言葉=音楽
「まったく…こんな歳になってから…こんな所まで、来るとは思わなかった」
ジープを運転しながら、啓介がぼやいた。
アフリカのとある村まで、何もない道を走っていた。
荷物は、食料と水以外、
トランペットとサックスだけ。
「文句を言わない」
明日香は、日除けに帽子を被りながら、
地図を見ていた。
もう5時間は走っている。
サバンナという草原の世界が…明日香には、とても感慨深かった。
(ここで、生まれたんだ)
やっと、村が見えた。
明日香と啓介は、
赤十字や、ボランティア団体と一緒に、薬や食料を届けながら、
現地の人々と、音楽で触れ合う活動をしていた。
「まるで…昔のジャズマンだな。楽器だけ持って」
啓介たちは、ジープから降りた。
「いいじゃない」
「でも…ジャズマンは、アメリカだけだぜ」
「いいの!あたしたちは、音楽の伝道師なんだから」
村にいくと、
物珍し気に、子供たちが近づいてくる。
明日香の目に、村の軒先にある…太鼓が飛び込んでくる。
この大陸には、音楽が息づいている。
トーキングドラム。
昔、アフリカには、文字が必要なかった。
ドラムを鳴らし、遠くの人々と、音で会話する。
音楽は、言葉なのだ。
アフリカから、奴隷として連れてこられた黒人が、創った音楽…ジャズ。
ジャズは、ドラムを創った。
ギターやピアノ…他のすべての管楽器は、クラシックからの引用だ。
ドラムだけが…いや、すべての打楽器が、
自然とストリートから、生まれたのだ。
大地の鼓動。
ドラムがなかったら…ロックは、生まれなかっただろう。
リズムに乗って、言葉を紡ぐ…ラップ。
すべての今の音のビジネスの…金儲けの音楽のもとが、この地にある。
彼らに、お金が入ることはない。
多くのジャズマンは当時…ほんの少しのギャラを貰うだけで…
レコードから、今CDとして何度も売られ…名盤として紹介されようが、
彼らに、お金は入らない。
だけど、彼らは笑いながら、どこかでライブをこなす。
「だから…あたしは、ジャズや、ブラックミュージックが好きなの」
恵子は、コーヒーを入れながら、明日香に語ってくれた。
「彼らはステージではいつも、真剣で…辛くて、悲しくても、ステージでは決して…見せなかった。お客さんは、音楽を、聴きに来てるんだから…」
明日香の目の前に広がる土地…人々の笑顔。
すべては、繋がってるのだ。
あたしはそこに、
切なく淡いメロディを捧げよう。
なぜなら…それこそ、
人だから。
あたし自身だから。
大地の鼓動の上で、
人々の笑顔のもとで、
あたしは…
言葉になろう。
英語とか、フランス語とかではなく、
音楽という言葉に。
心を伝える音楽という…言葉に。
かつて、和美に、フランスの地で、アメリカから移住した老婆が語った言葉。
「神は、罰として…他の世界の人々の言葉を変え、壁をつくり、言葉を通じないようにした…。だけど…その壁を壊すことができる者が…歌手かもしれない」
言葉の壁を壊す…言葉。
明日香は、それになりたいと思った。
心を伝える音。
明日香は、楽器ケースから、
トランペットを取り出すと、先にミュートをつけて、
人々と大地の鼓動に、混じり合う。
いつのまにか…自然と演奏は始まっていた。
明日香は、彼らの演奏に参加した。
啓介も、隣で寄り添う。
明日香と、啓介…。
2人は、音楽という旅を続ける。
人の優しく、暖かい音を奏で、伝える為に。
音楽は、言葉。
そして、少し疲れた時は…ダブルケイに戻ればいい。
永遠の音を奏でる…2人の始まりの地へ。
End。