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俺にだって黙秘権があるからな。

エヴァを実家に預けてしまうと一気に緊張の糸が切れた。

そうか、俺は今まで緊張感に晒されていたのだ。

正妻とは言え赤の他人。

しかも他種族だ。

そんな女と四六時中顔を合わせ続けているという状況が、少しずつ俺を疲弊させていたのだろう。

別にエヴァや沼袋やらぁら(本名)やチャコちゃんを嫌っている訳ではない。

彼女達の存在や目線に拘束され、本来の持ち味を殺されていた事が潜在的に不満だったのだ。



『ワープ。』



何気なくイオンの便所に飛んだ。

ウンコを済ませたばかりなので便座に腰掛けるだけ。

(いつの間にかドワーフ式の便所も抵抗なく使えるようになっているのだ。)



『…俺って何をしたいんだったか?』



ふと自問自答。

チート仲間である魔王と俺との永遠の課題。



  「この能力に落とし所はあるんですかね?」



魔王はそう言った。

無心に職務に邁進しているように見えた彼も悩んでいたのだ。

一方俺はどうなのだろう。

金持ちになりたかったのだろうか?



『今、幾らくらいあるかな?』



瀬戸内の孤島にワープ。

目視で財産を確認。

ドル札の束、各種宝石、王国粗金。

日本円の比率がやや少ない点に気になるが、俺の世代なら断トツの金持ちだろう。

大きく頷いてから便所に戻る。



『俺1人なら余裕でFIREしてるんだよなぁ。』



だが、今は余裕がない。

エヴァ・沼袋・遠藤・らぁら(本名)の4人から俺の子供が生まれる事が確定しているからである。

無論、ワープが喪失でもしない限り金銭的には何とかなる。

全世界でインフレが進行している現状は大量の貴金属を隠し持っている俺にとっては大きく有利。

大学進学までの費用なら日本円で用意出来るだろう。


問題は手間。

4人がバラバラに子育てを開始した場合、俺はその間を飛び回らねばならない。

カネだけ渡せば済む問題ではなく、例えば子供が病気やケガをすれば病院に連れて行かなくてはならないし、スポーツや習い事を始めたいと言い出すかも知れない。

女親では御し得ない反抗期もあり得る。

参観日や運動会にもなるべく顔を出してやるべきだろう。

それらは親父が苦しい生活の中で俺にしてくれたことなので、俺が放棄する事は許されない。

加えて女の実家との親戚付合いを強いられる場面も増えるだろう。

熊本や鳥取に介護に行かなければならなくなる可能性だってある。



『気晴らしに女が買えないのは辛いな。』



口に出してから思わず笑ってしまう。

幸か不幸か、俺の能力ワープには副産物として絶対着床機能が備わっている。

これ以上妊婦が増えると俺ではキャパオーバーだった。



『ワープ。』



人混みに紛れたい気分だったので、新宿に飛ぶ。

立ちんぼとキャッチの区別が付かない。

こちらが障害者だからなのか、狡そうな表情の立ちんぼが積極的に声を掛けて来る。

流石にコイツらにだけは産んで欲しくないので、強く拒絶。

産まれて来た子供が可哀そうだからな。

今日は村上翁のショップには寄らない。

チャコちゃんが監視している可能性が高いからな。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



ふらふらと新宿を歩いているうちにどんどん治安の悪いエリアに入ってしまう。

数分歩いているうちに、ここが悪名高い【東横】であると気づいた。

俺と似た様な年頃の連中が地べたに座っている。

足を引き摺りながらの散歩に疲れていたが、地面に座る気にはなれない。



「ねぇねぇ、ぉにぃさん❤」



自販機でコーラを買って飲んでいると立ちんぼに話し掛けられた。



『あ、ゴメン。

俺は妻帯者だから、他を当たってよ。』



「なんだょ!

まゅま、まだ何にも言ってなぃでしょ!!」



『痛たた。

蹴らないでよ、一応俺障碍者なんだからさ。』



「ぇへへ、ばぁーか!!

まゅま弱ぃ奴にゎ最強なんだからね!!

