あなたに
プルルルル…。
電話が鳴った。
入院する為の準備をしていた…恵子は、慌ただしく受話器を取った。
「はい」
冷静な…時には、冷たいと取られる恵子の口調よりも、
さらに冷静な声が、聞こえる。
「元気?」
しばらくの間の後、
2人は爆笑した。
「何?かずちゃん?」
それは、海外…フランスからの国際電話だった。
「久しぶりね。ママ。元気にしてた?」
「かずちゃんこそ、元気なの?」
「少なくても、ママよりは…。啓介からきいたわ。入院するんでしょ」
恵子は、クスッと笑い、
「大したことないのよ。啓介は、大袈裟だから…」
「ママ…」
突然、和美の口調が変わる。
「何…?」
「気をつけてね」
「ありがとう」
恵子の口調の…元気な様子が…
和美には、不安に感じられた。
「ママ…」
何か言おうとした和美の言葉を、
恵子は、遮った。
「かずちゃん…アメリカに活動を移すんだって?」
「短期間だけよ…。ファンに呼ばれてるから。歌手なら、行かなくちゃ…」
「かずちゃん…」
「ママ。あたし…今…充実してるの。歌手として。例え、啓介がいなくても…」
「かずちゃん…」
「確かに…啓介以上に合う相手は、いないけど…」
和美は一度、言葉を止め、
「だけど、啓介といたら…今のあたしはないの。今、アメリカにいく…あたしはいないの…」
「そうね…」
恵子もすぐに、言葉が出なかった。
「明日香ちゃんは、すごいわ。あたしは、振られたけど…あの子は一度、振ってるのよ」
「あの子はね…」
「わかってるわよ。ママ!あの子は、振ったんじゃなくて…自分で努力したのよ」
和美は目をつぶり、
明日香に語りかけていた。
そばにいなくても…。
「あの子は強いわ」
「そうね」
恵子は頷く。
「だけどね…ママ…」
和美の口調が変わる。唇を噛み締めた後、
「あたしは諦めたけど…諦めないやつもいるわ」
和美の口調は力強く、
心配気に、話す。
「いつか…諦めない…往生際の悪いやつもでてくるわ。きっと…」
「かずちゃん…」
「その時は、ママ…。明日香ちゃんを守ってあげて」
「かずちゃん…」
恵子は、言葉に詰まり…
「あたしはもう、おばさんよ…。あなたが…守ってあげない」
「あたしは…」
和美は言葉に詰まり、軽く苦笑した。
「あたし……日本にいないのよ。しばらくは、ママの役目よ」
「啓介が…」
「あれは駄目よ。音楽以外、役に立たない」
恵子も苦笑した。
「そうね。頼りないわ」
「ママ…」
「何よ。かずちゃん」
「あたし…ママが大好きよ」
恵子はびっくりし、
照れながらも、
「あたしよ…かずちゃん」
「長生きしてね」
「ありがとう」
恵子は、電話を切った。
あれから、何年…。
もう恵子も、
和美もいない…。
そんな世界に、明日香達はいる。
朝の日差しの中、
明日香は、洗濯物を干していた。
日本も、アメリカも、
人の生きる基本は、変わらない。
ラジオから流れる歌声…
ジュリアの声に…
明日香は、違和感を感じていた。
パーフェクト・ボイス…。
それは、
パーフェクトであるはずはない。
明日香はこの歌声に、
運命の違和感を感じ取っていた。