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勝ち気な虚言

「ふう」


大きく息を吸うと、香里奈は歩き出した。


直樹は、部活が始まったから、


忙しくなり、いっしょに帰ることが少なくなっていた。


勿論、祥子も恵美も。


1人、店まで歩こうと、


校舎を出てすぐ、


後ろから呼び止められた。



「速水さん」


香里奈が振り返ると、


笑顔の優がいた。


最初、誰かわからなかったけど、


香里奈は思い出した。


淳の事件の時、屋上の階段近くにいた優を。


「ああ〜」


と言ったものの…


名前を知らない。


優は、クスッと笑うと、


頭を下げた。


「隣のクラスの高木優です」


「隣のクラス!?」


香里奈は優を見つめた。


「突然で、ごめんなさい」


優はまた頭を下げ、


「速水さんは、有名だから…それに」


優は体の後ろから、隠していたものを出した。


「あたしも、音楽やってるんで」


それは、ギターケースだった。


普段は、布を捲いてギターケースに見えなくしているのだが、


今は布は取っていた。


優は、香里奈に満面の笑顔も見せていた。




「あっ、そう何ですかあ」



香里奈はそう言うと、頭を下げ、優に背を向け、


歩き出す。


優のことは、あまり知らないし、


馴れ馴れしく話すことも、嫌いだった。


「あの…」


優は少し戸惑い、


手をのばしたが、


香里奈が止まることは、なかった。



「チッ」


優は、軽く舌打ちした。


急いで、ギターケースに布を捲くと、


優は、香里奈の後ろを歩き出した。


最寄りの駅は、香里奈の歩く方向と同じだった。




駅前に立ち、ダブルケイへと帰っていく香里奈の後ろ姿を見送った。


今日は、公園でギターを弾く気にはなれなかった。



(どうせ…あの人は来ない)


