…鬼かテメー。
ピエール王子。
物腰は極めて柔らかい。
愛想も良い。
パワハラの類に関する噂も一切ないとのこと。
では軟弱者なのかと言えば、それは断じてノー。
寧ろ、その内面は獅子の如く勇敢だと評されている。
敵に対しては毅然として立ち向かうのだ。
今、俺にそうしているように。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やあ、トビタ殿。
こんにちは。」
『ピエール王子。
お世話になっております。』
「色々と言いたい事はあるが、まずは御礼から。」
『…。』
「我が国の民間人を保護してくれた事に感謝する。」
『恐縮です。
えっと、御礼でない方は…』
「色々あり過ぎる。」
『それは、どうも。』
「…。」
ピエール王子が長老会議との面談を要求したので、皆で駆け回ってセッティング。
義父ブラギが全権代表に選ばれて惣堀の外に張られた王侯側のゲルを訪れる形となる。
馬丁に扮しているのは最長老。
下っ端面をしながらニコニコとピエール側の随員に雑談を持ち掛けている。
30分ほど2人きりで密談して退室。
第一回会談は互いの要求原則を確認し合う形で一旦終了。
俺は最長老と共に馬繋ぎ場に控えていたのだが、ピエール王子から話し掛けられる。
「申し訳ないが、一点お願いしたい事がある。」
『あ、はい。』
「後始末を手伝って頂けまいか?」
『え? はい。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
要は襲撃に参加した兵士達の処刑である。
彼らの罪状はシンプル。
既に軍が解散状態にあるにも関わらず、通常の軍事行動が継続しているかのように装い徴発を行ったこと。
俺は臨時軍事法廷での証言を求められたのだ。
「証人、ニヴル族のトビタ氏。
貴方はこれらの者が軍籍を騙っていた場面を目撃しましたか?」
『はい、目撃しました。』
「そして避難民に対して殺傷行為を行った場面は目撃しましたか?」
『はい、目撃しました。』
「その時、彼らは王国軍の軍服を着用しておりましたか?」
『はい、着用しておりました。』
「質問は以上です。
ご協力ありがとうございました。」
たったそれだけの短い質疑だったのだが、俺と言う証言者が出廷したことにより襲撃参加者達の処刑が確定してしまったらしい。
哀れ参加者達は後ろ手に縛られた上で横一列に伏せさせられ、順に頭部をハンマーで砕かれて殺された。
難民も俺も白け切った表情でその茶番を眺めていた。
「そもそも政治が悪いんだろぉッ!!!」
難民の中の誰かが叫んだ。
一触触発の雰囲気になるが、犯人探しを試みようとした幕僚をピエール王子が制したことで、やや和らぐ。
次いで幕僚達が簡素な状況解説を交えながら難民達に対する型通りの訓令を下す。
「私もそう思う。」
突如、ピエールが訓令を遮ってよく通る声で宣言した。
言葉の意味を図りかねて、場の全員が硬直した。
【それは悪政批判に対する同意なのだろうか?】
数秒だけ沈黙が流れたが、ピエールに促された幕僚が慌てて実務に移った。
死者埋葬や難民への処遇布告など、ピエール派には無限のタスクがあるのだ。
俺は特にやる事も無かったが、人間種が惣堀の近くに墓穴を掘ろうとしたので抗議して向こう側に運ばせた。
デサンタの提案によりニヴルの土魔法使いが数名呼ばれて墓穴を提供する。
「ご厚意に感謝致します。」
「どういたしまして。」
ピエールとブラギが短く頭を下げ合う。
当たり前だが、穴を掘ったくらいで友好ムードは生まれない。
その後、幕僚の1人が壇上に上がり現在の戦況見通しとピエール派の行動予定を発表。
「食糧を売ってくれないか?」
不意に近づいて来たピエールが俺に言う。
『いやあ、ウチもカツカツでして。』
「…。」
『…。』
「幾ら払えばいい?
このままでは皆が飢え死にする。
まずは価格を提示して欲しい。」
『俺みたいな下っ端に聞かれても困りますよ。』
「じゃあトビタ殿が上っ端だった場合は幾らを提示する?
