官憲如きに捕まる俺ではない!
さて、久々のガルド。
軽くハイタッチして再会を喜ぶ。
『親方。
この一大事にシフトから外れていいんですか?』
「え? 一大事?
人間種の戦争は終わったんだろ?」
ガルドは不思議そうな顔付きでポンポンと具足を外していく。
それらの掃除は徒弟たる俺の役目なので慌てて拾い集めながら話を続ける。
『いやいやいや!
あんな数の難民が流入して来たんですよ!
早急に対策を打たないと!』
「え? 何で?
あれは軍人じゃないんだろ?」
『いや、そうっすけど。
あれだけの数が一斉に集結したら、大混乱が起こります!』
「へー。
人間種さんも大変だなぁ。」
別に皮肉で言っている訳ではないらしい。
日頃、人間種の大群に囲まれているドワーフ種から見れば軍属でない人間種など脅威でも何でもないらしい。
【流民なら殺したところで種族間問題には発展しないのでは?】
商人階級以外の大抵のニヴルはそう認識しているようだった。
俺の認識は勿論違う。
人間種の政府が難民を殺すのは問題ないが、ドワーフ種が同じことをすればとてつもないヘイトが生まれてしまうに違いないのだ。
だから【ドワーフが難民を殺害する】以外でこの問題を解決しなくてはならない。
平服に戻ったガルドは、だらしなく敷皮に寝転がると干し餅に白砂糖を掛けてポリポリと噛り出した。
戦士団に出されていた緊急動員令は解除されたとのこと。
理由は戦場を難民が覆い尽くし、明らかに大規模戦闘が起こり得ない状況だから。
ここからは寧ろ政治のターンなので戦士団は準平時体制に戻り再び長老会議の指揮下に入る。
予備役招集されていたガルドが帰宅を許されたのも、その流れがあってのこと。
「ヒロヒコー。」
『あ、はい。』
「要は難民が増えるのは氏族にとってマイナスなんだな?」
『そうっすね。
食糧状況が悪化すると思います。』
「じゃあ逆にプラスってあるの?」
『いや、食糧を高く売りつけるチャンスかと…』
「はっはっはっ!
オマエって本当に怖い奴だよなー(笑)」
『いやいや、笑いごとじゃないっすよ。』
「でもオマエはもう解決方法見つけてるんだろ?」
『いや、解決って程じゃないっすけど。』
「聞かせろよ(笑)」
『いや、この混乱を煽ればここらの土地を簡単にニヴルの物に出来るかなと。』
「うわははは!
合戦か?
合戦か!?
オマエが大将なら一兵卒でも構わんぞ!」
『あ、いやいや。
多分、戦士団を出さない方が上手く行くので。』
「なーんだ、つまんね。」
『なので殺す必要のある相手は俺個人がこっそり始末します。』
「うははは!!
若い頃の誰かさんにそっくりだなオマエww」
『ただ、親方も御存知の通り俺は軍事教育を受けた事がないので…
護衛とかお願いしてもいいっすか?』
「おーう、じゃあ戦士団辞めるわ。」
『え?
いやいやいや!
折角復帰出来たんでしょ?
配給切符もいっぱい貰えるって聞きましたよ?』
俺の話を聞かずにガルドは荷馬車の後幌を捲って知己を探す。
「あ!
トルケル君!
ちょっといいか。」
「ガルドさんチワス!
何でしょうか?」
「俺、やっぱ戦士団辞めるわ。」
「え?
部隊長に復帰する話は?」
「ああ、やっぱアレなし。
ヨルムに配給切符返しておいて。」
「いやいやいや!
急に言われても困りますよ!!
フォーメーションとかどーするんですか!!」
「迷惑掛けてゴメンナ~。」
「あ、自覚はあるんですね。」
「でもな?
でもなでもなでもな?
今度は我儘で言ってんじゃねーんだ。
トビタのアシストをする!」
「…。」
「俺は兎も角、コイツは役に立ってるだろ!
