表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/64

我が国に異世界の司法権は及ばない!!

全身から噴き出す汗を気合で押し戻す。

臆すな!

臆すな臆すな臆すな!

何が高級ホテルだ。

親ガチャに恵まれた連中が脱税したカネで惰眠を貪る場所じゃねーか。

なーにがリッツカールトンじゃ。

こんなモンに気圧されるほど俺は安い男じゃねーよ。



『ッ!』



自分の腿を強く叩いて己を戒める。

こっちは天下無敵のワープ使い様だ。

俺の定宿は異世界にあるんだぞ。



『ッ!』



再度強打。

そして2度深呼吸を終えた頃には、すっかり平常心を取り戻していた。

気配を殺して周囲を見渡す。

かなり広いな。

これが俗に言うスイートルームなのか?

わからん。

先祖代々、金持ち文化に無縁だったからな。

大きなベッドが2つ並んでいるという事は単身者向けではないのだろう。



『…。』



ベッドメイキングは完了しているが在室の気配はない。

ただ、チェストの上には茶菓子が置かれており、メッセージカードが添えられていた。



【高田様

いつもありがとうございます。

キャスト一同感謝しております。】



ふむ。

高田という人物がこの部屋を押さえていると言う事か。

これからチェックインする予定なのか?



歩き回ろうとして慌てて自制する。

痕跡を増やしてどうするのだ。

首だけを動かして部屋の間取りを観察。



「高田様。

お荷物はどちらにお運びしましょう。」



不意に声が聞こえる。

ポーター!?

今、チェックインしたのか!?



「うーん。

入り口でお願い。

荷解きは女房にさせるわ。

明日合流だから。」



「畏まりました。」



「これ、チップ。

取っといて。」



「お心遣いありがとうございます。」



「腹減って死にそうなんだけどさぁ。

手軽に食える場所あったかな?」



「1番早く準備出来るのがBarラウンジの軽食で御座います。」



「あー、懐かしいな。

昔、橋本サンと来た時に行ったわ。

じゃあ今夜はそこで飲もうかな。」



高田らしき男はポーターと談笑しながら、手荷物をソファーに放り投げて、すぐに退室した。

足音が完全に消えたのを確認してから、手荷物を遠目にチェック。

上手く言語化は出来ないのだが、如何にも金持ちが持ってそうなバッグだった。

これを言葉に起こせるようになった時、俺は壁を越えられるのだろうと直感する。

バッグの口は空いている。

きっと財布だけ取り出してBarラウンジに向かったのだろう。

今は手袋をしていない為、荷物には一切触れない。

ただ観察してカネを奪う方法だけを考える。



『ワープ!』



胡桃亭に戻る。

安全圏で思考を整理しておきたかった。



『フーッ、フーッ。』



ベッドに寝転んだ俺は高田の張りのある声を思い出す。

そして如何にも高級そうな荷物も。

東京港区のリッツカールトンに宿泊する男。

【いつもありがとうございます】

と書かれるということは初めてではないのだろう。

そんな男の財布には幾らの現金が入っているのか、純粋に興味があった。


物は盗らない。

換金が面倒だからだ。

ただひたすらキャッシュが欲しい。

どうすれば高田の財布を奪えるのか?


…いや、難しくはないぞ。

むしろ簡単なのではないか?

高田は併設ラウンジで飲むと言った。

飲み終われば部屋に帰って眠るだろう。

その時、財布は必ず室内に置くはずだ。

枕元かチェストか上着に入れっぱなしか…

相手が眠っていれば、漁るにはそう苦労しない筈だ!


後は時間だな。

高田が熟睡している時間帯を狙ってワープしてみよう。


よし!

それまでに足音の鳴りにくい靴と手先を動かしやすい手袋を用意するぞ。

身体は丹念にあらうが石鹸の類は使わない。

匂いも含めて痕跡は少しでも減らしたい。

目出し帽をピッタリと被り、不慮の戦闘に備えて入念にストレッチ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



深夜3時30分。

夜更かしには遅すぎ、早起きには早すぎる時間を選んだ。



『…ワープ。』



屈んだ姿勢のままで高田の客室に飛ぶ。

ビンゴ。

高田らしき男がベッドの上で静かに吐息を立てている。

酒臭いということは、結構飲んだのだろう。



予想通り、向かいのチェストに財布と眼鏡が置かれていた。

距離5メートル程か…


当然忍び足などという馬鹿な真似はしない。

ワープでチェストの前に移動し、財布を掴むと同時に胡桃亭に飛ぶ。



『ふー。』



強盗殺人とは異なる種類の緊張があった。

背中が冷や汗で濡れているので、早く水浴びをしたい。

だが、勿論そんなタイムロスは出来ない。

財布から素早く金を抜いて、高田の部屋に戻さなければならない。

そう、今回全額を盗むような馬鹿な真似はしない。



『…しかし、これは本当に財布か?』



反射的に盗んだが、財布にしては重すぎるだろ。

これは財布ではなく小さめのセカンドバッグなのでは…



『うおっ!』



思わず声を漏らしてしまう。

え?

なんだコレ!?



『え!?』



その巨大な財布にはギッシリと紙幣が詰まっていた。

100万? 200万? 見当もつかない。

想定外の量に思わず硬直してしまう。



『平常心!』



己の頬を叩いて何とか正気を取り戻す。

最初に決めたルール通りにやれよ、俺!

