でもオマエらも俺のこと嫌いだろ?
扉の外には高橋。
こんな朝っぱらから迷惑だな。
と一瞬思ったが、差し込む太陽からして昼前らしい。
『お、おう。
何か用か?』
「一対一で話がしたい。
飯でも行こう。」
…どうする?
罠か?
上意討ち?
いや、それはない。
王国からヘイトを買うような真似はまだしていない。
『そ、そうだな。
丁度今から飯に行く所だったんだ。
着替えるから少し待っててくれよ。』
大急ぎでカネを自宅に隠す。
リュックに全額詰めてプラケースの奥に収納。
大丈夫。
退去期限まで、あと6日残ってる。
…心配だなぁ。
大家のババーがちょっとキチガイなんだよな。
そして慌てて胡桃亭に戻る。
俺は頭をフル回転させて、不意打ちされた時の逃げ先を定める。
子供の頃に担ぎ込まれた総合病院。
確か来るもの拒まずの精神だった筈だ。
防刃ベストは…
着ていたら警戒心を煽りかねないな。
『おう、待たせたな。』
「じゃあ、向かいのパブでいいか?」
『うん、任せる。』
「女将さん、じゃあ飛田を借りますね。」
「はい、ごゆっくり。」
「じゃあ、トビタさんがお食事している間に部屋の掃除をしておきますね。」
『あ、ああ。
コレットちゃん、いつもありがとう。』
記憶の糸を辿る。
大丈夫、紙幣は1枚たりとも残していない筈だ。
万が一、取りこぼしがあったとしても数枚。
それなら、地球から持参したカネという事で辻褄を合わせられる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『…。』
「…。」
俺は俊敏な人間ではない。
高橋が突然襲い掛かって来た場合、肉体が反応してくれない可能性が高い。
なので、総合病院の待合室を思い浮かべ続ける。
少しでもコイツが妙な動きを見せたら、形振り構わず飛ぶ。
それならワープ直前に斬られたとしても、生存率が上がる筈だ。
「飛田。」
『お、おう。』
「安永さんが死んだ。」
『え?
あ、ああ。』
安永。
クラスのギャルだ。
傍若無人な女で正直嫌いだった。
「…自殺だ。
部屋で首を吊っていたよ。」
『そ、そうか…
いや、残念だよ。』
聞けば、異世界に来てから精神的に参っていたらしく、食事も殆ど喉を通らなかったそうである。
嫌な女だったが、気の毒ではある。
「で、ここからが問題だ。」
『ああ。』
「安永さんが遺書を残している。
一通はクラスに対してだな。
1人1人に対してメッセージを送っていた。
感謝とか謝罪とか。」
『なるほど。』
「ほら、オマエも読め。」
『え?
持って来たのか?』
「そりゃあ、飛田宛のメッセージもあるんだから。
ちゃんと伝えなきゃ、安永さんに申し訳が立たんだろう。」
『そ、そうか。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【飛田飛呂彦君へ】
きっと生きてくれていると信じてます。
私は弱い人間だから逃げ去りますが、飛田君はどうか生き延びて下さい。
今までありがとう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「オマエの生存を伝えようとしたんだが、もう最近は女子寮の奥に閉じ籠ったままでな。」
『そうか。』
「まあ、無事にこうやって遺言を伝えれて良かったよ。」
『俺、あの子と殆ど話したことなかったぞ?』
「でもクラスメートじゃねえか。」
『いや、まあ、そうだけどさ。』
「で、ここからが本題だ。」
『お、おう。』
「もう一通は家族宛の遺書だった。
どうやら弟さんが障碍を抱えてたらしくてな。
結構大変だったみたいなんだ。」
『そ、そうか。』
「当然、中は読んでないが…
クラス宛の遺書に、《何としても家族に渡して欲しい》と書いてあった。」
『そ、そうだな。
みんな家族が心配だよな。』
「俺、自分が生き残る事に必死でさ。
両親や兄貴の事を忘れてたよ。」
『…。』
「それで、生き残った俺達も家族に遺書を書く事にした。」
『え?』
「いや、勿論帰れる見込みはないんだけどさ。
万が一、奇跡的に日本と連絡を取る方法が見つかった時…
遺書さえ書いてれば、俺達が死んでても家族にメッセージを残せるだろ?」
『そ、そうだな。』
「騎士団の皆さんも協力的でな。
仮に俺達が全滅した後でも遺書を保管してくれることになったよ。」
『…。』
「便箋とペンを持って来た。
オマエも書け。」
『いや、言わなかったか?
