Love Songs編 鏡
部屋にあるー全身がうつる程の大きな鏡は、
毎日、
あたしに確認させる。
自分の商品価値を。
普通よりは、上だと思う。
それは…そうでいられるように、
毎日努力してきたから…。
女は顔や容姿じゃない。
と、言い切れる環境にいる人が、羨ましかった。
本音と建て前。
薄ぺらい建て前の、
透けた本音。
そんな視線と、賞賛の中で、生きてきた。
そんな世界から、少しでも逃げたくて、公立の高校にいくことにした。
確かに、そこにも、
イジメやいろんな問題があったけど、
所詮同い年だ。
あらゆる世代から、
いつも見られ、監視され、品定めされ、時に嘲られ、
誉められる。
そんな死ぬまで続く…
しがらみよりは、ましに思えた。
「お嬢様…お時間です」
ドアをノックする音とともに、この家に仕えている執事が、姿を見せた。
「今、行きます」
鏡にそっと手を触れる。
大きな鏡は、部屋のすべてを映していた。
この鏡は、パパがつけたもの。
お前のすべては覗かれていると思いなさい。
里緒菜は、鏡の中の自分を見つめる。
鏡の中にも、
自由がないわ。
里緒菜は自分に笑いかけ、
「今日も人形みたいに、素敵よ」
皮肉ぽくつぶやくと、部屋を出た。
執事が、ドアのそばに控えている。
「お客様がお待ちです」
里緒菜は、執事を見ずに訊いた。
「父は?」
「もうお席の方に」
執事は、頭を下げた。
「急ぎます」
里緒菜は、真っ直ぐにのびた廊下を、早足で歩き出す。
その廊下を歩く途中で、険しい顔から、
作り笑いへと変えていく。
ドアを開けるときには、満面の笑みに。
「お待たせしました」
その笑顔は、薔薇のように美しいが、
もちろん、棘はある。
ただし、その棘は…
里緒菜自身を傷つけていた。
数多くのフラッシュの中、
藤木和也はいた。
数多くの服に囲まれながら。
「OK!よかったよ。カズくん」
撮影の様子を見守っていたオーナーが、歓喜の声を上げた。
「最高〜!」
今まで、親戚だった企業の後ろ盾があったが…今の和也には、それがなかった。
だけど、
時祭グループの力が関係ない小さな店は、和也をこれまで通り、モデルとして使ってくれた。
この店も、数少ない、和也を使ってくれている店の一つだった。
この店のホームページや、ネット関係は、すべて…和也がモデルになっていた。
「ありがとうございます」
タオルを受け取り、汗を拭いながら、和也はオーナーに近づいた。
「これから、ドンドン新製品が入ってくるから…頑張ってちょうだいね」
「はい!」
和也は笑顔でこたえた。
「よろしくね」
オーナーは、和也の肩を叩いた。
「すいません…今日は、これで失礼します」
時計を見、時間を確認した和也は、頭を下げると、少し急いで、スタジオを後にした。
「勿体無いわね…あんなに売れっ子だったのに…」
オーナーは、和也の背中を見送りながら、呟いた。
暗闇を歩いてるような感覚が、体にべったりとはりついていた。
こういう時は、気分転換でもできたらいいんだけど…。
直樹には、そのすべがわからなかった。
あまりの暗闇は…
直樹に昔を思い出した。闇ばかりの世界…未来という光に導く者はもう…どこにもいなかった。
もともと、明るい性格ではない。
自分でわかってるから、明るくできた。
能天気。
と、いつも笑顔でいる直樹を、そう言うやつもいた。
ちがうよ。
そう思いながらも、笑顔は崩さなかった。
演劇部に入ったのも、笑顔に笑顔を重ねる為。
分厚い笑顔の仮面は、心の闇を隠してくれていたけど…。
もう…
その厚さは、限界まできていた。
重さに、仮面が剥がれ落ちた時…
直樹は自分でいられるのか
わからなかった。
そもそも、
自分とは一体…
何だ....。