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追憶

絶え間なく流れる音楽。


毎回ヒット曲は生まれる。


それは、本当にヒットしてるのだろうか…。


サミーは、ニューヨークのスタジオで、


次々に送られてくるテープのミックスダウンに、追われていた。


昔は聴く度に、感動があった。


今は、アンダーグランドからメジャーまで、音が似ている。


ビッグになる為、すぐに売れる為。


ブラックミュージックも変わった。


昔は売れなかった。


ブラックなんて。


だから、売れなくても、


音楽的にクールで、革新的で、どこにもないものを創ろうとした。


初期のヒップホップから、音楽は止まっている。


サミーは、テープを止めた。


無音の中、


ウィスキーの水割りを、自分でつくる。


グラスの中で、氷が転がる音だけが、スタジオに流れる。


サミーは、一気に飲み干すと、


普段は飲まない酒…あるボトルを手に取った。


それは、啓介が置いていった酒だった。


(母さんが、好きだったんだ)


啓介の顔が、浮かんだ。


サミーは、グラスの中身を捨てると、新しい氷を入れ、


その酒を注いだ。


もう歳だから、普段は水割りにしているが、


「こいつは…ロックが似合う」



サミーは、一口飲んだ。


顔をしかめた。


(こいつは…ロックが似合う)


サミーの脳裏に、


グラスを傾けて、一気に飲み干す…健司の姿が蘇る。


「こんなのが、うまいのか?」


サミーの言葉に、健司は苦笑する。


(これが、分からんようじゃ〜。まだまだだな)


サミーが、初めて認めた日本人。


(こんな酒…まずいわよね。サミー)


健司の隣にいる女。


安藤理恵。


(よく飲めるわね)


理恵は、顔をしかめながら、スタジオから出ていく。


(女にゃ…分からんさ)


健司は、一気に飲み干す。


空のグラスを見つめ、


(そう言えば…これが好きな女がいたな…)


健司は、悲しげに笑った。






自由の女神が見える埠頭に、啓介を抱きながら、


恵子はいた。


「あんた…本当に育てられるのか?」


自分を捨てた男と、奪った女の子供。


それなのに、育てる。


そんなこと信じられなかった。


「今、一時の感情で…赤ん坊が、かわいいとか…そんな理由なら…」


サミーの顔を、恵子は見た。


その余りに、真剣な眼差しに、


サミーは言葉を止め、息を飲んだ。



(人には出会いと、運命があります)


恵子は、啓介をあやしながら、


(こんな素敵な出会いを、断る人間はいません)



「今、そう思っていても…いつか、憎くくなるかもしれない」


恵子は、ゆっくりと首を横に振った。


(もし、あたしがそうなったら…いつでも、あたしから、この子を取り返して下さい)


恵子は視線を、夕陽に照らされた海に向けた。


(こんな素敵な場所で…こんな素敵な出会いに…あたしは今、一番の幸せを感じてるんです)


そう言って、振り返った恵子のまっすぐな瞳。


そう…それは…紛れもなく、


明日香の


香里奈の


瞳と一緒だった。




「血が繋がっていなくても…みんな…」


サミーはまた、お酒を注いだ。


「あんたの子供だな」


サミーは一気に飲み干すと、


再び仕事へと戻った。


テープをかけ、


いずれまた、


素晴らしい音が、生まれることを願って…。


その瞬間に、できれば…


立ち会えることを夢見て。


また音楽と、向き合っていく。






「完成したわ」


出来上がった新居であり…新しい店である建物を、眺めながら、


恵子は背伸びをした。


「まったく…こんな場末に建てなくても…」


健司は、タバコを吸いながら、愚痴った。


「いいのよ。あたしは、ここで…永遠の歌を聴かせたいの」


「永遠の歌?」


恵子は頷き、


「流行とか関係なく…美しく切なくて…綺麗な音楽を」


恵子は、後ろを見た。


広がる街並み。


「この世界は…悲しいことや、残酷なことが溢れてるわ。だから、せめて…音楽だけでも…美しい音が、集まる場所を作りたかったの」


ダブルケイ…。


それは、恵子の願い。


「永遠は無理だろ。俺たちが亡くなったら…」


健司の言葉の後を、


恵子は続けた。


「あたしたちの子供たちが、受け継いでくれるわよ。その為に、頑丈につくったんだから」


「やれやれ…借金地獄か」


健司は、ため息をついた。


「なあに!店が、軌道にのれば、大丈夫よ!」


「俺も…スタジオの仕事増やすか…。もうすぐ、俺たちのアルバムが出るけど…売れるか…わからないしなあ」


恵子は苦笑し、


「頼んだわよ。あなた」


「任せなさい」



2人は笑い合い、出来ばかりの店を見上げた。








直樹と里緒菜が演じる…物語。


演劇部の出し物を、香里奈たちに混じって、


明日香と啓介、里美も見に来ていた。




それは、


渡り廊下で繰り広げられる


淡い恋の物語。


明日香は、舞台を見つめながら、


自然と涙していた。


隣に座る啓介は、それに気づいたが、


気づかなかったように、視線を舞台に戻した。


それは、誰にでもある…青春の思い出。


もう…悲しいわけじゃなく、


ただ懐かしさに、涙するだけ。


黄昏に包まれたやさしさという…劇は終わった。


会場を後にしながら、


里美が首を捻りながら、言った。


「どこかで…きいたような…話ね」


「さあね」


明日香は、和恵の手を引きながら、


歩きだす。


もう涙は消えていた。


明日香は、空を見上げ、


心の中で呟いた。


(あたしは…あれからずっと…音楽を続けているわよ)



明日香は、すぐに前を向いた。


(これからも…ずっと)








営業が終わったダブルケイに…女が2人。



「明日香。あんたが…音楽を始めたから…」


里美は、片付けを終え、カウンターから出てきた。


手に2つのグラスを持って。


「あんたがいたから、みんな…ここにいるのよ」


里美から、グラスを受け取りながら、


明日香は、首を横に振った。


「ちがうわ」


明日香が受け取ったグラスには、ワイルド・ターキーが入っていた。


恵子が、好きだったお酒。


明日香はそっと、1口飲むと、


「この場所があったからよ」


里美に微笑んだ。


「そうね」


里美は、明日香の隣に座ると、グラスを差し出した。


「この店と…」


「あたしたちと…」


「子供たちの未来に…」


2人は微笑み合い、


「乾杯!」


グラスを合わせると、


乾杯した。


すべての未来に。


これからの明日に。





パーフェクト・ボイス編


完。



そして…


物語は…


それぞれに


続いていきます。


永遠に…この場所で。



KK(ダブルケイ)

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