はい(嘘)!
村上翁と巣鴨駅前のサウナ併設カプセルホテルに泊まる。
「オマエの年齢ではまだ早いと思うが…
こういう類の遊びもあるんだ。
意味もなくビジネスホテルに泊まってゴロゴロしたりな…」
『…楽しいとは思わないんですけど。
楽ではありますね。』
「お?
飛田は才能あるかもなw」
『勘弁して下さいよぉw』
チャコちゃん警察の魔の手から逃れた俺達は、こうしてカプセルホテルで豪遊している訳である。
深夜のレストルームで漫画を読みながらカップラーメンを啜るのは楽しい。
村上翁が能力バトル漫画を見せながら「オマエならコイツに勝てるか?」などと尋ねて来る。
ちなみに俺は火炎系の能力者には勝つ自信がない。
『村上さん。』
「んー?」
『ここいいっすね。
最上級の個室タイプで6000円。
午前11時30分から翌朝10時ってサービス最高じゃないですか?』
「あー、オマエワープ拠点にするつもりだろーw」
『えー、いやいや、そんなことしませんよーw』
女共に府中の家を乗っ取られてしまったからな。
新しいワープ拠点が必要なんだよ。
もう一軒安いセーフハウスを買おうかな…
八王子まで行けば500万以下の中古戸建もあるのだが…
まあ、これに関しては柴田税理士と相談してからだな。
俺の場合、カネの出所を説明出来ないので自分の名義にはしない方が良いかも知れない。
「連泊OKだってさ。」
『え?
そうなんすか?』
「ここの支配人とは面識長いんだよ。
でな?
この角っこの個室スペース。
連泊OKになったから。
こちらから申し出るまで清掃には入られない。
但し、最長で5日まで。」
『あ、是非!』
「あくまで繋ぎだぞ。
ちゃんと安全なネグラ見つけろよ。」
『はーい。』
試しにドバイに飛んでみる。
あ、いっけね靴忘れてた。
カプセルに戻る。
そして靴を履いてから再度ドバイ。
『うっひょ、温度差ぁ。』
やはり熱いな。
よせばいいのにバシールの店でマズいコーラもどきを注文。
「5$!!」
お母さん、インフレ激しすぎでしょ。
そのままバシールと2人でゴールドスークをプラプラ歩いて儲け話に花を咲かせる。
王国の粗金(向こうでは金貨半分の価値)を見せて高値で売る方法を教えて貰う。
バシールはインド系が嫌いらしく、俺が店に入ろうとする度に「あそこはボンベイ(インド人を指す呼称)だから駄目」とブロックして来る。
曰くボッタクリらしい。
確かに値付けは厳しい上に押しが異常に強いのだが、バシールの100倍くらいは良心的に買い取ってくれた。
スパイススークを2人で歩きながら王国では珈琲豆が専売品だった事を思い出し一袋購入。
『バシールさん。
アフガンの人は珈琲は飲まないんですか?』
「俺達はチャイだよ。
珈琲文化圏は隣のペルシアからだね。
水の豊富な土地はお茶、水の無い土地はチャイ。」
『へー。』
「よし今からドゥーグを飲ませてやる!
地元の名物だ!」
『いやあ、ははは。』
そんな遣り取りがあってイラン系のカフェでドゥーグなるヨーグルト飲料をご馳走になる。
薄めたヨーグルトに塩を振った様な味。
似た様な物をブラギ邸で振舞われた事があるが、俺の好きな味ではない。
ギャズなるヌガーのようなイラン菓子は気に入ったので土産に買う。
『ちわーっす。
コージさん、ドバイ来てるんすけど暇?』
「おお!!
暇だよ、ずっと引き籠ってゲームしてたもん!」
仮想通貨の悪質極まりない買い煽りで地元に帰れなくなった橋本コージに連絡を取る。
『じゃあ、遊びに行きまーす。
カップラーメン要ります?』
「え!?
マジ!?
持って来てくれたの!?
欲しい欲しい!!」
トイレの個室に入ってから、カプセルホテルの個室に飛び、買い溜めしたカップラーメンが入ったレジ袋を掴んで再度ドバイに。
所要時間2秒。
確かにチートだな。
そのままタクシーで橋本コージのタワマンに遊びに行く。
『どもー、コージさん。
お疲れさまでーす。
これお土産。』
「うおっ!
どん兵衛!!
飛田君、ありがとーー!!!
