第76話 サメ兵器
俺は魔王に向かって飛びかかる。
サメとしての軟骨と筋力を活かせば、想像を絶する性能を引き出すことができるのだ。
しかし、その程度なら魔王は余裕で迎撃できるだろう。
「波羅空打を受け止めた如きでいい気になってもらっては困るな! これが私の武だ! 富士見無敵流『魔楼陣』!」
「ぐわっ!?」
魔王が陣を描くような動きをすると、俺は弾き飛ばされた。
力もほとんど入っていない優しい当て身のようだったが、やはり何かの技らしい。
「魔楼陣……まるで枝垂桜の如く受け流す技だ」
「じゃあ近づかなければいいんだな! こいつでどうだ!?」
俺は近くの瓦礫を蹴飛ばした。
人外の筋力で放たれるそれは、剛速球というのも生温い速度だ。
「富士見無敵流『蛸脚・飛魳落とし』」
目にも留まらぬ足技。
俺の目をしても、脚が伸びたようにしか見えなかった。
「富士見無敵流には飛び道具を潰す技がいくつかある。鉄砲すらも無駄なのだ」
本当に古武術なのかそれ。
鉄砲を迎撃する技とか、何らかの防具をつけた前提になるのでは?
あるいは銃そのものを蹴り落とすか……何を目的として生み出された武術なんだ。
「今度はこちらから行くぞ」
「速っ!?」
「瞬歩、あるいは縮地という技術だ」
瞬きもしていない一瞬で、魔王は目の前に現れる。
そして、俺の頭部にそっと手を当てた。
「終わりだ――富士見無敵流『勇魚打ち』」
「やめ――」
俺の視界は、そこでブラックアウトした。
◇
「ふん。富士見の一族にしては小さいと思ったが……技すら無いとは」
頭部が爆散し、地に付した虎鮫の死体を見ながら魔王マジナは吐き捨てた。
虎鮫の身長は、平均身長が180を大幅に超えている富士見一族にしては、あまりにも小さすぎた。
その上、一族の継承する富士見無敵流という武術の基礎すら見えない動き。
人外の力を手に入れる前から、武術に全く触れていなかったことが分かる。
「……地球は支配してしまおうか――ッ!?」
同じ流派と戦えるかもしれないという期待が無駄になったことで、少しばかり失望し、その場を後にしようとしたその時。
脚に万力を遥かに超えるような圧を感じた。その正体は――頭部を失った虎鮫だった。
「貴様ッ!? 本物の化生になったか!? 頭を失って生きているなど!」
すぐさま振り払おうとする。
しかし、魔王すら超える力と鮫肌のような滑り止めが、サメに噛まれたように捉えて離さない。
そして、魔王自身も長らく掴まれる経験がなかったので、抜け技が鈍っていたのだ。
「ぐああああ!? さ、錆刀」
『錆刀』。鍛え上げた手と技から繰り出される、切れ味の鈍い刀のような手刀。
その技にて、虎鮫の腕を切断し、強烈極まりない掴みからぬけだした。
「馬鹿な!? トカゲか貴様は……!」
しかし、虎鮫の腕は切断されてなお、力を緩めることはなかった。
魔王が激痛に顔をしかめている間にも、虎鮫はよたよたと距離を詰めてくる。
「……いいだろう! 今度こそ息の根を……心の臓を止めてやる!」
虎鮫の手指を強引に切断して逃れた魔王は、腰を深く落とし、手を左手を前に突き出すように構えた。
長年……それこそ何百年と続けてきた武術の構えだ。それが今や、力と不死性しか能の無いサメ人間に破られようとしている。
魔王マジナにとっては、それが何よりも許せなかった。
「行くぞ――抜芯」
蹴り技。相手の脚を狙い、重心を崩す。
腕を失ってバランスの悪かった虎鮫は、片膝をついた。
「鎧貫拳、肉水掌・臓殿」
拳の後、掌を当てる。
圧に強い虎鮫の軟骨が砕け、内臓がかき混ぜられ、液状と化す。
それでも虎鮫は倒れず、立ち上がって来た。
「ッ――七門裂衝」
人体の弱点たる7つのツボが引き裂かれる。
それでも虎鮫は止まらない。
「死なぬか、化け物め」
「ククク、俺は頭を失っても生えてくるんだ。ま、頭の欠片が集まって再生することもあるけど」
「は――ぐああああッ!?」
肩口を大きく食い破られた。
その下手人は、虎鮫――の頭部。
「貴様、不死身か!?」
「マジック・モンスにもいるだろ、俺よりも再生力ある奴」
「それらも、私の技を食らえば死を求めた……それに、心臓を止めたと思ったが」
虎鮫は頭を接合し、腕を再生させる。
そして、胸をトントンと指で叩いた。
「確かに俺は心臓さえ無事なら死なない。けど、当然その心臓はカバーするよなぁ?」
「……貴様、金属で心臓を覆っているのか!?」
「ご名答。俺の心臓は、オリハルコン超合金の精製過程で生まれる超希少金属で覆ってあるんだ。シャークウェポンより硬いぜ……心臓だけは人間のままなんでね」
オリハルコン超合金よりも硬い、超神合金オレイカルコス。
生半可な攻撃は無効化し、内部を保護する。
「……だが浸透系の技はどうかな? 内部まで届くぞ」
「だからどうした? やってみろよ」
「後悔するなよ。この技は、神々が嘆き、悪魔ですら目を背ける禁断の技――」
マジナが、手を組む。
指が1本だけ突き出たその形は、蜂のようにも見える。
「この技を受けた者はあまりの苦しみに死を求めるが、それすらも許されない――呪蜂」
呪いの蜂が、サメを刺す。