ぉらぁ! ぉらぁ!」



ニュースより全然酷い場所である。

よく村上翁はこんなスラムの近所で店を開く気になったものである。

この立ちんぼは伊東という名の中学生で、埼玉かどこかから湧いて来たらしい。

本人は人気立ちんぼを自称しているが、俺に必死に粘着しているあたり、本当は買い手がついてないのだろう。

何となく異臭がするので、恐らくは変な病気も保有しているに違いない。



「傷つぃた!!

性病扱ぃされて、まゅま傷つぃた!!

謝罪と補償ぉ要求するょ!!」



『えー、カネなんて持ってないよ。』



「ぅそつき!!

ぉ兄さんからカネの臭ぃがする!!

まゅま、そぅぃう勘は鋭ぃんだからね!!」



強引に俺のポケットを探ろうとする伊東。

世も末だなー、と思いながらブロック。

乞食対策としてジュースの一本でも買ってやる事にする。



『ほら、好きなジュース買っていいぞ。』



「ばかぁー!!!

ジュースぢゃお腹膨れなぃでしょ!!

もぅ、ぁったま来た!!

まゅま闇バイトに応募する!!」



『え?

おいおいおい、何で闇バイト!?』



「お兄さんが買ってくれなぃのが悪ぃんだよ!!

折角真面目に立ちんぼしてたのに、お兄ぃさんの所為で強盗にクラスチェンジだょ!!」



『おいおいおいおい。』



「ぁ、そぅだ!!

男手をスカウトするょぅに言われてたんだ。

ぉ兄ぃさんも一緒に強盗しょぅよ!!

ぉカネ溜めこんでそぅなショップが表通りにぁるんだょ!!」



『マジかー。』



「マジマジ!!

大抵ジジーが1人で店番してて、金とか買い取ってる店!!

窓に象の模型が飾ってぁるんだょ!!」



象の模型。

俺がプレゼントしたガネーシャの事だろうな。



『…あ、うん。

そこは俺の師匠の店だからヤメロな。

っていうか、強盗なんて人間として最低の行為だぞ。』



「ゃめなーぃwww

まゅま、ゃめろって言われるとゃる人~ww」



文科省は何してんだろうな。

聞けば伊東に声を掛けたのは、東横によく出現する半グレで、その親分が今回のボスらしい。



『じゃあ、その人のこと教えてよ。』



「ゃだーww

ケンジ君、喧嘩が強ぃ事ですっごく有名なんだょww

まゅま、弱ぃ奴ゎ徹底的にイジメるけど、強ぃ人にゎ媚びまくるから❤」



なるほど、主犯格の名前はケンジ、と。



『じゃあ、千円やるよ。』



「ぇ!?

まぢ!?

ぉ兄さん、すっごくぃぃ人!!!」



千円札を受け取った途端に伊東はペラペラと内情を話し始める。

どうやら、この東横では闇バイトのスカウトも行われているらしい。

掛け子・出し子・強盗要員。

女であればぼったくりバーの店員などにもスカウトされる。

いずれも手口はシンプルで甘言を以て近づき、相手の住所を抑えた上で闇バイトを強要するというもの。

ヤクザや半グレに脅されては辞めたくても辞められないそうだ。



『で?

そのまとめ役がケンジ君なんだな?』



「そぅ!!

鞄をコインロッカーに入れるだけで3万円くれるんだょ!!」



もう1枚千円札をくれてやったので伊東は機嫌がいい。

質問されてない事までペラペラと話してくれる。

特に警官の中でも真面目な者と不真面目な者の名前を教えてくれたのは助かる。



「でねー!

その水岡ってジジーが口ぅるさくてムカつくの!!」



『なるほど。

水岡刑事は良識派、と。』



そんな具合に伊東から東横情勢を聞く。

これだけ事情に詳しくて周囲に誰も居ないのだから、余程の嫌われ者なのだろう。

最後に五千円をくれてやると、喜悦しながら向かいのKFCケンタッキー・フライドチキンに去って行った。



『もしもーし。

村上さん、今いいっすか?』



  「おう、飛田か。

  オマエの所為で酷い目に遭ってるぞ。

  俺は保母さんじゃねーっつーの。」



『もう一個酷いトラブルがありそうなんで、急ぎ報告します。』



  「マジ?

