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第1話 『始まりの日』

今日は2月3日、節分だ。

一人暮らしの今となっては何の変哲もない普通の日であり、わざわざ家で豆撒きなどやらなくなっていた。

いつも通り、仕事帰りにお酒と夕飯の弁当を買って帰る。

家ではスマートフォンを弄りながらテレビや動画を掛け流し、眠たくなったら寝る。そしてまた仕事へ行く。

休みの日も疲れが抜けず半分は寝る。今はそれが俺の一週間…いや、毎日の日常となっている。

いつからか部屋の掃除すら億劫になるくらい怠惰になり、もはや風景化した“ゴミ”という名のオブジェクトになんの違和感も抱かなくなっていた。

仕事と休日を疲労という言い訳で頭を真っ白にしながらただただ繰り返す、そんな日々。


もう『夢』や『目標』などは過去になり、いつのまにか思い出と呼ぶ事すら烏滸がましい。その為の努力は無駄になった。誰かが言っていた「努力が無駄になることなんて無い」と。

そんな事が言えるのは『努力』に加え、更に『運』が付いてきた人だけが都合良く使えるのみであり、ファンタジー小説なんかでよく使われる表現で言えば正に『選ばれし者』の言葉だ。

夢、目標…。

昔、高校時代からバイトはしてた為、少しは無茶なバイト慣れをしていたのだが、大学時代の時はバイトの掛け持ち、勉強もしてと、まともに寝れない魔の50日連続勤務をした時もあった。流石にあの時はぶっ倒れそうになって休みを取ったんだっけ。でもその時は、学費を稼ぐという目標があった。だから頑張れた。

警察官…特に刑事への憧れを持ち、法学を学び、法に関する仕事がしたかった。

でも今はそんな大学もせっかく4年になったというのに、隣人の騒音被害や心のズレなどが弾け、いくつかの病気を罹ったりなんだりで、やはりお金の工面が追い付かずに退学になった。

そしてなんの目標もないまま今の仕事についた。仕事があるだけマシ?正直、楽しさなんてない。

だからって自暴自棄に八つ当たりする事も出来ない臆病者。それが俺。


目標が無いまま仕事をしてると余計に疲れを感じるし、ストレスの発散が上手くいかない。ある程度のお酒と大量の弁当を買って、食べてストレスを解消する毎日。


そんな生活だから、年に数回、少しだけ休暇を貰い親元へ帰り、母や父、妹達と過ごす時間がとても貴重だった。

もう、そう思う位の歳だ。

二十歳過ぎてから時間が過ぎていくのが早いというけど、確かにめっちゃ早い気がする。三十からはもっと早いのだろうか?

幸先の悲観をしてばかりの小心者、まるで人生への天邪鬼。


ポケットから鍵を取り出しながら、何の変哲もないドアに向き合う。


『家』というより『寝床』への帰宅という生命維持活動にも、やはり少しの安心感はある。


「ただいま」

返事が帰ってこないのは知っている。一人暮らしだからな。


冷たい取っ手を回しす。


締めたドアに向き合いながら、玄関の鍵を回した時だった。


「あぁ」「お帰り」




そう、はっきり聞こえた。


ふと振り返る。

そこには何もない。

なんだ、誰も居ないじゃないか。ただの幻聴。疲れているだけ。

そう思いたかった。

思いたかったのだが。


また扉の方へ振り戻ったそこには、本当に何も(・・)無くなっていた。

飲み込めない状況に焦る暇もなく更に辺りを見回す。


「は?」


まともな言葉すら出ない。本来あるはずの扉が、部屋が、無い。


「なんだよこれ?」

夢でも見ているのか?じゃなきゃ変だ。

それにこの色といい。心霊現象だというのだろうか?

自分の体を跨ぐ様に半分真っ二つ、片方が白い空間で片方は黒い空間だ。

どうなっている?

あぁ、疲れすぎて寝そうなのか?


強めに自分の頬を叩こうとした、その時。


「人よ」


もう何処から聞こえているのか分からなかったが、それでもなんとなくで、声の方向へと振り向く。

すると、黒い空間には白いオーブが、白い空間には黒いオーブが浮いていた。


白いオーブから声が聞こえた。


「人よ、生きるとは良い事ばかりでは無かっただろう」


続けて黒いオーブからもはっきりと声が聞こえた。


「理想だけでは生きていけず、現実を生きる上で、自分の心が醜いと感じる事もあっただろう」


え?なんだよこれ?