心の友よー!!」
『いえいえ。
どういたしまして、』
2人で談笑しながらフロアに戻ろうとするとサングラスを掛けた大男達とすれ違う。
和彫…
「飛田君、見ちゃ駄目。
そのままエレベーター乗るよ。」
『あ、はい。』
そして橋本コージの部屋に到着。
「さっきの連中、最近引っ越して来たんだ。」
『ヤクザですか?』
「多分そうだと思う。
チラっとアイツら同士の会話を聞いただけだけど…
日本で指名手配されてるっぽい。」
『マジっすか?
怖いですねぇ。』
「ああ、本当に怖いよ。
どうもオレオレ詐欺の主犯格みたいでさ。
三ツ星レストランで派手な女を引き連れて食事しているの見た事あるよ。」
『なんで指名手配犯がそんなに大っぴらに?』
「ドバイはさあ、ビザが取りやすいんだよ。
カネさえあれば楽しく暮らせる街だから、世界各国から経済犯罪者が逃げ込んで来る。
この国って粗暴犯や麻薬犯罪者は逮捕して本国に引き渡すんだけど、詐欺や資金洗浄みたいに金銭の絡んだ犯罪者には甘いよ。
わざと捜査しないから。
だってそうでしょ?
住ませていたら勝手にカネを落としてくれるもん。」
『悪人が幅を効かすのって勘弁して欲しいです。』
「ホントホント。
警察はちゃんと仕事して欲しいよね。」
ドバイのタワマンだけあって橋本コージの部屋は滅茶苦茶豪華なのだが、本人は幸せそうに見えない。
先月、保有していた草コインが爆上がりした事により資産が更に増えたらしいのだが、異郷の生活に完全に参っているようだった。
「僕さぁ。
アラブ人とかインド人が苦手なんだよ。」
『え?
何で?』
「こういう言い方したら、差別とか批判されそうなんだけど…
彼らって目がギョロッとしてるじゃない。
それが生理的に駄目なんだよ。
睨まれてるみたいで気持ち悪い。」
『ドバイなんてアラビア人やインド人の巣窟じゃないですか。』
「それな。
だから飯に行くだけで徒労感凄い。」
橋本は心底疲れたような表情でソファに寝転んでしまう。
ホームシックは限界のようだ。
確かにな、いくらカネがあっても、ここまで孤立してたら辛いかもな。
『コージさん。
1つ朗報。』
「え?
何何?」
『アフガニスタン人も東洋人の細い目がキモいらしいです。
表情が読めなくて不気味なんですって。』
「そうかなー。
中国系や韓国系もチラホラ居るけど、結構表情豊かだと思うんだけど。
ちな、自分の表情筋が死んでる事は自覚済。」
『東洋人は笑ってる時も怒ってる時も目だけが変わらないから、ブラフなのかマジなのか分からないんですって。』
「はえー。
流石に怒った時くらいは変わるでしょ。」
橋本は姿見の前でアレコレと角度を変えている。
「飛田クンっ!
大変だ!
僕、喜怒哀楽に目が連動してない!」
『ダーイジョーブ、大丈夫。
東洋人は全員そうらしいです。』
「そんなモンかなー?
今まで全然意識してなかった。」
『少しは気が楽になりました?
アラブ人やインド人も案外コージさんと話す時は緊張してるかもですよ。
お互い様って事でいいじゃないですか。』
「うーん、そうだね。
視野を変えてみるよ。
それにしても君は大人の考え方するよね。
本当の意味での異文化理解って感じ。」
そりゃあね。
ドワーフの群れに人間種が一匹だからね。
色々、考える事は多いよ。
『コージさん。』
「んー?」
『カネさえあれば帰国は可能だと思いますよ。
名古屋は諦めるべきだと思いますけど。』
「名古屋は駄目かー。」
『爆サイ見たでしょ。
実質的に処刑宣言されてるじゃないっすか。』
「まぁねえ。
僕の所為でみんな大損しちゃったからね。
自殺しちゃった人も多いし…
投資は自己責任とは言え、見つかったら確実に殺されるだろえねぇ。」
『しかもコージさんだけが現在進行系で富を倍増させている訳じゃないですか?』
「不思議とねぇ、僕が人に勧めたコインは暴落するんだよ。
買った事を言いそびれたコインは何故か暴騰する。」
『酷え(笑)』
「うん、なんかゴメン(笑)」
『カネあるんだから。苗字変えたら?』
「え?