それを手伝いたいんだよ!!」
「…ガルドさんも数々の大功を挙げられておられます。
それは氏族にとって多大な貢献ですよ。
戦士長も教官殿も、プライベートでは常々そう仰っておられます。」
「え!?
…そっか。
うん、そっか。」
「まずは戦士長に内々に報告させて下さい。
きっと脱隊ではなく転属という形に出来ないかを考えて下さる筈です。」
トルケル君は無言のまま押し付けられた配給切符をガルドではなく俺に手渡す。
「トビタさんが敵でなくて良かったです。」
静かに顔を近づけて言い聞かせるように告げると、背を翻して本営に駆けていった。
ロキ爺さんにトルケル君。
俺への粛清係は実に人材豊富である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
デサンタ達をガルドに紹介した後、皆で山羊肉のチーズフォンデュを満喫。
ガルドは監視任務中に忙しくて食べそびれていたエリンギピクルスも提供してくれる。
脱柵組の中の何人かが王都でガルドを見た事があるらしく、思い出話に花が咲いた。
「難民はこちらには向かってない!
殆どの者が合衆国に真っ直ぐ向かっている!」
木登り名人のトミー元伍長が樹上から短く叫ぶ。
『トミーさん!
軍隊はどうですか!?』
「王国軍に動きはなし!!
いや、少し陣形が乱れてる…
王国本陣では揉めているのかも知れない!!」
デサンタも隣の木に登って樹上で話し合っている。
「内紛の可能性あり!」
そりゃあね、目算15万の難民に迫れられたらね。
イヤでも揉めるよね。
「あッ!
合衆国の騎兵隊!?
ブロック!!
合衆国軍は難民のブロックに動く模様!!
2個大隊…
いや3個大隊が進路を塞いだ!!
あー、これ逆茂木を組むつもりだなー。」
まあ、そりゃあそうだろう。
合衆国は貧しい国だからな。
15万も流入されたら経済や治安が崩壊するだろうしな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺とガルドは荷馬車に戻って瓢箪に詰めた残り物のコーヒーを回し飲む。
寝っ転がったまま幌の隙間から眼前の荒野を観察する。
「で?
ヒロヒコ達にとっては何が問題なの?
要は人間種同士の土地争いだろ?」
ガルドの言葉の裏には《人間種が消耗し合うのは氏族にとってプラス》という意味が込められている。
恐らく戦士階級の大半が同じ考え。
逆に商人階級は経験則で物価高騰や販路喪失を予感しているので悲観的。
「仮に難民が押し寄せて来たとしてもだ。
惣堀をもう少し広げれば済むだけの話だろう?」
そう。
現に戦士団に派遣されていた土魔法グループが長老会議の指揮下に戻り、巨大な外堀を構築し始めている。
明日には俺達が停車している山羊放牧地も堀で守られる算段だそうだ。
「トンネルが間に合ったからな。
万々歳だよ。」
ガルドは眼前の混乱を肴にそう呟く。
魔界まで繋がる超長距離トンネルの恩恵は極めて大きい。
まず第一に、工事の過程で手つかずの盆地を発見出来たこと。
適度に開けていて湖沼に恵まれており日当たりも良いらしい。
この盆地だけで全部ペイ出来てしまう程の収穫。
またトンネル掘削の副産物として生姜・エンドウ豆・何より菌糸類の栽培区画も整備し終えた。
ドワーフ種は農耕を嫌う癖にキノコにだけは手間と愛情を注ぐ。
マッシュルーム・舞茸・椎茸・エリンギ、ニヴル料理に必須なキノコの栽培は来年を待たずに軌道に乗るだろう。
水脈も幾つか発見しており、今週中にはパイプが坑道入り口まで敷かれる模様。
「つまり、俺達は喰うに困らない。
だろ?」
『ええ、そこは凄いと思ってます。
特に驚いたのはマッシュルーム区画ですね。
あれだけ大量の食料と魔法触媒を同時に生み出しています。
しかも常駐3名体制でしょ?
