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アートウッド

パーフェクト・ボイス。


ジュリアの死は、世界中に衝撃と悲しみを与えた。


彼女の歌が、世界中に流れ、


大統領が、お悔やみの言葉を述べる姿が、ニュースとして流された。


すべての国が悲しみに包まれる中、





サミーのスタジオに、電話がかかってきた。


「明日香!電話よ」


ダイアナから、受話器を受け取った明日香は、


電話に出た。



「お久しぶりね」


電話の主は、


ティアだった。





「元気そうね」


ティアは、微笑んだ。


その胸には、何か黒い箱を抱いていた。


とあるビルの屋上に、明日香は呼び出された。


「ティア…」


明日香は、ティアに近づこうとした。


風が強い…。


眼下に、ニューヨークの光の街並みが広がっている。



「近寄らないで!」


ティアは、いきなり取出し銃口を、明日香に向けた。


明日香は、足を止めた。


「ティア…」



ティアはフッと笑い、


「あたしのすべては…終わったわ。あたしの愛する者は、もう誰もいなくなった」


ティアは片手で、箱を抱きしめた。


「明日香!最後に、あんたに言いたかった」


明日香は、ティアを見つめた。


銃口の向こうにある


悲しい目。



「パーフェクト・ボイス…。あたしにとっての…完璧な歌は…あんただった…」


風が、2人の髪をなびかせる。


「いや…あんたと、啓介。そして…マルコや、あたしの仲間たちの笑い声」



かつて…


ティアの故郷で、仲間たちを囲んで、


歌うLikeLoveYou。


「あの頃の音を…こえられなかった…」


ティアの瞳から、


涙が流れた。


「あの幸せな日々…」


ティアは、


銃口を、自らの額に当てた。


「ティア…やめて!死んではいけないわ。逃げては駄目よ!」


明日香は叫んだ。


ティアは大声を上げて、笑った。


「ハハハ…逃げる?逃げてるのは、今の方よ。生きてる方が、あたしは逃げているのよ」


ティアの言葉に、


明日香は愕然とし、動きが止まった。


「生きていてどうするの?」


「生きていれば…」


明日香の言葉を遮る。


「もう…この世界に…あたしの愛する人は…誰もいないのよ」


ティアは、片手で黒い箱を、ぎゅっと抱き締め、


「明日香…あんたに頼みがあるの。この子を…故郷に帰してほしいの。マルコが眠る…あの土地に」


箱には、ジュリアの遺骨が入っていた。


「やっと…向こうにいく決心ができた…。あの人と、あの子たちがいるところに…」



「ティア!」



「今から…いくわね…あなた」


ティアは、とても幸せそうな笑顔を浮かべた。



銃声が轟いた。


ティアが銃の引き金を弾いたのだ。


「ティア!!!」



今、


ティアは旅立った。


この世から、


愛する人が待つ世界へ。


それは、自殺なのか…。


ただ…


ティアは、解放されたのだ。


愛する人のいない世界から…。





警察と救急隊が、


明日香の連絡により、到着した。




事情聴取が終わり、サミーのスタジオに帰ったのは、


深夜をまわっていた。


心配して、サミーと啓介…スタジオのみんなが待っててくれた。



「明日香…」


啓介が、明日香に駆け寄った。


明日香は、緊張の糸が途切れたように、


よろけて、啓介の腕の中に倒れ込んだ。



「明日香…」


「ティアは…死んだわ」


明日香は呟き、


そして、泣き出した。


啓介は、明日香を抱き締めた。






そのまま、


明日香はダイアナに付き添われ、上のアパートへ連れて行かれた。



「終わったのか…」


啓介は呟いた。


「いや…終わらんよ」


サミーはそう言うと、


お酒を取りに、スタジオの端にある厨房に入った。


お酒をいれたグラスを2つ持って、現れた。


「これは…終わらない問題だ」


サミーは、啓介にグラスを差し出す。


受け取ると、一口飲んだ。



「もう…サックスは、吹けるのか?」


「何とか…」


啓介はグラスを見つめ、


「サミー…」


「何だ?」


「俺はもっと…強くなる。明日香や、愛する者の為に。もっと、強くならなければならない」







あれから…数週間後。


明日香と啓介は、ティアの故郷にいた。


小さな丘の上に、慰霊碑はあった。


殺された人々を祀った墓。


この国は…新政府と大国の支援により、落ち着きを取り戻していた。


もう十数年前の話だ。


かつての古い街並みは、破壊され、


新しいビルが立っていた。


あれほど、弾圧の対象になった音楽も、


街に溢れていた。



「安定が保たれ、余裕ができたら…人は、娯楽を求めるものさ」


啓介は、まったく別の国になった土地を見つめた。


明日香は、ティアとジュリアの遺骨を納めた墓に、花束を供えた。


慰霊碑の近くに、墓は建てた。


「そして…次は、金儲けになる…」


明日香と啓介が、墓から離れると、


どこからか、人々が現れ、


次々に花を供えていく。


自分達の国からでた歌姫。


まだ小さな…生まれ変わった国の英雄。


明日香は、丘を下りながら、目の前に広がる街並みを眺めた。


「もし…。今の…音楽溢れたこの国を見たら、彼女は…喜んだかしら?」


「さあな…俺にはわからないけど…。もう別の国だからな…」



「啓介…」


明日香は足を止め…後ろを振り返った。



「あたしは…音楽に憧れた。恵子ママの…ダブルケイのやさしい音に…」



墓は一瞬にして、


花で覆われる。



「だけど…この世に溢れてる音は…」


明日香は、ティアとジュリアの墓を見つめ、


「あたしの憧れた音じゃない」



「音楽は…ある意味、商品だ。娯楽という…金儲け。今は、それが強い」


啓介も墓を見た。


「音楽は…芸術よ」


明日香の言葉は、


風に消された。



「今は…違うだろな。ただ…消費されるだけの商品だ」




「啓介」


明日香は思い詰めた瞳を、啓介に向けた。


そして、


「あたし…音楽活動をやめるわ」


啓介は、ただ明日香を見つめる。


「あたしは、歌をやめる」


明日香の言葉に、


啓介はただ…前に歩きだした。


「…迷う時は、やらなくていい…。絶対、出さなきゃいけない商品ではなく」


啓介は、ただ丘を下っていく。


「お前が…芸術だと思うなら…」


「啓介」


「その日まで、休め」


啓介は振り返り、


明日香を見た。


「日本へ…ダブルケイへ帰ろう。母さんの店へ」


「うん」


明日香は頷いた。


そして、


啓介のそばまで、駆け下りると、


啓介の手を、そっと握り締めた。




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