こわれもの
里緒菜は、優の後を追った。
屋上からの階段を降り、3階で右に曲がる。
気持ち悪い教師の横をすり抜け、さらに左に曲がると、
2年の教室が並んでいる。
2年C組。
曲がった里緒菜の目に、教室に入る優の姿が、確認できた。
一旦、立ち止まり、里緒菜は息を整えると、
C組に向かって歩き出そうとする。
「如月!」
誰かが、里緒菜の肩をつかんだ。
振り返ると、和也がいた。
「どうした?何かあったのか?」
「別に…何もないわ」
里緒菜は、和也の手を振り解くと、歩き出し、
C組ではなく、自分の教室であるB組に入った。
心配げに見ている和也のそばに、直樹が来た。
「どうした?」
「さあな…」
和也も、教室へと戻っていく。
「ナオくん」
香里奈たちも追いついた。
「里緒菜も、藤木くんも…いきなり、飛び出すから…」
香里奈の言葉に、直樹は首を傾げ、
「俺にも、わからない…」
和也が、入った教室のドアをただ…見つめていた。
「歴史はつねに、変わっていきます…現代の研究により、江戸時代…鎖国はしていなかったという説が有力になっています」
ゆうは教壇に立ち、少し余った時間に、
教科書では間に合わなくて、テストにはでない…
今の歴史の流れを説明していた。
「先生!でしたら…どうして、明治維新がおこったのですか?」
1人の生徒が手を上げた。
「黒船で、開国を迫られたんですよね。それで…幕府の対応が悪くって…」
「それだ!」
ゆうは、生徒を指差した。
「黒船…つまり武力行使だ」
ゆうは、黒板を叩いた。
「あの頃の日本は、何百年も戦がなく…武士といっても…戦った経験などない者ばかりだった」
ゆうは、生徒の間を歩き出す。
「だから、武力を怖れた。それも、見たことのない…最新兵器を持っていたから…」
ゆうは、生徒たちを見た。
「今の日本と同じだ」
ゆうは、言葉を続けた。
「あの頃の日本人は、外国を戦う為に、幕府を倒し…武力をつける道を選びました…。その結果、どうなった?」
ゆうは、1人の生徒にきいた。
「世界中を巻き込む戦争を起こし、多くの犠牲者をだしました」
優はこたえた。
「沖縄の悲劇…原爆の投下…。それだけではなく、日本自身も、他の国に多大な傷を負わせました」
ゆうは、教壇に戻る。
「歴史とは、ただ覚えたり、こんなことがあったんだな…と思うのではなく、過去の経験として、今を学ぶこと。昔と同じ過ちをおかさないように、することです」
授業が終わるチャイムが、鳴り響いた。
「起立!礼」
授業は終わった。
ゆうは頭を下げ、教室を出た。
(話過ぎた…)
テストに出ることだけ、話すべきなんだろうが…
俺は人だ…。
生徒も人。
授業の少しは、人として触れ合いたい。
「先生」
廊下に出ると、すぐに呼び止められた。
ゆうが振り返ると、優がいた。
「…高木さん」
優は微笑み、
「今日の授業…ためになりました」
優は、ペコット頭を下げると、そのまま、教室に戻っていった。
(わざわざ言いに来たのか)
ゆうは、教師として、うれしかった。
「馬鹿…ばかりだ」
今の時間、授業で使っていない理科室で、淳はノートパソコンを開き、
あるサイトにアクセスしていた。
それは、閉鎖されているはずだった。
事実…
アクセスはできない。
淳は、一枚のCDをノートパソコンにセットした。
いきなり、
画面が変わる。
パスワードを…淳は忙しく、キーボードを叩く。
パスワードは、質問形式だった…。
あなたの殺したい人物…憎んでる人物は…
誰ですか。
パスワードの答えは…
自分以外のすべて。
淳の答えに、サイトは開いた。
「むかつくやつがいるんです…どうしたら、いいですか…」
淳は呟きながら、次々に…むかついた生徒たちの名前を、打ち込んでいった。
それが、淳の日課だった。
「かったるいなあ〜」
ぐずぐず文句を言いながら、中谷美奈子は、理科室のドアを開けた。
「うん?」
目の前に、何やらブツブツ言いながら、夢中でパソコンを打っている男がいる。
美奈子は、見たことがなかったが…
多分、臨時の教師だ…。
美奈子が、理科室に入ってきたことすら、気づかないくらい、パソコンに夢中だ。
美奈子は近づき、後ろから、画面を覗いた。
「如月里緒菜…」
美奈子は、打ち込んでいる名前の1つに、驚いて、思わず声が出た。
「え!?」
その声で、やっと淳は気づき、座っていた椅子から、飛び上がった。
「お、お前は…何だああ!」
美奈子は、教科書を丸め、それで肩を叩きながら、
「次の授業で、ここ!使う者ですけど!」
