これが昔話なら皮肉なオチで破滅するのが相場だが…
異世界の金貨1枚が50万円のレート。
俺は貧民の生まれなので、この相場が妥当か否かが分からない。
ただ、村上翁とは取引を続けることにした。
理由は明白。
弟さん曰く、彼には友達が1人も居ないからだ。
あれでも歳を取って相当マイルドになったらしく、若い頃は偏屈コミュ障ぶりで巣鴨中から憎まれていたとのこと。
(今でもかなり嫌われてはいる。)
秘密厳守が生命線の俺にとって、情報が洩れる可能性は1%でも下げておきたい。
村上翁にどこまで換金能力があるのかは不明だが、まずは金貨10枚500万円を目標に引っ張ってみよう。
『ちわーっす。』
「閉店間際に来るんじゃねー!!
ぶん殴るぞ!!
けーれけーれ!!」
『あははは。
親方は厳しいなぁ。』
村上理論で言えば、このドワーフにも友達がいない。
(少なくとも王都では当然嫌われている。)
なので同じ組むなら、この糞ジジーと組む方が機密漏洩リスクは低減される筈なのだ。
「テメーみたいな小僧と違って俺様は忙しいんだ!」
『ははは、恐縮です。』
嘘こけ。
オメー今、宝くじの当選番号調べてるじゃねーか。
「ちっ、中々当たらねーな。」
ハズレくじをビリビリ破って炉に放り込んでしまう。
成程、一応金銭欲もあるのかもな。
『商売を始めたんすよ。
フリーランスの行商人っていうか。
親方、買取品目あったら教えて下さいよ。』
「はー?
フリーランスだァ?
あーやだやだ。
最近の若造は丁稚にもならずに、すーぐ独立しようとしやがる。
俺様の若い頃にそんな奴は居なかったけどなあ。
あー、やだやだ。
嫌な時代になったもんだ。」
流石に工業区一番の嫌われ者だけあって、口を開けば厭味ばかりである。
(ドワーフの名誉の為に言っておくが、王立武器工房や冒険者ギルドに出向して来ているドワーフは人格者として皆から慕われている。)
『働いたら負けじゃないっすか。』
あまりに腹が立ったので思わず本音をぶつけてしまう。
年寄りにこういう発言をしたら多分嫌われるのだろうが、言われっぱなしは気分が悪い。
「…。」
あー、これは決定的に嫌われたかな。
「…その意見には賛成だな。」
ドワーフはそう言うと背中を向けて戸棚を漁り始めた。
ん?
怒られると思ったが、そうでもないのか?
「えーっと。
今値上がりしてるのはなー。
石炭1樽、金貨100枚。」
『え?
あ、はい。』
「ミスリルもなあ。
鉱山が帝国に取られてからは値上がりの一途だ。
先月の奪回作戦も大失敗したらしいしな。
ミスリルは60倍の粗金と交換だ。
昔はせいぜい15枚のレートだったんだが…
やっぱり戦争に負けたら駄目だなぁ。」
うーーん、石炭は兎も角ミスリルは地球にはないだろうな。
地球では別の名称の金属なのかも知れないが、実物を見ない限り判断すら出来ない。
「他に値上がりしているのはポイズンキャンサーの魔石。
なんと屑魔石でも金貨2枚、美品魔石なら金貨10枚だ。
冒険者連中が血眼になって海岸を走り回ってる。
オメーも若いんだから蟹狩り行って来いよ。
えっと、オメーの名前なんだっけ?」
『あ、飛田っす。』
「トビタは冒険者登録しないの?」
『あ、いえ。
なんか騎士団の預かりらしくて。』
「へー、凄いじゃん。」
『凄いんすか?』
「そりゃあ、騎士団なんて入ろうと思って入れるトコじゃねーし。」
『でも、騎士じゃなくて単なる預かりですよ?』
「だーかーらー。
その預かりになる為に、人間種の連中は必死にコネを総動員して王都に上京してくるんだよ。
ほら、オメー食券持ってただろ。」
『あ、はい。
討伐に参加したら、何か参加賞的に貰えました。』
「そーゆー旨味が頻繁にあるから、みんな騎士団のコネを欲しがるんだよ。」
…なるほど。
あの時は何気なく受け取ったが、確かに参加賞で食券一ヵ月分はコスパいいよな。
聞けば、冒険者ギルド経由で同じミッションを受けても、そういう特典は貰えないらしい。
考えてみれば当然だ。
日雇い労働者に過ぎない冒険者よりも公務員である騎士の方がそりゃあ優遇されるだろう。
…どこも一緒だな。
「後は買取値の下落ニュースばっかりだ。
表も裏もシケてるよなー。
今、砂糖なんか持って来ても意味ないぞー。
南洋からの供給ルートが確立されたからな。
俺の若い頃は砂糖で一攫千金をみんな狙ったもんだが。
もう、無意味だ。」
『いやあ、ははは。
残念です。』
…本当に残念だ。
ラノベとかじゃ、地球の砂糖を異世界に持ち込んで大儲けってのが定番だからな。
くっそー、砂糖は量産されちまってるか。
「馬鹿馬鹿しいよなあ。
密貿易レート、砂糖1箱で粗金1個だ。
昔のエグい利幅が懐かしいぜ。
ここだけの話、ウチの族長も砂糖の密貿易で荒稼ぎして今の地位を掴んだんだ。
…まあ、そのおかげでラムや甘菓子が増えたんだから我慢するしかないか。」
…え?
