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未来の決意

「お母様!」


里緒菜は、母親の書斎のドアを力任せに、開いた。


「何事です!?」


母親は、いつもと雰囲気の違う娘に気づき、眼鏡を外し、ディスクの上に置くと、書類から目を離した。


訝しげに、里緒菜を見る。


里緒菜は、そんな母親にお構いなしに、


ただ深々と、頭を下げた。


「どうしました?」


顔を上げた里緒菜の表情は、清々しい。


「今回のことで…あたしは、決心がつきました。家を離れる決心が!」


「何を言ってるの?」


戸惑う母親。


「学費も、自分で稼ぎます。家出では、ありません!きちんと、連絡しますので、心配しないで下さい」


里緒菜はそう言うと、


部屋を出ていく。


「里緒菜さん!待ちなさい」


廊下に出ると、執事がいた。


里緒菜は微笑み、


「心配しないで。あたしは強くなるの!みんなに、心配をかけさせない。本当の…しっかりした女に、なるつもりだから」


執事はしばらく、


里緒菜の目を見てから、


頭を下げた。


「いってらっしゃいませ。お嬢様」


「ありがとう」


思わず、里緒菜の瞳から涙がこぼれた。


書斎から、母親が出てきたが、


執事が止めた。


「お嬢様!早く」


里緒菜は、走り出した。


家を出ると、玄関の門の前に、和也がいた。


「いいのか?」


「うん」


里緒菜は頷いた。


「うちとしては、助かるけど…」


最近、軌道に乗ってきた律子の店を、


里緒菜は、手伝うことになる。


「住むことは?店の二階は…もう…」


「大丈夫。ちゃんとあるから…」



里緒菜の決意をきいていた直樹は、香里奈に打ち明けていた。


モノレールで、帰ってる時に。


香里奈は、電車を降りると、すぐに電話した。



香里奈は、啓介と明日香に事情を説明して、


あまり使ってない


もと恵子のマンションに、里緒菜が住むことの了承を得た。


明日香は、最初悩んだが…何かあったら、自分が責任を取る覚悟を、決めた。


そんなことより、里緒菜の決断を応援してあげたかった。




「え?里美おばさんが帰ってきてるの!」


そして、


明日香と啓介は、


近い内に


また音楽を伝える為、世界中を回ることになることを、


香里奈に告げた。


「嫌じゃないよ…寂しいけど…。やっぱり!ママとパパは、その方が似合っている」


香里奈は嬉しそうに、電話口で微笑んでいた。


その様子を見守る直樹も、微笑んでいた。






「いいのか?そんな簡単に、引き受けて」


携帯電話を切った明日香に、啓介がきいた。


店は、営業していたから、明日香と啓介は、普段使わない裏口にいた。



「如月グループの跡取りだぞ。お前のお父さん…時祭とは、ライバル会社だ。問題にならないのか?」


啓介は、明日香の目を真っ直ぐに見据えた。


啓介の心配は、もっともだった。


だけど、明日香は…。


「大丈夫よ。あたしと時祭は、関係ないわ」


明日香は、啓介に微笑みかけた。


「確かに…高校生が、家を出て、1人で暮らす。未成年であり、親の許可も取っていないかもしれない…。だけどね…」


明日香はゆっくりと、歩きだす。


裏口の3メートル先は、崖になっており、


そこから、いつもと違う街並みが見えた。


店の横をぐると回らないと、舗装された道に出ない。


ここは雨降ると、すぐにぬかるんだ。


「女の子が、自分で成長する為に、決心して、覚悟したなら…その子はもう、大人なのよ。世間が決めた未成年の定義なんて、年齢だけよ」


「確かに、二十歳になっても、大人にならないやつは、多いからな」


啓介は、頷いた。


「だから…その子は今、大人になったのよ。それを今、邪魔したら…その子の成長を、潰すことになる」


明日香の言葉に、啓介は肩をすくめ、


「わかったよ。お前は、そういうやつだ。まったく、他人の子供なのに…」


啓介はあきらめ、覚悟を決めた。


「あらあ。他人じゃないわ。香里奈の友達よ」


当然じゃないと、逆に啓介に驚く明日香に、


もう啓介は、反対する気はなくなっていた。


こういう女だから、啓介は惚れたのだから。


「一応…如月グループが、今関わってるプロジェクトには、俺にも依頼が来てた。だから…それとなしに、探りを入れておくし…何とか、社長にも会ってみよう」


「啓介…」


啓介は頭をかき、