今、とても非現実的な現象に遭遇している。

でも何故か、訳の分からない現象に会っているというのに、段々と落ち着きを取り戻していく。何故なのだろうか?この声達はとても心に響く。


2つのオーブは更に語り掛けてくる。


「人よ、社会に呑まれ自分を殺し、周りと同じ主張をする事で身を守らねば現実では生きていけない、どの世界もそう出来ている」


「それはお前も嫌と言うほど痛感しているはずだ、その上で問おう」


問い。そう聞こえた。


だからーーー俺は答える。


答えなきゃいけない気がしたから。全てを見透かされて居る様な感覚。だけど自問自答の様にも感じるこの感覚。


もちろん夢でも見てるんじゃないかと思うけど、夢なら夢なんだから変な事があったっていいのではないかだろうか。

今までの自分の気持ちへ核心を突く質問、目の前のオーブは俺の心の表れなのかもしれない。

ならどうせ周りに人なんて居ないのだから、このタイミングで気持ちの整理をするのも大切な時間なのだろう。


「わかった」






2つのオーブの問いかけが始まる。

同時に、景色が変わる。憎悪や嫉妬、更に多くのドブ色の欲望が、風景となり全てを覆い始める。


「ある世界の…ある社会の悪は人類の悪だ。皆それを排除すべきだと口を揃えて言う。ただ何故悪なのか?理由は分からない。分からないという要素は更に不安を煽り、益々の排他的感情を増幅させる」


「人類は自らの醜い罪の心を、時に鬼や妖怪、悪魔など、抽象的な偶像を掲げそれに押しつけ、その悪の所為だと口を揃えて言う。悪を消せば少なくとも皆の心から醜い心が減るのは確かだ。皆そう信じそれが、目的なのだから」


「人よ」

「おまえは」


「社会の願いの為にそれを滅ぼすか?」

「心の醜さを隠す為にそれを滅ぼすか?」


頭の中で、過ごしてきた幼少期から今までの記憶が次々と蘇る。

もしかしたらこれを走馬灯って表現するのかも知れない。


俺は答える。真面目に答えないといけない気がした。


「滅ぼすかどうかは自分の目で確かめてから決めるよ。俺も醜い人だから、先入観は生まれると思うけど。滅ぼすとかヤバそうな事、流されて決めるなんてしない。周りなんて関係ねぇよ。それに俺の心が醜いのは俺のせいだ。別に悪魔や鬼に押しつける事はしない。ほら、俺ってそれだけはした事ないんじゃないか?今日だって節分だろ?“鬼もうち福もうち”みんなで温まればいいんじゃね?」


「……」「……」


「知ってるだろ?さっきの走馬灯でも出てきたし。それと昔から俺はヘタレだからそんな勇気もないぞ」



「…ぁあ」「…そうだな」


「がーん」

自問自答なだけに、言われてちょっとショック。


「……うむ、聞けてよかった」「お前は、お前なのだな」


「ん?」

コイツらって、なんか“自我”を持ってるっぽい受け答えだよな?

ここって俺の自問自答空間のはずじゃないのか?



すると風景が変わる。今度は暖かな風が吹く光の空間に。



「扉を閉じてまで聞いた甲斐があった」

「案外大変なのだぞ」


目の前に大きな扉が現れ、ゆっくりと開き出した。

心なしかその扉に風が吸い込まれているような?


「ちょっと待ってくれ!アンタ達は一体?この扉もなんなんだ?」


「大丈夫、我々はいつも共にある」


「だから案ずるな、まぁ今度は完全にお前に融けてしまうがな」


徐々に扉に吸い込まれ始める。

これは本格的にまずい。本能的にそう感じる。


マジこれなんなの?!


「なんか吸い込まれるんだけど!」

「いつも読んでいたろう?」

「は!?読むって何を!」

「お前が好きなファンタジーだ、異世界召喚…うむ?この場合は転生となるのかな?まぁそんな奴だよ」


訳がわからない!

「はあ!?俺仕事帰りだから寝たいんだけど!」


更に、扉が全て開かれ吸い込まれる勢いが増す。

妙な浮遊感と共に足が地面から浮き上がり、身体のコントロールが効かなくなる。


「あちらでは味方もいる」

「まぁ、そう焦るな」

「いや!流石にこれは焦るだろ!」


その言葉を最後に、俺は完全に扉の中へと吸い込まれた。


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