戸籍を買えって話?」
『いや、結婚して相手の籍に入るとか…』
「相手が居ないよ。」
『どうっすかね。
コージさんなら相手に困らないんじゃないですか?』
「うーん。
女に縁の無い人生だったからねえ。
誰か紹介してよ。」
『え?
俺に聞きます?
陰キャですよ。』
「孕ませまくってるじゃん。」
『いやいや、相手は風俗嬢ですよ?
普通の女の子とは…』
エヴァの顔が浮かぶ。
うん、ちゃんとカタギともヤッてるな。
『取引先の娘さんとか居ないんすか?』
「いやいや、僕の取引先って…
仮想通貨で損させた人ばっかりだから。
その上、娘をくれとか言ったら殴り殺されちゃうよ。」
『あ、そっか。』
「他の取引先って君くらいしかいないし。」
『俺とは取引してないじゃないっすかw』
「どん兵衛買ってくれたじゃんw」
『そんなの取引とは言わねーww』
「じゃあ、君から何か買うよ。
仮想通貨払いになっちゃうけど。」
『えー、参ったなぁ。
俺、コージさんに売れるモンとかあるかなあ。』
「普段は金?」
『そっすね。
金・銀・宝石・香辛料…
そこらです。』
「うっわー、ビジネス的優等生(笑)」
『自然にこうなっちゃたんですよ。』
「商才あるわー。」
『うーん、考えてみたんですけど。
俺からコージさんに提供出来るものって、日本で不動産を探したり…
うーん、何だろ。
風俗嬢ではない女の人を紹介出来ないか探すくらいですかね。』
「風俗嬢でいいよ。」
『そうなんすか?』
「どうせ日本の女なんて全員売春婦でしょ。」
『…否定は難しいかもです。
東横で中学生の立ちんぼを見てきたばかりですから。』
「マジ?
中学生?
世も末だねー。」
橋本コージから不動産探しを頼まれたので、メモにサラサラと条件を記して別れる。
俺も家を探しているので、ついでである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ワープ!』
一旦、カプセルホテルに戻ってドバイ土産を村上翁に渡す。
「何コレ?」
『イランのスイーツです。
ギャズって名前。』
「オマエなー。
こういうのこそ女に持って行ってやれよ。」
『今度かっぱえびせんでもくれてやりますよ。』
「ひでえ男だ。」
『じゃ、俺は個室に籠りますんで。』
「で?
次はどこに行くの?」
『いや、本妻の家に顔を出しておかなきゃ。』
「土産は?」
『コーヒーっすね。
皆に振舞おうかと。』
「…本妻優遇も悪くないんだけどさ。
府中も、な。」
『じゃあ、先に府中に顔を出します。』
「すまんな。
口煩くて。」
『いえ、俺が行き届いてないんです。』
「このメモ持って行け。」
『何すか?』
「この前のクイズ大会の総括だよ。
俺が勝手にオマエラの人生を決めておいた。」
『あざっす。
じゃあ、俺からもメモ渡しときます。』
「何コレ?」
『ドバイの仮想通貨成金が帰国したがってて。』
「ふむふむ。
金持ちが目立たず住める場所…
かつ治安が良い。
了解、当たっておくわ。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
府中自宅。
階段下の物置に飛ぶ。
『お邪魔しまーす。』
「きゃっ、飛呂彦様!?」
『様子を見に来た。』
「…常に意表を突いた生き方、素敵です♥」
『日常生活では意表を突いてるつもりは無いんだがなぁ。』
遠藤の感性は相変わらず分からない。
曰く、俺は選挙向きの性格をしているらしい。
(面の皮が厚く人の痛みに無頓着とのこと。)
3人に暮らし向きを尋ねると、沼袋が苦々しい表情で「風俗店の待機所みたい。」と愚痴る。
そりゃあね、俺が女でも風俗嬢なんぞとの同居は我慢出来ないだろう。
『よく我慢出来るなー。』
「他人事みたいに言わないで。
須藤さんを共通の仮想敵にして何とか団結してるんだから!」
『なるほど。』
チャコちゃんもたまには役に立つな。
とりあえず、3人を集めて村上翁の結論を発表する。
『じゃあ、村上専務の出した結論を発表しまーす。』
「「「Booboo!!」」」
3人は散々世話になってる癖に村上翁を信用していない。
「どうせ親戚の須藤さんを贔屓するんでしょ。」
らぁら(本名)が吐き捨てるように言った。
村上翁と言うよりも、幹康さんの奥さんがチャコちゃんを実の娘のように可愛がってるからな。
俺への圧がとんでもなく強いのだ。
『えーっと、村上さんはどんな結論をだしたのかな?