思考実験に付き合って欲しい。」
『売りませんよ。
どうせその兵糧であちこちに出征するんでしょ?』
「では出征しない条件なら幾らで売ってくれる?」
『いやぁ、そういう漠然とした話をされても困りますよ。』
「いや実務だよ。
実務交渉。
思った通りの金額を教えて欲しい。」
…さっき思考実験って言ったばっかりじゃねーか。
『今の時価で請求しちゃったら絶対に後で揉めるでしょう。』
「かも知れないな。」
もう本当に兵糧が絶無なのだ。
(全て盗んだ俺が言うのだから間違いない)
そんな状態の時価など幾らになるかすら想像が付かない。
しかもニヴルは人間種の間引きを歓迎している。
減ってくれる事を切に願っているのだ。
「じゃあ、金貨以外でも構わない。
何かこちらから支払えるものはないか?」
『いやあ、急に言われても。』
少し前のニヴル族であれば風魔石を条件に出したかも知れないが、もう手に入ってしまった。
うーーーん、あるかなあ。
「言ってくれると助かる。」
『…うーん。
まあ、無難に土地とかじゃないですか?』
「それは領土という意味?」
『いや、そこまで政治的なニュアンスでは申し上げてませんけど。
他に思い付きませんもの。』
「…現状1万石が必要なのだ。
皆の生存の為に。」
『ええ、まあ…
最低でもそれくらいの量は必要でしょうね。』
「何とかならないだろうか?」
話が堂々巡りになる。
こっちは食糧だけは絶対に渡せないのだ、すぐに兵糧に変わって外征に費やされる事が目に見えてるから。
一方、ピエールが絶対に避けたいのは土地の譲渡。
うっかり本領安堵状などを発行してしまったら、それを口実に半永久的にニヴルが居座ってしまう。
【王国は食糧が欲しいが土地は渡さない
ニヴルは土地が欲しいが兵糧は渡さない。】
この構図は不変。
だが、ニヴルが有利。
何故なら種族特性の関係で地下生活が可能な上に、魔界トンネルを通じてこっそり盆地を確保したから。
王国に急いで頭を下げる必要がない。
逆に王国はこの場で話を纏めなければ全員が餓死する。
ニヴルからすれば、彼らがここで死んだのを確認してから動いても構わないのだ。
圧倒的に有利。
ピエールは襲撃者が乗っていた軍馬をその場で屠殺し、率いて来た兵士や難民に振舞う。
焼け石に水だろう、と思ったがそれは早計。
少し後で気づいた事だが、ピエールはニヴル側の反応を観察していたのだ。
目の前で肉が焼かれているのに、「食わせろ」「寄越せ」の一言もないし、欲しがる素振りさえ見せなかった。
しかもニヴル社会では一番ヒエラルキーが低いであろうデサンタ組すらも欲しそうな顔をしていない。
その雰囲気から食糧事情を推し量るのだ。
…賢いな。
「なあ、トビタ君。」
『何です馬丁さん。』
「折角の商機なのに高値で売りつけられないのは辛いな。」
『大丈夫。
俺達にとって納得の行く結果が出ます。』
「え?
マジ?
どんなどんな?」
『それはピエール王子が考えてくれますよ。
俺達にとってベターな条件をね。』
「おいおい相手任せかよ。」
『だって考えなきゃ彼ら死にますもの。
俺達はそこまで必死に考える必要はないけど。』
「まあ、そうなるわな。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ピエールが無言で壇上に上がる。
『…。』
「それでは、こちらの条件を提案させて欲しい。」
『…お願いします。』
「まず、独立宣言は承認しない。」
『…でしょうね。』
「そしてニヴルの土地所有は認めない。」
『ええ、先日も伺いました。』
なんだ?
これまでと同じ主張じゃないか。
食糧購入は断念したという意味だろうか?