滅茶苦茶コスパいいじゃないですか。』
「はっはっは。
ヒロヒコも分かって来たじゃないか。」
そう。
俺は異世界を中世か近世程度の未開社会と捉えており、その中でもドワーフを野蛮種族と認識していたのだが、こと菌糸類栽培において彼らはとてつもなくハイレベルな運用をしている。
恐らく彼らが日本に転移してもキノコ製造企業として上場を狙えるくらいには高度な技術である。
キノコから栄養素だけ抽出して軍用レーションに加工する技術も、恐らくは地球人にとって未知の領域であると思う。
「オマエは大袈裟だなぁ。
人間種は器用なんだから、これくらい普通に作れるだろう。」
そう言ってガルドは任務中に支給された舞茸のペレットを分けてくれる。
キャラメル半個サイズだが口内に含むと舞茸の旨味が広がり、更には空腹感が抑制される。
ドワーフはこういったペレットを奥歯に挟みながら過酷な行軍に堪えるのだ。
『確かに…
1本のトンネルからここまで勢力をリカバリーしたのは圧巻ですよ。』
「でも、危惧してるんだな?」
『ですねえ。
このまま目の前の土地が戦場になっていると交易が出来ません。
なので穀物が入手出来ない。』
「だな。
いや、それは認めるよ。
ヨルム戦士長も訓示でそう言っていたしな。
穀類が手に入らないのは痛いなあ。」
『…銀は結構掘れたんですよね?』
「長老連中はハッキリとした数字は出さないけどな。
盆地の周辺は銀脈豊富だとは聞いている。
折角、決裁鉱物を手に入れたのに交易が出来なきゃ無意味って言いたいんだろ?」
『はい。
王国・合衆国と自由に交易をさせて貰えれば、充分以上の穀物を買えます。』
「で?
具体的にはどうするの?」
『難民に建国させようかな、と。』
「えー、そんな事したら合衆国が怒るだろ。」
『勿論、この地は合衆国領ですので絶対に許されないでしょう。
でも王国内で建国させれば?』
「ふむ。
合衆国にとっては悪い話ではない。」
『ええ、合衆国から見れば緩衝帯が出現する訳です。』
王国の南端。
合衆国との境界にあるアイル州の住民が難民と化して、眼前の荒野に流れ込んでいる。
偵察班の観測では、その数15万から17万。
そのアイル州を独立させるのが俺の腹案。
無論、王国とアイル州の人口差を鑑みれば本来は不可能である。
「いや、無理じゃね?
王国はそんなにヌルい連中じゃねーよ。
独立なんて言い出そうものなら、即座に見せしめ弾圧するだろ?」
『…今回に限ってはそれも無いです。』
「何でだよ?」
『だって彼ら、既に全徴発って形で弾圧され終わってますもの。
もう命くらいしか残ってないんじゃないですか?』
「そんな死に掛けの連中が独立戦争に勝てるのか?
合衆国の奴らが独立する時ですら途方もない戦死者が出たって聞いてるぞ?」
『戦闘では勝てないでしょうが…
独立を認めさせるくらいなら出来るんじゃないっすかね。
要は周辺国が承認すればいいだけの話ですので。』
「そんなモンかねえ。
何?
まーた、裏でコソコソ暗躍するの?」
『いえ、流石に考えを改めました。
今度は長老会議に事前伺いを立てます。
却下されれば、ちゃんと断念します。』
「おー、オマエも大人になったなあ。」
『俺はまだまだガキなんですけど、もうすぐ子供も産まれますからね。
仕方なくですよ。』
「ふははは。
どこぞの無責任野郎に聞かせてやりたいモンだw」
俺の計画はシンプル。
独立宣言書を制作し諸外国に配布して回るというもの。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
長老会議に献策する前に義父ブラギとバルンガ組合長・ヨルム戦士長に相談。
当然良い顔をされないが、ちゃんとメリットデメリットを根掘り葉掘り掘り下げてくれた。
「別にそれはいいんだけどさ。
何でワシにまで報告する訳?」
『だってロキ先生は大好きでしょ。
こういう話。』
「残~念。
ワシが好きなのは自分で考えた作戦だけだよ~んw」
『ははは、それは残念です。』
「まあ、君は偉いわ。
だってワシ、この歳になっても根回しなんて絶対にしないモンww
事後報告、たんのしぃ~♪」
『俺も本来そちら側なんで気持ちは凄く理解出来ます。』
「で?