地上に地獄を作り出すための技は、虎鮫を正確に捉えた。
しかし、その代償としてマジナも手痛いカウンターを受ける。
「ぐぅ……馬鹿な、呪蜂が効かない……?」
「ああ、痛くもかゆくもないぜ」
「私の呪蜂は即効性のはずだが……ふぅ……いいだろう」
「あん?」
マジナは、全ての構えを解いた。
極々、普通の自然体となったのだ。
「どうやら、私の積み重ねてきた全てが無駄になるらしい」
「……」
「まあ、それはいい。私の技だけならな」
「それはどういう――」
「これは!!! この技だけは!!! 友より受け継いだこの技だけは!!! 絶対に無駄にはさせんッッッ!!!」
「っ!」
虎鮫は気圧れた。
マジナの、今までとは違う『本気』に。
「この一撃で終わりにしよう」
「分かった」
虎鮫は、どんな技が来てもいいように構える。
対してマジナは、左脚を前に、右脚を後ろにした。まるで、何かを『蹴る』前のような姿勢だった。
「異世界に行く前……友達から教わったんだ。彼の一番の必殺技だった」
「……」
マジナが、大きく深呼吸した。
「これで金属ごと焼き尽くしてやる――『堕日』」
「――」
地上に、太陽が堕ちてきた。
◇
堕日。
元は荼毘という技だった。
高速で蹴りを放ち、空気との摩擦熱で超高温の炎を作り出す。
粗も多く、自爆の危険性をはらむ技だったが、そのデメリットを補ってなお有り余る威力を持っていた。
それを昇華した堕日。
その威力は最早、核融合もかくやというほどの炎熱を作り出すほどだった。
――地上に太陽が堕ちる、故に堕日。
「ぐはッ……」
「ハァ……ハァ……た、耐えたぞ!?」
だが、虎鮫はそれを耐えた。
地上に堕ちた太陽の中から、大火傷を負いながらも飛びかかったのだ。
戦いは、取っ組み合いに縺れ込む。
「ふ、ふふふ……堕日すら、効かなかったか……」
「いいや、効き過ぎたくらいだ」
「何?」
マジナは疑問を抱いた。
今、このサメは五体満足であるというのに、何を言っているのだと。
「俺はあの技で消滅した……オレイカルコスごとな。だが、心臓を媒体に再生したんだ」
「馬鹿な、何故心臓を覆う金属ごと消滅して、何故心臓が……まさか!?」
「そのまさかだ! 俺は心臓を博士に渡してたんだ……そして、俺の肉体が消滅したら、テレポーターで心臓を転移させたんだ」
まさに命を懸けたトリックだった。
だがそれは、心臓という弱点が剥き出しになっていることを意味する。
「なら私は貴様の心臓を狙うだけだ!!!」
「そう来ると思った……けどもう終わってるよ」
「は? な――」
突如といて受けた、謎のクラッチ。
全身が思うように動かないことに、マジナは混乱した。
「何が……!?」
「サメギューン。エネギューンって言った方がいいか?」
「まさか!?」
エネギューン。
他生物を取り込んで食らう、マジック・モンスでも有数の危険生物。
「俺は奴と精神世界で戦い、勝利した」
「精神世界だと……!?」
「奴は俺の肉体と融合したんだ」
虎鮫に突き刺さったエネギューンは、全て虎鮫に吸収されていた。
そのエネギューンは、切断された虎鮫の腕に肉体を移していたのだ。
魔王の肉体が、虎鮫に吸収される。
己が全て喰われることを悟ったマジナは――微笑んでいた。
「お前は狂人だ……本物の」
「狂人で結構」
「ああ。この世をまがい物と思い込んでる」
「あれ? 誰にも言ってないのに……吸収の影響か?」
誰にも話していない事実を言われた虎鮫は疑問に思うが、吸収のせいだと思い至った。
だが、マジナは首を振る。
「冥土の土産に教えてやろう。お前のその考えは、宇宙の遥か彼方に存在する巨大サメ、『USJ』の仕業だ」
「ユニ……何だって?」
余りにも唐突な単語に上手く聞き取れなかった虎鮫が聞き返すが、時すでに遅し。
マジナの魂は、徐々に空へと昇って行くところだった。
「おい!?」
『虎鮫よ、私の力を使え……あまりにも強い現実改変で、時空も世界も歪んでいる。このままでは持たん』
空を見ると、謎の罅割れや裂け目ができており、そこから暗黒が覗いていた。
世界が持たない時が来ているのだ。
「使えって、どうするんだ」
『2人の現実改変を利用し、あの2人の願う世界で共通する部分を抜き出して世界を再編するんだ』
「何だって?」
『私はもう限界だ。転生神との契約により、死後はUSJとの永遠の戦いに臨むことになっている』
虎鮫には、もう何がなんだか分からなかった。
勝手に侵攻してきて、勝手に逝去する。
残ったのは仲間と、サメとしての力。そしてロボット。
もう、全てが悪い夢なのではないか。
『ハイパーキャッスルはくれてやる。中で魔怪獣達を伸び伸びと住まわせるといい……ああ、見える』
「何が見えるんだよ?」
『世界の全てが!』
マジナは、完全に消滅した。
その間にも、世界は崩壊し続けている。
「力っつっても……あ」
マジナの肉体を完全に吸収した虎鮫。
その目には、キズナとグリットから伸びるエネルギーの道が見えていた。
これを使えということだろう。
虎鮫はヤケクソ気味に手をかざした。
「ああクソ……な、何とかなってくれぇぇぇぇッッッ!!!」
――世界が、光に包まれる……




