集合知に頼ればいいじゃないか!
さて。
当面の生活費には困らなくなった。
ロック鳥の卵は錬金術の素材になるらしく、ドワーフ組合が喜んで買い取ってくれるからだ。
親方は氏族の嫌われ者なので凍結処分こそ解けなかったが、組合員価格での売買が許されることとなった。
これにより俺は金貨26枚でロック鳥の卵を売れることになった。
胡桃亭の宿泊契約も残り4日。
ようやく未開の中世宿からオサラバ出来るな。
さーて、我が最愛の祖国日本でのネグラを決めるとしますか。
「(コンコン)
トビタさん、今宜しいですか?」
ノックの主は女将のヒルダ。
美人で愛想はいいのだが、悪い意味で頭が切れるタイプ。
チートを隠している俺としては、なるべく距離を置きたい。
『…ええ、何か?』
「そろそろ宿泊契約が切れる時期ですので…」
微笑を浮かべながらも、目だけは何を考えてるのか分からない。
『いやぁ、素敵な宿でした。
また機会があれば是非泊めて下さい。
1ヶ月ありがとうございました。』
2度と泊まらねーよ。
客が少ない所為か、ずーっと母娘に観察されている気配を感じた。
被害妄想かも知れんが、見張られ続けた1ヶ月だった。
「あらあら、うふふ。
気に入って下さって光栄ですわ。」
『はっはっは。』
「うっふっふ。」
はい、話は終わり。
物陰に隠れて地球に飛ぶか。
「ところでトビタさん。」
『はい?』
「胡桃亭では、新キャンペーンを始めました!」
『え?
キャンペーン?』
「コレット、説明を。」
「(ヒョコ)うん、お母さん♪」
うおっ、びっくりした。
娘が母親の背後に隠れてやがった。
絶対ワザと驚かせにきてるだろ、コイツ。
「本日から!
胡桃亭ではロングステイキャンペーンをかいししまーす♪」
『…。』
「何と!
キャンペーン中は金貨1枚で2ヶ月離れのお部屋がキープ出来ます!」
え?
2ヶ月も貸してくれるの?
しかも宿の裏手の離れ?
あそこは死角になってて目立たない。
俺も最初の週は存在に気づかなかった程だ。
「離れのお部屋は2棟ですが、1棟は先程埋まってしまいました。
行商に便利と即決でした。」
きっと帝国人のキーン不動産だな。
停戦協定がどうなるか分からない現在、早めに宿を押さえておかなきゃ泊まる場所が無くなる可能性もあるからな。
「ただ、このキャンペーンには欠点もあるんですー。」
芝居掛かったポーズを取りながら母娘が同時に困ったような表情を作る。
仲の宜しいことで。
「当方、多忙につき小まめな清掃が困難です。
なので、お客様の指示がない限り入室は致しません。
この!
【意思表紙プレート】をドアに掲げて下されば、対応致しますので。」
コレット嬢が表記を裏返して【清掃をお願いします】と【立ち入らないで下さい】を見せて来る。
…なるほど。
繋ぎ止めが目的だとしたらセンスあるな。
『採算取れるんですか?』
思わずそう尋ねると、母娘は感情を隠す為か意識的な笑顔を作る。
…補助金とかそういう関係か?
思い返せば、街でも外国人お断りの宿は多かった。
だから、外国人宿泊に何らかの優遇がある?
それなら筋は通る。
周囲を敵国に囲まれた専制国家だからな。
その住民にとっては、外国勢力との接触に高い緊張とリスクが伴うのは想像に難くない。
或いは金回りの良い相手は囲い込む方針?
俺は兎も角、キーンの奴は不動産業を営んでいる事もあり相当の金持ちだ。
繋ぎ止めておいて損はないだろう。
『じゃあ、もう少しだけお世話になります。』
「「ありがとうございまーす♪」」
してやられたような気がして癪だが、策に乗ってやる事にした。
まあ、どのみちアジトは複数欲しいからな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最近の俺は日本に戻っては電車に乗って未知の街を訪れ続けていた。
国際的に見ても日本の電車賃は安い。
この安さであちこちを目視出来るのはありがたかった。
特に東海道。
俺はずーっと目を見開いて車窓を観察し続けていた。
住みやすそうな街や、潜伏に便利そうな街を探す。
『…。』
苛立ちが募る。
ワープを全然使いこなせていない現状にだ。
確かに生活には困らなくなった。
だが、それは強盗や討伐といった高リスクを負った結果に過ぎない。
この体たらくでは【ワープア】と誤認されても文句は言えない。
認めよう、あの日俺を笑った級友達は正しい。
何気なく降りた静岡駅。
深い理由はない。
都会過ぎず田舎過ぎずの場所を探していたら、降り立っていたのだ。
兎に角、形振り構わず目先を変えたかった。
行き詰まっている事はちゃんと自覚出来ていた。
駅から少し行ったところに駿府城があると聞いていたので案内板を観ながら進む。
当然だがワープは使わない。
(風情がないからな。)
思ったより日差しが強く、城を見る前に軽く涼んでおこうと思った。
左手のビルに図書館が入っていたので、少し覗いてみることにした。
きっかけは本当にそれだけだった。
『あっ!』
思わず声を挙げてしまったので、皆が非難がましく振り返る。
『(ペコペコ)…。』
驚くのも無理はない。
俺の眼前の棚がライトノベルコーナーだったのだから。
息を飲んで本棚を見つめる。
…そっか、俺は馬鹿だった。
どうして愚鈍を自覚している癖に全部自分で考えようとしたのだろう。
集合知に頼ればいいじゃないか!
俺がワープと本気で向き合うのは、まさしくこの瞬間からだった。