「なので独立工作を鎮圧した私が。
国家分裂回避の為の緊急避難措置としてアイル州を管轄する。」
『え?』
「便宜上、アイル州は独自の徴税権・行政権・司法権・外交権を保有するが、これは王国を外部から支援する為のやむを得ない措置であり、分離独立の意図は一切ない!」
『いや、それはもはや。』
「また王位簒奪の意図がない証明として。
私はこの場において王族籍とそれに伴う全ての栄爵と特権を国王陛下に返上する。」
『…。』
「これにより私は王族でもない庶人の身となる。
これからはアイル州…
いや、アイルの地に住む一人として同胞の為に尽くすのだ。」
『…。』
「以上。」
冷静に考えれば、こんなもん国盗り宣言以外のなんでもないのだが、ピエール王子の恭謙な物腰を見ていると王国への忠誠から来る発言に聞こえてしまうのだから不思議なものである。
「ニヴルの諸君。
私は人間種の為政者である。
なのでドワーフ種の土地所有を簡単に認める訳には行かないのだ。」
まあ、そりゃあそうだろ。
他種族なんて本音を言えば殲滅対象でしかないしな。
「だが断じて諸君らを憎んでいる訳ではない。
異種族同士という構造上の問題なのだ。
諸君らに土地を与える事は約束出来ないが、農地整備は発注させて欲しい。
無論、対価は支払う。
具体的には、アイルランド内で整備してくれた農地の収穫の1割を刈り入れ時に支払う。」
どさくさに紛れてさらっと国名を付けちゃったぞ。
コイツ顔に似合わずエグいよなー。
「…。」
『…。』
「なので幾らか用立てて欲しい。」
『…。』
上手い。
最高の対価を提示しやがった。
しかも俺と違って即興だぞ。
理想の隣国がたったの1万石で買えるなんて安過ぎだろ…
「…。」
『…。』
最長老が俺の顔を覗き込んでニヤニヤと笑っている。
あー、この顔は面白回答を期待しているなー。
『馬丁さん。
後で返済しますので、1000石くらい持って来て貰えますか?』
「おやおやトビタ君。
ピエール殿下が1万石を所望されたのに、たったの1000石!?
ひっどいですなーww」
…王国への食糧を絞ってるのがオマエなんだけどな。
『後の9000石は別途調達します。』
「ねえねえトビタ君♪
ワシも手伝う♪
ワシも手伝う♪
何かさせて何かさせて♪」
『じゃあ馬丁さんにはロキくん係を任せます。』
「えー。
いきなり最糞仕事押し付けるなよー。」
『まあまあ誰かがやらなきゃならない仕事ですから。』
「とほほ、世の中上手く行かんのー。
ワシが考えた【ロキvsトビタ相討ち作戦】も全然進まないし。」
…鬼かテメー。
「ま、いいわ。
1000石はツケな。
ちゃんと払えよー。」
『…。』
元々は俺が仕入れたコメだが、まあいいさ。
最長老は典型的なバランサータイプの指導者だ。
貢献に対しては必ずイーブンになるように報いてくれる。
その証拠に長年好き放題やっているロキがまだ殺されていない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
残りの9000石をどうしたかって?
ピエール王子が主戦派の王族の名前と駐屯場所を教えてくれたんだよ。
尋ねてもいないのにな。
多分、この男は全て見抜いているのだろう。
ワープやウィリアムや10万石や…
下手をすればグリンヒルやアリアス姫の件もだ。
無事にアイル州に帰還したピエールは【叛乱鎮圧成功】を高らかに宣言した。
俺も回って来た宣言書を読ませて貰ったが、それこそが誰がどう見ても紛うことなき独立宣言だった。
当然、王国は大いに反発するのだが、僭主ピエールの態度があまりに殊勝で誠実だった為に、準自治区という訳の分からない資格を与えてしまった。
これに感謝した僭主ピエールは涙を流して王国を遥拝し、全人民に命じて王国を賛美する詩を編ませた。
僭主ピエールは王国に絶対の忠誠を誓い国境を厳重に封鎖した。
俺の構想とは僅かに異なるが、ニヴルにとって限りなく都合の良い緩衝帯が生まれた。
王国軍が撤退したのを見届けた合衆国軍も即座に軍を戻した。
皆の表情が明るいので概ね一段落なのだろう。
ちなみにロキ爺さんは未だに庵に居座っている。
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