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心とは何?

朝の日差しが、頬に突き刺さった。


ひんやりした空気とは別に、朝の日差しの癖に、妙に眩しかった。


変わることのない日常。


生まれたばかりでも、年老いた人にも、平等に降り注ぐ癖に、感じ方がちがうのはなぜだ。


生まれてすぐに、生きる強さを強いられる自然界とは違い、しばらくは、揺りかごにいられる…生きる余裕がある人間。


本田淳は、せせら笑っていた。


行き交う生徒が、敦に挨拶をする。


先生という職業についたのは、夢を叶える為だ。


毎日夢を見てた。


かつての学生時代。


淳は、複数の生徒に囲まれ、いじめられていた。


あの頃は…。


今の夢は毎日、あの頃のクラスメイトに殴りかかること。


それだけだった。


優等生だった淳は…進学の為、世間でいい顔をする為、いい子を演じていた。


それが、将来の為と…。


だけど、


(今の俺はどうだ?)


後悔ばかりだ。


(あの時、なぜあいつらを…殺さなかった)


地元に、臨時教師として、赴任したのは、すべて…


過去の復讐の為だった。



大学を卒業し、ブラブラしていた時期。


地元に帰ってきた淳は一度…バイクに乗って、信号待ちしているとき、女の子供を連れている男を発見した。


それは、間違いなく…あいつだった。


俺をいじめていたやつ。


野球部か何かで怪我をして、レギュラーから外されたか何かで、ムシャクシャしてたから…それだけの理由で、俺をいじめた。


周りは、いじめてるあいつに同情してた。


馬鹿じゃないのか…。


だったら、俺は何だ。


仕方ないのか。



信号が変わるまで、淳は考えていた。


(ひいてやろうか)


あいつの娘を…。


ハンドルを握りながら、淳は2人を睨み続けた。


しかし、淳はやめた。


もっと、いいことを考え付いたのだ。


教師になろうと。


この地元で。


淳はにやりと笑った。


信号は青になり、2人のそばを取りすぎる淳。


そうだ。


お前たちの子供の教師になろう。


そして、最低の点数と、評価をつけてやろう。


お前たちじゃなく、お前たちの大切なものに…俺がされたことを返してやろう。


(気まぐれで取っていた…教員免許が役に立つなんてな)


淳は楽しくて、思わずスピードを上げた。







「おはようございます」


「おはよう」


行き交う生徒と挨拶を交わしながら、


牧村優一(ゆう)は、学校へと向かっていた。


朝から日差しが強い。


眩しそうに、目を細めたゆう。


「おはようございます」


一際、透き通るような声の挨拶が、ゆうに向けられた。


「あ、おはよう」


声をかけられた方向を向くと、1人の女生徒がいた。


「ああ…」


ゆうはすぐに、その女生徒の名前が浮かばなかった。


目立つ子ではなかった。


しかし、誰よりも大きな瞳と、教室で佇む姿だけは、妙に印象に残っていた。


女生徒は笑顔で、


「牧村先生って…今度、軽音部の顧問をなさるんですよね」


「ああ、そうだけど…」


「あたし、入部するかもしれません」


ゆうは、その子の名前を思い出した。


「その時は、よろしくお願いします」


丁寧に頭を下げ、先を歩いていく後ろ姿を見送りながら、ゆうは呟いた。


「高木優…だったな」



生徒に挨拶していると、後ろから、もうスピードで追い越していく人物がいた。


軽くゆうと、ぶつかった。


相手は、謝りもせずに、歩き続けていく。


ゆうは少しムッとしながらも、その男に声をかけた。


「本田先生」


淳はピクッと反応して、徐に振り返った。


虚ろな目に、くまが異様に目立つ。


これでも、教師かと。


内心思いながらも、ゆうは笑顔で、淳に走り寄った。


「おはようございます。いい天気ですね」


ゆうの言葉に、淳は空を見上げ、すぐに下を向くと、


フンと鼻で笑った。


そのまま、ゆうを無視して、歩きだした。



「何だ…あいつは…」


ゆうは少し毒づくと、淳と距離をおいて、歩きだした。








「和也!いくぞ」


一階から、直樹は叫んでいた。


鞄を抱え、もう学校にいく準備は終わっていた。


ほぼ同時に起き、朝ご飯もいっしょに済ませたはずなのに…。


朝の準備は、直樹の倍はかかっていた。


「お待たせ」


和也は二階から、ゆっくりと降りてきた。


「忘れ物はないの?」


二階から、律子の声がした。


「ないよ!まだ寝てろよ」


夜遅くまで、小料理屋を切盛りしている律子の体を心配して、朝ご飯等は、直樹や和也が用意することになっていた。


最近まで、一人暮らしだった直樹には、朝ご飯をつくるくらい苦ではなかった。


「ナオくんも、気をつけて、いってらっしゃい」


それでも気になるのか…必ず、2人が学校にいく時間には、一度起きて、見送っていた。


(それが、母親か…)


直樹は母親の有り難さを、実感していた。






一番乗りで、教室に来て、授業の準備をする。


それが終わっても、まだ誰も来ない…。


里緒菜は、そんな一人でいる空間が好きだった。


家と学校の狭間。


誰もいない時。


人は、早く来て真面目と言うけど…。


里緒菜にとって、それはとても貴重な時間だった。


朝のひんやりした空気も、気持ちよかった。


気持ちを落ち着かせ、大きく深呼吸して、ぼおっとする。


なんて、うれしい時なんだろう…。


自然と笑みがこぼれた。


新しい脚本を書かなくちゃいけないけど…。


今は何も浮かばなかった。


満たされてるわけじゃないけど、新しいストーリーは浮かばなかった。


(そういえば…香里奈が…)


思い出そうとした時、


「!?」


里緒菜は当然、妙な視線を感じ、廊下の方を見た。


1人の少女がじっと、里緒菜を見つめていた。


(誰?)