  もう勘弁して欲しいんだけどな。」



『闇バイトが村上さんの店を狙ってるっぽいです。』



  「…あー、やっぱり。

  シャッターに貼られてたシールはそれか。」



『今、店っスか?』



  「おう、店内だよ。

  チャコちゃんに粘着されて困ってる。」



『取り敢えず貴重品持って退避して下さい。』



  「おーう、心配してくれてありがとよ。」



強盗が襲って来たら、チャコちゃんは嬉々として風魔法を使って過剰防衛するだろう。

そしてこれまで以上に増長する。

…俺の平穏の為にもそれだけは阻止せねば。



『ワープ!』



瀬戸内に飛んで自決筒を回収。

ゴブリンを殺した実績もある信用出来る武器だ。



『ワープ。』



再度東横に帰還。

ケンジ君とやらのハイエースを確認。

何気なく正面に回り車内を【目視】した。

全身に刺青をした格闘家体型がケンジ君なのだろう。

スマホに向かって何やら怒鳴っていた。



『…。』



遠目からハイエースをずっと観察。

突然、動く。

人通りの多い東横前から新大久保寄りに…

そして前から駐車してフロントガラスを死角に駐車。



『ワープ。』



ケンジ君が運転席に座っているのは確認済みなので、その真後ろに着地。

車が突然揺れて驚いたのか、ケンジ君はスマホから目を離し素早く左右を振り返る。

かなり敏捷だったので奇襲側の俺が驚く。



「ちょッ!!!!

何だテメッ!!」



『強盗。』



「応募者かッ!?」



『うーん、どちらかと言えば自営かな?』



ケンジ君がこちらに向き直ろうとしたので筒剣発射。



「痛あああああッ!!」



それが最期の台詞だった。

さぞかし痛いだろう。

こんな太い鉄針を首に刺されたらな…

多分、首の動脈か何かを突いてしまったのだろう。

凄い勢いで前方に血が飛び散りフロントガラスが真っ赤に染まる。

そのまま金品だけ奪って去るつもりだったのだが、ふとケンジ君の手元が気になり車内に留まる。



【道具屋】



ディスプレイにそう表示されていたからだ。

思わず覗き込む。



『道具屋って地球にもあるのか?』



異世界には道具屋が存在する。

ポーションや日用雑貨を売っているのだ。

王都にもノースタウンにもニヴルにもあり、俺はそこでちょっとした食器や肌着を買い揃えていた。

(ニヴル族の道具屋は配給所に近い。)



『テレグラムのメッセージか?』



どうやらケンジ君はテレグラムで道具屋なる人物(?)と連絡を取り合っている最中だったらしい。

軽くスクロールしていくと偽名口座やらトバシ携帯などの話題。



『ああ、道具ってそういうニュアンスの。』



感心していると男が1人運転席を覗き込んで来たので、ワープクラッシュで後頭部を砕いて殺した。

多分顔は見られてないと思うが、まあ念には念をだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『おまわりさん。

今、お時間いいっすか?』



「ちょ!

オマっ!

どこから入った!!」



『あ、スミマセン。

情報提供者です。

水岡警部に報告したい事があって。』



「アポはッ!?」



『今度から取ります。』



消灯後の部屋から話し掛けたのだが、長身の刑事は俺の声の方向に飛び込んで机を蹴散らす。

刑事課怖ぇ…



  「印西ッ!

  どうした!?」



「水岡さん!!

不審者ですッ!!」



『不審な事は謝罪します。

情報提供なんですよ。

えっと、水岡警部ですね。』



「貴様ッ!!」



  「印西、落ち着け。」



「…ですが。」



  「で?

  そんな仮面を被って何を教えてくれるって?」



『えっと、半グレの人のスマホを拾ったので届けに来ました。』



  「ふーん。

  普通、拾得物は交番に届くモンだがな。」



『ケーサツって信用出来ないっス。』



  「あっそ。

  俺も一応ケーサツなんだけどな。」



『東横の立ちんぼが言うんですよ。

水岡さんが一番口うるさいって。』



  「…かもな。」



『このスマホ。

歌舞伎町の半グレの物です。

練馬ナンバーの真っ黒ハイエース。』



  「岩永か?」



『苗字までは知らないです。

ケンジ君って呼ばれてました。

刺青入ったゴツイ人。』



  「岩永だなぁ。」



『テレグラムで偽名口座やトバシ携帯のチャットをしてます。

道具屋がどうのこうのって。』



「道具屋!?

