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あなたと夜と音楽と

フウ…。


ため息をつくと、優は明日の予習を終え、教科書を閉じ、席を立った。


机の上には、直樹の写真。


ピントもずれているし、


こちらを見てもいない。


彼が見ているものは…。


寝室近くのテーブルに置いてあるのは、少し前の新聞…。


新星現ると、


香里奈の記事が載っている。


優は横目で、その記事を無表情に見つめる。


やがて…着ていた上着を脱ぎ捨てると、寝室へと入った。







地下鉄の階段を駆け上がり、外に出た和也は、予想外の夜の冷たさに、身を震わせた。


駅から、見上げるとダブルケイが、山をバックに見えた。


和也は、逆の方向へ下っていく。


家は逆だった。


今日は、モデルの仕事が遅くなった。



和也が歩いていると、前から、直樹が来た。


「直樹?」


直樹も驚き、


「和也!?」


「何してんだ?こんなところで…」


和也は、直樹に駆け寄った。


「バイトの帰り…じゃないよな」


直樹は、視線を少しはずしながら、


「バイトは、とくっに終わったけど…ちょっと気分転換に」


「店は?」


和也の問いに、


「そう閉めったよ。今日は、引きが早かったらしい」


どこかおかしな様子の直樹に、和也はきいた。


「速水に会いに行くのか?」


「まさか…もう遅いよ」


少し寂しげな直樹。


「店なら、やってるぜ」


「俺は、未成年だ」



「直樹…」


和也は直樹を見つめ、


「お前ら…付き合ってるんだから…。たまには、少し無理言って、甘えるのもいいんだぜ」


「甘えると、無理を言うは…違うよ」


直樹は、寂しく笑った。



「ちょっとだけ…夜風に、あたりに来ただけだから…」


手を上げ、去っていく直樹の背中に向かって、


和也は叫んだ。


「そんなに辛いものかよ!」


直樹は止まらない。


「お前ら!付き合ってるだろ!好きなんだろ!」


直樹は、振り返りもしない。


「ちょっと待てよ。直樹!」


和也は直樹を追いかけ、肩をつかんだ。


「好きだったら、ぶつけろよ!気持ちを」


直樹は、振り返る。


その目は鋭く…


切ない。


「直樹…」


「お前に…何がわかる…」


そう言うと、和也の手を、肩から振り落とした。


「直樹…」


直樹はまた、歩きだす。


「直樹!」


和也には、叫ぶことしかできなかった。


直樹は立ち止まり、振り返った。


「すぐ帰るから…」


直樹は、微笑んだ。


「心配するな…」


また歩き出す。


和也は、何もできず…


ただ見えなくなるまで、直樹を見送った。






ギターケースが嫌いだった。


音楽をやってます。


いや、


テニスや野球のバックも嫌いだった。


何かやってます。


それだけで、まるで特別のようになる日本。


趣味…。


学生時間だけで燃え尽きるもの。


それだったら、あたしは死ぬまでやりたい。


それは、ダラダラやるのではなく、明日までいいから、


死ねる程の真剣さ。


親戚のおばさんは、燃え尽きるように、亡くなった。


家庭も、子供も捨てて、彼女は亡くなった。


女として、母親として、最低だと、周りは言った。


でも、あたしは…


どこか、羨ましく、潔く…格好良く感じた。


なぜなら、


誰も、そこにはたどり着けないから…。


あんたらは、女になれても、


母親になれても、


あの人には、なれない。



ギターケースをさらに、布で隠し、優は、歩いていた。


自分に才能がないのは、わかっていた。


周りは言った。


上手い。


凄い。


天才だ。


だけど、優にはわかっていた。


周りに、すぐにわかるレベルの天才は…


天才ではないことを。


音楽活動は、停止していた。


優は潔くありたかった。


あの人のように、


天才といわれる人々のさらに、上にいたあの人に。


天才になれないなら、死ぬ価値すらない。





夜は、誰も来ない…この公園で、ギターを弾く気になったのは…


あなたの為…。


山に近い…この場所は…あそこに近い。


アコースティック・ギターを取り出し、奏でる音は、ジャンゴ・ラインハルトの曲。


マイナー・スゥイング。


ジプシー・ミュージック。


