第66話 精神世界の決戦!!! どうなる虎鮫!?
「本当にどこだ?」
色褪せていることを除けば、俺も行ったことのある矢場谷園の一画に見える。
行き交う人も多くいるものの、マネキンのように無表情な人が多い。通勤途中か?
そんな場所に、俺は立っていた。
すると、俺の隣の空間が揺らぎ、アルルカンが現れる。瞬間移動も使えたのか。
「ここはアンタの精神世界よ……ってうわ、ヤバいわね」
「ヤバい? 確かに色褪せてるけど……」
「色なんて問題じゃないわ」
アルルカンは、肩をすくめた。
「精神世界を見てきたけど、大体は過去の風景だったり、理想の世界って感じだったわ。アタシはそれをグチャグチャに崩壊させるのが楽しみだった」
「邪悪だなぁ、それで?」
「まあ簡単に言うと、どんな心象風景であろうと、とにかく広いタイプはヤバい傾向にあるわね」
クソみたいな経験からの、的確な経験則。
はっきり言って人面獣心……マジで人の見た目をした化け物であろうアルルカンから、ありがたいお言葉をいただいた。
「どうヤバいんだ?」
「一言で言うと、狂人ね」
「狂人」
「それも選りすぐりの狂気を煮詰めたような奴よ。特に、全く関わりのなさそうな他人が多くいるとその確率は高いわ」
目の前を歩く人々や、走る車を見ながらアルルカンが言った。
俺は狂人だった? いや、そんなことはないだろう。サメだけど。
「全部が全部そうってわけじゃないだろ? 偶然だって。別に俺は狂ってはない……いや、サメだから精神に異常をきたしてるけど」
「……いや、そうやって自分を擁護するのが怪しいのよ。ていうか狂ってるし」
「いや、人間としては狂ってるかもだが、俺自身としては何も狂ってないから」
「世間一般的にはそれを狂人と呼ぶのよ。まだアタシの方がまともかもしれないわ」
クソ、何でこいつは悪趣味な外道の癖に、こんな普通の感性を持ってるんだ。本当に何なんだ。
「それにしても、こんな面白みの欠片もない無味無臭な風景の持ち主は……あんまりいなかったわ」
「いるじゃん。ほら、俺は別に普通だって」
「何が普通なもんですか。ほら、異常性の塊みたいな奴が来たわよ」
『サメギュゥゥゥゥン!!!』
そんなことをしていると、サメギューンがのしのし歩いてやってきた。
ただ――
「ちっちゃくね?」
「ううん、どういうことかしら」
『サメギューン!!!』
そのサメギューンの大きさは、2メートルと少しくらいしかなかった。
◇
「まあいいわ、とにかくアレを殺せばアンタは助かるって寸法よ!!!」
「何も言われてないけど俺ってヤバイ状態だった!?」
「そうよ!」
俺達は、工事現場とかに存在した鉄パイプなどを握りしめ、サメギューンへと走っていた。
正直、サメギューン相手に近接戦はやりたくないが、背に腹は代えられない……投げるか? まあ、様子見してからでもいいだろう。
「サメギューンよ、死ねッッッ!!!」
『サメギュゥゥゥゥン!!!』
後ろに回り込んで、背中を殴る。
人間を(意図せず)やめたおかげで手に入った、人知を超えたパワーの有効活用だ。
「おお! 効いてる! やっぱり精神世界じゃ持ち主本人が有利なんだわ!!!」
「じゃあそれを叩き潰してきたお前は何だって話だ、よぁッッッ!!!」
『サメギュゥゥゥゥンッッッ!!!』
俺達は、2人がかりでサメギューンを叩きまくった。
「オラッ、身体を伸ばしたりはしねぇのか!? それとも他人様の精神世界じゃできないってか!? それは災難だったな、このまま殺してやるよ!!!」
「何が魔怪獣より強い超魔獣よ!!! 本当に強いってのは初見の相手でもこうやってボコボコにできる奴のことを言うのよ!!! どんな技がこようが全部真正面から叩き潰してやるわ!!!」
抵抗を許さず、反撃の機会を潰しながら手を休めることなく暴行を加えるその姿は、まるで不良同士の喧嘩のようだっただろう。
サメギューンは転びながらももがき続けるが、起き上がれないように手足を攻撃されるので、結局転んだままだ。
しかし、サメギューンは途中で動くのを止め……
『サ、メ……ギュゥゥゥゥンッッッ!!!』
「何っ!?」
「ぎゃあッ!?」
身体の各所を高速で伸ばすことによって、俺達を吹き飛ばした。
「うああああ吸収される……あれ? 無事だ」
「アンタが吸収されかけた結果がこの精神世界よ。これ以上何を吸収しようってのよ」
「……確かに何もないな!」
「まあ、とにかくこれで素手で触れるってことよ」
なるほど。
「ミンチになるまでブッ殺してやるよおおおお!!!」
「久しぶりねぇ! 人外を素手で殺すってのは!!!」
『サメギューン!!!』
俺達は武器を投げ捨て、素手でサメギューンに殴りかかった。
俺の身体は鉄よりも硬い……などというつもりは全くないが、素手の方が馬鹿力をダイレクトに与えることができる。
アルルカンは前に触れる経験があったが、やはり人間の硬さではなかった。
鉄パイプなんかよりも素手の方が強いし、自分の手で相手をグチャグチャにする方が好きだろう。
