忍び寄る影
警察が屋上に突入瞬間を、出入り口から見てた優。
「バカじゃない…」
刺されても、告白しない和也に、優はそう呟くと、
倒れている直樹に気づき、
「飯田くん」
駆け寄り、抱き上げようと、近づく。
直樹に手をのばし、触れようとした時…。
「ナオくん!」
香里奈が、駆け寄ってきた。
直樹をはさんで、
香里奈と、優の目が合う。
「え…」
しばらく、時が止まる。
優は不敵に、笑った。
「生徒が倒れてる」
「早く、タンカーを!」
救急隊が、階段を上がってくる。
「怪我人を、早く!刺されている生徒もいるぞ」
「離せ!まだ終わっていない!」
叫び、暴れながら、淳は警官におさえられて、屋上から連れていかれる。
直樹も、タンカーに乗せられる。
直樹にすがりつく香里奈を、横目で見つめながら、
タンカーで階段を降りていく直樹を、優はただ…見送った。
怪我人十数名を出したこの事件は、学校外からの犯行ではなく、
中にいる教師が、行ったということが、社会的に、波紋を投げかけた。
淳が神と語った…サイトは、ネット上から消えていた。
事件後…いや、
事件前に消えていた。
刺されたゆうと、和也以外の怪我人は、幸いにも軽傷ですんでいた。
直樹と恵美も、すぐに意識を取り戻した。
和也は、しばらく入院することとなった。
ゆうは和也とは違い、
傷は浅く、すぐに退院できた。
「脂肪が、多かったからだわ」
泣きながらも笑って、
妻の幸子は、ゆうに言った。
「悪かったな!年いったら…お腹につくんだよ」
ゆうは、幸子を軽く睨んだ。
「え?香里奈ちゃんが」
新曲のレコーディングの為に、スタジオ入りした志乃に、香里奈の学校の事件は、すぐに伝えられた。
志乃は、香里奈の幼なじみであった。
「先生が、犯人らしい…」
歌詞をチェックしながら、大輔が言った。
「何でも、神の啓示を受けたとか…」
「神の啓示?」
志乃は考え込んだ。嫌な感じがする。
「まあ…変なやつはいるからな…」
大輔は、あまり気にせずに、次の指示をスタッフに出す。
「特に…彼女は、有名だ。明日香さんの娘で…、デビュー前だが、業界では密かに、争奪戦が繰り広げられてるしな」
「え?香里奈ちゃんが」
新曲のレコーディングの為、スタジオ入りした志乃に、香里奈の学校の事件は、すぐに伝えられた。
「先生が、犯人らしい…」
歌詞をチェックしながら、大輔が言った。
「何でも、神の啓示を受けたとか…」
「神の啓示?」
志乃は考え込んだ。嫌な感じがする。
「まあ…変なやつはいるからな…」
大輔は、あまり気にせずに、次の指示をスタッフに出す。
「ねえ…。今、話題になってる…パーフェクト・ボイス…知ってる?」
志乃は考え込みながら、大輔にきいた。
「そりゃあ…俺も、音楽にかかわっているからな」
大輔は、歌詞を書いてある紙を、テーブルに置いた。
「気になるのよ…香里奈の学校で起こったことと…彼女の歌が…」
「どうしてだよ?」
「気づかない?すべてじゃないけど…ある箇所が…とても…」
志乃は考え込んだ後、苦笑し、
「フン」
鼻で笑った。
「だけど…潰すなら、正々堂々と、実力で勝負するものよ」
香里奈の実力は、幼なじみの志乃が一番わかっていた。
志乃の言葉に、今度は大輔が笑った。
「毎年…何万人もデビューする癖に、この業界は狭いからな…。売れ残るやつは、数人だしな」
「そうね…」
志乃は歌詞の書いた紙を、大輔に突き付けると、
スタジオの中に入る。
「歌詞覚えたから…歌うわ」
志乃も、ぐずぐずしている暇はなかった。
里美は、昼ご飯の用意をする為に、2階のキッチンにいた。
ラジオをかけていた。
DJが、今話題の歌手として、クリスティーナ・ジョーンズを紹介していた。
流れる音楽。
里美は、料理をする手を止めた。
クリスティーナの歌う…
ある箇所が引っかかった。
「これは…」
里美が、真剣に曲を聴こうとした瞬間、
大路学園のニュースが、飛び込んできた。
「香里奈!」
里美は火を止め、キッチンを飛び出した。
「里美おばさん」
テレビを見ていた和恵に、
「和恵ちゃん。ご飯…パンでも食べて、待ってて!お姉ちゃんの学校行ってくる」
里美は家に鍵をかけ、学校に向かった。
無傷だった香里奈に、安心して、里美は家に帰った。
学校はパニックとなり、警察の事情聴取もある為、
生徒は、午後の授業は中止して、帰された。
香里奈は、直樹や和也が運ばれた病院に行くつもりが、祥子がショックで、震えている為、
里緒菜と先に、祥子を送ってから、2人は、病院に向かうことにした。
場所はわからなかったが、意識を取り戻した直樹から、香里奈に電話があった。
