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本当の価値

オーディションは終わり、最終5人までに絞られた。


その中には、優も入っていた。





「ちょっと待って下さい」


通路を歩く志乃達に、里緒菜の母親が、後ろから声をかけた。


「どうしました?」


大輔が立ち止まり、振り向いた。


「なぜ、あの5人なのですか?どうして、速水香里奈を落としたのですか?」


里緒菜の母親の質問に、大輔は頭をかいた。


「それは…」


「最後まで、1曲通して歌えたのは、彼女だけですよ」


「その理由は、僕もききたいなあ」


母親の後ろから、髭を生やした長身の男が、一歩前に出てきた。


「矢野浩一」


志乃が呟いた。


「今回のオーディションは、君たちが選んで…僕がプロデュースする。本当はあまり口出しするべきではないが…」


「あたしたちの審査結果に、不満だと…おっしゃるんですか?」


志乃は体を、矢野に向け、腕を組んだ。


矢野は両肩をすくめ、


「プロデューサーの目で見れば…彼女こそ、実力、話題性すべてが、揃っていたはずだが?」


矢野浩一。


今をときめく、ヒットメイカーであり、数多くのアイドルを育成しているが…


音楽を知ってる者から言えば、


ただのパクリだった。


彼は、洋楽の昔の有名な曲…少しマイナーな曲などを


微妙なアレンジで変え、


アイドルに歌わせているだけだった。


日本人は、自国以外の音楽を聴かない。だから、パクりにも気付かない。


それが、全世界有数の音楽消費国でありながら、


本物を生み出せない原因の一つだった。



そして、矢野は…それで、金持ちになっているのだ。


「まったく、商品として申し分ない」


矢野が力説する…その後ろから、鼻で笑う声がした。


「あんたのつくる曲には…勿体無い。本物の歌手は」


矢野は振り返った。


「里美!」


スティックを持った里美が、歩いてくる。


「里美!お前からも言ってやってくれ」


里美は、ちらっと横目で、矢野を見、


「あんたに、呼び捨てにされる筋合いはないわ」


矢野は引きつりながらも、笑い、


「冷たいなあ…もと夫に対して」


そう…矢野と里美は、昔結婚していた。



里美は歩くことをやめず、志乃たちも追い越していく。


「先にいくわね」


志乃にそう告げると、通路を歩いていく。


志乃は、矢野や里緒菜の母親に、頭を下げ、


「残った5人は、矢野先生のお好きなようにして下さい」


志乃は、愛想笑いを浮かべながら、


また歩き出す。


矢野たちは呆然とし、何か言おうとしたけど、


言葉にならなかった。





「それにしても…」


大輔は、前を歩く里美の背中を見つめながら、感嘆した。


「居合い切りといわれた…ドラムの切れは、健在だな」



かつて、存在したペパーミントというガールズバンドは、


日本をこえて、世界でも名前を知られていた。


その理由は、里美のドラムの音だった。


居合い切りのような刹那のスネア。


誰もが、里美の音を求め、内外からのラブコールはひっきりなしだった。


親友の明日香とは、対照的な音。


しかし、里美はいきなり、矢野と結婚して、


すべての仕事を捨てた。


バンドを、音楽を捨てるほどの熱愛だった。


でも、それはすぐに終わる。


矢野の裏切り。


浮気相手の妊娠により…。


矢野とは、わずか10ヶ月で離婚した里美は…


2度と音楽の世界に戻らなかった。


それなのに…。


「さっきの音…」


志乃は、里美の背中を軽く睨み、


「あたしのバックでは、1度も叩いてくれたことなんて…ないのに…」


里美が戻ってきた理由は、分かっていた。




志乃が、里美の携帯に電話したあの日。


志乃は、こう言ったのだ。


「これは…いずれデビューする香里奈の為にもなります」


と…。









泣き崩れる香里奈のそばに、誰かが立った。


「香里奈さん」


香里奈は、その声に顔を上げた。


そっとハンカチが、香里奈の涙を拭った。


「ナオくん…どうして…」


直樹は微笑み、


「気になってね」


「ナオくん…あたし…」


香里奈は、直樹の腕を掴んだ。


「向こうで休もうか」


直樹は、海を見た。


塩の香りが流れてくる。


「いこう」


直樹は強引に、香里奈を引っ張って行った。


ショッピング街と海の間に、長い階段があり、


香里奈と直樹は、一番下の…手摺りの手前の階段に、腰かけた。



「ちょっと待ってて」


直樹は立ち上がると、階段を駆けあがっていく。



香里奈は、海を見つめた。


遠くに工場の煙と、貨物船が見える。


あまり綺麗な海じゃないかもしれないが、


その先に、果てしなく続く海は、とても大きく、雄大だった。



「香里奈さんは…」


直樹は、ペットボトルのお茶を持って、戻ってきた。


香里奈は受け取ると、蓋を開けた。


直樹は隣に座り、


「どうして、今回のオーディションに、参加したんだっけ?」


香里奈は、海を見つめながら、


「里緒菜を助けようと…」


「でも、それは如月さんは、望んでなかったね」


「え?」


香里奈は、直樹の方を見た。


直樹も海を見つめながら、


「よかったかもしれない」


直樹は立ち上がり、


「そんな理由で、歌ったら駄目だよ」


手摺りまで、海のギリギリまで歩いていく。


「香里奈さんの歌は、そんな企画に合わないよ」


香里奈は、直樹の後ろ姿を見つめた。


「香里奈さんが、自分で歌いたいと思う時まで」




「ナオくん…」


海風が、2人に流れる。


空がやがて…夕焼けに、変わる。


「でも…志乃ちゃんとか、里美おばさんがいて…あたしを、落としたんだよ」


夕陽が、海を黄金色に染めていく。


「俺が、審査員だとしても…落とすよ」


直樹の体も、夕陽に照らされ、


輝いていた。


「ナオくん」


直樹は振り返り、


「俺だって、落とす。もし…落ちたことに、落ち込んでるんだったら…落ち込むな」


直樹は、真剣な表情で、香里奈を見続けた。



香里奈はぎゅっと、胸を抱き締めた。


「みんな…大切なんだよ。香里奈のことが…」


直樹は頭をかき、


「まったく…自分の凄さに全然、気づいてないんだから」


直樹はため息をつき、


「俺がしっかりしないとな」


直樹は前を向き、海を眺めた。





「夕陽って…好き」


そう呟くと、香里奈は直樹の隣に来て…手摺りにもたれた。





「ねぇ。そんなに…あたしの歌って…いいの?」


香里奈の問いかけに、直樹は頷いた。


「俺には、特別だ」


「ふぅ〜ん」


直樹は、夕陽に照らされる香里奈を見た。


「綺麗だ」


「え?」


思わず出た言葉に、反応されて、


直樹は慌てて、視線を外した。


香里奈は自然と微笑み…また海を見た。


「ナオくん…」


「何?」


「あたしが、真剣に…音楽を始めたら…応援してくれる?」


「うん。勿論」


直樹も夕陽を見つめ、


「香里奈のマネージャーにでもなるよ」


直樹はそう言うと、


隣にいる香里奈に、微笑みかけた。


香里奈は、直樹をじっと見つめる。


「マネージャーに…なるだけ?」


香里奈の問いに、直樹は少し苦笑し、


はにかみながら、


「ずっと、そばにいるよ」


直樹の言葉が合図となり、2人はゆっくりと、互いに近づき、


夕陽に照らされながら、


そっと口づけをした。









その様子を、階段の一番上から、


優が見ていた。


優は、2人が口づけしょうとした瞬間に、


背を向けて、歩きだした。




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