粗金って金貨(50万円)の半分の価値だから、25万円相当!?
あ、イケる!!
昔に比べたら値崩れしたのかも知れないが…
ワープ持ちの俺なら…
イケるぞ!!
『お、親方。
俺なら砂糖持って来れるかも知れません!』
「馬鹿!
声がデケーよ!!」
誰がどう考えてもドワーフの方が声が大きいのだが、親方にそこまでの配慮はない。
「…バレたら営業許可を取り消されちまう。
そんな事になったら氏族から*除籍されちまうんだ…
少しは考えて喋れ。」
*除籍≒殺害
『す、すみません。』
「言っておくが盗品は勘弁しろよな。
俺様もそういう火遊びが出来る歳でもなくなっちまった。」
『…スキルで生成するのはナシですか?』
「ナシ寄りのアリ。
いや、勿論法律的にはアウトだぞ?
ただな?
…トビタが持って来たのを流れ作業で買い取っちまうのはアリ。
当然俺様は善意の第三者。
鍛冶ギルドの規定通り持ち込み品を買い取っただけ。
そうだよな?」
『…そうです。』
なるほど。
そりゃあ、そうか。
流れ者の俺よりも、店舗を持ってる親方の方がリスクは大きい。
しかもドワーフは氏族の不文律が異常に多く、好き勝手やっているように見える親方でさえ慎重な立ち回りを強いられている。
『じゃあ、俺が勝手に持って来ますから。
レギュレーションに沿ってたら買い取って下さい。』
「おう、絶対に人に見られるなよ?
屋外に放置も駄目だ!
蟻のタカり方でバレるからな!」
『了解。
特技は迅速な移動なんで安心して下さい。』
「本当かー?
トビタはトロいから不安なんだよな。」
『はっはっは。
親方は心配性だなー。』
「いやー、オメーは物を知らないから。
白い砂糖でも持って来たりするんじゃねーかと。」
『ん?
砂糖は白いモンでしょ?』
「え?」
『え?』
「ば、ばばば馬鹿野郎!!」
どうやら白砂糖の精製免許発給は国王の専権事項であるらしい。
つまり王権の象徴。
精製技術は何となく知られているが、実践者は少ない。
それくらいに刑罰が厳しいのだ。
砂糖法はかなり厳格に運用されていて、例え王族でもアウト。
王様は白砂糖を独占し、気前良く下々に下賜する。
皆は王様に感謝し、いっそうの忠誠を誓う。
王国は万事こういう構造で安定しているので、そこは絶対にアンタッチャブル。
コーヒー豆やラシャやエメラルドも同様。
…なるほど、リアル封建社会ってクソだけど安全圏から見物する分には面白いな。
『あ、じゃあ黒い方の砂糖を持って来ます。』
「馬鹿!
砂糖ってのは黒いモンだ。
王様は高貴なお方だから、純白の砂糖を作るんだ。
そして慈悲深い事に国中に下賜して下さる。
そうだよな?
トビタ!」
『あ、はい。
俺が暮らしていけるのも、全て王様のおかげです。』
「わかってりゃいいんだ。
いいか?
口は災いの元。
細心の注意を払え!
発言はどこまでも広がっちまうが、命はたったの1つだ。
そうだよな?」
『あ、はい。
以後、慎みます!』
「砂糖の密売は合法ではないが罰則規定もない。
目立たず空気を読んでる限りは騎士団も何も言ってこねえ。
わかるな?」
『あ、はい。
何箱くらいなら目立ちませんか?』
「週に1箱。
流石にそれ以上になると噂になっちまう。」
以上の会話を踏まえて、ワープして三温糖を買って来たら凄く怒られた。
(頭にタンコブが出来るくらいの拳骨を喰らった。)
どうやら、縛り首案件らしい。
『いててて。
まだ痛むな。
じゃあ、こっちならどうっすか?』
「ややキメが細かいが許容内だ。」
業務用黒砂糖20㌔8900円。
約束通り粗金が1個。
巣鴨にワープで持ち込んだら手付に20万円くれた。
足元を見られているような気もするが、換金係の村上翁も結構頑張ってくれてるしな。
(バンコクルートやムンバイルートを模索してくれている。)
親方曰く、危なくなったらすぐに手仕舞するらしい。
なので、単発案件くらいの気持ちで取り組むことにする。
汗水たらして働くよりも割は良いが、こんなので金持ちになれるとは思えない。
やはり強盗しかないか…
…自分がこんなに横着で安易を好む性格とは知らなかった。
蓄積も我慢もせず身の丈に合わない結果だけを求める。
なるほど、こんな俺だからこそワープが与えられたのだ。
これが昔話なら皮肉なオチで破滅するのが相場だが…
さあ、破滅とFIRE。
どっちが先かな?