ワシに何をさせたい訳?」
『ちゃんとテストして下さいよ。』
「んー?」
『俺がニヴルにとって有害ではないと証明したいんです。』
「もう証明済みじゃない。
トビタ少年の功績はデカいよ~。
キミが仕入れてくれた数々の物資。
どれだけニヴルの台所事情を支えてくれたか。
凄い凄い、キミは本当に凄い♬
…馬鹿共が全員騙されているくらいだからな。」
初対面の時からこの爺さんは俺を殺す気満々。
ぶっちゃけ王国やら長老会議やらなんかより、コイツが一番怖い。
他氏族まで悪名轟く無頼の剣客、断固たる独善。
今この瞬間に首を刎ねられても不思議ではないのだ。
「ニヴルにとって有益な事がドワーフ種にとってそうであるとは限らないじゃろ?」
『ええ、仰る通りです。』
「キミがドワーフならヒロヒコ・トビタを生かしておくかね?」
『そりゃ母子諸共普通に殺すでしょ。
ハーフドワーフの存在がどう化学変化を起こすか想像もつかないんだから。』
「それな。」
そこから小一時間ほど下ネタトーク。
老いた遊び人の話ほど面白いものはない。
「個人的にはキミを気にいっとる。
その歳で頑張っとるわ。」
『ありがとうございます。』
「ただな。
種族防衛となると話は別だ。
ぶっちゃけワシは人間種を根絶やしにすべき敵性種族だと思っとるから。」
『俺もガルト親方と出逢ってなければ…
エヴァに対してさえ、そんな見方をしていたかも知れません。』
「なまじ面識なんぞ持つものではないなぁ。
若い頃はそれで切っ先が鈍った事はなかったんだがなぁ。」
『分かります。
他人なら殺そうが奪おうが何とも感じませんものね。』
「あーあ。
キミなんかに話し掛けるんじゃなかったなー。
せめてキミが退屈な奴だったら、こんな無駄な時間を使わないのに。」
『俺、つまんない奴ですよ。』
「そうか?
ワシは好きだよ。」
『…嬉しいです。』
ロキは剣を離れた場所に立てかけているが、その気になれば瞬時に掴めるし、色々と暗器を隠し持っている事も氏族内では有名である。
この老人が戦闘態勢に入れば、こちらもワープ戦法で対処するつもりなのだが、仮に完全に背後を取れたとしても一撃で殺し切る自信が無い。
「気骨のある所は特に好感が持てる。
なに? ワシに勝つ気なの?」
『スペック差と経験差があり過ぎますからね。
100%不可能でしょう。』
「嘘は良くないなぁ。」
『本音を言えば99%です。
まあ、1%の奇跡が起こって殺せたとしても、その時は俺も死んでるでしょうし。』
「いい読みをしとるなー。
もっとも、ワシだって自分を1%の側に置いとる訳だか。」
互いに沈黙。
眼前の敵との殺し合いを想定する贅沢を堪能する。
無理だな、何をどう足掻いても殺せるイメージが沸かない。
「…長老会議に繋いでやるよ。
ワシの同期もおるし、その方が話が早いだろう。」
『助かります。』
「キミの粛清許可も申請してみるけど…
多分通らんだろうなぁ。」
『ロキ先生の意見って結構通る印象がありますけど。』
「粛清にも優先順位があるからなぁ。
ワシを抜くのって至難の業だと思うぞ?」
『精進します。』
ガルドが当分荷馬車で過ごすので、配給所に行って食料や生活用品を受け取り補充。
好物の馬乳酒と胡椒パンは多めに確保しておいた。
『ワープ。』
巣鴨のカプセルホテルに行って解約手続き。
『ワープ。』
府中に行って、女共の安否確認。
「来てくれるのは嬉しいけど、すぐにワープで帰るのはやめてよねー。」
『お、俺のは古武道だよぉ…』
バタンッと階段下物置の扉を閉じる。
「「「ワープ! ワープ!
