表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/33

商品価値

「転校してもらいます」


家に帰ってきた里緒菜を、


すぐに呼んだ母親は、そう言い放った後…ディスクの向こうから、ある企画書を差し出した。


ショックを受けている里緒菜は、何とか受け取ると、


「イメージソング?」


母親はかけていた眼鏡を外し、


「現代…消費産業を支えているのは…あなたたち、高校や、大学生よ」


母親はため息をつくと、


「一回一回の金額は少なくても、その年齢の使う人数、リピーター率は、無視できないわ」


里緒菜は、企画書をめくった。


「お父さんが、新たな企画として、音楽と食の融合ー若者をターゲットにしたオーディションを開催することになったの」


「イメージソングですか?」


「歌だけじゃなく、将来しばらくは、うちの広告塔になりえる歌手をつくること」


母親は、里緒菜から企画書を取ると、


「別に、一生じゃなくていいの。一年くらいでいいのよ。歌手なんて、そんなものでしょ」


里緒菜は、母親から視線を外した。


「また一年たったら、新しい歌手を選べばいいのよ」


何も言わない里緒菜に気づき、


母親は会話を止め、訝しげな顔を向けた。





「里緒菜さん!」


母親の荒げた声に、


里緒菜ははっとした。



「何か問題でもありますか?」


母親の質問に、


「いえ…」


里緒菜は呟いた。


「新たなプロジェクトをやる時に…スキャンダルは、避けなければなりません」


母親は、椅子から立ち上がると、


里緒菜のそばに来た。


「あんな学校にいても、企業のプラスにはならないわ」


里緒菜は、部屋に来てから、初めて、母親を睨んだ。


「あんな学校だなんて。企業のプラスになる為に、通っているわけじゃないわ」


里緒菜の剣幕に、


母親は鼻を鳴らした。


「友達ね」


母親は、軽くこめかみを押えると、


再び椅子に座った。


イライラと、ディスクを指で叩きながら、


「そう言えば…あなたの友達に、歌手がいたわね」


母親は叩くのをやめ、


「少し話題になってたわね。その子が、参加してくれるんだったら…転」


「あの子は、そんな安ぽい歌手ではないわ!」


里緒菜の怒りに、


母親は笑った。



「少し歌が上手いだけでしょ?」


里緒菜は、母親の笑う姿を見て、


これ以上話しても、無駄だと感じた。


「失礼します」


頭を下げた里緒菜に、


「その子が、うちの為に歌うなら…考えてもいいわよ」


母親は、笑いながら言った。



里緒菜はドアを閉め、


廊下を歩きながら、


悔しさで、いっぱいだった。


友達を馬鹿にされた。


娘の友達さえ、


自分の価値観で評価する。


そんな最低な環境に、


里緒菜はいるのだ。



自分の部屋に入ると、


堪えていた涙が溢れた。


そんな涙を流す里緒菜を、部屋の大きな鏡が映す。


みっともない。


あなたは、いつも微笑む人形でいなさい。


鏡を、


里緒菜は睨む。


そんな感情さえ、


嘲笑う。


お前は、人形。



鏡に物を投げそうになった時、


携帯が鳴った。


メールが来たのだ。


里緒菜は、物を投げるのをやめ、


携帯を取った。


(お疲れ様。面白い写メ撮れたから、送ります)


和也からだった。


里緒菜は写メを開いた。


「何これ…」


それは、幸せそうに眠る柴犬に、眉毛が描いてあり、



柴犬の目が


⌒⌒←こんな感じになっており、


描いた眉毛と、同じ目をしていた。


「かわいそお〜」


里緒菜は写メを見ながら、


「だけど…かわいい…」


知らず知らずに、微笑んでいた。



涙は流れていたけど、


表情は柔らかくなった。


ふっと、鏡を見ると、


悪くないと思った。


里緒菜は笑顔を浮かべ、メールを打った。


(かわいいそうじゃないΨ(`◇´)Ψ藤木くんがやったの)


メールを送信した。


すぐに、返信があった。


(違う!知り合いだ)


里緒菜もすぐに、返信しょうとする。


(今、どこにいるの?)