どれどれ。』
「「「ゴクリ。」」」
『府中の戸建て物件に関しては沼袋・遠藤・らぁら(本名)に居住権を与える。』
「「「…。」」」
『マジか、あの人いきなり不動産から攻めてきた。』
でもまあ仕方ないか。
師匠が決めたのなら丁稚の俺は明け渡すだけの話。
そして3人は猜疑に満ちた目で俺を凝視している。
『続けるよー。
今後、須藤千夜が飛田飛呂彦の子を身籠った場合、3人の同意があれば居住を許される。』
「「「私あの子嫌ーい。」」」
分かる。
『また、住居が手狭な場合は床面積2倍以上の23区内物件に転居する権利を付与する。
費用は飛田飛呂彦が負担する。』
マジかー。
23区内でこの2倍って…
うっわー、マジかー。
『但し、妊娠済み須藤千夜を含めた4人が同居を拒否した場合、飛田が用意するのは任意の賃貸物件でも構わないものとする。
また、その場合の物件選定は都外を可とする。』
3人は無言のまま熟考態勢に入った。
恐らくはその脳内で損得勘定が行われているのだろう。
『株式会社ドワープにはプレシャスショップ新宿の営業権を譲渡する。
その収益から3人に対しての役員報酬を支払うことを許可する。』
女共は露骨に不機嫌になっている。
そりゃあそうだろう、大して仲の良くない相手とセットで扱われているのだから。
反面、旨味もある。
すべての妊婦にとっての懸念事項である《旦那が家庭にカネを入れない問題》。
それが事業+役員報酬という形で道筋が付いてしまった。
なるほど、俺の移動能力と新宿の立地ならマネタイズの幅は広がるな。
…あの店、伊東まゅまに狙われてるから嫌なんだけどな。
『飛田飛呂彦は妊娠者の希望する相手への挨拶伺いの義務を負う。
SNS上でも義務は変わらない。
また、隠し芸を一度だけ披露すること。』
…あのオッサン。
頭沸いてるんじゃねーか。
「えー、飛呂彦クンの隠し芸、ちょっと見たいかも♪」
他の2人も沼袋に同調する。
…やれやれ。
『じゃあ、俺の秘密を見せておくわ。』
「♪」
秘密という言葉を使った途端、女共が目を輝かせる。
女って口が軽い割に秘密って言葉が好きだよね。
『俺さぁ、実は古武道の達人なんだ。
最強とまでは言わないけど、最強格に食いつける程度の技量はある。』
これは嘘じゃない。
現にレフ・レオナールの猛攻を凌いで生き残ってる訳だからな。
「「「…。」」」
女共の目線は生温かい。
そりゃあねえ、男と肌を合わせる商売だからね。
俺のスペックの低さなんて初対面から見抜いてるよね。
『ワーッ…
古武道ッ!』
うっかり口を滑らせそうになるが、気を取り直して合気道っぽい構えをとってから、左右に反復横ワープ。
あー、遠藤が凄いジト目で見てる…
『以上!
日本古武道の奥義、瞬歩でした。』
「「「え、それ… 単なるワープ…」」」
『ワープじゃない!
古武道!!
やっぱり日本が一番!!
ホルホルホル!!』
「「「…。」」」
『…俺が今後ワープっぽい挙動をしても、それは古武道!!
産まれて来る子供の為にも秘匿に協力すること!』
3人が無言でアレコレ考えている。
そりゃあメリットとデメリットを急いで算出する必要があるからね。
村上翁は、【能力の断片を見せておいた方が得】と判断した。
理由は幾つか考えられるが、共犯化やら力の誇示やらの諸々のメリットがデメリットを上回ると考えたのだろう。
俺の雑な性格なら、さっき遠藤に目撃されたようにワープもバレるだろうしな。
それならば先手を打って半開示した方が良いのかも知れない。
「うーん。
それで妥協しろってこと?」
らぁら(本名)が腕を組んだまま呟く。
『俺に出来る事なんて限られてるからな。』
「女は旦那様と2人きりで居たいだけなんだけどな。」
『分かった。
これから先もそう思って貰えるような男で居るよ。』
「…ズルい答え。」
女共は文句を言いながらも、俺に色々現状を報告してくれた。
公共料金だの床の凹みだのそういう話。
今回、村上翁が彼女達に有利な指示を出した事により少しだけ従順な雰囲気となった。
俺を横目で見ながら村上翁とチャットで打ち合わせを始めた。
2時間ほどの遣り取りがあって、別々の日にウェディングフォトを撮影する約束をさせられる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ワープ。』
府中の階段下物置が俺のワープ用個室となったので、落ち着いて荷馬車に飛んだ。
荷馬車は惣堀の外の放牧地に戻っていた。
多くの者が惣堀の外で狩猟や伐採に勤しんでいるという事は、多少は状況が落ち着いたのだろうか。
「おお、トビタ君!」
『デサンタさん、お疲れ様です。
えっと情勢変わりましたか?』
山羊に囲まれながらデサンタ元曹長が軽やかに歩み寄って来る。
「いや、そこまで劇的には動いてないんだけど。
明らかに膠着し始めた。
合衆国は鉢伏山をガチガチに固めて外に出る気配はないし、王国はかなり後方で塹壕を掘りだしている。
ほら、見える?