岩永がそう言ってたのか!?」



印西の反応を見るにアタリだな。



『じゃ、このスマホ提出しますんで俺はこれで。』



  「おい。」



『何すか?』



  「オマエの脚。

  かなり独特な引き摺り方だ。

  仮面を被って身元を隠しているつもりだろうが…

  今の科捜研の技術なら一発だから。」



『…ありがとうございます。』



投げたスマホを印西がキャッチした事を確認してからワープで去る。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『やれやれ。

俺は何がしたいのかね…』



瀬戸内の離島でケンジ君とおまけの死体から漁った財布を確認。

ケンジ君は流石に半グレだけあって分厚い財布に187万円を詰め込んでいた。

おまけは9万7千円だけ。

免許証の住所を検索すると歌舞伎町二丁目のタワマンに住んでいるらしい。

俺には近所で強盗を試む神経が分からない。

カード類を確認してから念入りに処分。

現金は念の為に香港で洗浄する事に決める。



『ワープ。』



勝手知ったる村上翁の書斎に飛ぶ。

到着した瞬間、真正面に村上翁が居て目が合い、こっぴどく怒られる。



「ワープは絶対に見られるなって言っただろう!!」



『す、すみません。

村上さんの無事な顔が見たかったんです。』



「…いいな?

ワープ能力は絶対に隠せよ?

濫用はするな。」



『…はい。

反省します。』



「スマン、言い過ぎた。

まあ、オマエも俺達を案じて飛んで来てくれたんだろうしな。」



『ええ、最近物騒なので。』



「…確かに物騒だよなあ。」



村上翁が膝に乗せていたノートPCを反転させて俺に見せる。



【新宿歌舞伎町の有料駐車場で男性2名が殺害される】



ああ、水岡の言った通りだな。

被害者は【野中悠馬】と【岩永謙治】



「飛田。

程ほどにしとけよ。」



『俺じゃないっすよ。』



「アホ、オマエから血の臭いがしとるわ。」



『え?

マジっすか?』



「っていうか服に血飛沫が付着しとる。」



『っかしいなあ。

ちゃんと避けたつもりなんすけど。』



「…まずはその服を捨てろ。

絶対に誰にも見られないようにな。

まずは顔を拭け!!

特に右頬!!」



『あ、血が付いてる。』



叱責しながらも村上翁は着替えやタオルを用意してくれる。

いやあ、村上家は居心地がいいねえ。



  「全員動くな!!

  チャコちゃん警察だ!!!」



前言撤回。



『あ、チャコちゃんさん。

どうも。』



「おうチャコちゃん。

幾ら親族同士でも部屋に入る時はノックを頼むな。」



  「飛田クン!

  アクションしたでしょ!

  無双したでしょ!!」



『さあ、何のことやら。

ねぇ村上さん。』



「うむ。

何のことだが分からないな。」



  「全身に返り血浴びてる癖に何言ってるの!」



「ほーらな。

だから早く拭き取れって言ったんだよ。」



『スミマセン。』



  「専務も共犯で逮捕します!!

  証拠隠滅罪!!

  犯人蔵匿罪!!」



「チャコちゃんはなあ。

子供の頃から警察ごっこが好きでなあ。

よく俺が容疑者役をやらされたよ。」



『たまに居ますよね、そういう子。』



その後、村上翁共々チャコちゃん警察にコッテリ絞られたが何とか乗り切った。

俺にだって黙秘権があるからな。

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― 新着の感想 ―
なんだろ、頭の中スライムな子にびっくり。異世界放り込んでも生き残りそうではあるなあ
したい事は、カッコいい親父になる事なんじゃない?
何をしたいかか、父性とは経験でしか得られないとそれがトビタが学んだ教訓だからではないだろうかな、親父然りガルド親方然り・・・そして村上翁然りだ よって金を用意すればハイお終いにはしない、生まれてくる子…
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