俺の親父、身体を壊した死んだばっかりなんだよ。』
「え!?
ゴメン、知らなかったこととは言え…」
『ウチは親父と2人暮らしだったし、俺は遺書とかいいよ。』
「…駄目だ、それでも書くべきだと思う。」
『いやいや。
残す相手がいないから。』
「親父さんの家族とか居るだろう?」
『まあ、そりゃあ親父の田舎には親戚とか居るんじゃない?
長崎の離島の…
あ、ゴメン名前忘れたわ。
あの人、中卒ですぐに故郷を飛び出して一度も連絡取ってないって言ってたし。』
「だったら、尚更書けよ。
親父さんの分まで。」
『えー。
島の名前も知らないんだぜ。』
「遺書が日本に届いたら役所か何かが調べるだろう。」
…そりゃあそうか。
集団行方不明事件なら大事になってる筈だし、役所が本気を出せば俺の血縁なんて簡単に見つけてしまうだろう。
『じゃ、じゃあ書くよ。
親父の親戚が居ると仮定しての話だけど。』
「うん。
今日の夕方、騎士団長に提出するから。
もうここで書いてくれ。」
『え?
団長に出すの?』
「…検閲。
無い訳がないだろ?」
『まあ、な。』
「王様がかなり神経質になってるんだ。
遺書に自分の悪口を書かれるんじゃないかって。」
『…。』
ムシのいいオッサンだな。
無理矢理連れて来られてクラスメートを殺されて、恨みが無い訳ないだろうが…
「…樋口さんが推理小説マニアでさ。
長文の遺書を書いてくれたよ。」
そっか。
隣の席の樋口加奈。
いつも小説を読んでいた。
シャーロック・ホームズとかそういうの。
そっか。
じゃあ、告発は樋口に任せよう。
『…親父の親戚ねぇ。』
参ったな。
親父の人間関係がわからない。
でもあの人の性格上、故郷を円満に出たとは到底思えない。
何せ仕事の続かない人だったからな。
あれだけ色々な職場を喧嘩別れした人が、地元にだけ砂を掛けてなければ不自然だろう。
『とりあえず、親父に代わって謝罪しとくわ。』
「え?
オマエの親父さん、何かしたの?」
『多分迷惑掛けてるんじゃない?
少なくとも近所では嫌われ者だったし。
ああ、多分俺も嫌われてるだろうけど。』
「…決めつけは良くないよ。」
『でもオマエらも俺のこと嫌いだろ?』
「そういう物の考え方は好きじゃない。」
『…不快だったら謝るよ。
これは親父譲りでね。』
「…。」
『…。』
「母親は?」
『あのなあ、口に出さない時点で察しろよ。
デリカシーねーのかよ。』
「ゴメン、悪かった。」
『親父の親戚と、あの女の親戚に謝罪しておいた。
いや、俺が謝る筋合いじゃないんだけどさ。』
「え?
それだけ?」
『安永みたいに感謝で締めくくるのがスマートなんだろうけどさ。
俺も両親も感謝どころか…
わかるでしょ?
言いたい事。』
「…じゃあこれで受領しておく。
手間を取らせたな。」
『…別に。
こっちこそ、色々と世話を掛けてすまんな。』
「後さぁ。」
高橋が周囲に人が居ない事を確かめてから耳打ちしてくる。
『んー?』
「帝国との休戦協定、更新されないかも知れないんだって。」
『休戦協定終わったらどうなるの?』
「普通に攻めてくるみたいだよ。
これまでもそうだったし。」
『あっそ。』
「デカい攻城兵器を発明したみたいだし、次は王都が陥落するかもだって。」
『陥落したらどうなるの?』
「女は全員戦利品として帝国に連行。」
『女は悲惨だな。』
「男は当然皆殺し。」
『女は気楽なもんだよな。』
「王様もかなりビビってる。
ひょっとしたら母方の実家に逃げ込むつもりなんじゃないかって、城の兵士達が疑ってる。」
『王様が逃げるのは駄目だろ?』
「でも捕虜になったら悲惨な殺され方をするんだぜ?
騎士団の連中だってタダでは済まない。」
…オイオイ、俺達の遺書を検閲してる場合じゃねーだろーが。
「動向注視。
オマエも何か情報を掴んだら俺達に教えてくれ。
せめて遺書だけは守りたい。」
『…わかった。』
参ったね、ますますワープを知られる訳には行かなくなった。