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無理すること

部室に戻る前に、里緒菜は、校舎への入り口近くで、


立ち止まり、胸をぎゅっとつかんだ。


強がってみたけど…


内心は、戸惑い…


落ち着かない。


鼓動が激しい。


もう割り切って…


気持ちを切り替えたはず。


もう…大丈夫のはず。


壁にもたれ、激しく息をしていると、


「如月さん!」


入り口から、直樹が出てきた。


少し慌てて、心配そうに、


「どうしたの?大丈夫だった」


直樹の慌てぶりに、里緒菜は苦笑した。


「何かあったの…」


直樹の言葉に、里緒菜は、ボソッと呟いた。


「あなたって、人は…」


里緒菜は顔を上げ、直樹を見た。


「如月さん?」


里緒菜は、にこっと笑うと、直樹の横をすり抜けた。


「飯田くんには…関係ない…」


「な…」


里緒菜の冷たい口調に、直樹は凍り付いた。


里緒菜は、校舎を歩きながら、少し滲んだ涙を拭わず、歩き続けた。


あの人は変わらない…。


だから、


あたしが変わらなくちゃいけない…。


あたしが変わらないと。




ガラガラと、部室のドアを開ける頃には、


里緒菜から、涙は消えていた。


「早かったな…」


本を読みながら、美奈子は、里緒菜の方を見ずに、

声をかけた。


里緒菜は、部室を見回したけど、誰もいない。


「他のやつなら、帰したよ」


美奈子は、ページをめくる。


「どうせ…まだ、脚本ができてないしな…」


美奈子は本を閉じると、里緒菜に向かって、


「鍵をかけて」


「え?」


驚く里緒菜に、呆れながら、美奈子は言った。


「あの鈍感が、帰ってくるだろが」


はっとして、里緒菜は、ドアの鍵をかけた。



「ったく…」


美奈子は、本を机に置くと、立ち上がった。


「お前は、悪くないよ。けじめは、つけてる」


美奈子はゆっくりと、里緒菜に近づき、


「なのに…辛いなあ…」


「部長…」


「でも、お前は頑張ってる」


美奈子は、里緒菜を抱きしめた。


ガタンと音がして、


ドアがノックされた。


「あれ…閉まってる…部長!」


直樹だ。


「飯田!今日は、もう終わりだ」


「え!?」


「さっさと帰れ!」


美奈子は叫んだ。







一人、帰路につく。


「はあ〜」


ため息をつきながら、歩く香里奈。


みんなに、部活がある日は、退屈だ。


何度も、ため息をついていると、


「何か悩んでるのか?」


後ろから、声がした。


振り返ると、


「藤木くん!」


「よっ!お疲れ」


和也は、軽く手を上げた。


「どうしたの?こんな所で」


和也の家の方向とは、反対だ。


「今日は、モデルの仕事があって…こっちの駅の方が、近いんだ」


和也は、香里奈の帰る途中にある地下鉄に、向かっているみたいだ。


「それより、どうした?何度も、ため息なんかついて…今、噂の歌姫が」


「や、やめてよ!あれは、ネットが煽ってるだけで…当の本人に、変わりはないんだから」


香里奈は、顔を真っ赤にした。



しばらく、二人は無言で歩いた後、


香里奈は、和也の方を向いた。


「ナオくんって…」


そこで、また会話が止まる。


「直樹が…どうした?」


和也がきいた。


また少し、無言になり…しばらく歩くと、香里奈は足を止めた。


「あたし…」


和也も、足を止めた。


「あたし…ナオくんに、何かしたかな?」


香里奈は、和也を見、


「最近…どこか…よそよそしくって…あたしを避けてる…気がするの」


そして、また前を向くと、


「ちょっと前まで…ナオくんの笑顔しか見たことがなかったのに…最近は…」


香里奈の瞳に、直樹の瞳がよみがえる。どこか、影を帯びた瞳。


「そうかあ…そんなことは…」


ないと言いかけて、


和也は言葉を止めた。



(俺なんかと釣り合わない)


(別れた方がいいかものしれない)