送ろうとした時、


和也から、電話がかかってきた。


「は、はい!」


慌てて、電話に出る。


和也の優しい声が、聞こえる。


「夜分遅く、ごめん。今、大丈夫かな…」


「うん」


里緒菜は頷いた。


「大した用事はないんだけど…」


「うん。いいよ…」


「今、バイトの帰りなんだ」


里緒菜は驚き、


「もうバイトしてるの?」


「もう大丈夫だから…。別に、激しい動きする訳じゃないし」


「でも…」


里緒菜は目をつぶり、


「気をつけてね」


少し間があり、


和也は噛み締めるように、


「ありがとう」


と言った。



大した会話もせず…2人は電話を切った。


だけど、何よりも暖かかった。








優は…偶然知ることになる。


コンビニで、たまたま開いた雑誌。


如月グループ主催のオーディションを。


優は、いやらしく笑みを浮かべると、


雑誌をつかんで、レジに向かった。







「ねぇ〜軽音部は、どうなってるの?」


珍しく、早めに帰ってきたゆうに、


幸子が、キッチンで料理をしながらきいた。


「無理かもな」


テレビを見ながら、ゆうはこたえた。


教師とは、生徒のやる気で生きている。


どんなに遅くまで残るかじゃなくて、


遅くまで頑張る生徒がいるかだ。


勿論、生徒のやる気を導くのも、教師だ。


「どうして?音楽は、人気あるでしょ」


幸子は、料理をする手を止めて、


振り返った。


ゆうはため息をついて、


「最初から、あればな」


ゆうは立ち上げると、


出来上がった料理を取りにいく。


「なければ…わざわざ、つくろうとは思わない」


幸子は、出来上がった料理を、ゆうが用意した皿に盛る。


「そんなもの?」


幸子の言葉に、


ゆうは苦笑した。


「そんなものさ」


ゆうは、皿をテーブルに運ぶ。


「運命は…」


ゆうは言葉を一度切り、


「勝手に来るものじゃない。行動を起こした者だけにくる」


幸子は、魚を焼きながらも、


夫の言葉に耳を傾けていた。


「教師は…何もできないな…」


ゆうの嘆きに、


「そんなことないわ」


幸子は振り返り、笑顔を向けた。







「里緒菜!」


まだ里緒菜以外、誰も来ていない教室に飛び込んできて、


香里奈はいきなり、走り寄った。


里緒菜は、少し引きながら、


「おはよう…どうしたの?」


「あんたの会社。オーディションやるんだって?」


少し興奮気味の香里奈に、


里緒菜は、訝しげな表現を浮かべ、


「どうして知ってるの?」


「まったく!あたしゃ〜きいてなかったよ」


大げさに、嘆き悲しむ香里奈に、


「あたしの話…きいてる?」


里緒菜がきいても、


香里奈は話し続ける。


「親友なのに!何も知らなかった」


「香里奈」


「ほんと。水くさいよ。学校を、転校させられそうだなんて」


「香里奈!」


里緒菜は、机を勢いよく叩いて、立ち上がった。


香里奈は驚き、言葉を止めた。


「誰からきいたの?」


里緒菜は、香里奈を睨んだ。


香里奈はキョトンとし、


「大丈夫だよ」


「どうして…」


「あたしが、参加すれば!間違いないから」


香里奈は、里緒菜に笑いかけた。


「誰からきいたの!」


里緒菜は、叫んだ。


あまりの剣幕に、


香里奈は戸惑い…


「隣のクラスの高木さんから…さっき…」


小声で呟くように言った。


それをきくと、


里緒菜は、教室を飛び出した。


「里緒菜?」


香里奈はなぜ、怒られたのかわからない。


隣の教室は、まだ優しかいなかった。


優は、里緒菜が来るのを予測していたみたいに、


廊下側に体を向けて、腕を組ながら、立っていた。



「あんた!どうして知ってる!」


里緒菜は教室に入ると、


優の目の前まで来て、


「どうして!」


里緒菜は、優を睨みつけ、


「あの子に話した!」




優はジロッと、里緒菜を見ると、肩をすくめた。


そして、


「まず…あたしの母方の祖父は、飲食店向きの卸業をやっていて…あなたの会社も、取引してる…お付き合いがあるの」


「まさか…」


優は口元に、軽く笑みを浮かべ、


「よく娘の愚痴をこぼすらしいわ」


優は、里緒菜をまじまじ眺めて、


「大変みたいね…あなた」


「なにを…」


里緒菜は、拳を握りしめた。


優はまた肩をすくめ、


「あと…なぜ、速水さんに言ったかだけど…」


優は気づき、


視線を扉に向けた。


「面白いじゃない」



「面白い?」


里緒菜は、優の顔を見た。


満面の笑みを浮かべている。


はっとして、里緒菜が振り向くと、


扉の向こう…


心配そうに、こちらを覗いている香里奈がいた。


「香里奈…」


「うわさの歌姫が、どれくらいのものなのか…」


里緒菜は、優に視線を戻した。


笑いかけながら、目は笑っていない。


「同じ土俵で、勝負してみたいの」


「あなた…」


優は不敵に笑う。