クールにクールにだ!

自分の弱い心を叱咤。

金額にビビってどうする!



【半分だけ現金を抜いて財布を戻す】



それが事前に決めていたルール。

俺は札束を鷲掴みにすると、半分を無造作に抜く。



『ワープ!』



そして財布を高田のチェストに戻す!

眼鏡の隣にはエグい腕時計が見えるが、当然物品はNG!

これ以上のリスクは取らない!



『帰還ッ!』



胡桃亭のベッドに戻る。

所要時間は30秒にも満たない筈だが、こんなにも濃密な時間を過ごしたのは生まれて初めてである。



『ハァハァ!』



必死で呼吸を整える。

落ち着け!

落ち着け、俺!

金額にビビってんじゃねえ!



『い、幾らだ。』



深呼吸を終えた俺は盗んだカネを数え始める。

多過ぎて、1回では数え切れない。

何だ?

今はキャッシュレス社会ではなかったのか?

どうして、こんな金額が財布に入ってる?



『7.8.9…

クソッ、分からなくなった!

数え直さなきゃ!』



俺は数字に弱い。

加えて手先も不器用だ。

紙切れを数えるというだけの作業に苦労する。



『えっと、こっちの束が10万✕10で100万。

えっと、えっと…

じゃあ、320万!?』



呆れて物も言えない。

丁度半分を抜いて320万という事は、高田のあの重い財布には600万以上入っていた事を意味する。



『え!? え!? え!?』



脳が理解を拒む。

何か重要な取引か何かがあって東京に来てたのか?

いや、そんな雰囲気ではなかった。

俺が財布に最低2000円残しておく習慣を持っているように、高田にとっては600万前後が常備金額なのかも知れない。

いや、単に財布にカネを詰め込んだら結果としてそれくらいの額になったのかも。



『落ち着け!』



腿を強く叩くも痛覚が上手く作用してくれない。



『飲まれるな!』



顔をパンパン叩いて思考を強引に再起動させる。

もう盗んでしまった以上、この320万は俺の所有物だ。

そこには微塵の疑いもない。



『切り替えろっ!』



【盗む】というステージはクリアした。

これだけのカネがあれば当面生活には困らないだろう。

次はバレないことを考える!

この量の紙幣の視覚的インパクトは強い。

地球人に目撃されれば当然アウト。

見たのが異世界人でも違和感は抱かれてしまうだろう。



隠す!

どこに?

地球? 異世界?

どっちが安全?



『…。』



絶対に誰にも奪われたくない!

このカネは俺の物だ!

俺がリスクを負って盗んだ俺のカネだ!

誰にも渡す訳にはいかない!

死守だ! 死守ッ!!



『ハァハァ、渡さねぇ。

渡さねぇよ、誰にも。』



カネを抱きしめてベッドの上で丸まる。

どこに隠せばいい?

万が一警察に見られたらどうする?

銀行口座に入れたら怪しまれないか?

思考が纏まらないうちに意識が薄れる。



『ハッ!』



慌てて飛び起きた。

馬鹿か俺は!

カネを隠す前に寝てどうする!

己の愚かさ加減を憎悪する。



『カネ!?』



よ、よし。

ちゃんとあるな。

ね、念の為もう一度数えよう。

寝ている間に女将やコレットが盗みに来た可能性もある。


そ、そうか!

宿屋ならマスターキーを持っている!

どうしてそこを見逃していた!

胡桃亭にカネを隠そうとしていた昨日の俺を叱咤する。

駄目!

駄目に決まっている!

宿側が本気で盗みに来た場合、客である俺には防ぐ手段がない。

あの母娘が盗賊を雇って俺から強奪する可能性だってある!

早急に安全エリアを確保しなければ!!




「(コンコン)トビタさん、居られますか?」




『(ビクッ)』



娘のコレットか?

え?どうして?

なんで急に!?

居留守…

無理だ!

向こうは宿泊業のプロ。

在室か否かは気配でわかっているだろう。

居留守は怪しまれる。



「(コンコン)ご在室でしたらお伝えしたいことが御座います。」



な、なんだ!?

宿代はまだ残ってるよな?

え?

何か犯罪がバレた?

居留守? 逃げる?

駄目だ、それだと怪しんで下さいと言っているようなものだ。



『は、はい。

起きてます。』



布団の中に札束を押し込みながら、必死に平静を装う。

落ち着け!

落ち着け、俺!

例えリッツでの窃盗が知られたとしても、我が国に異世界の司法権は及ばない!!

…及ばないよな?



「ああ、良かったです。

お友達の方が遊びに来られてまして。」



『と、友達?』



え?

生まれてこの方、そんなの持たなかったし。

これからも絶対にないけど。



「飛田、急にスマンな。」



…た、高橋!?

え? どうして急に?!

スキルがバレた?



『え、あ、ああ。』



「ちょっと大事な話があってな。

少しだけ時間を割いてくれ。」



…俺は慌てて布団を見る。

カネかッ!?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
小心者なのか豪胆なのか この辺のムラがおもろいねぇ
無自覚に縛りプレイしてる感じがいい 彼の論理では最高にクールな効率なんだろうね 真の金もちはやはり現生なんすね
罪悪感?緊張感?の描写がうまいなぁと思います。 ボトムズさんのいままでの経験がもとになってる部分はあるんですかね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