優も香里奈に、背を向けると、


地下鉄への階段を降りていった。







空港から、


明日香と啓介は出てきた。


久々に、帰ってきた日本がとても懐かしく思えた。


「行きましょうか?」


明日香は、空港前のターミナルに並ぶタクシーに乗り込む。


啓介は、明日香の横顔を見ながら、


飛行機内の会話を思い返していた。





「もう…あの子は、あたしたちの子供でしょ?」


啓介は、ティアからきかされた真実を、


明日香に伝えられずにいた。


和恵は、


啓介と百合子の子供ではないという事実。


誰とも、血がつながっていないという真実を。


啓介は、言いそびれていた。


やっと日本に帰る便に乗って、和恵に会うと思った時、


啓介は覚悟を決めた。





真実をきいた明日香は、


驚かなかった。


まるでわかっていたように…。


四六時中、一緒にいた母親だから、


薄々気付いていたのかもしれない。



「啓介…」


明日香は、隣に座る啓介の手に、そっと


手を重ねて、


「この話は…2人だけの秘密にして」


明日香の目が、少し潤んでいる。


「もし…あの子が、それを知ったら…まだ耐えられないと思うから....。小さな子供に、必要なのは…愛情と安心」


明日香は、視線を前に向け、


「孤独や心配を与えては、いけないわ」


「ああ…」


「幸せだったと…家族の思い出を残したいの」


「ああ」


「大きくなって、外に出れば…大変なことばかり。だから、家族だけは絶対、気を安らげる場所でないと…」


啓介は黙って頷いた。


「いつか…自分で居場所がつくれるまで。家族が不安にさせては、いけないわ」



タクシーに乗り込みながら、


啓介は心に決めた。


いつか、その日が来るまでは、この真実は、封印しておこうと。



タクシーは、静かに動き出した。







「今日。明日香と啓介さんが帰ってくると思うわ」


営業前のいつものダブルケイ。


香里奈が扉を開けると、里美が告げた。



「ママたちが!やったー!」


カウンターに座る和恵は手を上げて、喜んだ。


「そうなんだ」


香里奈は、服を着替えに、二階に上がった。


里美は静かに、タバコを吹かす。


すぐに、音を立てて、


香里奈が降りてきた。


「里美おばさん!どういうことなの!」


香里奈は、カウンター内にいる里美の前まで来た。


里美はタバコを吹かし、


香里奈を見ない。



「おばさん!」


香里奈が叫んだ。



店の扉が開いた。


「只今」



明日香と啓介が、店内に入ってきた。



「ママ!」



和恵は、カウンターから飛び降り、明日香に走り寄る。


「只今、和恵!いい子にしてた?」


明日香は、和恵を抱き締めた。





里美は、タバコを灰皿にねじ込むと、


「こういうことよ」


里美はカウンターから出て、明日香たちに近づいた。


「お帰り。明日香」


「里美…」


明日香は、和恵を離すと、


里美を見つめた。


「ママ!里美おばさんの荷物がないの!」


香里奈の叫びに、


明日香は静かに頷き、


「やっぱり…出ていく気なのね?」


里美は肩をすくめた。


啓介は、和恵の手を取ると、


「お土産がある。二階で開けよう」


奥の階段へ連れて行く。



途中、香里奈の肩をポンと叩いた。


「パパ…」


啓介は頷いた。





「あたしが帰ってきたからといって…出ていく必要はないでしょ」


明日香の言葉に、


里美はため息をつき、


「音楽やめたんだって。どうして?」


里美は、明日香を見た。


「今は関係ないでしょ!」


「関係あるわ。あたしは、あんたが音楽をやって…世界中の、普段音楽が聴けない人々の為に、活動してるから…ここにいるのよ」


里美は、明日香を睨んだ。


「自分勝手に、音楽をやめて、多くの人を裏切るつもりのあんたの為に、店を守る気はないわ」


明日香は絶句した。


「じゃあね、明日香。この店にいて、恵子ママの教えを思い出すといいわ」


里美は手を上げると、扉に向かって歩き出す。


明日香とすれ違う里美。


「あんただって!音楽をやめたじゃない!」


明日香は叫んだ。



「あんただって…ファンを裏切ったじゃない!」


明日香は振り返り、里美の背中に叫んだ。


里美は扉に、手をかけたまま、


止まった。


「そうよ」


そして、振り返り、


「だから…もう二度と人前で、演奏しないわ」


里美の目を見て、


明日香は言葉を止めた。


強い言葉とは裏腹に、里美の目の奥は、悲しげだった。


「明日香…。あんたはヒット曲や、流行に生きる歌手ではないのよ」


里美は扉を開けた。


「あんたは…世界中に言葉を伝える…言葉をこえる歌を歌える人なのよ」


「里美…」


「それは…香里奈。あなたもね」


里美は、香里奈に微笑んだ。


「じゃあね。世話になったわ」


里美は出ていった。


香里奈は明日香を見た。


明日香は床を見つめ…動かない。


香里奈は、拳を握りしめると、


「おばさん!」


香里奈は追いかけた。


扉を開け、外に出ると、


里美が坂を下っていた。


「里美おばさん!」


香里奈が、走ろうとした瞬間、


一台の青い車が現れ、


里美はそれに乗り込んだ。


「おばさーん!」


香里奈が叫んでも、


車は止まることなく、


すぐに発車した。




「いいんですか?先生」


乗り込んだ車には、志乃がいた。


「いいのよ。車をだしてちょうだい」


運転しているのは、大輔だった。


バックミラーに、香里奈の走ってくる姿が映る。


「早く!」


里美が叫んだ。


車は出発する。


「後悔しないんですね」


志乃は、前を向いたまま、里美に言った。


「するはずがないわ」


里美も振り向かない。


バックミラーに映る香里奈が、小さくなっていく。


志乃は振り返り、


香里奈を見た。


「そうですね…」


すぐに、前を向くと、


「結局…先生は、優しいから」


志乃は呟いた。


「優しいって…出ていくのにか?」


大輔は、ハンドルを握りながら、言った。


「それが…優しいのよ」


志乃は、もう見えなくなった…バックミラーをしばらく見つめていた。




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