身重の妻を捨ててワープ!!」」」
『違うって!
古武道だって言ってるだろ!
…ワープ。』
荷馬車に戻ると寝転がっていたガルドと目が合うが特に何も言われない。
「…だって見慣れたし。」
『ですよねー。』
「長老会議から呼び出し掛かってるから行くぞ。」
『上意討ちだったらどうします?』
「半分は俺が殺すから残りの半分はオマエが殺せ。」
『親方は相変わらず滅茶苦茶だなぁ。』
「勝てば周りが勝手に整合してくれるさ。」
『そんな無法をして周りが許してくれるんですかね?』
「殺し続ければ周りが勝手に迎合してくれるさ。」
『…。』
「嫌か?」
『俺、ここの暮らしが気に入ったみたいです。』
「そっか。
多分、その想いは伝わってるよ。」
それから丸2日間、長老会議の特別委員会で悪企み。
意外にみんな乗ってくれる。
慎重論は多いのだが反対者は無し。
「ワシらも本音で話すね?
領地は喉から手が出るほど欲しい。
やっぱりねぇ、採鉱って1箇所に腰を据えてないと旨味がないから。
この大山脈の麓さえ押さえていれば、千年は好きに暮らせるからさ。
出来る物なら安定したいねぇ。」
『俺の企画案、可能な限りリスクを減らしたつもりです。
無論、反対でしたら忘れますのでご安心下さい。』
「これ以上人間種に嫌われたら交易が出来なくなるからな(笑)
安全策で行こう。」
『まず、ニヴルは一切表に出ない。
そこは賛成してくれますよね?』
「だな。
人間種同士の戦争に首を突っ込んでも、ワシらにメリットがない。
で?
工作には人間種だけを使うと?」
『はい、難民に王国からの独立宣言書を拡散させます。
我々は惣堀の内側で知らぬ存ぜぬ。』
「まぁ、どのみちトンネルの整備に注力したいしな。
あ、トビタ君。
盆地の話は聞いてる?」
『はい、探索班に協力するように指示を受けてます。』
「OK。
キミに期待しとるのは、人間種に売れる物産品のチョイスだ。
可能であれば販路も開拓しておいて欲しい。
無論、報酬は金貨で用意してある。
これは諸々の活躍に対する恩賞だ、取っておきなさい。」
『ありがとうございます!』
「それと、確かルビーを集めてるんだよな?
ワシの私物で申し訳ないが…
工作費の足しにして欲しい。」
『うわっ!
それかなり上物ですよ!』
「経費は存分に使ってくれ、という事だ。
絶対にバレない為にな。」
『はい!』
「こういう外交工作に関してはブラギ管理官に任せる事が多いのだが…
流石に身内同士じゃチェック機能は働かんからな…
以降はバルンガ組合長の指示を仰いでくれ。
…くれぐれも!」
『はい、全ては俺の独断であり氏族とは一切関係がありません。
また、俺の痕跡すら残しません!』
「Good。
そしてこれだけは覚えておいてくれよ。
好きで尻尾を切るトカゲはいないって事をな。」
その後、酒を注いで回りながら長老達個々の諮問に答える。
みな、考えてないようで色々考えているし無茶振りもして来る。
そりゃあそうだろう、リスクの最小化とリターンの最大化こそが彼らの仕事なのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、ステップ1。
まずは独立宣言書を起草しなくてはならない。
しかも王国風にね。
『ロキ先生、何かアイデアあります?』
「えー?
昔、合衆国さんが宣言したんだろ?
