大切なのは...
「本田先生がいない?」
優一は授業を終え、職員室にもどった瞬間に、他の先生からきかされた。
「さっきの授業…教室に来なかったらしいわ」
隣の席の、先生が教えてくれた。
「授業がなかった先生方が、探したんですけど…まだ見つからないそうなんです」
そうこうしているうちに、休み時間は終わり、次の授業が始まる。
優一には、授業があった。
嫌な胸騒ぎを感じながらも、授業があるクラスに向かった。
昼休み。
香里奈や直樹たちは、いつもの屋上に向かう。
その後を追おうと、廊下を曲がり、階段を上がろうとした優の前に、
和也が姿を現した。
驚く優に、和也は笑いかけ、
「高木優さんですね?ちょっと…話がある」
和也は、階段を降りると、優を促し、歩き出す。
優は、フンと鼻を鳴らし、
和也の後をついていく。
ついた場所は、焼却炉の近くだった。
和也は足を止め、
「どうして…如月に絡む?」
振り返った。
「如月〜?」
優は、鼻で笑い、
「何の話かしら?」
とぼける優の態度に、和也は気づいた。
「如月じゃないな。速水?…でも…ない」
和也は、優の瞳を探りながら、
「直樹か…」
優を睨んだ。
優はニヤリと笑い、
「そうよ」
「どうして…」
和也の呟きのような疑問に、優は叫んだ。
「好きだからよ」
そう言うと、優は笑い、
「あんたは、どうなのよ?」
今度は、優が和也にきいた。
和也はフッと笑い、
「ああ…好きさ。あいつがな」
「わかりにくい男…」
優は和也を見、
「いや…理解しがたいわ」
和也は無言で、優を見ていた。
優は、まくし立てる。
「あんな女々しく、好きな男に振られ…挙げ句の果てに、自分の親友にとられた癖に、平気なふりをして」
優は大笑いし、
「ハハハ!馬鹿じゃないの!」
吐き捨てるように言った。
「お前に…」
和也は、ゆっくりと言葉を発する。
「何がわかる…あいつのことが…」
和也は、優を睨む。
「絶対わからない…だから…」
和也は、優に背を向けた。
「2度と、俺たちの前に近付くな!」
と言うと、歩きだした。
こんな女にかまっている暇はない。
とるに足らない女だ。
「ちょっと待ちなさい!」
優の言葉も聞かない。
去っていく和也に、優はむかつき、叫んだ。
「本人に好きとも言えない…チキン野郎が!…格好つけるんじゃねえよ!」
それを聞いて、和也は足を止めた。
「好きって言える度胸は、凄いよ」
和也は、振り返る。
「だけど、それは…告白する本人だけだ。相手が、望んでなかったら…するべきじゃない。好きだから…伝えない方が、いいときもある」
和也は、優を見、
「あんたには…わからんさ」
そのまま、前を向くと、
もう優の方を、振り向くことはなかった。
「ちょっと待ちなさい!」
優は、和也に走り寄ろうとしたその瞬間、
けたたましいサイレンが、近づいていた。
パトカーだ。
校内放送が、学校中に響き渡った。
「全校生徒は、直ちにグラウンドに集合して下さい」
生徒達が走りながら、校舎から出てくる。
「何事だ…」
和也は、1人の生徒の腕をつかんで、きいた。
生徒は慌てながら、こたえる。
「本田先生が…包丁をもって、暴れてるらしい」
「え!」
「もう何人か、切られてるらしいぜ」
信じられないことだ。
「それで?」
「今は、屋上に立てこもってるらしい…」
その言葉をきいた瞬間、
和也は走り出した。
みんなとは違う方向。
屋上へ。
4限目の授業が終わり、教室を出て、職員室に向かうゆうの前に、いきなり、淳が立った。
「本田先生…。どこに行ってたんですか?」
ゆうは、淳に近づいた。
淳はニヤッと笑い、
「牧村先生」
「?」
淳が一歩、前に出た。
「あんた…うざいよ」
「な…」
ゆうの体に、痛みが走った。
「消えろ」
淳の隠し持った包丁が、
ゆうの下腹に刺さっていた。
「本田先生…」
淳は、包丁をゆうから抜いた。
ゆうは、廊下の壁に倒れ込んだ。
血の付いた包丁を持った淳の姿を見て、
昼休みの為、廊下に出てきた…生徒たちが絶叫した。
「きゃーっ!」