和也の脳裏に、香里奈のステージを見た後の直樹が、口にした言葉がよぎった。


「チッ」


和也は軽く、舌打ちした。


「ふ、藤木くん…」


香里奈の声で、藤木は、我に返った。


「あたし…」


香里奈は今の舌打ちを、自分にされたと、思ったらしい。


戸惑う香里奈に。


「ご、ごめん…今のは違うんだ」


和也は慌てて、謝った。


そして、頭をかくと、言葉を探しているかのように、言葉を詰まらす。


「何て言ったらいいのか…」


香里奈は、和也の答えを待っている。


「うーん」


言いたいことは、あるのだが、それを、どう伝えたらいいのか…。


しばらく悩んで、和也は、ストレートに告げることにした。


「速水…」


「何?」


「お前って…直樹に…」


和也はまだ、躊躇っていた。


「ナオくんに…?」


和也は、腹を決めた。


「直樹に…ちゃんと、好きって、言ったことがあるのか?」







「ったく…何があったんだ…」


部室のドアを開けることをあきらめた直樹は、仕方なく、


鍵が開くまで、どこかで時間をつぶすことにした。


廊下を歩き、


食堂まで行き、ジュースでも買おうと決めた時、


「飯田さん…ですね」


後ろから、声をかけられた。


いきなりだったので、少しびっくりとして、直樹は振り返った。


そこには、スラットした細身の女の子が、立っていた。


黒髪と、大きな瞳が…印象的だった。


「きみは…」


女の子は、にこっと微笑んだ。


直樹の記憶が動いた。


歌手としての道を歩こうとしている香里奈。彼女と見た里緒菜の公演の帰りに…すれ違い…直樹に熱い視線を投げ掛けていた…少女。


「確か…会ったことが…」


「覚えてくれていたんですね」


少女は嬉しそうに、直樹に一歩近づいた。


「あたしは、高木優といいます。飯田さんの隣のクラス…C組です」


直樹は少し、たじろぎながら、優のまっすぐな瞳に、捕らわれていた。


瞳に、ストレートに意志が出ている。


屈託がない。


この子は…。


「きみは…」


危険だ。


直樹の直感が、警告していた。


この子から、離れろと。






「え…あっ!えっー」


言葉が、しどろもどろになる香里奈。


「で、でも!ナオくんは…」


「わかってくれている」


和也は、香里奈から視線を外し、


「と…でも、言いたいのか?」


和也の何とも言えない…

少し冷たさを感じる口調に、香里奈は黙ってしまった。


「別に…速水を責めてる訳じゃない」


少しすまなく思ったのか、和也は口調を変えた。


「ただ…」


「ただ?」


「口にだして、言葉として伝える」


和也は、香里奈を見た。


「それが大切だ」


和也は、香里奈を追い越し、


「他人の気持ちなんてわからないから…。特に、好きな人なら、不安になるさ」


もう駅前に着いた。


和也は手を上げ、


じゃあと一言いうと、地下鉄への階段を降りって行った。


香里奈はその背中を、ただ見送った。






「どうかしました?」


少し怯えている直樹に、優は微笑みながら、きいた。


「別に…何でもないよ」


直樹は、何とか平静を保とうと、


軽く息をして、呼吸を整えた。


そんな直樹を、愛しそうに見つめる優。




「飯田さんは…自由って知ってますか?」


「自由…?」


思いもよらない質問に、直樹は、優の顔を見つめた。


優はにこっと笑い、


「はい。自由です」


「そりぁ…知ってい…」


「今。飯田さんは、自由ですか?」


さらに、一歩近づいた…

優の瞳が妖しく、直樹をとらえた。


直樹は息を飲む。


「人を…愛することは」


優は、直樹の目しか見ない。


「不自由です」


「不自由…」


「はい…今の飯田さんは、とっても…不自由に感じます。どれだけ愛しても…愛されない不安と…怖れた…」


優は、直樹の目の前に立った。


「愛するという不自由…の中…」


優は、直樹の手の甲に触れた。


「苦しんでるのが、わかります」


直樹は、言葉がでない。


「き、きみは…」


「でも…自由になれます。それは、愛するより…愛されることで…」


優は、直樹の手を握った。


「愛…される…?」


「はい…」


優は、ゆっくりと


上目遣いで、


直樹を見た。


「人は…愛されることで、自由になります」


優は、そっと握る手に…力を込めた。


「あたしなら…あなたを自由にできる…」


優は直樹の胸に、顔をうずめようと、


「あたしは、あなたを愛してるから…」




「ふざけるな!」


「きゃっ!」


直樹は、優の手を振りほどいた。


「不自由だと!勝手に決めるな!」


直樹は、優から離れた。


「俺は、今!幸せなんだ!」


直樹は叫んだ。


「今、初めて話すきみに、何がわかる!」


激しく息をする直樹を見て、


「無理してる…」


「な」


「愛してるから、わかるの。今も無理してる」


「していない!」


直樹は取り乱し、


「今、会ったばかりのきみが…愛してるだって!そんな言葉、なぜ言えるんだ」


「あなたなら、わかるはず」


優は冷静に、直樹を見つめている。


「あなたなら…あたしの気持ちが」


直樹は、言葉を失った。


「わかるはず」


直樹の目に、優の姿が…


自分に変わる。


あの日、


夜に、香里奈の家に訪れた自分。


いきなり、香里奈に、


告白した自分。


「ち、ちがう…」


直樹は後退った。


(今のような気持ちを…香里奈も、味わったというのか…俺は…)


「あたしは、悩まない。苦しまないし…苦しませない…あなたを」


優はゆっくりと、直樹に近づく。


「飯田くん?」


優の後ろ…食堂の方から、祥子が現れた。


「こんなところで、何してるの?」


祥子の声を聞いて、優は少し顔をしかめると、また笑顔にもどり、


そのまま、直樹を見つめながら、直樹の横をすり抜けていく。


直樹は、金縛りにあったかのように、動けない。


「知り合い?」


祥子の言葉に、やっと動けるようになった直樹は、


「いや…知らない…」


「汗…びっしょりだよ」


直樹は額を拭うと、手に汗がついた。


その量に、驚きながらも…


「ち、ちょっと…暑かったから…」


愛想笑いを浮かべる直樹。


祥子は訝しげに、直樹を見ていた。







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