「ナオくん、大丈夫?」
「うん。俺と岸本さんは、大丈夫。和也は…今から…手術だ」
「病院はどこ?」
香里奈の言葉に、
「今、和也のお母さんも来たし…今日は、ばたついているから…」
直樹は言葉を止め、
「今日は、やめておいた方がいいよ…」
「でも…」
香里奈の肩を叩き、里緒菜は電話を変わった。
「でも、場所だけ…教えてほしい」
里緒菜の願いに、
「今から、岸本さんは帰るから…」
直樹は、運ばれた病院の場所を告げた。
香里奈と里緒菜は、恵美を迎えに行く為に、病院に向かった。
病院の待合室で、
香里奈と里緒菜は、直樹と恵美に会った。
2人は元気そうだった。
「大丈夫?恵美」
「大丈夫だ。でも…不覚をとった…油断した」
恵美は、悔しそうだった。
「藤木くんは?」
心配そうに、里緒菜がきいた。
「手術はすぐ終わった。大丈夫みたいだ…」
「よかった…」
里緒菜は、胸を撫で下ろした。
「ナオくんは…」
香里奈の質問に、
「俺は全然、大したことないから…」
直樹は微笑んだ。
香里奈も安心した。
「俺は、和也に付きそうよ。おばさん、1人じゃ…大変だろうから…」
「ナオくん…」
「何か会ったら、電話するから」
香里奈と里緒菜、恵美は病院を後にした。
最寄りの駅から、電車に乗り込んだ。
病院から、降りる駅まで、里緒菜は終始、無言だった。
先に、里緒菜の降りる駅に着いた。
「じゃあ…降りるね…」
うなだれたまま、電車を降りる里緒菜に、
「里緒菜!」
香里奈が叫んだ。
振り返る里緒菜。
「大丈夫だよ。藤木くんは…」
「うん…」
里緒菜は頷き、電車の扉はゆっくりと…閉まった。
「大丈夫」
扉が閉まり、走り出した電車の中で、
恵美が、香里奈の肩を叩いた。
「恵美…」
電車が次の駅に着く。
「おれ、ここだから…」
恵美は微笑みながら、電車を降りた。
「また学校でな」
恵美は降りると、香里奈を乗せた電車が発車するまで、見送った。
香里奈は、電車の中で、手に振りながら、恵美の姿が見えなくなると、
そのまま、電車のドアに、倒れるように…頭をつけた。
あれは…
あの包丁は…
あの男は…
あの悪意は…
あたしに向けられていた。
一体、どうして…。
神の啓示とは…
何なの…。
香里奈には、真実はわからなかった。
「あんたを、狙ってたって!?」
ダブルケイに、帰ってきた香里奈の話を聴いて、里美は考え込んだ。
「神の啓示…考えられるのは…」
里美は、一枚のCDを鞄から取り出し、封を開け、
トレイにのせた。
「気になることがあったの…」
クリスティーナ・ジョーンズ。
音楽が流れる。
「お、おばさん?」
香里奈には、いきなりで訳がわからない。
「黙って、聴いてて…あんたなら、わかるはず…」
仕方なく、香里奈は音楽を聴く。
パーフェクト・ボイスと言われているらしい。
確かに…素晴らしい。
香里奈が思わず、聴き惚れていると、
「ここよ!」
里美が叫んだ。
「あっ…」
香里奈は気づいた。
まさか…。
「もう一度かけるわよ」
里美は巻き戻した。
この歌い方…。
フェイクの仕方は…。
「そう…あんたの癖よ。独特な…あんたの癖…」
里美は頷いた。
「そんな…」
「こんな癖…今まで多くの歌手を聴いたけど…誰もいなかった」
里美は、CDを止めた。
「この癖に気づくのは、長年…あんたの歌を聴いている者か…。この前のコンサートを聴いた者だけよ。それも…素人では無理…気付かないわ。音楽をわかる者でないと…」
里美の言葉に、香里奈は唾を飲み込んだ。
「まさか…」
「そう…あいつらよ」
「そんな…」
「神の啓示…いきなり、人を襲うも…この前の騒動を思い出すわ」
「音のドラッグ…」
里美は、CDを閉まった。
「気をつけなさい…香里奈。あいつらはまだ、捕まってないわ」
香里奈は、クリスティーナ・ジョーンズのCDを手に取った。
「でも…今回のは…前と少し違うように感じる」
里美は、タバコに火をつけた。
CDを見つめる香里奈を見つめながら、里美は、
「パーフェクト・ボイス…これが、彼らの手によるものなら…」
タバコを吹かす。
香里奈はCDから、顔を上げた。
「前とは…まったく違うレベルで、何かしょうとしてるわね」
「違う…何か…?」
香里奈は、里美を見た。
「それは…わからないわ」
里美は肩をすくねた。
香里奈は、身を震わせた。
「だけど…もしかしたら…」
里美はタバコを、灰皿に置いた。
「もしかしたら…」
「明日香なら…つかんでるかもしれないけど…」
里美は、漂う煙を見つめた。
「ママ…」
香里奈は、明日香を想った。