「あたしも、あなたのとこのオーディションに出る」


優は、香里奈に手を振った。


香里奈ははっとして、軽く頭を下げる。


「まあ…かわいいけど…かわいいだけで」


優は、里緒菜の耳元に、顔を近づけ、


「あの人の彼女だなんて…許せない」


里緒菜は、体を優から遠ざけると、


「あなたに、そんなことをいう権利があって」


「好きなの」


優は、真剣な表情になり、


「だから…愛する人の心配をするのは、当然」


「愛してるから…好きだから…何でも許されるはずがないわ。香里奈は、あの人の彼女なのよ」


「だから?諦めて…もう関係ないと…。つまらない女」


里緒菜は言葉を失った。


「例え…彼女がいたって」


優は、香里奈に視線をやりながら、


「あの人を、幸せにできないなら…」


「できないなら、何?」


里緒菜は、優の言葉を遮った。


「あの人が望んで、今があり…それで、悩んでたとしても!それは…あの人が、こえなきゃならないことなのよ」


優は、里緒菜を睨んだ。


「あたしだったら!そんな思いはさせない!」


「あなたは…」


里緒菜は、優を見つめた。


「!?」


優は驚いた。


優を見る里緒菜の瞳の


…悲しそうな色に。


「あなたは…本当は、ナオくんが好きじゃないのよ」


「な、何を」


優は、思いもよらない言葉に驚き、


身をよじった時、思わず机にぶつかってしまう。


里緒菜はただ…優を見つめる。


「あたしは!」


「同じような感覚を持っていたナオくんに惹かれたけど…彼が変わっていくのが、嬉しいだけ」


教室に、他の生徒が入ってくる。


「あの人は…香里奈によって変わっていってる。どこか、冷めたことがあったのに…」


里緒菜は、優に背を向け、歩き出す。


「人を愛することは…自分を変えるわ。それは…いい意味でも、悪い意味でも…ある時がある」


里緒菜は、教室からでる前に、


もう一度振り返り、優を見る。


「あなたは、自分の気持ちを、一方的に押し付けてるだけ。単なる自己愛よ」


出ていく里緒菜に、何か叫ぼうとしたけど、


集まってきた他のクラスメートの目を気にして、口をつむんだ。


くやしそうに。


「里緒菜…」


自分が、何かいけないことをしたからなの…と心配そうな香里奈に、


里緒菜は、


「ありがとう」


微笑んだ。


「心配してくれて」


「里緒菜!」


香里奈は、里緒菜に抱きついた。


よしよしと、


里緒菜は、香里奈の頭を撫でた。


「あんまり、気を使わないで」


「だって…里緒菜が…」


「あたしは…大丈夫だから」


里緒菜はもう一度、言った。


「ありがとう」






しかし.....



香里奈のオーディション参加は、決定していた。


優は、自分の分と香里奈の分の参加用紙を、もう送っていたのだ。


応募数は、3万をこえたが、一斉に振り落とさせた。


書類選考で。


いや、写真判定で。


顔が悪い者は、すぐに落とされた。


歌を聴くこともなく。


同封されていたMDや、tapeは聴くこともされなかった。


それが、今回のオーディションを物語っていた。


広告塔である歌手は、


まず顔だった。


三分のニが、これで落とされて、


さらに、里緒菜の母親が、写真を見、


さらに半分が落とされた。


香里奈は、tape等を送付してなかったが、


母親が独断で通した。


残りの五千名が、


僅か数秒だけ、tapeを聴かれ、


引っかかるものがない者は、次々に落とされた。


最終、百くらいになってはじめて、


本格的なオーディションをすることとなった。




「はい」


優は放課後、香里奈を呼び出すと、


二次オーディションの参加資格票と、場所を書いた紙を渡した。


「ごめん。応募する時、速水さんの住所分からなかったから…あたしのとこにした」


「ありがとう」


香里奈は、参加票を受け取りながら、


「あっ。高木さんは…」


香里奈は少し…聞きにくそうに、優を見た。


「ああ!あたしも大丈夫よ」


優は鞄から、参加票を取り出した。


「よかった…二人とも通って」


香里奈は、ほっと胸を撫でおろした。


優はクスッと笑い、


「心配症ですね」


「いやあ〜」


香里奈は恥ずかしそうに、頭をかき、


「こういうの…1人だけっていうのも」


「あらあ?でも、最後に選ばるのは、1人だけですよ」


「そおなんだけど…」


そんな香里奈を、


心の中で冷ややかに見つめながらも、


「優しいですね」


「いやあ〜」


「オーディションの時間は違いますけど…お互い、頑張りましょう!」


優は、ガッツポーズを取る。


「うん。頑張ろう」


頷く香里奈に、


優は手を差し出し、にこっと笑った。


香里奈も笑い、


ゆうの手を握った。


2人は握手した。


香里奈は友好の…


優は宣戦布告の


握手だった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