煙が上がっている辺り。」
『あー、かなり前線を下げましたね。』
「うん、天空騎士団が全滅した事で士気が下がったんだろう。
と言うより、兵糧が本当の本当に尽きたっぽい。」
『兵糧なしで戦争とか出来るんですか?』
「あ、それいい質問。
上層部の老害共に言ってやって。」
2人でしばし笑う。
「まず良いニュースから報告するね。」
『じゃあ、悪いニュースもあるんですね。』
「『あっはっは。』」
デサンタの目は笑ってない。
「王国が下がった事で一時的に合衆国との通商が可能になった。」
『え?
行けるんすか?』
「当然、平野は大迂回するけど…
モンスターにさえ気を付ければ鉢伏山の奥にある軍事基地まで半日で到達出来る。」
『おお…』
「道が悪いから大軍での軍事行動は不可能。
それに加えて僕らはニヴルの商旗を掲げているから合衆国から危害を加えられる心配はない。」
『一応警戒して下さいね。』
「スパイに間違われかけたけど、同行してくれたギョームさんが説明してくれたから割符も貰えた。
これからは普通に交易所に行ける。
で、約束通りの価格で買い取ってくれたよ。
1袋で金貨1枚。
本当に上納金を納めなくていいの?」
『まあまあ。
デサンタさん達も物入りでしょうから。』
「謝らなくちゃならないんだけど。
4名が金貨を得た途端に合衆国に逃亡した。」
『いえいえ、謝る事はないですよ。
金貨の贈呈は事前に約束した事ですし、どこに移動しようとも皆様の正当な権利です。』
俺の回答を聞いたデサンタが注意深く頷く。
今は選別段階に過ぎないという、俺の真意を悟ってくれたらしい。
挨拶も無しに逐電するような連中は早めに振い落しておきたいのだ。
『では、次は白砂糖と黒胡椒を1袋ずつ贈呈しますので、お手数ですが合衆国軍に販売して来て下さい。
無論、他の商材を別途販売することも可です。』
「ありがとう。
ギョームさんやバルンガ組合長とも、ある程度の話はしてある。
余った土魔石を売って来るように頼まれたんだ。」
『…売れそうですか?』
「多分売れる。
ドワーフが選別した魔石ってランクが高いからね。
ほら、彼らって屑魔石は鋳潰しちゃうでしょ。」
『ええ、最初は勿体ないと思たんですけど。』
「そこら辺の信用の蓄積かな。
ドワーフ印の魔石はみんな欲しがるよ。
誰だって屑魔石を掴まされたくないからね。」
『はい、個人レベルの行商しか出来ない以上、高品質商品のみを扱うべきだと思います。』
「物資の調達も指示された。
穀物と風魔石…」
『ええ、長老会議でも常にその2つが議題に上がってます。』
「ただ、これはあんまり期待しないで欲しい。
王国程じゃないけど、合衆国も食糧難が始まってるからね。
穀物は…
売ってくれたとしても、かなりの高値になっちゃうと思うよ。」
そんな会話を交わしながらも、土産の珈琲豆をアラビックコーヒーにして脱柵チームに振舞う。
王国では専売品なので兵卒の彼らにとってはかなりの贅沢品である。
それも搾りたての山羊ミルクや地球産白砂糖と混ぜて飲むのだから最高だろう。
皆が喜んで飲み干していた。
無論、ただ考えも無しに飲ませた訳ではない。
禁制破りをさせ続ける事で王国軍に戻りにくい心理に追い込んでいるのだ。
これが俺の戦争。
「じゃあ、悪い報告をするね。」
『えー、この団欒ムードでですか?』
デサンタは諦めたように笑う。
その笑顔を見て俺も覚悟。
「王国から大量の難民が流出している。」
『え!?』
「そりゃあそうだよ。
あれだけ無茶な徴発を続けたら、住民はみんな逃げ出しちゃうよ。
特に国境際の王国民は根こそぎ奪われてたから。」
『…まあ、ドワーフからマッシュルームを取り立てるくらいですからね。
相当困窮していたのでしょうね。』
「これで王国軍の塹壕は2つの意味を持つようになった。
一つは合衆国軍からの防衛。」
『もう一つは民間人の流出阻止?』
「御名答。
農民に逃散されたら来年の年貢が取れなくなるからね。
軍が長めに横陣を敷いているのはその対策さ。」
確かに、言われてみれば王国陣の向こうに黒っぽい塊のようなものが薄っすらと…
「少なく見積もっても5万人は居るよ。」
『え!?