里緒菜は訝しげに、少女を見た。見覚えはない。


少女はフンと鼻で笑うと歩き出し、教室の向こうに消えていった。







里緒菜の隣の教室に入った…高木優は、鞄を机に置くと、まだ誰も来ていない教室の中…窓側へ、近寄った。


カーテンに隠れ、佇む。


窓の下を見ると、登校してくる生徒たちの姿が確認できる。



その中に、和也と直樹がいた。


優はじっと二人を凝視する。


遠くから、全力で走ってくる女がいた。


速水香里奈だ。


香里奈は、二人に追いつき、挨拶をしている。


その様子を、ゆうはただ冷ややかに見つめていた。






ガラガラ…と建て付けの悪いドアが開くと、岸本恵美と中山祥子が教室に入ってきた。


「おはよう」


「相変わらず、早いな」


恵美と祥子は、鞄を置くと、里緒菜に近づいてきた。


「おはよう」


里緒菜も挨拶した。


「昨日のあれ見た〜!」


祥子がテレビの話題をふってきた。


「最近のお笑い番組はつまらん」


恵美は、里緒菜の隣の机に腰掛けた。


「面白いのもあるわよ〜」


祥子が反論する。


「そりゃあ〜なあ」


「それに、面白くないのだって…いかに、面白くなる可能性があるのか…探すのが通なのよ」


祥子の言葉に、


「それは、おかしいだろ。笑いなんて、単純なものだろ」


「だったら、シュールはどうするのよ!」


熱くなる祥子に、


「つまらん。自己満足だ。あんなもの」


吐き捨てるように言う恵美。


「お笑いを理解してない!」


「理解する必要があるのか?」


「よーく考えたら、面白いの」


「よーく考えなきゃ、面白くない笑いなんて、いるか!」


「メグちゃんの頭でっかち!」


「何だと、このオタクがあ!」


恵美の言葉に、祥子はキレた。


「お、オタクーゥ…筋肉バカに言われたくないわ!」


里緒菜は朝から、ヒートアップする2人に呆れて、頬杖をついた。


「里緒菜はどう思う?」


「里緒菜ちゃん!」


火花が飛んで来た。一斉に2人にきかれ、里緒菜はため息混じりに、


「興味なし」


と答えた。


「えーっ!」


祥子の嘆きの声とともに、教室のドアが開き、


「オハヨー」


と、香里奈と直樹…そして、和也が入ってきた。


「何、盛り上がってたの?」


香里奈が、3人の間に割って入った。


「大したことじゃないわ」


里緒菜は、席を立った。


「どこいくの?里緒菜」


まだ白熱している恵美と祥子を


尻目に、


「トイレよ」


里緒菜は、廊下に出た。


トイレにいくには、隣の教室の前を通らないといけない。


里緒菜は、廊下を歩き、トイレに入った。






手を洗っていると、後ろに気配を感じた。


鏡を見ると、1人の女が映っている。


女は、里緒菜の隣で水面所の鏡を覗いた。。


里緒菜は、その女には見向きもせずに、立ち去ろうとする。


「あなた…如月さんね」


女はいきなり、声をかけてきた。






何人か、教室に入ってくると、優は、窓から離れ、奥から2列目にある自分の席に座った。


静かに、授業の準備をする。


そんな優の目線の端に、廊下を歩く里緒菜の姿が映った。


優は廊下を横切って行く里緒菜を見送ると、少し考え…徐に席を立った。






「如月さん…ですよね」


去ろうとする里緒菜の背中に向かって、優は声をかけた。


里緒菜は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。


「そうだけど」


里緒菜は、優を見た。少し思い悩む。


(知らない子だ…やっぱり…)


訝しげな表情の里緒菜に、優は笑顔を向けた。


「確か…演劇部でした…よね」


「ええ…」


里緒菜は訝しげな表情のまま、頷いた。


そんな里緒菜を気にせず、優は笑みを崩さず、言葉を続けた。


「この前の公演…あたし、見に行ったんですよ」


「あ、ありがとう」


里緒菜は一応笑顔になり、礼を述べた。


優は、視線を鏡に移し、鏡に映る里緒菜を見つめ、


「とってもいい演技で…演技に見えないくらい…」


「?」


里緒菜は意味がわからず、優の言葉を待った。


優はクスッと笑い、


「いいストーリーで…如月さんが書いたんですよね」


里緒菜に視線を戻す。


「そうだけど…」


里緒菜は、優を凝視した。


優と視線が絡み合う。


優は口許を緩めると、


「愛する2人が、いろんな障害を乗り越え…ハッピーエンドに!」


キャッと、大袈裟に、優は声を上げた。


「本当に…よかったわ」


優は大袈裟に胸の前で、祈るように両手をあわせ、


「愛する人への思いが溢れていて…本当に…演技だなんて…」


優は一転して、


「思わなかったわ…」


里緒菜を軽く睨んだ。


「え…」


表情の急な変化に、戸惑う里緒菜に…


優は近づき、耳元で囁いた。


「みっともない」


優はそのまま、


里緒菜の横を通り過ぎた。


絶句する里緒菜。


すぐに、はっとして、里緒菜は、優の姿を追った。


優は、トイレのすぐに隣の教室に消えていった。


チャイムが、学校中に響き渡り、今日の始まりを告げる。


里緒菜は少し、その場に立ち尽くしてしまった。




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