「確か…あの社長は今、音楽業界のコネを、つくるのに、躍起になってるはずだから」


「ありがとう。啓介」


明日香の笑顔と、感謝の言葉。


啓介の一番の弱点だった。


「ったく…仕方がないな」


啓介は毒づきながらも、店に戻る為、ドアのノブに手をかけた。


「啓介」


いきなり、耳元で、明日香の声がして、


「え?」


振り返った啓介の頬に、明日香は口づけをした。


そして、啓介に微笑みながら、先に家の中に入った。


裏口から、ステージ横に出る通路を歩く明日香の後ろ姿を、ぼおっと見送ってしまう啓介。


すぐに、我に返り、


深いため息をついた。


「かなわないなあ…」


そう呟くと、啓介はそっとキスされたところに触れると、


軽く笑い、


明日香の後を追って、通路を歩き出した。


ステージでは、音楽が鳴り続けていた。


明日香が愛し、啓介を育てた…かつてのダブルケイの音。


明日香の歌とトランペットと、


啓介のサックスが絡み合い、


過去ではない…未来の音を奏でだした。








「今回の件は…辞退します」


優は静かに、電話を切った。


しばらく、契約書を見つめながら、


一度は判を押した書類を、破り捨てた。







「お呼びですか?」


会長室に入った和也の目の前に、


札束が積まれた。


「これは…」


驚く和也に、


光太郎は、和也の目をじっと見つめながら、


「投資だ…若いお前たちの可能性にな」


「しかし…」


躊躇う和也に、


「もし…これが、紙屑になったとしたら…」


光太郎はフッと笑い、


「この時祭光太郎に…先を見る目がなかった。それだけのことだ」


和也は、言葉を失う。


光太郎は、和也に顔を近づけ、


「それとも…何か?わしの判断は、間違ってるとでもいうのか?」


和也もじっと、光太郎の目を見、


やがて、


頭を下げた。


「いえ…」


光太郎はにやっと笑い、


「だったら、待っていけ!律子の店だけじゃなく、如月とこの娘の件もあるだろが!」


大声で、叫んだ。


「ありがとうございます…おじさん」


深々と、頭を下げる甥の姿に、


光太郎はただ頷いた。







「ダブルケイに戻ったな…」


大輔はため息をついた。


いつものスタジオ。


ドラムを録音していた。


LikeLoveYouのメンバーであった龍田が、ドラムを叩いていた。


明らかに、里美に嘱されていた。


「仕方ないけど…」


志乃はミキサーに、頬杖をつけながら、


スタジオで、ドラムを叩く龍田を見つめた。


子供の頃、香里奈もよく言っていた。


あたしには、2人のお母さんと、


お姉ちゃんがいると。



「羨ましい」


志乃はそう呟いた。


大輔はちらっと、志乃を見、すぐに視線を外した。



「でも…」


志乃の頭に、香里奈の笑顔が浮かぶ。


(お姉ちゃん)


志乃は、深くため息をつき、


「仕方ないか」


そう呟くと、大きく背伸びをして、


志乃はブースから、録音ルームに入る。


マイクを指差すと、


ブース内に合図をする。


大輔は、スタッフに告げた。


「予定をかえる。好きにやらせてやってくれ」


大輔は、志乃に頷くと、


志乃は微笑み、歌い出す。


I Say A Llittle Player


オーディションで、香里奈が歌った曲だった。








「おはよう」


「おはよう」


「おはよう!」


教室にいつもの声が、こだまする。


香里奈に、直樹。


里緒菜に、和也。


祥子に、恵美。


いつものメンバー。


「出席をとります」


教壇から、優一が叫んだ。


いつもの1日。


だけど、かけがえのない1日が始まる。


学生時代という…


短い癖に、


永遠に大切な日々。


香里奈は、この日々を大切にしょうと、


改めて思った。


直樹たちが、いなかったら…あたしは、これからの目標もたてられなかった。



音楽をやる。


1人じゃなくて、


直樹と


いや、


みんなに支えられて、


あたしは、歩いているんだ。


まっすぐなこの道を。


そして、初めて、


香里奈はその先にいる…明日香や啓介、


2人のおばあちゃんや、


和美おばさん。


志乃や


里美の背中を


見つけることができる…。


そんな気がしていた。










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