5万っすか!?』
「驚くのはまだまだ早い。
最終的に30万人は突破すると思うよ。」
『…それだけ徴発が酷かったと。』
「うん、あれは酷かったねぇ。
まあ、徴発隊の先頭に居た僕が言えた筋合いではないけどさ。」
デサンタの見立てでは、そろそろ痺れを切らした軍が住民に発砲するとのこと。
下る命令は威嚇射撃なのだが、前線の兵隊は報復が怖いので初弾からヘッドショットを狙うらしい。
経験者が言うのならそうなのだろう。
「住民が根負けして領地に戻れば膠着が続く。」
『根負けしなければ?』
「さあ。
合衆国の独立戦争もそうやって始まったみたいだけどね。」
デサンタは珈琲を飲み終わると、再び子山羊をあやし始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
縄橋を渡って惣堀の内側へ。
移動用のラバを借りてブラギ邸を尋ねる。
『お義父さん。
留守が長くなり申し訳ありませんでした。』
「いや。
仕事だったのだろう?」
『はい(嘘)!』
珈琲豆を渡すとジト目で睨まれる。
なるほど。
確かに手土産は後ろめたさの現れだな。
「珈琲は…
皆に振舞おう。」
ブラギが合図すると内弟子の皆さんがテキパキと振舞の準備をする。
その間、奥様に挨拶をしてからエヴァを見舞う。
「ありがとう。
でも、生まれるのはまだまだ先よ。」
『やっぱり妊娠って大変?』
「ふふふ、大丈夫よ。
ウチは旦那様が気にかけてくれているから。」
『あ、はい。』
「何か雑用があるなら荷馬車に戻ろうか?」
『いやいや!
ゆっくりしててよ。』
「母さんがあれこれ五月蠅くてね。
お互い険悪なのよ。」
溜息を吐きながら扉を一瞥する。
「…産み終わったら子育て。
落ち着いた頃、私は幾つなのかしら。」
『なんかゴメン。』
「母さんが昔言っていた愚痴よ。
ようやく気持ちが分かったわ。」
『その頃のブラギさんは何をしてたの?』
「仕事。」
『…だろうね。』
「ねえ、ヒロヒコ。」
『はい?』
「その頃キミは何をしていたのかな?」
『仕事です(嘘)!』
エヴァは呆れたようにクスクス笑った。
「じゃあ頼りになる旦那様に一つだけお願いしようかな。」
『うん、何でも言って(後ろめたさから)!』
「穀物備蓄1年分をリカバリーして欲しいの。
後、盆地視察班が意見を聞きたがっていたから合流して。
余談だけど魔界トンネルの出口を巡ってオーク本家と揉めているみたいよ。
それと風魔石を大至急調達して頂戴。」
『一つって言ったじゃない。』
「くすくす。」
俺、嘘ばっかり吐いているからな。
こういう時に受け入れるしかないんだよなあ。
『じゃあ、ちょっとお義父さんと打ち合わせして来る。』
「あ、ゴメンなさい。
優先事項が発生したわ。」
『え!?』
「王国からの難民を何とかして頂戴。」
『あ、いや。
難民は王国軍が押さえてるって…』
「…聞こえない?
大地の響きが。」
慌てて監視台に登った俺とブラギが見たものは大地を覆い尽くす難民の波だった。
目測15万。
この話が面白いと思った方は★★★★★を押していただけると幸いです。
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