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どうして、生きている

「失礼します」


久々に、扉を開き、中に入った


和也の目に、


会長室の中で、窓際に佇む…時祭光太郎の姿が飛び込んできた。


「仕事をくれてやる」


光太郎は、和也を見ずに、言い放った。


「ディスクの上に書類がある」


和也は、軽く肩をすくめると、ディスクに近づいていく。


書類を手にとり、


「ありがとうございます…助かります」


「お前とは、縁を切ったが…」


光太郎は、窓の外を見つめながら、


「才能のある者を、つぶすことはせん」


「才能ですか…俺にあるのか…」


和也は、書類を確認すると、


「有り難く、お受けします」


光太郎の背中に、頭を下げると、


「では…失礼しました」


出ていこうとする和也に、振り返らずに、光太郎は声をかけた。


「お前の学校に…高木優って、女はいるか?」


和也は、扉のノブに手をかけながら、


「いえ…知りませんが…」


「そうか…」


和也は、扉を閉め、


「知り合いですか?」


「取引先のお孫さんだ…」


「お孫さん?」


「大路に通っているらしい」


光太郎は窓ガラスに、微かにうつる和也を見ていた。


「それが、どうかしたのですか?」


光太郎が、こんなことを言うなんて、初めてだ。


和也は気になり、光太郎の返事を待った。


「安藤理恵を知っているか」


光太郎の言葉に、和也は考え込む。


「安藤理恵の血筋だ」


あっと声をだし、和也は、思い出した。


安藤理恵…香里奈の父親の母親…つまり香里奈の祖母。天才と呼ばれた歌姫だ。


「そんなことより…その女だ」


光太郎は、料亭で会った少女の顔を思い出していた。


ただの会席だったが…。


その瞳…


の強さ。


光太郎の脳裏に残っていた。


「あの目の強さ…私の心に残るほどの…。あれは、何かを成し遂げる為には…何でもする人間の目だ」


「その子は、速水の…」


「あの年で、あそこまで力がある目を…私は知らない」


光太郎は振り返り、和也を見た。


「お前は…私が入学させた。が…あの子は偶然だ…」


光太郎は、孫の香里奈を得る為に、和也を同じ高校に入学させた。


光太郎は、グループを継ぐため、香里奈の母…明日香とその母を捨てていた。


和也は、光太郎の真剣な表情に驚いていた。


「香里奈や…如月グループの1人娘。そして、その女…」


光太郎は、また窓の方を向いた。


「時に人は…引かれ合うことがある。運命に導かれて…そうなれば…もうそれは…偶然ではない」


「必然と…」


和也は言った。


「香里奈は元気か?」


光太郎は唐突にきいた。


「ええ…元気です」


光太郎は微笑み、


「あの子は、普通とはちがうが…その自覚がない」


「それが…彼女のいいところでもあります」



「香里奈を助けてやってくれ…頼む…」


光太郎の言葉は…ちょっと前までには、考えられないことだった。


光太郎も…変わってきている。


和也は、深々と頭を下げると、きっぱりと言った。


「速水は、親友の彼女であり…俺の親戚であり、もう大切な仲間です」


扉を開けると、


「頼まれなくても、大丈夫です」




和也が去った会長室の中…窓際で、光太郎はフッと笑った。


「あいつも…いつのまにか…」


光太郎は振り返り、扉を見た。


「男の顔になっておるわ」


光太郎はイスに座り、嬉しそうに笑った。







今日は、朝から…気分が悪い。


予定より少し早い。


里緒菜は、ベットから起き上がると、着替え始めた。


学校には、行かなくてはならない。


机の上に、書きかけの脚本があった。


もう…心を書くのは、


やめよう。


今回は、少しシュールにいこうとしたけど、筆が進まなかった。


少しため息をつくと、里緒菜は制服に着替え、


部屋を出た。


階段を降りると、広いリビングにつく。


映画館並みの大画面のテレビも、ついていない。


ひんやりとした空間で、用意された朝食を食べる。


暖かいけど、暖かくない朝食。


テレビをつける気にもなれず、ささっと食事をすますと、里緒菜は、学校に通う準備を始めた。






「ったく…うちは…」


炊飯器から、ご飯をお茶碗に入れながら、香里奈は、ぼやいていた。


昨日、店を閉めるのが遅くなった為、