そして、素手ならば鉄パイプという『物』を『持って』いた時にはできなかった戦い方をすることができる。それこそが……
「このままバラバラに引き裂いてやる!!!」
「八つ裂きよ~!!!」
身体の突起を掴み、強引に引きちぎる。それを繰り返し、バラバラにしてしまうのだ。
ちぎられた部位は、踏み潰すか、アルルカンが魔術で焼いている。
『サ! メ!! ギュゥゥゥゥンッッッ!!!』
「無駄な抵抗を!!!」
サメギューンは、スクリュー・モーニングスターと化した右腕を高速で振り回し、俺達を寄せ付けないようにした。
防御にも攻撃にも使えるそれずるい。
「じゃあこれならどうかしら!?」
アルルカンが懐から取り出したのは、どこに隠し持っていたのか、投げナイフだった。
最初は両手に1本ずつだったナイフをトランプのように広げどんどん増やす。
その姿はまるでマジシャンのようだった。
「こう見えてアタシは大道芸が得意なの。投げナイフもそうよ!!!」
『サメギューン!!!』
「おおっ!!! 凄ぇ!!!」
サメギューンの前で回転するスクリューの隙間を、アルルカンの投げナイフは精確にすり抜け、その身体を貫いた。
『アルルカン・オーギュスト』などという道化師っぽい名前は伊達ではないらしい。むしろやっとピエロっぽいところが見れた気がする。
『サメギューン!!!』
「怒ったのか……うぇ!? ビルはダメだろ!!!」
悪知恵の働いた様子のサメギューンは、ビルにスクリューを巻きつけ、それをそのまま武器にしてしまった。
大質量のコンクリートが俺達を押しつぶそうと迫る。
「ふん、たかがビル如きで死ぬものかしら?」
「どういうことだ?」
「あのロンズデーライトゴーレムに食らったパンチの方が何倍も強いわよ」
「なるほど……じゃあぶち抜けるってわけかぁ!!!」
俺は逆にビルへと走り出した。同時にアルルカンも走り出す。
高速で移動するもの同士、ぶつかるのは早かった。
だが、ロンズデーライトゴーレムの洗礼を受けた俺達は、その程度の衝撃で止めることなどできない。
ビルを破壊しながら突き進み、やがて向こう側へと到達した。
『サメギューン』
「ぐぅっ!? ……そう来ると思ったぜ!!!」
「切り札は先に切った方から負けるのよ!!!」
ビルをぶち抜いてきた俺達を見たサメギューンは、待ってましたと言わんばかりに、残った細いトゲを伸ばしてきた。
それこそ、俺達がわざと残した細いトゲ。他の太いものから優先的にちぎったのだ。
その細いトゲが、俺の腹を貫く。
しかし、この程度で俺は死なないし、サメギューンも逃れられない。
「ははは!!! 滑る! 滑るぞ、サメギューン!!!」
「ちょっと楽しそうねそれ!」
サメギューンのトゲは、とてつもなく滑らかだ。かえしなども一切ついていない。
その上、俺の血が潤滑油として機能し、更にメタルコバンザメ君達がジェットエンジンになることで、滑るようにサメギューンまでたどり着いたのだ。
『死ぃぃぃぃねぇぇぇぇッッッ!!!』
『サメギューンッッッ……』
俺がサメの頭に大口を開けて食らいつき、引きちぎる。
アルルカンの超能力が胴体を貫通し、肉を消し飛ばす。
頭と、胴体の3分の2くらいを失ったサメギューンは、鋭い牙の生えた口を俺に向かってガチガチと噛み鳴らすと、やがて沈黙した。
俺達はその死体を念入りに確認した上で消滅させると、一息つく。
「勝ったな……」
「ええ……」
しばらくの沈黙。
気まずくなった俺は、何か話題を出すことにした。
「にしても何だったんだ、こいつは。人様の精神世界に入って来やがって」
「それなんだけど……アタシの仮説だけど聞きたい?」
「うん」
気になっていたのだ。
俺よりも頭のいいアルルカンだ、きっと面白い仮説を披露してくれるはず。
「多分、サメギューン? になるまえのトゲトゲスライムは、生物・非生物問わず吸収して強くなる奴だと思うの」
「まあ、そうだな」
「その方法が、吸収しようとしてる相手の精神をボコボコにして、再起不能にしてから完全に取り込んでるんじゃないかしら?」
「なるほど、抵抗されないようにか」
「そう。一体化するんだから、相手の精神なんて不都合だしね」
面白い話だが、中々えげつない生態をしている。
俺達2人でないと、やられていたかもしれない。
……いや待てよ?
「なあ」
「そうしたの?」
「逆にこいつを返り討ちにしたんだったら……どうなるんだ?」
「……」
「俺、腹ブッ刺されてんだけど」
「……」
「……」
やがて、俺達の身体をほのかな光が包み込む。
直感だけで分かる。これは、精神世界から帰還する前兆だ。
「待ってめっちゃ怖いんだけど!?」
「諦めなさい。もう人には戻れない覚悟をするのよ」
「もう人間じゃなくてサメ人間だよ」
「いや、正直に言うと本当にどうなるかわからないわ。さっきの仮説が正しいかも分からないし。ただ一つ言えることは……」
「一つ言えることは……?」
アルルカンは、ニッコリと微笑んで口を開いた。
「祈れ」
「祈る」
俺達は、その場から消え去った。