それと同じ文面で良くね?」
『なるほどー。』
確かノースタウンの街門に石碑があったような…
『ワープ。』
深夜に飛んで写メ。
府中の物置に戻り書き写す。
「飛呂彦様!
どうして貴方は物置で完結するのですか!!」
…遠藤と顔を合わせたくないからかな?
『ゴメンゴメン。
古武道するから扉閉めていい?』
「キーキーキー!!」
『ワープ。』
一旦荷馬車で王国時代に来ていた古着に着替えてから、かつて王都と呼ばれた帝国の【新都】に久々に飛ぶ。
どうも以前より寂れているように見える。
すっかり帝国風に変わった商業地区を歩くうちに朧気にその事情が見えて来た。
皇帝は新都の保持を断念したらしい。
あまりにも帝国本土から離れたこの立地。
周囲に住んでいるのは全て王国人。
どう考えても守り切るのは不可能である。
なので、王国との交渉材料とする方向に舵を切った。
【新都を返還してやる代わりに、相応の対価を払え。】
そういうシンプルな言い分。
さあ、どっちに転ぶかな。
王国人の潜入に備えているのだろう。
無数の帝国騎士が絶え間なくパトロールをしていた。
当然、この事態は想定済み。
影から影へ溶ける様に飛び続けて皆の死角を進む。
敢えて言おう。
官憲如きに捕まる俺ではない!
俺は古道具露店で数冊の古本を買ってから、荷馬車にワープで戻った。
例によってガルドと目が合う。
『何度もスミマセン。』
「謝るくらいなら自重しろよなー。」
気を遣ってくれてるのか、師は俺に背を向けて寝転ぶ。
さて、王国風の書式を真似て独立宣言書を偽造する。
一応、それっぽい物は出来たのでバルンガ組合長に提出する。
数か所の添削の後に合格点を貰った。
「複製する?」
『え?
そんなの出来るんですか?』
「基本的な人間種の魔道具は一通り所持しているよ。
要は一般紙にこの内容を転写したいんだよね?」
『あ、はい。』
流石にコンビニのコピー程早くは無かったが、数時間後には纏まった枚数が完成する。
念の為、原本を焼き払って頷き合う。
「さて本題。
これをこっそり流出させたいんだね?」
『はい、揉めるとしても王国難民の責任にしたいです。』
「絶対に見つからずに流布出来る?」
『…イケます!』
「手口は?」
『深夜に隠形しながら…
ワイバーンの時の様に小刻みで…』
「よし分かった。
その王国風の服は変装にはやや立派過ぎる。
こっちのボロ着に着替えるんだ。
うん。
フードを深く被りなさい。
護身用にダガーも腰に差そう。」
『こうっすか!?』
「…顔にペインティングしよう。
泥のような物で汚すんだ。
万が一、フードを剥がれた場合に備えてね。」
『はい!』
ペインティングに使えそうなものが組合に無かったので、俺の自力調達に任せられる。
絵具か何かが好ましいと言われたが、異世界で入手する自信が無かったので地球で調達する事にした。
どうしよう。
スーパーで買おうかな。
いや、この時間帯ならもう閉店してるな。
まあいい。
村上翁に相談しよう。
府中の様子も報告しなくちゃだしな。
幸い、村上翁は俺の為にクローゼットを空にしてくれている。
言葉に出す人ではないが、暗黙の了解として俺のワープポイントを作ってくれた訳だ。
本当にありがたい。
よし、せっかくの好意を無駄にはすまいぞ!
『ワープ!』
暗闇。
微かに村上翁が愛用するコロンの香り。
安堵した俺は思わず微笑む。
ワープこそが俺の生命線。
故に安全地帯を確保出来た時の歓びは何よりも大きいのだ。
『ふふっ。
ワープ成功。』
言いながらクローゼットから出ようとした瞬間だった。
「23時44分ッ!!
容疑者確保ォォオッッッ!!!!」
『え!?』
「飛田飛呂彦ッ!!
乙女の純情を踏み躙った罪で逮捕するゥッ!!!!」
しまった!!!
チャコちゃん警察だ!!!
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