美奈子は、机の上にあるノートパソコンを見、
「生徒の名前、打ち込んでありますけど…何ですか?」
美奈子は、淳を睨んだ。
「こ、これは…」
淳は慌てて、ノートパソコンを閉じた。
「せ、成績の、か、管理だ…」
「ふ〜ん」
「ほ、本当だからな!」
淳は逃げるように、理科室を出ていった。
「あたしの名前ですか!?」
里緒菜は叫んだ。
「おう。お前だけじゃなくて…いろんな名前があったけど」
放課後、演劇部の部室に、里緒菜と美奈子はいた。
まだ他の部員は、来ていない。
「お前の名前の上にあったのは…確か…」
美奈子が悩んでいると、
ゆっくりとドアが開いた。
「すいません…」
部室に顔をだした人物に、里緒菜は軽く驚き、
そして、呟いた。
「高木…さん」
優は、不敵に笑った。
「高木!そうだ、高木優だ」
美奈子は手を叩き、やっと思い出した。
「あたしが、何か?」
優は、美奈子の方に微笑んだ。
「あっ、え!?」
美奈子は、ぎょっとなって、声がした方を見た。
「た、高木さん?」
優は、笑顔のまま頷いた。
「何か用かしら?」
里緒菜は、戸惑う美奈子をおいて、優の前に立った。
「ええ」
優は、里緒菜を見た。
「ここじゃなんだから…場所を変えるわ」
里緒菜は優の横をすり抜け、廊下に出た。
優は美奈子に頭を下げると、きびすを返し、廊下に出た。
その時、部室に入れ替わりで、直樹が入ってきた。
すれ違う2人と。
直樹は、振り返った。
「あの子は…」
直樹はすぐに、美奈子の方を見た。
「部長!」
美奈子は、首を横に振り、
「わからない」
直樹はもう一度、廊下の方を見たが、
2人はもういなかった。
里緒菜は廊下を抜け、校舎の裏にある…焼却炉まで来た。
今は使われていない為、めったに人は来ない。
無言でついてきた優は、里緒菜の後ろ姿を、じっと見つめていた。
里緒菜の足が止まり、振り返った。
「ここ最近…ずっと、あたしたちを見てたけど…どうして?」
少し強い口調で、話す里緒菜に、
優は、少し距離をおいて止まり、そして…せせら笑った。
「別に、あんたを見てる訳じゃないわ」
優の口調も、普段とは違い…挑戦的な物言いになる。
「あたしは、ただ…」
優は腕を組み、里緒菜にゆっくりと近づき、
「飯田くんを見てるだけ」
「ナオくんを…」
里緒菜は少し驚き、思わず…呟いた。
その声を、優は聞き逃さない。
「ナオくん〜」
はっとして、里緒菜は優を見た。
「気安く、呼ばないでくれる」
優は、里緒菜の正面に立つ。
「同じクラスで、同じ部員だから…呼んでいいの?」
「あんたには関係ないわ!」
里緒菜は、優を睨む。
「ハハハハハハ」
優は大声で笑い、すぐにやめると、里緒菜を睨み、
「ふられたくせに!」
里緒菜の表情が、引きつる。
そんな里緒菜に、優はにゃっと笑う。
「やっぱり…図星なんだあ…ハハハハハ!」
抑えきれないかのように、笑いが止まらなくなる。
里緒菜は、思いもよらないことを言われた為、言葉がでない。
「あんたの劇を見たとき、思ったの…この台詞はまじだって…」
優は、固まっている里緒菜の耳元で呟く。
「親友の彼氏なのに…よくやるよ」
里緒菜は、歯を食いしばり、
やっと動けるようになった。
キッと優を睨み、
「あたしは…役者。ただ演じただけよ」
里緒菜も、顔を近づける。
「その演技を…本気と受け取らせたのでしたら…ごめんなさい…」
里緒菜は微笑み、
「あたしの演技が、上手すぎて」
優は、馬鹿にされたと感じだのか…顔を真っ赤にして、
「あれは、演技じゃないわ」
「演技よ」
「ちがう!」
「演じたのは、あたしなんだから」
納得しない優。
「絶対ちがう!あたしには、わかるわ!好きだから」
いつのまにか、形勢が逆転している。
里緒菜は、落ち着きを取り戻していた。
「あなたこそ…いいの?」
里緒菜は、優を見、
「好きだなんて…言葉を口にして…」
里緒菜は、クスッと笑い、
「彼女がいるのに…」
優は、里緒菜を睨んだ。
「あんなの女…彼女じゃないわ」
優は、吐き捨てる言うと、この場所から、歩きだそうとする。
「待ちな!」
里緒菜は、優の腕をつかんだ。
「親友の悪口。取り消して」
「何をしている」
校内を見回っていた教師が、2人を見つけた。
「焼却炉の近くは、危険だから、立ち入り禁止だろ」
教師が、近寄ってくる前に、優は、逆の方向に逃げていった。
「こらっ!待て」
優を追いかけようにする教師に、里緒菜は頭を下げると、
教師の横を、すり抜けていった。
「おっ、おい」
里緒菜は振り返らず、部室に戻っていった。