第60話 手土産
俺はカレーの材料をお袋に渡した後、研究所に来ていた。
理由は勿論、マジック・モンスから亡命してきた部隊である。
「ふむ。それで亡命してきたと?」
「はい」
鬼のような容姿の少女、フューラース・レイジアンガーとの対談は、徹底的に魔法対策のされた部屋で行われた。
彼女らが亡命してきた理由を要約すると、『冷遇されていた上、マジック・モンスに未来はないから』らしい。
どうやらマジック・モンスはこの戦争でかなりの魔怪獣を失っており、残るは100体を切ったとのこと。
その上、戦争で使用された物資は国民から徴収しており、貴族はそれで意味の無い贅沢をしているそうだ。
彼女の部隊は地球を偵察する役割だったが、上層部があまりにもクソだった。
具体的には、報告書をろくに読まず、『たった1人で国を蹂躙できる超能力者が10人くらいいる巨大犯罪組織がある』だとか『人や物と融合し侵食する化け物の脅威にさらされ、地球人類は絶滅寸前』みたいな適当な報告をしても何もなかったらしい。
しかも上層部は例によって魔法至上主義な奴らなので、魔力の低い隊員を部下とする彼女の評判も悪くなる。
何かにつけて平民上がりだとか言って、報告もろくに読んでいないのに努力が足りないなどと抜かす。
そして、何よりの決め手は、ロンズデーライトゴーレムが討伐されたからだ。
ヴィクセントを捕獲し、ダルガングを殺した。そんな実力の持ち主には勝てないと思ったのだ。
ちなみに、ロンズデーライトでできた500メートルの巨人像は今も矢場谷園に存在する。
「大変だったなぁ、そんなアホが上にいるとか。俺めっちゃ恵まれてるよ。ありがとう博士」
「う、うむぅ……」
俺の言葉に本間博士は、ちょっと照れくさそうにしていた。
博士ってこんな顔するのか……
「し、してレイジアンガーよ。何か手土産があるとのことじゃが……」
「今、お出ししてよろしいでしょうか?」
「構わん」
レイジアンガーは、バッグから何かを取り出した。
勿論、このバッグの中身には危険が無いかちゃんと調べられている。博士の作った機械には、そういうものを判別するための装置もあるのだ。
「おお? 良い匂い。美味しそうな匂いだ」
取り出されたのは、小綺麗な箱だった。
中からは香ばしい匂いがする。菓子折りかもしれない。
もしかしたら毒入りかもしれないが、サメになってからは毒も効かなくなったので、1口でもいいから食べれたらなぁ。
「……ドクター、もしや虎鮫殿はこの国とは文化圏が違うので?」
「? いや、特にそういうことはないぞ?」
「そう、ですか」
何か、レイジアンガーが戦慄した表情をしている。
一体どうしたのだろう。
「開けてみていいです?」
「……どうぞ」
俺は箱を開けた。俺ならば、万が一の事態でも大丈夫……と博士に言われたからだ。正直、何が大丈夫なのか全然わからない。
箱の中に入っていたのは――
「……? 心臓?」
心臓が3つ入っていた。
俺はこれを香ばしいと感じたとか以前に、何で心臓なのか疑問に思った。
だって心臓だぞ?
「これは?」
「この心臓は、テ・ミーヤゲ准将……ミーヤゲ侯爵家の跡取り息子のものです」
「上官をブッ殺してきたのか」
裏切りの証拠に上官の首……首? を持ってくるのは、頭戦国時代か?
しかし、何故心臓なのだろう。
「何故これを?」
「……? 亡命の手土産ですが……」
テ・ミーヤゲだけに手土産ってか。地球にそんな文化はねぇよ。多分。
「あー、レイジアンガーさん。地球に、亡命の手土産として心臓を送る文化は無いんだ」
「!? そうなのですか!?」
地球の文化は偵察のおまけ(偵察より力を入れている)で調べていたらしいが、細かいところは調べきれなかったらしい。
「実は、マジック・モンスでは心臓の魔力から本人であることを証明するのです。魔力は人それぞれ違いますから」
「なるほどぉ……ん? じゃあ何でこの心臓は3つあるんだ?」
「え?」
「え?」
「なにっ」
?
