた。
例えそれが100万でも1億でも、ルーチンワークしか知らない時点で、それは間違ったカネの稼ぎ方なのだ。
労働者の発想!
即ち負け組の思考!!
『俺は親父とは違う!!』
別に親を馬鹿にしている訳じゃあない。
寧ろ、俺は親父が好きだった。
いつか孝行してやりたいと願っていた。
好きだからこそ、親父が社会から搾取されている側である事が許せなかった。
汗水を垂らすのは悪徳である。
何故なら奴隷になることで資本家共の搾取に加担してしまうからだ。
『考えろ! 考えろ! 考えろ!』
唇を強く噛んで、正しい道を模索する。
【強盗回数×平均取得金額=総収入】
こういう幼稚な発想をしている時点で、負け犬の道に自ら進んでいるのだ。
『…。』
さっきから本能が叫び続けている。
違う違う、と絶叫している。
『俺はテメーらの思い通りにはならねえ。』
鏡の前の飛田飛呂彦はまだ愚鈍な表情だ。
コイツはまだ何も分かってねえ。
『俺はオマエなんかと違う!!』
小成功の延長に成功はない。
ルーチンにしがみつくのは貧民の発想だ。
…俺はオマエラなんかと違う。
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