里美は、朝ご飯の用意はしてくれていたけど、味噌汁とか、温めなくてはならなかった。


さらに、


香里奈の寝坊により、今まさに、時間との戦いだった。


時間はないが、朝ご飯を抜く訳にはいかない。


「来月から…どうすんのよ」


日本に住むことになった香里奈の妹ー和恵は、来月から編入で、小学校に通うことが、決定していた。


慌てている香里奈の耳には、朝のニュースも…つけてはいるけど、


聞いてはいない。


朝のキャスターが、話し出す。


「今。アメリカで、話題を独占している歌手…クリスティーナ・ジョーンズとは…



「ああ〜もう時間がない」


食べ終わった食器を、台所で水に浸す。


「彼女の歌声は…パーフェ」


画面に、とても綺麗な金髪の女が映った。


「もう、時間がなあい!」


香里奈は、テレビを消した。






「どうした?元気ないぜ」


朝から、気分が悪そうに俯いている里緒菜の席に、和也は近づいた。


2限目が終わった。


朝から、調子が悪そうな里緒菜の様子に、和也は気づいていた。


「大丈夫」


顔を上げて、笑顔を向けようとした里緒菜の視線が…廊下から、こちらを見ている優の姿をとらえた。


無表情に、里緒菜を見つめる優。


「どうした?」


里緒菜の顔色が、変わったことに気づき、


和也は、里緒菜の視線をたどり、振り返った。


優は、和也の動きに気づき、すぐに歩き出した。


「あれは…」


それでも、不自然な動きに気づき、和也は、廊下に出た。


隣のクラスに入る優を確認した。


「確か…この前の…」


和也はC組に近づき、ドアから教室を覗いた。


奥から、2番目の列に、すまして座る優がいた。


和也は、廊下近くに座る女子に、声をかけた。


「キャ!藤木和也くん!」


黄色い声を上げる女子に、和也はウィンクをし、


「ちょっと、ききたいんだけど…あそこに座ってる子は、誰?」


「エエー!」


残念そうな声を上げながら、女子は、和也の視線の先を見た。


「なあんだ…高木優か…」


「高木優………!?」


和也は気づいた。


「あんな目立たない、地味な子が…まさか!」


もう女子の言葉は、きいていない。


優は、前を向いて…決して、こちらを見ない。


「ありがとう」


女子に礼を言うと、和也は、自分のクラスに戻っていった。


「あれが…高木優か…」



その時、3限目が始まるチャイムが、学校に鳴り響いた。






「み、見られた…」


ノートパソコンに、むかつく生徒を打ち込んでいた淳。


その様子を、美奈子に見られてから、


淳は、不安な日々が続いていた。


授業がない時間は、ちゃんと確認して、開いてる教室にいた。


今は、音楽室。



他の先生や、教育委員会に、チクられるのではないか…。


教師をクビ…。


クビが怖いというより…


ごちゃごちゃ、偉そうに馬鹿達に注意されるのが、耐えられなかった。


授業が始まるベルが鳴っても、淳は震えながら、なかなか音楽室を、出なかった。


やがて…


次の授業の為、音楽室のドアを開けた香里奈と、淳は目が合った。


「の、ノックもせずに、開けるな!」


淳は絶叫した。


「すいません」


思わず、謝る香里奈を押しのけて、淳は音楽室を出た。


「香里奈。どうした?」


恵美と、祥子も顔を出した。


「どけえ!」


淳は、恵美たちをも、片手で払いながら、パソコンを抱え、廊下を走っていく。


「何だ?あの男は?」


恵美は、淳の後ろ姿を睨んだ。



「見られた!見られた!」


淳は教員用トレイに、駆け込むと、個室に入り、


鍵をかけた。


「また…見られた…」


激しく息をしながら、


「あ、あれは…速水だ…」


淳は頭をかきむしり、


「最近、目立って…特に、調子に乗ってるやつだ…」


淳は、ノートパソコンを開いた。


「母親が有名だか…何だか知らないが…」


淳は便器のタンクに、パソコンを置き、キーボードに指を走らせた。


「自分は、選ばれた人みたいな…余裕な態度しやがって」


ディスプレイに、打ち込まれた名前は…、


速水香里奈だった。


その名を送信した瞬間、


すぐに、返信があった。


淳はニンマリと笑い、


「神よ…」


メールを開いた。


輝く画面が、淳の瞳に突き刺さった。






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