淳は、ボストンバックを持っていた。
そこから、瓶を取り出し、ライターで火をつけた。
それを、廊下にいる生徒たちに投げつけた。
火炎瓶だ。
廊下で、爆発する。
阿鼻叫喚の状態になる。
「どけ!クズども」
火炎瓶を持って、包丁を振り回しながら、
「クズから生まれた…クズどもがあああ!」
淳は、生徒たちに襲いかかっていった。
「何だ…」
遠くの方から、悲鳴が聞こえた。
妙な雰囲気を感じ、食事を止めて、直樹は、屋上の出入り口に近づいた。
爆発音が聞こえ、
階段を覗くと、下から、煙が見えた。
階段を上がってくる者が、いた…。
淳は、空になったボストンバックを捨て、上着のポケットに、手を突っ込んだ。
直樹は、淳の姿を認めた。
「先生…」
淳は、ゆっくりと階段を上がってくる。
「何かあったんですか?」
直樹の質問に、淳はニヤリと笑った。
包丁は隠していた。
「先生…?」
「ここに…速水さんはいる?」
淳は、階段を上りきった。
直樹のそばに立つ。
「ええ…いますけど…どうかしました?」
怪訝そうな顔を、向けた直樹。
「そうか…」
淳は上着のポケットから、
手を出した。
「先生…」
直樹の体に、電流が走った。
その場に崩れ落ちる直樹。
「飯田…どうした?」
恵美と祥子が、階段に顔を出した。
「先生…?」
「飯田!」
倒れている直樹と、淳の姿を認め、2人は驚いた。
「何でもない」
淳は、スタンガンを持っていた。
信じられないことに、驚く2人の一瞬の隙に、
淳は、スタンガンのスイッチを入れ、恵美のお腹に叩き込んだ。
「めぐちゃん!」
祥子が絶叫した。
恵美は、その場で倒れた。
「確か、こいつは…空手部だったな」
淳は、倒れた恵美を蹴り飛ばした。
祥子は、恐怖から後退った。
「どうしたの?」
里緒菜と香里奈は、階段の方を見た。
出入り口から、逃げてくる祥子の後から、スタンガンを持った淳が、屋上に現れた。
淳は、スタンガンをポケットをいれ、隠していた包丁を取り出した。
「いたあ…速水ぃぃ…それに、如月も!」
「先生…」
「祥子!」
里緒菜が叫び、祥子を自分の後ろに、匿う。
「何かご用ですか?」
里緒菜は、淳を睨んだ。
淳は、包丁を構え、
「神から啓示があった…」
「神…?」
香里奈は、ファイティングポーズをとった。
「神が…お前や…クズたちを殺していいってさ」
嬉しそうに笑った。
「狂ってる…」
里緒菜の言葉に、淳は切れた。
「狂ってのは、お前らだ!お前たち、ガキだ!そうだろが!如月!」
包丁を、前に突き出しながら、淳は近づいてくる。
「お前も…親が金持ちで…ちょっと顔がいいだけで、余裕こきやがって!」
「あんたに、里緒菜の何がわかるのよ!」
香里奈が叫んだ。
「てめえも同じだ!親の名声に、すがりやがって!」
淳は、香里奈に襲いかかる。
「自分で、何もできないガキが!偉そうに!」
「香里奈!」
淳と香里奈の間に、里緒菜が飛び込んだ。
「死ね!」
包丁が走った。
「里緒菜ー!」
香里奈が絶叫し、
祥子も泣き叫んだ。
里緒菜は息を飲み、目をつぶり、
覚悟した。
「如月!」
淳と、里緒菜の間に、
黒い影が飛び込んできた。
影は、里緒菜を抱きしめた。
淳の包丁が、影の背中に、突き刺さった。
「な…」
驚き、思わず突き刺した包丁を離した淳…。
「よかった…間に合った…」
「藤木くん…」
里緒菜を庇ったのは、
和也だった。
出入り口から、警察が、何人も飛び込んでくる。
「いたぞ!」
「捕らえろ!」
淳は慌てて、スタンガンを取り出そうとするが、間に合わなかった。
淳は、警官に取り押さえられた。
「どうして…」
和也に、抱きしめられながら、里緒菜は呟いた…。
「どうしてよ!」
里緒菜は泣きながら、叫んだ。
和也は微笑み、
「理由…理由なんてないよ…考えるな」
和也は、里緒菜を抱きしめながら、
崩れて落ちていく。
「お前に…怪我がなくてよかった…」
和也は、そのまま、
気を失った。
「藤木くん!」
里緒菜は、和也に守られながら、絶叫した。