「け、権力者なら、心臓は複数持っているものでしょう? 死を遠ざけるために」
「いや……政治家も総理大臣も、心臓は1つだよ」
レイジアンガーは絶句していた。心臓が1人1つであることが信じられないらしい。
マジック・モンスでは心臓を増やせるのか……それしても不死身にはならんだろ。頭潰せばいいんだから。
逆に新陳代謝が良くなって早死にしないか?
よくある『俺は心臓を複数持ってる』展開があるが、複数持ってるからなんだよとも思ってしまう自分がいることは事実だ。
いや、その展開自体を否定しているわけじゃないし、インパクトがあって大好きだけども。純粋に『何故……?』という疑問と『なるほど不死身だな』という納得がぶつかり合ってしまう……
そんなこと言い出したら俺の種族なんて頭が6つあるやつまでいるんだぞ(サメ映画)。まあ、それこそだからなんだという話なのだが。
それに、脳や心臓がいっぱいあるからといって、有効活用できるわけではないのだ。生き恥……
「……まあいい。心臓は後でレブリガーやヴィクセントに見せよう。他には何か?」
「マジック・モンスについての資料を……根こそぎ持ってきました。原本です」
「原本なのか……」
少し古びた分厚い本や、分厚いファイル、小さな角ばった水晶など。
本を手に取ってみる。歴史を感じさせる重みがあった。
「どれどれ……これは、マジック・モンス語なのか」
俺は斜め読みしてみる。すると、全く知らない字の羅列だった。
しかし、俺はその全てを理解できた。
「ほぉ、ガリガリさんの正式名称ってガリガリさんなのか」
「お前さん、読めるのか!?」
「え? ええ、そうですが……」
これ瀕死のギャルからもらった統一言語のおかげだわ。
統一言語って異世界にも通用するんだなぁ……BABELの力ってすげー!
……あれからギャルを見ない。誰かにも聞きづらい。
「どうやって……いや、深くは聞くまい。後で翻訳を手伝ってくれんか?」
「いいですけど、レブリガーさんとかじゃダメなんです?」
「わしはマジック・モンスを信用しとらん。それに、マジック・モンス軍は読み書きができなくても入れる。レブリガーの奴はドラゴンじゃが、昔と字が違って読めないらしい。ヴィクセントは……」
「いや、はい。分かりました。翻訳手伝います」
思ったよりヤバいとこなのな、マジック・モンスって。
「読み書きできなくても軍に入れるってマジ?」
「ええ……私はできますが、部下にも何人か。私はできますが」
「まー、デキる上司って感じだもんね」
「お褒めに預かり光栄です」
何の感情もこもってないことくらい、俺にも分かる言葉だった。
そして、博士が少し咳払いをする。
「さて、この通りわしはマジック・モンスを信用しておらんが、お主はどうする?」
博士は、厳しい顔をしながらそう言った。
魔法や超能力がクソほど嫌いな博士なので、分かっていたことだ。
「決まっています」
レイジアンガーは、帽子を取り、胸の前まで持ってくる。
その目には、憤怒の炎が燃え上がっていた。それは、誰に対してなのか。
「私は腐っても軍人です。信用は働きで返しましょう」
あどけない少女の顔が、鬼に見えた。
……何かかっこいいやり取りだなぁ。
【フューラース(ヒューラース)・レイジアンガー大尉】
・見た目は赤い肌と角を持った少女。
魔力の無い人間は差別の対象となる、マジック・モンスの行き過ぎた魔法主義に真っ向から反逆する……ことはないが、密かに反抗してる。
常に怒りを抱いており、それを原動力とした強力な魔法により、10代前半という若さで大尉まで上り詰めた。部下の人間には、魔力の無い者もいるので、上からは疎まれているが、ダンセン元帥に気に入られているので誰も手が出せない。
実は、レブリガーのおっさんに記録用の魔石を渡したのは彼女。
彼女の率いる部隊は、地球では見張りもいないのをいいことに戦闘に参加せず、何とか地球側に寝返る方向を探していた。
魔王の真の目的に気づきつつある、数少ない1人。