アメリカで初めて認められた…異国のギターのカッティングは、どこかレゲエのリズムにも似ている…。


いや、スカに大きく影響を与えているはずだ。


ウキウキするようなリズムでありながら…哀愁がある。


ジャンゴは、大火事にあい、その際、左手2本が使えなくなった。


それなのに…


彼は、独特のサウンドを生み出した。



優は、歌をうたわなかった。


言葉を発さないと、メッセージは伝わらない。


しかし、


言葉に頼った音楽は、進化しないし…


必要なかった。


あたしもまた、異人…。


異人は、言葉を残さないし、


残すべきではない。



今、偶然、


ここで、出会った人だけが聴いたらいい。


出会うことは偶然。


でも、


1度逢ってしまえば…


出会いは、


偶然ではなくなる。


優が、奏でるギターに誘われるように、



直樹は、公園に入ってきた。


ダブルケイに近いこの公園に…。


優は直樹の存在を確認しながらも、そちらを見ようとはしなかった。




「この音は…」


直樹は、公園の入口で、立ち止まった。


少しヒンヤリする夜の中で、


優の周りだけ、暖かく感じられる程…


そのギターの音色は、やさしかった。


直樹は、弾いてる相手がわからなかった。


少し聴き惚れてしまう。


あまりに素晴らしかったから、聴いてることが、邪魔をしてるように感じた。


あまり足音を立てないように、直樹は静かに、出ていこうとする。



ギターが止まった。


「待って!」


優は叫んだ。


直樹はその声に振り返り、ギターを弾いていた優の姿を認めた。


「キミは…」


優は直樹に向かって、微笑んだ。


「聴いて下さい!」


優は再び、ギターを弾きはじめた。


なぜなら、この演奏は、


直樹に聴かせる為だったから。


優は、ビリー・ホリデイで有名な曲…


ラヴァー・マンを奏でる。


直樹は、その独特の旋律に動けなくなった。


さっきとは一転して、優は、直樹を見つめながら、


ギターを弾き続けた。



直樹は最後まで…


優の演奏を黙って、聴いてしまった。


静かに余韻を奏でるように、ギターを終える。


直樹は、拍手をすると、


頭を下げ、去ろうとした。


「ギターを渡されたら、どうしますか?」


直樹は足を止めた。


質問の意味がわからない。


「ほとんどの人は…メロディーを奏でるらしいです」


優は、ギターをベンチに置くと、


「あたしはリズムを刻む…少数派です」


優は、立ち上がった。


「アメリカのジャズシーンは、最初ギターをリズム楽器として捉え…ソロは弾けなかった」


直樹は訝しげに、


優を見た。


「それが、アンプの進化と…ギターをソロ楽器として、使っていたヨーロッパ…特にギターが国器であったスペイン…」


優は、ギターをちらっと見、また視線を直樹に戻し、


「から来た異邦人…ジプシーである…ジャンゴがアメリカで、リズムでメロディーを奏でるという…音を広めました」


まだ理解できない直樹に、優はクスッと笑い、


「あたしは…異邦人です」


「異邦人…?」


「ここではない…何かを求めている」


「ここではない…何か…」


優は頷き、


「あなたもまた…あたしと同じものを感じます」


優は直樹を見つめ、


直樹も優を見た。




しばらくの間。



直樹は、フッと笑った。


「申し訳ないけど…俺は、音楽に関して、詳しくないし…ここではない…何かを求めたこともない」


直樹は、優に背を向けた。


「失礼するよ」


「それは…諦めたからですか?」


優の言葉に、直樹は振り返る。


「もう仕方がないと」


直樹はすぐに前を向き、歩き出す。


その背中に向けて、


「速水さんは!ここではない世界を、自分で創れる人です!」


優は叫んだ。


「それは、独りではなく…みんなを連れていくことのできる…限られた人…選ばれた人です」


直樹は、足を止めない。


「世界を求めるあなたとは、違う!それに…あなたは…」


優は、叫び続ける。


「速水さんの創る世界に、住むことはできない!」


直樹は足を止めた…一瞬だけ。


「あなたは、対等を望んでるから」


直樹は拳を握りしめ、


肩を震わせたが…


決して、もう振り返ることはなかった。





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